第十二話 ふりったぁ
信仰はお金ではない。
いや、まぁ、お布施とか課金とか、ある意味ではお金が主たるところもあるけれど。
つまりは一過性のものではなく、継続して集めなければならないものだということ。
そう考えれば、やることはおのずと決まってくる。
「まず駄原さんはDemetelの使い方を覚えて、Vtuberとしての活動も行なう」
彼女が異世界に帰ったら、アフロディアのときのようなパフォーマンスは難しくなるだろう。
だから当初の予定通り、駄原にはDemetelをメインの活動場所にしてもらう。
今後、駄原がこちらとあちらを繋ぐ架け橋を担うわけだし。バーチャルからの配信にも、バーチャルでの信仰の集め方にも慣れてもらうべきだ。
配信という媒体を使って信仰を拡散させていく。
……なんかこれ、あれだな。
特定の映像を見た人に感染を拡大させていくというか……チェーンメール的なものに似ている気が……。
「ん? 小巻君、なんか失礼なことを考えていませんか?」
「いや、祝うと呪うは紙一重だな……とか、ちょっと考えていただけ」
「祝詞と呪法を混同するなんて、本当に失礼ですね。まったく。たった一度の配信で溢れんばかりの信仰を集めた天賦の才を持つ麗しき女神の私に謝ってください」
「すみません、エリシアさん」
「私に謝ってくださいよ!?」
プンスカポン! という擬音を飛ばしそうな勢いで怒る駄原。
そんな駄原を見て、正直すこし安心してしまう。
俺達と離れ離れになることで落ち込んだ姿や、なぜ信仰を失ったのかわからないくらい神々しい姿を見てきたが、やはりこの横柄な雰囲気を持った姿が俺の知る駄原なのだと実感する。
俺の金で買った俺のお菓子を、俺の部屋に寝転がりながら遠慮なくボリボリと食らう駄原。
……また市中引き回しの刑に処したろか。
安心感と私怨の板挟みで複雑化する心境を、とりあえず脇に寄せて話を続ける。
「アイドルという《偶像》を《信仰》する役割は、駄原さんが担って良いと思う。というか、本来の目的がそれだしな」
「でも、(仮)の方向性としては……」
俺の発言に戸惑いの声をあげたのは、まどかさんだ。
彼女の言いたいことはわかる。(仮)の当初の方針は《アイドルを育てている》という感覚を持ってもらい、事務所全体を箱推ししてもらうこと。
アフロディアの印象のままの駄原では《女神》として完成されすぎていて、《成長を見守りたいアイドル》とかけ離れている。
とはいえ……歌い踊らずとも、人心を掌握してしまう手腕が捨てがたいのも本音である。
今はすこしでも事務所に興味を持ってくれるファンが多い方が良い。
そのためにも、しばらく駄原には《完成された女神》でいてもらうしかない。
そこで考えたのが――。
「アイドルと事務所を《育てている》という感覚も、ファンには持ってもらいたい。それを与える役割は、棗さんが担うというのはどうかな?」
「……なるほどでございます。アイドルの方向性を両極端にするということでございますか」
さすが、まどかさん。理解が早い。
けれど彼女は俺の言葉に頷きつつも、不安の色が拭えていない。
それもそうだろう。推すと言っても、《完成されたものを崇拝する》のと《未完成のものを育て上げていく》のは、まったくもってジャンルが違う。
そんな両極端の方向性を抱えた状態で、箱推しのファンを作れるかどうかはわからない。
「でも、やるしかない」
俺にも不安がないわけではない。
それでも、みんなの顔を見回して言い切る。
葵や寸獄かわうささんまで巻き込んでここまで来たのだ、あとはなんとしてでも駆け上がるしかない。
幸か不幸か、ここにいるのはさまざまな物語を持つ色物達。
そう簡単に心が折れたりしないだろうという、謎の信頼があった。
「昌の案はかなりリスキーだけど、なんだかうまく行く気がするよ」
すると、意外にもマコ姉が強く頷いて同意を示してくれた。
「神様がふたりもついていて、さらに駄原さんはすでに結果を出している。とても心強いね。それに静音は、あたしの秘蔵っ子なんだから。絶対良いアイドルになるよ」
「おねえさま……っ!」
力強い社長の言葉に、涙と鼻血を垂れ流す背後霊のことはさて置き。
神様がふたり……ねぇ。
なんとも言えない気持ちのまま、再びまどかさんに視線を送る。
彼女も俺の心情を察してか、複雑そうな表情を浮かべていた。
「……そのことでございますが」
一瞬の沈黙のあと、意を決した様子でまどかさんが口を開く。
「わたくしは、あくまで『神様に限りなく近いなにか』であり、天歌様やポルックス様のように神様と呼ばれて良いものではございません」
「と、言うと?」
「わたくしは人々の信仰……いえ、噂や口伝から生まれた《歌の女神》という情報の集合体です」
まるで罰を受けるのを待つ罪人の如き、強張った面持ちのまどかさん。
それはつまり……どういうことだ?
