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アイギスの盾~異世界サバイバル・ストラテジー~  作者: たっく


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第1話 ログ・スタート:人類区域の外側(デス・ワールド)へ

目が覚めると、そこは森だった。


鼻孔を最初に犯したのは、強烈な土と腐葉土の匂いだ。どこか甘ったるい、熟しすぎた果実が腐敗してドロドロに溶けたような湿気を含んだ風が、頬を撫でていく。


「……ッ、うぐ」


反射的な嘔吐感。胃袋が裏返るような衝撃に、オレは四つん這いになり、泥の中に指を突き立てた。冷たい。アスファルトやコンクリートの無機質な冷たさではない。微生物が蠢き、水分をたっぷりと含んだ有機的な泥濘ぬかるみが、ジーンズの生地を通して膝の皮膚にへばりついてくる。


オレは口元を手の甲で拭い、荒い呼吸を整えながら体を起こした。周囲を見渡す。視界を埋め尽くすのは、見たこともない植生だ。広葉樹に似ているが、葉脈が紫色に脈打ち、幹の表面は爬虫類の鱗のように硬質化している。その樹皮の隙間から、粘液のような樹液が滴り落ちていた。空を見上げる。木々の隙間から覗く空は青い。だが、その青さはあまりに濃く、インクを垂らしたかのように不自然だった。太陽の位置すら判然としない鉛色の光が、この世界全体を薄暗く包んでいる。


夢か?いや、感覚が鋭敏すぎる。背中に触れる地面の冷たさ、遠くで聞こえる鳥とも獣ともつかない「ギャア、ギャア」という不快な鳴き声、そして自分の呼吸音。すべてが、ここが容赦のない「現実」だと告げている。


オレは立ち上がり、軽く跳躍してみる。着地。足首にかかる負荷。重力は地球とほぼ同じ1G。空気も吸える。酸素濃度に極端な違いはないようだ。肺が焼けるような感覚もない。環境適応コストは最小限で済む。


状況を整理イニシャライズする。


一、オレは日本にいたはずだ。コンビニからの帰り道だった。ポケットの中には、まだ温かい缶コーヒーと、レシートが入ったままの財布がある。


二、突如として意識が途切れ、この森で目覚めた。


三、ここは地球ではない可能性が高い。あるいは、地球上の未開の地か。だが、この紫色の葉脈を持つ植物は、オレの知る植物学のデータベースには存在しない。


「……ふむ」


口をついて出たのは、感嘆でも悲鳴でもなく、単なる呼吸の確認だった。パニックはない。心拍数も正常値(60〜70bpm)を維持している。異常な状況に対して、オレの精神はあまりにいでいた。


それがオレ、トールという人間の欠落であり、唯一の特性だ。感情の振幅が、極端に狭い。恐怖も、興奮も、絶望も。オレにとっては処理すべき「情報データ」でしかない。感情論で事態は好転しない。必要なのは、現状把握と、生存確率を最大化するための計算のみだ。


オレはポケットから、ふとコンビニのレシートを取り出した。『おにぎり(ツナマヨ)』『ウーロン茶』。合計348円。文明の残滓。この紙切れが、今やこの世界で最も異質なアーティファクトに見える。オレはそれを丁寧に折りたたみ、財布に戻した。ゴミを捨てるのは非合理的だ。紙は着火剤になる。


「まずは水源の確保。次に食料。そして、現在地の把握か」


優先順位プライオリティを決定し、独りごちて歩き出そうとした瞬間だった。


ブゥン。


空気が震えるような低い電子音と共に、オレの目の前に「それ」が現れた。半透明の青い板。ゲームのウィンドウのようなインターフェースが、物理法則を無視して虚空に浮かんでいる。


「……なるほど」


幻覚にしては精巧だ。オレは指を伸ばし、その板に触れる。指先が微かな抵抗を感じた。触覚フィードバックがある。質量はないが、干渉は可能ということか。そこには、無機質な明朝体でこう書かれていた。


【適合者を確認しました。キャラクター作成を開始します】


やはり、ここは異世界か。そして、どうやら「お約束テンプレート」の展開らしい。オレはため息をつくこともなく、表示されたテキストを読み進める。事態がゲーム的であるならば、そこには攻略のための「ルール」が存在するはずだ。ルールがあるなら、ハック(攻略)できる。


