第十三話 でんでろ3
寸獄かわうささんこと俺のクラスメイトの長谷部幸祐里さんは出されたお茶を飲み干す頃には落ち着きを取り戻した。
「いやでもビックリしたよ」
寸獄さんは言うけど、
「俺も驚いた」
この世間の狭さはなんなんだ?
「まぁ、でも、これでやっとフルメンバー揃ったワケね」
マコ姉がパチンと手を鳴らしながら言った。
「寸獄さんの歓迎会をしないといけませんね」
まどかさんに言われて俺はある事に気が付いた。
「その前にこの事務所の発足のお祝いの会をしてないな」
「あー、そういえばすっかり忘れてた」
マコ姉がなんだか悔しそうに言う。
「あのぅ!」
主張の強い声の主は寸獄さんだった。
「なに?」
俺が聞くと寸獄さんは続けた。
「せっかくフルメンバー揃ったのならPVを作りませんか?」
「PV? 何の?」
「この事務所のです」
「この事務所の?」
「そう! だってこの事務所って事務所ごと箱推ししてもらうんでしょ?」
「う、うん」
「だから、この事務所のPVを作るんですよ!」
「なるほど。でも、どんな風に?」
すると、どこからともなく軽快なイントロが流れて来た。
寸獄さんがスックと立つとその手にはいつの間にか一本のマイクが握られていた。そして、歌い出した。
♫私は寸獄かわうさ♫
♫『こんかわ』でお馴染みのVtuber♫
♫流れる速さのコメント♫
♫飛び交うアイテム演出♫
♫拾って捌いて感謝して♫
寸獄さんは歌詞に合わせてリズミカルにテキパキと動いて見せた。
♫だけど今日から♫
♫アイドル始めちゃいます♫
♫ギャルっぽくって驚いた?♫
♫こんな私も愛してね♫
寸獄さんは大袈裟に可愛いくお嬢様っぽいお辞儀をした。
♫ベールを脱いだ私に♫
♫私だって戸惑ってる♫
♫これからの私にご注目♫
♫それでは『おつかわ〜』♫
寸獄さんは「おつかわ」のポーズをするとまどかさんへマイクを渡した。いきなりのことに一瞬戸惑ったまどかさんだったが美しい声で歌い出した。
♫私は峯崎まどか♫
♫形を成した都市伝説♫
♫歌を司る女神♫
♫でも神とは異なるもの♫
♫いろんな名で呼ばれるわ♫
まどかさんは遠い過去を思い出して寂しそうな表情を見せた。
♫だけど今は♫
♫まどかと呼んで♫
♫歌には自信があるのよ♫
♫今聴いてもらってるわね♫
まどかさんは騒がしくも幸せな毎日を愛おしむ様な表情を見せた。
♫みんなの歌が私を創る♫
♫私がみんなの歌声♫
♫さぁ! 皆で歌いましょう!♫
♫心を通わせて♫
まどかさんはそっと優しくマコ姉の目を見ながらマイクを渡した。マコ姉は任せろとばかりに笑ってマイクを握り締めた。
♫私は小巻真子♫
♫この事務所の麗しき社長♫
♫元エリプロの敏腕社員♫
♫金と酒にはうるさいわよ♫
♫私に着いて来なさい♫
マコ姉はひとりひとりと目を合わせドンと胸を叩いた。
♫だけど私だってね♫
♫道に迷うこともある♫
♫でもみんなが居るから♫
♫一緒に進んで行けるから♫
今度は皆が頷きながらマコ姉に熱い視線を返した。
♫進む先に待つのは♫
♫切り立つ山か? 荒波か?♫
♫何があろうとも挫けない♫
♫私たちは負けない♫
マコ姉はマイクをもらえると期待している棗をスルーしてエリシアさんにマイクを渡した。エリシアさんは棗に優しい視線を投げると歌い出した。
♫私は聖女エリシア♫
♫天歌様にお仕えする♫
♫手伝ったり支度したり♫
♫あとはいろいろとね♫
♫メイドさんとは違うかな♫
エリシアさんは駄原に不穏な笑みを送った。うん、怖い。
♫だけど私もアイドル♫
♫サブキャラなんて♫
♫言ってられない♫
♫自分を出してかなきゃね♫
エリシアさんは突如、空手の型のようなものをやってみせた。
♫格闘技なら自信ある♫
♫腕っぷしも自信ある♫
♫それはアイドルじゃない?♫
♫頑張らせて頂きます♫
