第三話 ギル・A・ヤマト
『もうこんな時間になりましたし、今日はコレでお開きにするでございます』
昨日。
アパートでまどかさんがそう言って俺達は解散した。
とにかく三人がそれぞれ調べてまたアパートに集まる事になった。
どんな方法でアイドルになるのか?
昨日はブイチューバーも一つの方法として挙げられたけど、やっぱり喉に引っかかるものがある。
──ファンの理想のキャラクターを演じ切るのが、本当の偶像というものではなかろうか。
(……方法も調べる必要があるけど、アイドルの方向性も定めた方がいいよな)
学校のクラスにいる俺はそうして駄原の席を見た。
今は朝のホームルームが始まる一分前。
クラスメートのみんなは集まっているはずだが、俺の視線の先に彼女は──いない。
駄原の机はスッカラカンだった。
彼女は一体どこへ行ったんだろう?
その事に頭を回していたら、不意にスマホの振動でポケットが揺れた。
スマホの画面を見ればメール通知が一件。差し出し相手の名前は『偉大な偉大な女神様』……?
誰?
(……………………駄原か!?)
なんちゅう名前を付けているんだ、と思ったら件名が『お金借りるね』って……誰の? え、まさか。
猛烈に嫌な予感がした俺は大急ぎでメールを開いた。
『この世界における信徒第一号「小巻くん」よ。
私はアイドル調査のカツドウヒ? チョウサヒ?
の為に貴方のコウザからお金を少しお借りしました。
なんでできたかと言うと《魔法》です。
とりあえず今日は調べるので学校遅れます。
なので先生に言っておいてください。
お金は後で返します』
(何やってんのあの人!?)
キーンコーンカーンコーン。
ホームルーム開始の鐘が鳴り、雑談に勤しんでいたクラスメイト達が急いで自分の机へ戻って行く。
そんな中で俺は……頭を抱えるしかない。
(いやいやいや、なんで俺のお金が……いや今はどうしようもない。とりあえず駄原から話を聞くとして)
「始めるぞー」
大人の声が聞こえたと思ったらガラリと教室の扉が開いた。入ってくるのは教師一人だけ。
それがいつもの平日朝の光景だ。
いつもなら。
「え……あの人誰?」
「スッゲーかわいいじゃん。惚れそー……!」
「ちょっと男子、初対面にそれはないでしょ〜」
ザワザワと静かに騒ぐ生徒達。
その原因は教師の後から入ってきた金髪の女性。
垂れ目の中にある宝石のような金色の瞳に、夜空に煌めく星の輝きを思わせるロングヘア。
一つの動作だけでキラキラ光っているように見えて、まるで御伽話から現れたようだった。
教壇に立った教師が口を開いた。
「みんな、見ての通り海外からの転入生だ。わからない事だらけだと思うから、教えてやって欲しい」
そうして教師の隣にいた"転校生"は一歩前に出て、丁寧なお辞儀をした。
でもなぜだろう。ここは日本なのに、お辞儀をする彼女はまるで……聖女のようだった。
「エリシアと申します」
……まるで聖女のよう?
「とても遠い場所から来ました。みんなとは仲良くしたいので、どうかよろしくお願いします」
(いや待て、もしかして?)