画面が切り替わる。表示されたのは、どこか懐かしい、テーブルトークRPG(TRPG)を彷彿とさせるステータス画面だった。


能力値アビリティ・スコアを決定してください】


並んでいるのは六つの項目。


筋力(STR)、敏捷力(DEX)、耐久力(CON)、知力(INT)、判断力(WIS)、魅力(CHA)。


オレは顎に手をやる。配分可能なポイントが与えられているわけではない。どうやら、ランダムに決定される数値を受け入れるか、あるいは一定のポイントを割り振る「ポイントバイ」形式か。画面の端を探すが、『リロール(再抽選)』の文字はない。一発勝負か。人生と同じだな。オレは迷わず【決定】のボタンを押す。


ドラムロールのように数字が回転し、ピタリと止まった。


【トール】

筋力(STR):18(+4) ……【規格外】

敏捷力(DEX):16(+3) ……【俊足】

耐久力(CON):18(+4) ……【鉄人】

知力(INT):13(+1) ……【聡明】

判断力(WIS):10(+0) ……【凡人】

魅力(CHA):8(-1) ……【威圧感】


「……悪くない。いや、上出来だ」


オレは小さく頷いた。TRPGの基準で言えば、平均的な人間コモナーの能力値はすべて「10」前後だ。それに対し、今のオレの数値は異常だ。STR18。これはヒューマン(人間種)が到達できる肉体の限界値に近い。素手で熊の頭蓋骨を砕き、鉄の扉をこじ開ける怪力。CON18。病気、毒、疲労に対する圧倒的な耐性。皮膚は革鎧のように硬く、骨は鋼のように密になっているはずだ。


オレは自分の手を握りしめた。ググッ……。拳を握り込むだけで、関節が軋み、空気が破裂しそうなほどの圧力が生まれる。血管の中を、血液ではなく、高濃度のエネルギーが循環している感覚。以前の自分の体ではない。中身が別物に作り変えられている。


一方で【魅力】が8か。平均以下。これはオレの性格が反映された結果だろうか。他人を惹きつけるカリスマ性や、言葉巧みに交渉する能力は期待できない。第一印象で「怖い」「冷たい」と思われるタイプだ。まあいい。この森で一人で生きるには、愛想笑いも交渉術も不要なコストだ。


次に表示されたのは、今後の生存率を左右する最も重要な選択画面だった。


【クラス(職業)を選択してください】


ずらりと並ぶ職業名。

ファイター、ウィザード、ソーサラー、ローグ、クレリック、レンジャー……。


オレは思考を加速させる。脳内のCPUをフル回転させ、リスクとリターンを天秤にかける。今のオレの目的は「生存サバイバル」だ。この森を抜け、人里へ辿り着き、安全なベッドと食事を確保する。そのためには何が必要か。


ウィザード、ソーサラー?却下だ。強力だが、HPヒットポイントが低すぎる。それに、呪文を使うプロセスが不明だ。「準備」や「詠唱」、場合によっては「魔道書」や「触媒コンポーネント」が必要になるかもしれない。もし呪文を忘れたら?沈黙サイレンス状態で無力化されたら?とっさの奇襲アンブッシュに対応できないリスクが高すぎる。初期装備で魔法が使える保証もない。


ローグ?探索や罠解除には便利だが、単独での正面戦闘タイマンには不向きだ。STR18の肉体を活かしきれない。スニークアタック(不意打ち)は強力だが、確実に決まるとは限らない。


クレリック?回復魔法は魅力的だ。だが、信仰すべき「神」がこの世界に存在するのか?力の源泉が不確定なもの(神の意志)に、自分の命(HP)は預けられない。神が「助けるに値しない」と判断したら終わりだ。


消去法だ。そして、最も確実で、最も低リスクな選択肢ローリスク・ハイリターンが残る。


ファイター。


高いHPヒットポイント。あらゆる武器と防具への習熟。魔法というブラックボックスに頼らず、自身の肉体という「信頼できる資産アセット」のみを武器にするクラス。シンプルだが、それゆえに汎用性が高い。MP切れの心配もない。魔法が使えなくとも、このSTR18の筋肉と、辺に落ちている石や棒があれば、大抵の生物は物理的に破壊デストロイできる。


「選択。ファイター」


オレが項目をタップすると、画面が青白い光を放ち、粒子となってオレの身体に吸い込まれていく。


【クラス:ファイター(Lv1)を獲得しました】


その文字列が網膜から溶けて消えた瞬間、オレの体内を走っていた微かな違和感が、明確な「熱」へと変わった。


ドクン、と心臓が跳ねる。魔法的な光に包まれるわけでも、ファンファーレが鳴るわけでもない。だが、内側で何かが起きている。全身の血管が拡張し、血液の流速が異常なほど加速している感覚。指先の毛細血管の一本一本に至るまで、焼きごてを押し当てられたような熱量が駆け巡る。