エリシアさんは拗ねていた棗にマイクを渡した。棗は涙を拭いて歌い出した。
♫私は棗静音♫
♫おねえさまはわたしのもの♫
♫じゃなくてアイドルの卵♫
♫おねえさまおねえさまおねえさま♫
♫じゃないきっと輝いてみせます♫
棗はマコ姉にゲンコツを入れられた。
♫だけどおねえさまって♫
♫すごくないですか?♫
♫びじんでしゃちょうでそのうえ♫
♫わたしのものなんですよ♫
ゲンコツが三発に増えた。
♫ごめんなさいおねえさま♫
♫おねえさまにはごじしんの♫
♫じんかくがあります♫
♫わたしがおねえさまのものに♫
マイクはマコ姉によって奪われ駄原の手に渡された。
♫私は駄原天歌♫
♫異世界の女神♫
♫私の世界とこの世界を♫
♫橋渡しすることが役目♫
♫みんな私を信じて♫
いつの間にか女神様モードの天歌になっていた。
♫だけど私ホントは♫
♫ドジなところもあったの♫
♫みんなのおかげで♫
♫今があるのです♫
そこでみんなを見ればいいのに、なぜか駄原は俺を見つめた。
♫もう振り返らない♫
♫きっと役目を果たす♫
♫この世界もあの世界も♫
♫みんなで盛り上がろう♫
そして、マイクが……えっ? 俺? 腹を決めて歌いだす。
♫俺は小巻昌♫
♫この事務所のブレイン♫
♫企画、立案、進行♫
♫その他なんでもやります♫
♫だからって調子に乗るなよ♫
俺はマコ姉をビシッと指差した。
♫だけどみんな自由過ぎ♫
♫フォローするのも大変♫
♫そこがいいとこでもあるけど♫
♫毎日が楽しいよ♫
そこであらぬ方向を向く俺。
♫こんな俺やこの事務所♫
♫丸ごと推してみませんか?♫
♫何が起きるかはお楽しみ♫
♫さぁ始まり始まり♫
アウトロの間にみんなが俺の周りに集まると「END」の文字がデカデカと出た。
◆
「こんな感じに編集してみました」
俺はそう言って動画の再生を止めた。
「なんで最後あんたが真ん中なのよ?」
マコ姉が不満全開という感じで言う。
「それは最後に歌ったのが俺だから」
「なんで最後にあんたが歌うのよ?」
「俺が途中に入ったら変でしょう?」
「わたしのあつかいがひどいわたしのあつかいがひどいわたしのあつかいがひどい」
面倒臭い棗が現れた。面倒臭くない棗など存在しないのだが。
そのとき、俺のスマホがけたたましく鳴った。不動産屋だ。
「はい、小巻です。前の方、出て行きましたか?」
「そ、それが……、出て来ないんです」
「『出て来ない』? 『出て行かない』の間違いじゃないんですか?」
「いや、それが出て来ないんです」
「何が出て来ないんですか?」
「ですから、入って行った人たちが」
「『入って行った人たち』って、一体どんな人たちが入って行ったんですか?」
「えーっと、お坊さんが三人、神主が一人、牧師が二人、宣教師が三人、呪術師が五人、退魔師が二人、それから新聞の勧誘員が七人と国営放送の集金人が十二人」
勇敢過ぎるな勧誘員と集金人。
「分かりました。では今回のお話はなかった事に」
「いや、そうじゃなくて!」
不動産屋が食い気味に叫んだ。
「あのぅ、なんとかしてくれませんか?」
「はい?」
「もしなんとかしてくれたら永久に賃貸料無しでお貸しいたしますから!」
「そんなこと言われても……」
その瞬間スマホが何者かに奪われた。
「お任せ下さい!」
自信たっぷりに答えるその人は他でもないマコ姉その人であった。
「はい! では!」
そう言ってマコ姉は電話を切った。
「ちょっとマコ姉! どうすんの?」
俺は叫んだ。
「何が?」
「だってマコ姉、事故物件ってだけでビビってたのにどうすんのさ?」
「それはあんたがちょちょいと」
「無理! いくらなんでもそれは無理!」
いまだかつてない真剣さで俺は叫んだ。それはさすがにマコ姉にも伝わったようで。
「えっ? ひょっとして本当に無理なの?」
とマコ姉は言った。姉さん、あなたは俺をなんだと思っていたの?