微笑むエリシアに対して俺は、場違いにも似た違和感、それと既視感を感じた。
この不思議な感覚……すごく見覚えがあるぞ。
「それじゃあエリシアの席は……丁度いいところに空席があった。昌君の隣で」
しかも俺の隣の席というオマケ付き。
運命のよう、というか凄い意図的だ。
「その様子だと気づいているようですね。後でお話ししませんか?」
俺の隣へ来たエリシアさんが微笑んでそう言って来た。
ほらやっぱり。
それから時間が経って。
「貴方の名前は小巻 昌さんであっていますか?」
「はい……というか俺の名前よく知ってましたね」
昼休憩。
教室の後ろにある空いた場所で、俺とエリシアは向き合っていた。
彼女とは何の接点もないはず。
ただ思い当たるのは一つある。
その予想をなぞる様に彼女は答えてくれた。
「我が主人である天歌様の使命に付き合って頂いてる方ですもの。お名前ぐらいは」
「我が主人……ということはやっぱり」
「ええ」
そうしてエリシアさんは指をパッチン。
綺麗に鳴ったと思ったら周りの音が急に遠くなる。
「別世界の主神様からお目付け役として遣わされました」
そんな中でエリシアさんは長いスカートを掴んで広げ、片足を後ろに出してクロスと、西洋のお嬢様らしい挨拶を披露しながら告げる。
「天歌様の巫女……聖女エリシアと申します」
ファンタジー世界から来た人だからか。
エリシアさんは優しさと暖かさを内包する光を放っていて、とても神秘的だった。
(…………駄原より神様っぽい)
俺はとても失礼な事を考えていた。
それからまた少し経って。
「ええと話を纏めるとして。つまりエリシアさんは駄原さんがしっかり信仰を集めているか、サポート兼監視役として来たんですね?」
「はい。心配した主神様からの神託でここへ参りました」
エリシアさんは駄原と同様、別の世界からやって来た人だ。ただエリシアさんは神様ではなくて、神様に仕える聖女らしい。
お目付け役に選ばれたのもそんな関係だからだそうな。
ちなみに転校とかその辺りの手続きは、ここの神様が魔法うんぬんで解決したそうだ。便利だな魔法。
「それで天歌様は一体どこへ? ここへ入学していると聞いて、アマテラス様にお願いをしてここへ転入させてもらったのですが」
すごく心配そうにエリシアさんは聞いて来た。
あとアマテラス様って天照様の事?
「実は駄原さんはアイドルを目指してて」
「……アイドル? あの歌って踊っての?」
「はい、あの歌って踊っての」
一瞬ポカーンとするエリシアさん。
まあ信徒を増やそうとして、アイドルになろうは繋がらないだろうね。
「……なるほど。磨いた歌唱力や、ダンスの上手さ。そしてTVといったエンタメ出演で人気を勝ち取り、同時に天歌様自身も磨き、彼女の信徒を増やす。そう言う作戦なのですね」
と思ったら一瞬で正解を当てやがった。
「そして天歌様はそこまで理解してないと……」
「最後の言葉含めて理解が早いですね!」
「ハハハ……聖女ですから」
そう言っているエリシアさんは、どこか疲れている……後ぷるんぷるん揺れる胸のそれは異世界だと標準装備なのかな?
それはともかく、俺の話を聞いた彼女は凄く安心したように息を吐いた。
「あぁでも良かった。アイドルなら魔法は使用していないようですね」
「ん、魔法ですか……?」
「ええ。天歌様は魔法に関してはドジっ子というか、ここぞという時に大失敗する癖があるので」
大失敗。
今朝の「魔法使ったから」とか書いてやがるメールを送られた俺にとって、それは恐ろしくも聞くなというのは無理な話だった。
「……例えば?」
俺の質問に対してエリシアさんは、少し疲れ気味な息を漏らして答えてくれる。
「とある村での祭事で、天歌様がもっと賑やかにしようと雷魔法を使ったら、村の教会が燃えたり……」
「え」
何やってるんですか神様?
「信徒達のお金をたくさん増やそうと、信徒の金を集めて馬の賭け事に使って全部溶かしたり……」
「え?」
本当に何やってるんですか神様!?
「その他にも調子に乗って聖遺物(己自身の)を壊したりとか」とか「その時どれだけ私が謝罪したか」とか、大失敗エピソードが彼女の口から大量に流れていくのだ。
しかもそれが全部、魔法が原因で起こった大失敗エピソード……俺の口座は大丈夫、かな?
「──ふぅ。すみません小巻さん。あのお方はよく失敗するので、愚痴みたいに話してしまいました。でも今回は大丈夫そうですね」
恐怖でブルブル震えている俺を他所に、エリシアさんは安心しながらそう言う。
「転移前には口酸っぱく言いましたし、そもそも他の神様が収めている星で無闇に別系統の魔法は──」
「すみませんコレ見てください」
俺は反射的にスマホを差し出していた。
今朝届けられたあのメールを画面に出した状態で。
「……えっと、これは叡智の結晶、いえスマホですか……え?」
その瞬間だった。
彼女もそのふざけた文章を読んだのだろう。
さっきまで苦労人な雰囲気が、あら不思議。
「あれ、なんか寒くない? コート着たいんだけど」
「いやいや冬じゃないんだから……ヘッブシ!?」
「──お金借りる? 魔法使う? フ、フフ……」
雰囲気の温度(?)が絶対零度まで下がってる!