「……ッ、ぐ、ぅ……」


オレは呻き声を漏らし、泥の上に膝をついた。痛みではない。最適化アップデートだ。現代日本で鈍っていた神経回路が焼き切られ、戦闘用に太く強靭なものへと配線し直されていく。脳の奥底に、剣の握り方、盾の重心、敵との間合いといった「戦闘技能マーシャル・アーツ」のアーカイブが、まるで元からそこにあった記憶のように解凍されていく。


数秒、あるいは数分。嵐のような身体改造リビルドが収束すると、そこには奇妙な静寂だけが残った。


【戦闘スタイル:防御(AC+1)を習得】

【スキル:底力(Second Wind)を習得】


オレはゆっくりと、自分のてのひらを開閉させた。見た目は変わっていない。ボディビルダーのような過剰な筋肉隆々(バルクアップ)ではない。実戦的に絞り込まれた、鋼のワイヤーのような筋肉。だが、その密度が違う。拳を握り込むだけで、皮膚の下で筋肉繊維が鋼鉄のように収縮し、掌の中の空気を圧搾する音が鳴る。


「……これが、STR(筋力)18の世界か」


一般人の平均値が10。D&Dのルールブックに従うならば、STR18は「オーガ」や「ヒグマ」に匹敵する怪力だ。数値上の理解はしていた。だが、実感を伴うとそれは恐怖に近い。自分の体が、自分の知らない凶器に変わっている。


オレは確認テストのために、足元に転がっていた倒木に目を向けた。大人の太ももほどの太さがある、湿った樫の枝だ。表面は苔むし、黒ずんでいる。普通の人間なら、持ち上げるだけで腰を痛める重量だろう。


オレは無造作に、片手でそれを掴んだ。


ズシリ、とくるはずの重量感がない。まるで発泡スチロールか、中身の空っぽなプラスチックパイプを持ったかのような軽さ。脳が予測していた負荷と、実際のフィードバックとの間に致命的なエラー(誤差)が生じている。


「……ふん」


オレは枝の先端を泥に突き立て、右手一本で握力を込めた。


メキッ。湿った木材が悲鳴を上げる。さらに力を込める。上腕三頭筋がわずかに膨張し、血管が浮き上がる。


バキィッ、ベキベキベキッ!!


破砕音は、爆竹のように森の静寂を引き裂いた。硬いはずの樫の枝が、まるで乾燥したビスケットのように粉々に砕け散る。ねじ切られた木片が弾け飛び、ささくれ立った断面からは白い繊維が露出していた。


「……出力過剰オーバー・スペックだな」


オレは手に残った木屑を払い落とした。道具なし。素手のみ。それでいて、この破壊力。もしこの手で人間の腕を掴めばどうなるか。首を掴めばどうなるか。想像するだけで、冷徹な計算結果が脳裏に浮かぶ。――即死、あるいは修復不能な粉砕骨折。


生存率は上がった。だが同時に、オレは「人間」という枠組みから、後戻りできない領域へと踏み出したことを自覚させられた。


オレは小さく息を吐き、ズボンのポケットに手を入れた。日常の確認。心を落ち着けるためのルーチンだ。指先に触れたのは、革財布と、硬質な鍵の束。そして、くしゃくしゃになった感熱紙の感触。


取り出してみる。『〇〇マート 領収証』。おにぎり(ツナマヨ)、ウーロン茶。合計348円。


「……ふっ」


思わず乾いた笑いが漏れた。数分前まで、オレはこのレシートを受け取り、小銭を数えていた。だが今、この紙切れは、この森にあるどんな落ち葉よりも価値がない。財布の中には一万円札が数枚入っているが、これもただの紙屑だ。こちらの世界に「円」のレートが存在する確率はゼロに近い。家の鍵。これも無意味だ。帰るべきドアは、次元の彼方にある。


オレは無感情に、レシートと財布、そして鍵をポケットの奥へと押し込んだ。捨てることはしない。鍵の金属部分は、研げばやじりになるかもしれない。紙は火種フリントの補助になる。一万円札の紙質は丈夫だから、何かのパッチ(補修材)に使えるかもしれない。すべての物品を「用途」と「素材」として再定義する。思い出に浸るセンチメンタリズムは、生存におけるコスト(無駄)だ。