◆
事務所の全員が集められた。
「ことわりましょうことわりましょうことわりましょうことわりましょうことわりましょうことわりましょうことわりましょう」
なぜだろう? 今日は棗がまともに見える。
「神様やそれに近い存在が居るんだからなんとかならない?」
マコ姉が言った。
「確かに神ではありますがこの世界の神ではありません。必ずしも力が通用するとは限りません」
エリシアさんが言葉を選ぶように言った。
「やるとしてですね」
寸獄さんが意を決したように口を開いた。
「駄原さんやエリシアさんみたいに力を持った方たちだけで行って頂くのは嫌です。でも、私が行ったところで足手纏いにしかならないことも理解できます」
寸獄さんの言葉は尻すぼみに勢いを失って行った。
「……みんなの力を一つに合わせられたらいいのに……」
まどかさんが消え入りそうな声で言った。
静寂が流れた。
しかし、それを打ち破る声があった。
駄原の声だ。ただし駄女神モードだ。
「それ、できるよ」
みんなの視線が駄原に集まる。
「どうやって?」
エリシアさんが不安そうに尋ねる。
「私が作った等身大巨大ロボ『ヨリシロくん』を使うんだよ」
◆
俺たちは目的地に近い河原に移動した。
「じゃあ、呼ぶよ」
駄原はそう言うと特撮ヒーローが変身するようなポーズをしながら両腕にはめた腕輪を接触させて、
「ヨリシロくん召喚!」
と叫んだ。
「ボワン」という音と閃光と煙を伴ってソイツは現れた。イメージ的には本当に人間よりちょっとだけ背の高いブリキの人形だった。
「で? 本当にこの大きさで全員乗れるのか?」
俺が聞いた。
「乗れるよ」
「で? 乗ってどうすんだ?」
「言ってみれば乗った全員が多重人格になったような状態になるの」
「どういうことだ?」
「表面に出た人のそのまんまの外見になるし身体能力も超常的な力もそのまんま使えるよ」
「表面に出てない人たちはどうなるんだ?」
「表面に出てる人と一蓮托生。運命を共にします」
「おいっ!」
「もし間一髪やられる前に誰かが代わりに表面に出られれば助かる」
「危なっかしいな」
「まぁ、試しに乗ってみよ」
◆
「全員乗ったかな〜?」
「乗ったようだ」
「シートベルトはしたかなぁ?」
「そんなものあるのか?」
「ないよ〜」
「おまえな……。じゃあ、エリシアさん。軽く走ってみて下さい」
「分かりました」
エリシアさんが表面に出た。
……と思う間もなく。
「い、今の何ですか?」
「えっ? 軽く走っただけですが?」
先行き不安だ。とてつもなく。
でんでろ3様作成の動画のリンクです。
https://suno.com/song/12b3580a-795f-464a-b76d-e6877a0e3780?sh=y8py7CkVlM4ienUY




