ルルさんは心配性
「きゃっ…やめ…」
「あ?!口答えすんじゃねえよクズがよ!!」
私の背中を蹴る音が教室中に響く。他の生徒は眉を顰めてヒソヒソ話していた。
数ヶ月前
私は親の都合で隣町へ引っ越した。新しい学校はだいぶ治安が悪く有名だそうだ。私は少し不安に感じながらも学校へ入った。
教室に入って自己紹介をした後、1人の女子生徒の隣に案内された。
「よ、よろしくお願いします…」
「よろしく。あんたさぁ、その髪何な訳?」
眉を顰めて不機嫌そうに話す女子生徒。
「あっ…えと…」
私は彼女の目が怖くて言葉が出てこなかった。
「だっさ。おいなんか言えよグズ!!」
そう言って彼女は私の髪を掴んだ。
「いたっ…」
なんで?私が何をしたの?
「ご、ごめんなさ…」
「あ?!」
イラついたように彼女は私に私の教科書をぶん投げた。教科書は床に落ち、私が悶えてる間も彼女と取り巻き達はゲラゲラ笑っていた。
「ほら拾ったら?w」
そう言って教科書を蹴り飛ばす主犯格の女子生徒。私が助けを求めようと周りを見回してもみんなこちらをチラチラ見ながらヒソヒソ話しているだけ。そして1人こちらをぎらりと睨む人物がいた。その人物は派手なピンク髪のウルフカットでピアスがたくさんついており、私は彼と目が合った瞬間身震いした。
暑くなってきた六月下旬、私は今日もいじめられるのかと足を重くして学校へ向かった。
「よっ。」
笑顔で肩を叩いてきたのはあの女子生徒だった。彼女の笑顔の中には殺意を感じた。
「お前今日も覚悟しとけよ。」
スッと笑顔が消え私を睨みつけるその目は殺意以外の何者でもなかった。
放課後、あの女子生徒の取り巻きの1人に話しかけられた。
「な、なんでしょう…」
「お前綾部に呼ばれてんぞ。殺されるんじゃない?w」
綾部とはあのピンク髪の男子生徒のことらしい。どうやらこの学校一の不良らしく、私は一気に青ざめた。
恐る恐る待ち合わせ場所へ行った。そこにはすでに彼は立っており、スマホをいじりながらこちらを睨んだ。
「ひっ…」
私は思わず後退りしてしまった。
「おい何逃げてんだよ。」
不機嫌そうに舌打ちをし、こちらへ近づいてきた。
殺される。
そう察知した私は無意識にしゃがみ込んでいた。彼が手を伸ばした時、私は必死に蹲っていた。
そして殴られると思った矢先、彼は私の頭をポンポンと撫でた。
「え…?」
「泣くなよ。」
初めて優しい言葉をかけられた私は思わず涙が溢れた。
「ごめんなさ…」
「なんで謝んだよ、意味わかんねえ。」
「えっと…ありがと…ございます…」
私は小さくお礼をしてそそくさと逃げるように去ってしまった。あんな言葉をかけられたのは初めてだった。嬉しかった。私は明日改めてお礼を言おうと決意した。
次の日、またしてもあの女子生徒が話しかけてきた。私は急いで彼の方を見た。しかし彼はスマホを見ていてこちらを一つも見ていない。
「何、綾部に助け求めようとしてんの?舐めてんじゃねえよゴミ女。」
そう言って私の腹を蹴り飛ばした。
「いたっ…」
「へっ。ざまあ。二度と調子乗んなよ。」
私を睨みつけて頭から水をかけ、去って行った。
びしょ濡れの体を床から起こし、こっそりとトイレへ向かった。
「だいじょぶ?」
通りかかった綾部さんは無表情で問いかけた。
「あ…はい…」
私は大丈夫と言おうとしたが、それより先に彼はハンカチを差し出した。
「ん。やるよ。返さなくていいから。」
そう言ってそっぽ向きながら手渡された可愛いハンカチを私は笑顔で受け取った。その間も彼はそっぽを向いていた。
「あの…綾部さんの下の名前って…」
「…聞きたいのかよ。」
綾部さんが一瞬戸惑ったように見えた。
「…縷々。俺は縷々。」
「…!私有恵って言います!」
私は縷々さんから貰ったハンカチを大事に握りしめ、あの女子生徒について聞いた。
あのいじめっ子は平村純奈と言うらしい。純奈はプライドが高く、すぐに人をバカにする性格のようだ。縷々さんは気だるそうに話しながら頭を掻いた。
「お前さ、復讐したいとか思わねえの。」
「え…?」
復讐。そんなこと考えたこともなかった。どっちみち私が復讐をしようとも返り討ちにされるに決まってる。すると縷々さんが口を開いた。
「俺がなんとかする。その代わり条件だ。」
「条件?」
縷々さんは少し顔を赤らめたと思ったらぼそっと言った。
「…俺と付き合え…お前…」
私は驚いて言葉を失った。意外すぎたのだ。あの縷々さんが言うなんてイメージすら湧かなかった。
「は、はい…!!」
「ばっ…バカお前…危なっかしいだけだし…」