方針決定フィックス。まずは武器の確保だ」


素手でも戦えるが、リーチがない。感染症のリスクもある。魔物の爪や牙、あるいは毒を持った皮膚に直接触れるのは、リスク管理の観点から見て下策だ。使い捨てできる、距離を取れる武器が必要だ。


オレは視線を巡らせる。ここは岩場が露出した地形だ。足元には、手頃な大きさの河原石が無数に転がっている。オレはその一つ――拳大の、表面がザラついた花崗岩――を拾い上げた。


ずっしりとした重み。だが、STR18のオレには、野球ボール程度の感覚だ。


【アイテム:ただの石ころ】 ランク:ゴミ(Junk) 分類:投擲武器(即席) コスト:0


「コストゼロ。在庫は無限。……悪くない」


オレは石を軽く放り上げ、掌でキャッチする。DEX(敏捷力)16。この数値は、オリンピックレベルの体操選手や、手練れのジャグラーに匹敵する。指先の感覚、距離感の把握、動体視力。それらが極めて高いレベルで統合されている。試しに、十メートルほど先にある木の幹、その表面にある親指大の「こぶ」を標的に定めた。


振りかぶる動作は最小限に。全身のバネを使い、リリースの瞬間に指先で強烈なスピンをかける。


ビュッ!!


風切り音は、矢のそれに近かった。石は重力の影響をほとんど無視したような直線軌道レーザービームを描き――


ガッッッ!!


乾いた破砕音と共に、木のこぶが弾け飛んだ。樹皮がめくれ、木片が散弾のように飛び散る。石そのものも衝撃で粉々になったが、その破壊力は小型のハンマーをフルスイングした威力に匹敵する。


《遠隔攻撃判定:命中(Hit)》 《ダメージ計算:1d4 + 筋力修正(+4) = 8ダメージ》


「……威力過剰だな」


一般人のHPが4〜6程度であることを考えれば、この石礫つぶて一発で頭蓋骨を陥没させ、即死させることができる。銃はない。魔法もない。だが、この森にあるすべての石が、オレにとっては殺傷能力を持った弾丸だ。


オレは形の良い石を五つほど選別し、カーゴパンツのポケットにねじ込んだ。重みで生地が引っ張られるが、動きに支障はない。左手には予備の石を二つ。右手には、先ほどへし折った樫の枝の、先端が鋭利に裂けた部分を持つ。みすぼらしい格好だが、これが現時点での「最強装備ベスト・ロードアウト」だ。


準備は整った。オレは泥濘ぬかるみを踏みしめ、移動を開始した。


歩き方は慎重に。DEX16の身体制御能力が、無意識のうちに足音を消している。泥の上を歩いても、ピチャリという水音を立てない。枯れ葉を踏む際も、重心をコントロールしてカサリという音を最小限に抑える。まるで、生まれついての狩人のように。


そうして数十メートルほど進んだ時だった。不意に、うなじの産毛が逆立つような感覚が走った。


チリリッ……。


視線だ。それも、ただ見ているだけではない。値踏みし、肉の柔らかさを想像し、どこから噛み付くかを品定めしている、粘着質な殺意。


受動知覚パッシブ・パーセプション:警告》 《反応多数。前方12メートル。遮蔽物あり》


視界の端にあるミニマップが、赤く点滅を始めた。オレは呼吸を止めることなく、自然な動作で大樹の陰へと身を滑り込ませた。心拍数は上がらない。冷や汗もない。あるのは、「最初の客」をどう処理リサイクルするかという、冷徹なコスト計算だけだった。


大樹の陰から、オレは息を殺して顔を覗かせた。風向きは計算通り、風下だ。こちらの体臭(腐葉土と汗の匂い)は相手には届かない。


代わりに、風に乗って強烈な悪臭が漂ってきた。熟成された獣の脂、排泄物、そして洗っていない雑巾を生乾きにしたような、鼻粘膜を直接刺激する刺激臭。それが、これから遭遇する相手が「話の通じる隣人」ではないことを雄弁に語っていた。


視界の先、十二メートル。岩場と茂みの境界線に、三つの影があった。


【敵対種:ゴブリン(Goblin)】 脅威度:低(Low) 推定HP:7 ACアーマークラス:11(革鎧の切れ端)


