第10話 ギルドの洗礼と「握撃」
都市バルグの中央広場に面した、石造りの重厚な建物。
その入り口には、剣と金槌を交差させた意匠の看板が掲げられ、昼夜を問わず屈強な男たちが出入りしている。
冒険者ギルド「戦鬼の鉄床」。
魔物討伐、護衛、素材採取。あらゆる暴力的な需要と供給を仲介する、この都市の心臓部だ。
「……行きますよ、トールさん」
リーズが緊張した面持ちで、樫の杖を握りしめている。
彼女の小さな体は、周囲の威圧的な空気に押しつぶされそうだ。
「ああ。背筋を伸ばせ。ナメられたら、それだけで『カモ』認定される場所だ」
オレは短く忠告し、分厚い扉を押し開けた。
ギィィィ……。
扉が開くと同時に、熱気と喧騒、そして安酒と汗、乾いた血の匂いが壁のように押し寄せてきた。
「ガハハハ! 見ろよ、このオークの耳!」
「おい、東の森でまた新人が死んだらしいぞ」
「酒だ! エールを持ってこい!」
広いホールには、数十人の冒険者がたむろしていた。
木製のテーブルを囲み、戦果を自慢する者、傷の手当てをする者、依頼書を睨みつける者。
その装備は千差万別だ。全身をピカピカのプレートメイルで固めた戦士もいれば、薄汚れた革鎧だけの盗賊もいる。
だが、共通しているのは「目」だ。
オレたちが足を踏み入れた瞬間、ホールにいる者の半数が会話を止め、鋭い視線を向けてきた。
《受動知覚:多数の視線を探知》
《評価:値踏み、嘲笑、無関心》
「……またガキか」
「おいおい、女の子連れだぜ。遠足か?」
「装備を見ろ。きたねぇ槍に、ボロボロのローブだ。……こりゃあ、三日持たねえな」
囁き声が聞こえる。
彼らはオレたちの装備(外見的資産)だけで、実力を「鉄ランク以下」と即断したようだ。
正しい判断だ。見た目は確かに浮浪者同然なのだから。
オレは視線を無視し、真っ直ぐに受付カウンターへと向かった。
カウンターの中には、数名の職員が忙しなく書類を処理している。
「次の方、どうぞ」
声をかけてきたのは、眼鏡をかけた知的な雰囲気の女性職員だった。
事務的で、少し疲れている。
彼女もまた、オレたちの姿を一瞥し、内心でため息をついたのが分かった。『また死に急ぎの若者が来た』とでも思っているのだろう。
「登録を希望する」
オレが告げると、受付嬢は手慣れた様子で羊皮紙を取り出した。
「冒険者登録ですね。……推奨はしませんが、手続きは行います」
彼女は淡々と説明を始めた。
「当ギルドは実力主義です。死んでも自己責任。依頼での失敗は違約金が発生します。……それでもよろしいですか?」
「構わん」
「では、登録料として銅貨10枚を頂戴します」
「…………」
オレの動きが止まった。
銅貨10枚。
それは、入街税を払ったあとに残った、今のオレの全財産と完全に同額だ。
「……分割払いは?」
「受け付けておりません。装備を揃える金もない方が登録しても、明日には死体回収費用がかかるだけですので」
正論だ。ぐうの音も出ない。
ここを支払えば、オレたちは正真正銘の無一文になる。
今夜の宿代はおろか、水一杯も買えない。
完全なる流動資産の枯渇。
「……払います」
オレは懐から、なけなしの銅貨10枚を取り出し、カウンターに叩きつけた。
チャリン、という軽い音が、オレたちの退路を断つ音に聞こえた。
「確かに。……では、こちらの水晶に手を触れてください。初期能力を測定し、ランクを決定します」
受付嬢が取り出したのは、拳大の透明な水晶玉だった。
これが「鑑定水晶」。