シリアスな空気が流れたところで大変申し訳ないのだが、言っている意味がよくわからない。
思わず助けを求めてエリシアさんの方を見る。
彼女にはまどかさんの発言の意味が伝わったらしく、神妙な顔で補足を付けてくれた。
「彼女は私達の世界で言うところの、ムーサ様に近い概念なのでしょう」
「ムーサ?」
「歌を司る女神様の総称です。カリコレ様、エラトー様、テルクシノエー様……複数の柱で偏在すると言う者もいれば、別の女神様と同一の存在と言う者もいます。認識阻害の術が具現体になったもの、と表現すれば伝わるでしょうか?」
「なるほど。わからん」
両手を上げてお手上げのポーズを取る。
そんな俺を見かねてか、まどかさんが苦笑混じりに口を開いた。
「実在する都市伝説、と思っていただけたら充分でございます。存在しない歌の女神について人々が語る……その内容を元に、世界に生成されたのがわたくし。カリコレにもエラトーにもなり得るもの。けれど、神様と呼ぶにはあまりに実体がないものでございます」
神でありながら、神ではないもの。
偶像に限りなく近い虚像。
まどかさんは自身のことをそのように称した。
「アイドルはとても魅力的でございます。時には本当に神様のように、《推す》という信仰心を集め上げるのですから」
「じゃあ、まどかさんが駄原さんと一緒にいたのは……?」
「本物の神様、本物のアイドル。その成長譚に、間近で触れ合いたくて……こっそり天歌様の認識を操作し、初めから知り合いのふりをしていたでございます。天歌様のマネージャーとして、傍にいるために」
なんかさらっと爆弾発言していない?
異世界の女神の認識すら操作できる都市伝説。正味こわすぎるんですが。
当の女神様は、「なるほど! だから、いつの間にか一緒にいたんですね!」なんて呑気なことを言っているけど……ほら見ろ、エリシアさんなんか顔面蒼白だぞ。
でも、まぁ。
「俺やマコ姉、棗さんにとっては、怪異も神様も同じようなものです」
この辺りの柔軟さは、数々の異文化を独自に取り込んできた日本人の強みだろう。
まどかさんの出生がどうであろうと、《神と同等》という点に於いては変わりない。
事故物件の話題で一度顔を引きつらせたことのあるマコ姉は、もしかしたら嫌がるかもしれないが……。
そんなふうに浮かんだ不安も、すぐさま杞憂に終わる。
「よくわからないが、つまり神様がふたりってことだろ?」
マコ姉は不思議そうに首を傾げて、そう言った。
気兼ねない俺達の言葉に、まどかさんとエリシアさんはポカンとした表情を浮かべる。
で、駄原はというと、
「あ、でも私の信徒を奪うのはダメですよ? 小巻君は私のものですからね!」
場の空気をまったく読まず、別の意味で爆弾発言を落としてくれたのだった。
◆
二次元と三次元を超越するアイドル。
一歩ずつ成長していく三次元のアイドル。
継続して信仰を集めるため、そしてアイドル事務所を再始動させるための活動方針が決まったところで――不意に、玄関のチャイムが鳴った。
「マコ姉、宅配便でも頼んだ?」
「いいや。なにも?」
マコ姉は首を横に振ってから、あっ、と声をあげる。
「寸獄かわうささん」
「は?」
「いや、アフロディアの一件で彼女も(仮)の一員になっただろ? 社長としては一度、きちんと魂部分の人と話しておくべきだと思ってね。顔合わせをしようと呼んだんだった」
「そんな重要なことを今の今まで忘れていたのか!?」
「覚えていたよ! 三時間前までは!」
「記憶力が寝坊しすぎだ!」
俺とマコ姉は急いで玄関に向かった。
寸獄かわうさ。
Demetelで活動している二次元のアイドル。
すでにマコ姉からアイドルとしての可能性を見出されている彼女の参入は、とてつもなく心強い。
ただ……気になるのは《二次元のアイドル》という点だ。
彼女は三次元の自分を、あまり他人に知られたくないのではないだろうか?