緑色の皮膚、子供のような背丈、そして不釣り合いに大きな頭部。ファンタジー作品における最弱の代名詞。だが、現実はイラストほど可愛げのあるものではない。泥と血にまみれた皮膚には皮膚病のような斑点があり、裂けた口からは黄色く濁った牙が覗いている。手には赤錆の浮いた粗雑なナイフや、釘を打ち付けた棍棒が握られていた。


「……ギャッ、ギギィ!」


「グルゥ……!」


彼らは何かを奪い合うように喚いている。足元に転がっているのは、野兎の死骸か。獲物に夢中だ。こちらの存在(気配)には気づいていない。


(……AC11か)


オレは心の中で冷徹に値を弾く。ACアーマークラスとは、攻撃の回避しやすさと防具の硬さを総合した数値だ。一般人が「10」。つまり、こいつらは裸の人間より「ほんの少しマシ」程度の防御力しか持っていない。対するオレの攻撃修正値は、STR(筋力)ボーナス+4に加え、習熟ボーナス+2。合計「+6」。20面ダイス(d20)で「5」以上を出せば命中する計算だ。命中率は80%以上。さらに、相手はこちらに気づいていない「不意打ち(サプライズ・ラウンド)」の状態にある。


「処理する」


感情のスイッチを切る。オレは左手に握った石の重心を指先で確認し、岩陰から半身を乗り出した。投球フォームは、サイドスロー。草木に遮られない低い弾道で、直線的に叩き込むイメージ。


標的は、一番奥にいる、棍棒を持った個体。距離十二メートル。DEX(敏捷力)16のオレにとって、それは「そこに置いてくる」のと同義の距離だ。


ヒュンッ!!


風切り音が空気を裂くよりも早く、石礫つぶては着弾していた。


グシャァッ!!


熟したトマトをハンマーで叩いたような、湿った破砕音。ゴブリンの側頭部が、物理的に陥没した。悲鳴を上げる暇もない。眼球が飛び出し、衝撃で首が在らぬ方向へねじれる。その体躯が糸の切れた人形のように吹き飛び、岩に激突して動かなくなった。


《攻撃判定:クリティカル(Critical Hit)》 《ダメージ:1d4 + 筋力修正(+4) × 2 = 計 12ダメージ》 《対象は死亡しました》


「ギャッ……!?」


残った二匹が、仲間の頭が突然弾け飛んだ事実に理解が追いつかず、呆けた顔で硬直フリーズする。その一瞬の空白こそが、オレが計算していた「隙」だ。


「残り二匹」


オレは間髪入れずにスタートを切った。泥濘んだ地面を、足の指で掴むように蹴る。爆発的な加速。DEX16の俊足は、12メートルの距離を二秒とかからずに食い潰す。ゴブリンたちが我に返り、慌てて武器を構えようとした時には、オレの影はすでに彼らの目の前に落ちていた。


「遅い」


右の個体――錆びたナイフを持った奴――の懐へ、滑り込むように侵入する。右手の武器を振るう。さきほどへし折った、先端の尖った樫の棒だ。狙うのは首筋。


ドゴォッ!!


鋭い刺突音ではなく、重い打撃音が響いた。STR18の膂力りょりょくが乗った一撃は、ゴブリンの貧弱な鎖骨ごと頸動脈を粉砕した。だが、手応えがおかしい。


バキィンッ!


打撃の瞬間、オレの手元で樫の棒が弾け飛んだ。やはりだ。オレの筋出力が、武器の素材強度(耐久値)を上回ってしまっている。インパクトの瞬間に武器自体が自壊したのだ。


「ギィィヤァァァ!!」


最後の一匹が、恐怖と怒りで錯乱したように叫び、飛びかかってくる。仲間二匹を一瞬で殺されたパニックか、それとも武器が壊れたオレを好機と見たか。赤錆の浮いたナイフが、デタラメな軌道でオレの腹を狙って突き出される。


(……軌道予測。速度、遅い)


オレの動体視力には、その切っ先がコマ送りのように見えていた。回避行動ダッジを取るまでもない。オレは半歩踏み込み、突き出されたゴブリンの手首を、左手で無造作に掴み取った。


ガシィッ。


「……?」


ゴブリンの動きが完全に停止する。奴は顔を引きつらせ、ナイフを引き抜こうと必死に腕を引いた。だが、オレの指は万力のようにその細い手首に食い込み、ミリ単位たりとも動かない。骨がきしむ音が聞こえ始める。


「お前の筋力(STR)は精々『8』といったところか」


オレは至近距離で、怯えるゴブリンの目を見据えて告げた。言葉が通じなくとも、この「数値の絶望的格差」は伝わるはずだ。


「オレは『18』だ」


理屈の通じない、暴力的な数値差。オレは右手の拳を固く握りしめた。武器はない。だが、この拳こそが最強のハンマーだ。


がら空きの顔面。そこに、腰の回転と体重移動、そして背筋のバネを連動させた正拳突きを叩き込む。


ドォォォォンッ!!