個人の能力を数値化し、ギルドのデータベースに登録するためのマジックアイテムだ。
「まずはトールさんから」
オレは水晶に手を置いた。
ひやりとした感触。
直後、水晶が淡く発光し、カウンター内の手元にある羊皮紙に文字が浮かび上がったようだ。
受付嬢が羊皮紙を見て、眉をひそめた。
「……え?」
彼女は眼鏡の位置を直し、二度見した。
「職業:ファイター。レベル2……ここまでは普通ですが……」
彼女の目が泳ぐ。
「筋力(STR)……18? 耐久力(CON)……18!?」
彼女の声が少し裏返った。
周囲の冒険者たちが「ああん?」と聞き耳を立てる。
「おい、聞き間違いか? レベル2でSTR18だと?」
「熊かよ」
「測定ミスじゃねえのか?」
ざわめきが広がる。
レベル2の平均的な戦士なら、STRは12〜13程度だ。18という数値は、レベル10近いベテランか、あるいはオーガなどの魔物に匹敵する「人類の限界値」に近い。
「……機械は正常か?」
オレが尋ねると、受付嬢はハッとしてコホンと咳払いをした。
「し、失礼しました。……驚異的な数値です。天性の肉体をお持ちのようですね。……ですが」
彼女は残念そうに首を振った。
「実績(クエスト達成数)がゼロである以上、特例措置はありません。規定通り、木級からのスタートとなります」
「妥当だ」
いきなり飛び級できるほど甘くはない。
続いて、リーズが恐る恐る手を置いた。
水晶が激しく明滅する。
今度は青い光が、カウンター周辺を照らすほど強く輝いた。
「うわっ、眩しっ!?」
「なんだあの光量は!」
受付嬢が目を細めながら羊皮紙を確認する。
「職業:ソーサラー。レベル2……まりょ、魔力適性値が……測定限界!?」
「え、えらー……ですか?」
リーズが涙目になる。
受付嬢は震える手で羽ペンを走らせた。
「……極めて高い魔力をお持ちのようですが、制御値が低すぎます。これでは『暴発』のリスクが高いと判断されます」
結果、リーズも同じく【木級】認定となった。
「素材は一級品だが、危険すぎて仕事にならない」という評価だ。
「これが証明書です」
渡されたのは、粗末な木片に名前とランクが焼き印されただけのもの。
認識票:木級。
もっとも低い、使い走りの証。
「……ふん。木っ端かよ。期待させやがって」
背後から、嘲るような声が掛かった。
振り返ると、革鎧を着た男たちの集団がニヤニヤとこちらを見ていた。
首には【鉄級】のタグ。
新人をいびって優越感に浸る、典型的な「底辺の先輩」だ。
「おい坊主。その筋肉、見掛け倒しじゃないだろうな? 水晶の数値を誤魔化す魔法でも使ったか?」
リーダー格の男が、オレの前に立ちはだかった。
酒臭い。
オレは彼を無視して出口へ向かおうとしたが、男はわざとらしく進路を塞いだ。
「無視すんなよ。先輩が指導してやろうってんだ。……それにしても」
男のいやらしい視線が、オレの後ろにいるリーズに向いた。
銀髪の美少女。ボロボロの服から覗く白い肌。
酒の入った男の理性を刺激するには十分すぎる。
「お前にはその娘、過ぎた荷物じゃねえか? 俺たちのパーティなら、もっと良い装備を買ってやれるぜ?」
男が薄汚い手を伸ばし、リーズの肩に触れようとした。
「ひっ……!」
リーズが悲鳴を上げて身を竦める。
彼女の周囲で、バチッ! と青い火花が散った。
恐怖による魔法暴走の兆候。
ここで爆発すれば、ギルドから追放どころか、器物損壊で投獄される。
「……やめろ」
オレの声よりも早く、オレの右手は動いていた。
ガシィッ!!