「フフフまぁ使っちゃいますよね。アレでも神様ですから魔法封じできませんし……けどアレだけ言ったのに……フフ、フフフ!!!」
エリシアさんが凄く不気味に笑ってるし、闇のオーラみたいなの出てるし!?
「小巻くん! 信徒第一号さん!!」
するとエリシアの後方から煩い足音と共に、その神様が教室へ入って来た。
学校内なのに全力で走ってるし、そもそも学校を休むなとか俺は言いたいことが沢山あったが。
「まどかさんと一緒に調べて────ひいっ!?!?」
悪鬼の如く闇オーラを滾らせたエリシアさんを見て、俺は静観する事にした。駄原も彼女を見た瞬間に顔真っ青になってるし。
ビクビクしてる姿は……まさに猫に追い詰められたネズミのようだ。
「なんで、ここに、いるの……鉄拳の、エリシア」
……え、鉄拳? 聖女じゃなくて?
するとその『鉄拳』が笑顔で駄原に問う。
目は全く笑っていなかったが。
「そんな事はまぁーーたく! どうでもいいです。それよりもコレ……本当ですか?」
エリシアが差し出すのは『あのメール』が写っているスマホ。それを見た瞬間に魔法の事が気付いたのか、すごいスピードで冷や汗を垂らしながら駄原は言った。
「………………………………………………チガウヨ」
……とりあえず駄原。
相手の目を見ながら言った方がいいと思う。
今回は意味ないけど。
つまりギルティ。
「本当に、ですか?」
「…………ウン」
「……本当にですか、あ・ま・か・さ・ん??」
段々近づくエリシアさん。
どんどん顔をスマホから背ける駄原。
流石の駄原もコレには無理があると思う。
「スタコラサッサーーーーー!!!!!」
「あっ、逃げた!?」
全力疾走で教室から出ていきやがった!?
しかもウサインボ◯ト並に速い!?
「ヒャッハー! 私は神様ですよ! たかが人間に遅れを取りませんよヒャッハー!!」
追いかけて廊下に出た俺が見たのは、こちらを見てセリフを吐き捨てた駄原だった。
……言動がもはや神様じゃなくて三下世紀末野郎だ。
ただ。
「──速い」
俺はその速さに感嘆の息を漏らした。
「甘いですね天歌様」
「ハハハッ!! いくらエリシアでもこれはっ!!! …………なん……だと……」
──駄原ではなく、エリシアさんの速さに。
エリシアさんは既に駄原の前に立っていた。そして彼女は拳を構えている。
「私がなぜ"鉄拳"と呼ばれているか忘れたのですか?」
エリシアさんの拳に宿るは白いオーラ。
俺は初めて見たけど、多分アレが魔力なんだろう。
そして彼女は音を置き去りにする速度で拳を放った。無駄もない的確で強力な一撃を駄原に向けて。
「全ての敵を拳で下して来たからです。いつも逃げる天歌様も含めて」
「ぞげふっ!??!?」
清楚系美少女が絶対出したら駄目な声を出しながら駄原が直上に飛ぶ。あ、天井に顔が突き刺さって、てるてる坊主みたいになっちゃった……。
……最初に話してた時の、不気味な感じはどこへ行ってしまったのやら。
それからまたまたまた少し経って。
「タ、タチュケテ、カミサマ……」
「天歌様だって神様でしょうに、ならアレですか? お父様である主神様に報告を──」
「ソレダケハヤメテ!?」
てるてる坊主だった駄原を救出(?)したエリシアさんは、そのまま駄原の片足を掴んで引きずっていた。ちなみに顔が突っ込まれた天井は魔法で治っている。
ただあの〜……スカートの中身が周りに丸見え──
「エリシアさんだよねあの人。かっこいい〜」
「あの人、マジでモデルクラスじゃないか。いや、本当に凄いな」
「先程の格闘術、かっこよかったですわー!」
周りの人全く気付いてない。
認識阻害の術か本当に便利だなアレ。
というかエリシアさんの美しさとカッコ良さしか言及されてないな……カリスマか。
「そういえば駄原……さんって、なんでここに来たんだ?」
とにかく話を戻そう。
タイミングが致命的に悪かったから、ジ◯ンプ並の戦闘シーンを見る事になったが、元々駄原が何かを掴んでここへ来たはずだ。
「そうそうまどかさんと探してて、気になる情報を見つけたんです」
そう言ってちゃんと立った駄原は叡智の結晶もといスマホを取り出した。
そしてそこに写っていたのは……。