だって、そうだろ。三次元の自分を知ってほしいなら、Vtuberではなく顔出しの配信をしているはずだ。
マコ姉のあとを追う俺の足に重みが増していく。
俺は知らないふりをするべきか? 姉の友達が来たと思い、軽く挨拶をする程度で席を外すべきなのかもしれない。
あ、でも、俺の部屋には駄原達もいるわけで。
他のメンバーがいるところで顔合わせをするのか? 二次元のアイドルと? さすがに配慮が足りてないだろ? それとも、事務所の仲間だから隠しごとはなしにしていくのか……?
たった数秒の間にグルグルと思考の海に呑まれる。
そしてついに俺が立ち止まったことに、マコ姉は気付かないまま玄関の扉を開けた。
「超次元アイドルプロジェクト(仮)の事務所にいらっしゃいませ!」
高らかな声で訪問者を出迎えるマコ姉。
仮事務所だし俺の部屋なんだけどね! という再三のツッコミは、しかし喉から飛び出ることはなかった。
扉を開けた先に立っていた人物に、目を奪われたからだ。
癖のある茶髪で作られたツインテール。
幼い顔立ちを可愛らしく整えた化粧顔。
上着のGジャンとその中に着た白のタンクトップはどちらも丈が短く、ヘソ出しスタイル。
裾の広がったズボンからは厚手のブーツが覗き見える。
ギャル――。
そう称しても間違いなさそうな格好をした少女が、俺の家の前に立っている。
それだけでも驚きに値するのだが、俺が言葉を失った理由は別にあった。
「……え? 小巻、昌……?」
そのギャルはマコ姉の背後にいる俺と目が合うや、明らかに戸惑った様子で――俺の名前を呼んだのだ。
そう、彼女と俺は初対面ではない。
私服ですこし印象が違うとはいえ、俺も彼女の顔に見覚えがあった。
とはいえ、でも、しかし。
なぜ彼女が目の前にいるのか理解できない。
そして、おそらく彼女も俺と同じ心境なのだろう。
狼狽する彼女の表情からそのことが容易に察せた。
「ん? 昌の知り合い?」
なにも知らないマコ姉が純粋な心で問いかけてくる。
そうなれば、いよいよ俺も口を開かざるを得ない。
「クラスメイトの……長谷部、幸祐里さん……」
言っていいのかわからないまま、モゴモゴと、彼女の名前を告げる。
次の瞬間、きれいに化粧された長谷部さんの頬が真っ赤に染まった。
「はっ? ちょ、待って! ここはアイドル事務所じゃないの? クラスメイトの家とか、マジ聞いてない!」
「アイドル事務所ではないと主張したいのは山々ですけど、ここで配信の話をしたり、アフロディアの一件を見ていたり、寸獄かわうさという人のことを待っていました」
「ウソだ!!!」
声を張り上げ、頭を抱える長谷部さん。
うん。俺もそう叫びたい。
キラキラした笑顔で『こんかわ〜』と挨拶をしていた寸獄さんの正体が、クラスで顔を合わせている派手なギャルだったなんて。
……脳裏で何度も寸獄さんの配信映像を思い返すが、目の前の長谷部さんとまったく結びつかない。これがギャップというやつなのだろうか。
悪くない、と思ってしまう自分もちょっといる。