男の手首を、空中で掴み止める。
握手ではない。捕食者が獲物を捕らえる速度での「拘束」だ。
「あ? ……離せよ、テメェ」
男が腕を振りほどこうとする。
だが、ビクともしない。
男の顔色が変わる。腕に力を込める。
それでも、オレの腕は地面に打ち込まれた鉄杭のように、ミリ単位たりとも動かない。
「STR13程度か」
オレは男の腕から伝わる抵抗値を数値として読み取り、冷徹に告げた。
「オレのSTRは18だ。……テコの原理を使わずとも、このまま握り潰せる」
オレは指先に力を込めた。
手加減はしない。骨の弾性を確かめるように、ゆっくりと、確実に圧力を加えていく。
ミシミシ、ギリギリギリ……。
嫌な音が響く。
男の手首の中で、橈骨と尺骨が悲鳴を上げ、互いに擦れ合っている音だ。
「い、ぎ……っ!? あ、が……ッ!!」
男の顔が苦痛に歪み、膝が落ちる。
冗談ではない。本気で握力を込めていると理解した瞬間、男の目から酔いが覚め、恐怖が走った。
ホールが一瞬で静まり返った。
殴り合いならよくある光景だ。
だが、片方が顔色一つ変えず、ただ「握る」という単純動作だけで相手を無力化する姿は、異質だった。
「勘違いするな。オレは揉め事を起こしたいわけじゃない」
オレは男の手首をパッと離した。
男は「ひぃっ!」と声を上げて尻餅をつき、赤紫色に変色した手首を抑えて転がり逃げた。
「オレはビジネスに来た。……邪魔をするなら、次は『コスト(治療費)』が高くつくぞ」
オレはホール全体を見回し、言い放った。
誰も目を合わせようとしない。
【木級】のタグを下げた新人が、この場の「ヒエラルキー」の一角を、暴力と数字で崩した瞬間だった。
「……トールさん」
リーズがオレの背中にしがみついてくる。
その手は震えていたが、安堵の体温が伝わってくる。
「行くぞ。仕事を探す」
オレは掲示板へと歩き出した。
所持金ゼロ。
今すぐに現金を稼がなければ、今夜の寝床は石畳の上だ。
掲示板には、色とりどりの依頼書が貼られている。
討伐、採取、護衛、雑用。
だが、オレたちが受注できるのは、誰も見向きもしない端の方に貼られた、黄ばんだ白い紙――【木級・鉄級限定】の低報酬依頼だけだ。
「……これだ」
オレが一枚の依頼書を無造作に引き剥がした。
【緊急依頼:地下水路の清掃(スライム駆除)】
ランク: 鉄級以下推奨
報酬: スライム核1つにつき、大銅貨1枚
備考: 悪臭あり。物理無効。感染症のリスク高。
「ドブ掃除ですか……?」
リーズが顔をしかめる。
だが、オレはニヤリと笑った。
「ただの掃除じゃない。『独占市場』だ」
スライム。物理攻撃が効きにくい粘液生物。
普通の戦士なら武器が腐食するのを嫌がり、魔法使いなら臭いを嫌がる。
誰もやりたがらない仕事。だからこそ、ここには競争相手がいない。
オレには「歩く火炎放射器」がいる。
そして、オレ自身は毒や病気に絶対的な耐性を持つCON18の肉体がある。
この依頼は、オレたちのためだけに用意されたようなものだ。
「稼ぐぞ、リーズ。……今夜は柔らかいベッドで寝るために」
オレはその依頼書を受付に叩きつけ、冒険者としての最初の仕事を開始した。
【管理者ステータス】
名前: トール
レベル: Lv.2
クラス: ファイター
HP: 24 / 24
装備:
メイン: 投擲槍(オークから回収)
防具: なし
装飾: なし
能力値:
STR:18 / DEX:16 / CON:18 / INT:10 / WIS:12 / CHA:8
所持スキル:
底力、受動知覚、次元を超えた知識、怒涛のアクション
【パーティメンバー】
■リーズ (Lv.2 / ソーサラー(竜の血脈))
HP: 10/10
装備: 白木の杖
状態: 健康