人体の殴打音ではない。濡れた雑巾をコンクリートに叩きつけたような、湿った爆発音が森に響き渡った。ゴブリンの顔面中央が陥没し、首が物理的にありえない角度へねじれる。その体躯が数メートル後方へ弾き飛ばされ、泥の中を転がってピクリとも動かなくなった。


《戦闘終了。勝利》 《経験値(XP)を50獲得》


静寂が戻った森で、オレは息を一つ吐いた。心拍数は……わずかに上昇しているか。戦闘興奮アドレナリンの分泌を確認。だが、思考はクリアだ。


拳を確認する。皮が少し剥け、ゴブリンの汚い血が付着している。骨に異常はない。やはり、その辺の木切れを武器にするより、自分の肉体を信じた方が効率(燃費)が良いかもしれない。この世界において、オレの体こそが最高の凶器であり、最大の資産アセットだ。


「……さて、回収ルートの時間だ」


オレは感傷に浸ることなく、転がっているゴブリンの死体へと歩み寄った。死体漁り。現代日本では重犯罪であり、倫理的にも忌避される行為だ。だが、ここはデス・ワールドだ。彼らが持っていた物は、オレが生きていくためのリソースになる。奪わなければ、奪われる。単純な自然の摂理ルールだ。


腰の小袋を探る。中から出てきたのは、銅貨の一枚すらなかった。代わりにあったのは、火打ち石と、小汚い布に包まれた干し肉のような塊。そして、死に際に落とした、赤錆だらけのナイフ。


【アイテム:ゴブリンの粗悪なナイフ】 ランク:ゴミ(Junk) 攻撃力:1d4 特性:破傷風のリスク(命中時、CONセーヴ失敗で病気付与) 耐久度:極低


「……世知辛いな。だが、火種フリントと刃物は当たりだ」


オレはナイフを拾い、泥で血糊を拭った。切れ味は最悪だろうが、獲物の解体や、木の加工には使える。そして、干し肉。何の肉かは不明だ。鼻を近づけると、獣臭さと燻製の香りが混じっている。衛生状態は最悪だろう。普通なら躊躇する。だが、オレの腹は鳴っていた。STR18の肉体を維持するには、膨大なカロリーが必要だ。


《リスク計算:食中毒の可能性……中》 《対抗策:耐久力(CON)18による免疫システム》


「……食えるな」


オレは干し肉を口に放り込んだ。硬い。塩辛い。そして古タイヤのような臭みがある。だが、咀嚼し、嚥下した瞬間、胃袋が熱を持った。毒素を分解し、栄養素だけを抽出して吸収していく感覚。オレの「鉄の胃袋」は、この世界の粗悪な食料さえも燃料に変えることができるようだ。


オレは立ち上がり、空を見上げた。鉛色の雲の切れ間から、日が差し込み始めている。時刻は午後だろうか。


装備なし。金なし。仲間なし。あるのは、初期値カンストの肉体と、頭の中にある冷徹な計算機だけ。だが、不思議と不安はなかった。自分の心臓の音と、ゴブリンを粉砕した拳の感触が、この世界での生存権を主張していた。


「問題ない。……計算通りだ」


オレはナイフを腰のベルト(ジーンズのそれだ)に差すと、再び森の奥へと歩き出した。最初の一歩は踏み出した。次は、より安全な拠点と、まともな情報を手に入れる。生存戦略サバイバルは、まだ始まったばかりだ。

【管理者ステータス】(第1話終了時点)

名前: トール

レベル: Lv.1

クラス: ファイター

HP: 14 / 14


装備:

メイン: ゴブリンの錆びたナイフ

サブ: 石ころ × 4

防具: ボロボロの衣服

装飾: なし


能力値:

STR:18 / DEX:16 / CON:18 / INT:13 / WIS:10 / CHA:8


経験値 (XP):

現在: 50 (次Lvまで 250)


所持スキル:

戦闘スタイル(防御)、底力(Second Wind)


【パーティメンバー】

なし

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