耳まで赤らめながらボソボソ言う縷々さんが可愛かった。
次の日、縷々さんは復讐を実行してくれるらしく、色々考えていた。いつも通り嫌味を言いにきた純奈が私の肩を叩く。
「おい今日は金出せよ。」
「拒否権ねえからな。」
周りの取り巻き達も囃し立てる。
「ふーん。じゃあてめえらも俺に金出せよ。」
いつの間にか純奈達の背後には縷々さんが立っていた。意味わかんねー。と顔を見合わせる純奈達。
「あとこいつ俺の彼女な。いじめてんじゃねえぞ雑魚のクソナメクジ共。」
縷々さんの強烈な毒舌に一瞬怯んだ純奈達だったがプライドは捨てずに強がって言い返した。
「はぁ?なんだよそのよく回る口はぁ?!舐めてんじゃねえぞコラァ!こいつが彼女ぉ?笑わせんなよ!」
そう言って純奈は縷々さんの胸ぐらを掴んだ。しかし縷々さんが怯むわけもなく真顔の冷たい目で純奈を見下ろし、私の頭に手を置いた。
「俺こいつのことギャンブルと酒のためのATMとしか思ってねえから。」
私は驚愕しかなかった。あの告白は嘘だったのか。あの照れも演技だったのか。私は縷々さんの全てを信じられなくなった。
放課後、私は縷々さんを呼び出した。
「…どういうこと…?嘘だったの…?」
私の目からは大粒の涙が溢れそうだった。
「いや…嘘。」
「…へ?」
「あの場を乗り切ろうと…ごめん。」
不器用な縷々さんに私は信頼が戻り、クスッと笑いが漏れた。しかしながら縷々さんがギャンブルや酒が好きなそこまでのワルとは思いもしなかった私は帰宅途中思い出してはニヤケが出てしまった。
次の日、いつも通り純奈にいじめられ、私が縷々さんからもらった可愛い猫のキーホルダーが壊されてしまった。
「なにこれ可愛くなーい。ゴミじゃん。」
そう言ってキーホルダーを踏みつける純奈に私は初めて怒りが湧いた。
「バカにしないで...!それは縷々さんからもらった大事なものなの...!」
私は必死に返せと訴えたが、純奈は悪びれたり怯むどころか爆笑しながら肩を叩いてきた。
「こんなん綾部がてめえにあげるわけねえだろw身の程わきまえたら?」
すると純奈の後ろに見覚えのある背の高い生徒が現れた。縷々さんだ。
「お前俺の浅木になにしてんの?」
私を庇うために殺気立った目で純奈を睨みつけるその目と純奈を逃さないよう肩を掴むその手に私は惹かれた。
しかしこのままだと本気で純奈を殺してしまいそうだったので私は縷々さんにもう許してあげてと説得した。縷々さんは不満そうに私を見つめてから渋々諦めてくれた。しかしそれがいけなかった。
純奈の怒りに私が火をつけてしまったようで、純奈は私を逆恨みするようになった。来る日も来る日も更にエスカレートしたいじめになっていき、縷々さんが喝をいれてもプライドの高い純奈が怯むことはなかった。
私がもう諦めようと縷々さんに言ったが、縷々さんは
「俺が言い出したんだ。てめえが何言おうと俺がなんとかする。」
私は思わず泣いてしまった。ぼろぼろと止まらなかった。私はなんとか止めようと頑張ったが縷々さんに守られてる嬉しさと純奈への怒りで止まらなかった。そんな私を縷々さんは少し戸惑いながらも不器用な動きで抱きしめてくれた。
「ありがとう。」
こんな言葉しか出なかった私を悔やみたい。
縷々さんをバカにしたこと、私をいじめること、そんな純奈を私は許さない。絶対に更生させてみせる。
その次の日、私は純奈に屋上に呼び出された。
「お前まじうざいんだけど。とっとと消えてほしいって感じ?」
スマホを弄りながら苛ついたように言う純奈。私は縷々さんに屋上に行くなんて言ってないし、来てくれるはずもない。
その時純奈が私を屋上から突き落とそうとした。私はとっさに避けて回避することができたが、純奈の火に油を注いでしまったようでヒステリックに叫びながら襲いかかってきた。
「死ね!!てめえなんか死んじゃえ!!消えればいいんだよクソ女が!!」
狂ってしまった純奈に怯えて私は後ずさりながら縷々さんが気づいてくれることだけを願った。
「いやああああ!!」
ふと突然純奈が叫んだと思ったら、純奈の背中からは血が滲み、腹からは刃が見えていた。
私は思わず叫び、ちらっと目があった。縷々さんだ。何度も純奈の背中を刺したようで返り血を浴びた無表情の縷々さんが立っていた。私の思考は停止し、なんでという言葉を震える口で繰り返していた。純奈は最後に痙攣してから動かなくなり、屋上は私達三人だけの悲惨な状態だった。泣きわめく私を縷々さんは血を浴びた温かい体で抱きしめてくれた。いつも通り無表情で遠くを見ていたが、その目からは縷々さんなりの優しさが見て取れた。