第五話 ニノハラ リョウ
「おねえさまこのおんなはだれですかわたしをすてるのですかどういうことですかわたしすてられるならおねえさまをころしてわたしもしにますがどういうことですかねぇおねえさまおねえさまおねえさまおねえさま……」
いや怖いわ。
とあるマンションの一室。
マコ姉を社長に頂いた(不安要素しかない)新アイドル事務所が誕生した。
「ってここ俺の部屋ぁ!!」
「仕方ないだろう。条件に合う部屋が空くのが来週なんだから……」
偉そうにふんぞり返るマコ姉が腹立たしいが、期間限定というのなら……。
……何故かこうやってなし崩しに色々な物を奪われてきた過去の記憶が走馬灯のように……。
え? 弟の物はわたしの物? そんな訳あるかぁ!
「ていうか、随分格安の場所を見つけてきたねぇ」
マコ姉が、俺が渡した物件情報を見ながら感心したように呟いた。
「あぁ、それ事故物件なんだって。と言ってももう何人も住んでるから本来ならもう告知義務はないんだけど、親切な不動産屋さんで教えてくれたんだ」
俺の言葉に、ピシリと部屋の空気が固まった。
「事故……物件?」
「何人も住んでるのに……家賃を相場に戻さない……?」
「……なんで来週から入居できるんだ? 今の住人は転勤か何かで引っ越す予定なのか?」
若干凍り付いてたマコ姉が、引きつった笑いを浮かべている。
「いや、五日前に住み始めたばかりらしいんだけど……。不動産屋さん曰く、一週間保った人いないからそろそろじゃないですかぁ? って。
来週からなのは、いちおうクリーニング入れてくれるんだって」
親切な不動産屋さんだったなぁと思い出していると、周囲が静まり返っていた。
「どうかした?」
「っ!? どうしたもこうしたも! 絶対ヤバくないかそれ?! いやだいやだ! そんなとこ事務所にしたくないよぉ!!」
「わ、わたしも嫌ですっ!!」
「……あ゙?」
俺の冷えた声に、我儘を言い出したマコ姉と駄原が固まる。
「無職で資金も貯金もないヤツが何言ってんだ? 贅沢言ってる場合か? あぁん?」
特に駄原。お前、自称・女神なんだからナンカ出てもどうにかできるだろ。
事務所の物件が空いたら絶対追い出してやると、改めて決意を固めながら俺の部屋だった場所に集まってるメンバーを見回した。
自称異世界の女神。この世界でアイドルになって信仰を集めようとしているポンコツ・駄原天歌。
ポンコツ女神の聖女、頼もしい剛腕の持ち主・エリシアさん。
ポンコツのお世話係・まどかさん。
ポンコツの更に上を行く奇人変人で俺の実姉・マコ姉。
そして……。
マコ姉の背後に、それこそ背後霊のようにピタリと張り付く美少女。
それが、無職になったマコ姉を慕ってついてきたというアイドルのタマゴ・棗静音だった。
「ねぇおねえさまなんでへやにおとこがいるんですかおねえさまはわたしをうらぎるんですかおとこなんておとこなんておとこなんて……」
「いやアイドルデビュー無理だろ」
デレの一切見えないヤンデレは単なる病んだ人だ。
ガンギマリした目をマコ姉に向けて、呪詛のような言葉を紡ぎ出す棗は……絶対アイドルに向いていないと断言できる。
ついでに男嫌いっぽいのが致命的だ。多様性の時代とは言え、女性アイドルのファンの大半は異性だ。
「なにをいうんですかわたしはおねえさまのためならあいどるのひとつやふたつやみっつやよっつこなしてみせますわ。このおとこがぁ」
性別・男というだけで、ここまで敵意を向けられたのは初めてだ。
俺がどうしたらいいのか困惑していると、見かねた……いやあれ面白がってたな? マコ姉が棗に声を掛けた。
「あれ、わたしの弟。よろしくな」
「……おねえさま……の……おとうと? 失礼いたしました。わたくし棗静音と申します。おねえさまにはいつもお世話になっておりますわ。
……先程までお見苦しい姿を見せてしまい失礼いたしました。
この棗、おねえさまの為ならたとえ火の中水の中、アイドルのテッペンだって獲ってみせますわ。ちょちょいのちょいですわ」
ですので、おねえさまをくださいませ。
三つ指ついて深々と頭を下げる棗からは、さっきまでの狂気は綺麗に隠されて……いや所々はみ出してたな?
それに……。
「棗さん……。姉をよろしくお願いいたします」
俺も深々と頭を下げる。
ポンコツでジャ〇アンなマコ姉を引き取ってくれるのなら、神にも等しい存在だ。願ってもないっ!
隣でスナック菓子をボリボリ貪ってるどこぞのポンコツ女神よりもずっと神っ……!!
「ってそれ俺の隠しおやつっ!!」
「……と言う訳で、アイドルを目指すんだが……」
結局全部差し出すことになった俺のオヤツたちは、まどかさんの手によって綺麗にパーティ開きされ、円陣の中央に配された。
それを囲みながら語るのは……これからの展開だ。
「確か……寸獄かわうささんってブイチューバーを誘いたかったんだっけ?」
マコ姉が駄原を促す。
こくりと頷いた駄原が口を開こうとして……口いっぱいに放り込んでいたカー〇に噎せた。
ていうか、それ大事に食えよっ! 今こっちじゃ買えないんだぞっ!!
「んぐっ! ううんっ! 小巻くん飲み物お替りです。まったく信徒のくせに気が利きませんねっ!」
「……頭から水でもかけてやろうか?」
俺の言葉ではダメージを受けなかったようだが、俺の背後からニコニコと微笑みながら駄原を見つめるエリシアさんに気づいたようだ。
……眇めた目の奥が全然笑っていないエリシアさんに。
「むぐぐ……」
唸る駄原を後目に気になったことを問いかける。
「だいたい、駄原。寸獄かわうささんをどこで知ったんだ?」
確か葵のところで見た、葵が今推してると言ってた配信者の一人だったはずだ。
「えっと、この黒い叡智の結晶で……。あ、これですこれです」
駄原の指が黒いスマホの上を滑る。
見覚えのあるアイコンをタップすると、葵の家でも見た画面になった。
ちょうど配信中だったのか、やっぱり見覚えのあるうさ耳銀髪の女の子が歌っている。
「彼女が……?」
エリシアさんが興味深げに画面を覗き込む。
そして明後日の方向を見ながら興味ないふりをしているが、どこかソワソワした様子のまどかさん。
「……確かに彼女、歌も上手いしトークも出来てる。自分で設定したキャラを自然にこなしてるし……アイドルとしての素質はあると思うわ」
「おねえさまぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
珍しく真面目なマコ姉が冷静に分析している。
……その後ろにいる背後霊が全てを台無しにしているが。
「どういうことですかねぇおねえさまおねえさまおねえさまおねえさまわたしというものがありながらほかのおんなにうつつをぬかすなんてうわきですかどうなんですかおねえさまおねえさまわたしはおねえさまだけなのにおねえさまは……」
「静音、ステイ」
「わふん」
……俺は現実から目を逸らした。
「でしょ? わたしのアイドル活動に相応しい信徒候補だと思うの!」
ヤンデレを無視してどやっとする駄原の胸がぽよんと揺れる。
黙ってればアイドル向きなんだよなぁ……。
……まぁ、頑張れ。
「だけど……。顔出ししてないのがねぇ。ブイチューバーとしては当たり前なんだけど……。
もしかしたら、中の人はちょっと……アイドル向きの顔じゃないかもしれないし……。
そもそも女の子かどうかも分からないし……」
「そうですね。それに……」
エリシアが他の配信者のリストがあるDemetelのトップ画面を見ながら何か考え込んでいる。
「……どうかしましたか? エリシアさん」
この中で常識枠のエリシアさんを悩ませるとは何事だ。
エリシアさんに何かあれば……俺が困る。大変困る。
「この配信者……神の手が入ってますね。
いえ……そもそも……このアプリ自体……? 神の干渉を受けて作られたものかと……」
何の意図が? と首を傾げるエリシアさんの言葉に、その場はしぃんと静まり返った。