第十一話 とーふ
「まぁ、正直な所……神様って奴を舐めてたな」
俺はモニターに映る神々しい駄原の姿に、目を細めた。
別に光を多用している訳でも無いのに、眩しい。
無機質なステージに神聖な何かが存在している様な幻視をしてしまう。駄原から一瞬も目を離せなかった。
ステージの上を歩くだけで動く艶やかな黒髪の一本一本にすら神聖が宿っている様に感じてしまうほど、今の駄原は『女神』であった。
元々、整った美しい顔立ちはしていた。
だが、今はそんな『美しい』なんて言葉で彼女を言い表して良いのか迷う程だ。
次元が違う。
存在としての格が違う。
神としてそこに在るからか、輝き始めた金色の瞳がその存在を余計に世界から隔絶していた。
見ているだけで心臓が痛い。
胸が高鳴って、苦しくて……でも、彼女に手を伸ばしてしまいたくなる。
触れれば正気を保てないだろうに、それでも手を伸ばしてしまう。
これが……女神。
人の領域から遠く離れた超常の存在か。
そして、そんな駄原の姿は少しずつではあるが、世界に広がりつつあった。
「マコ姉。そっちの様子はどんな感じ?」
「同時接続視聴者はぐいーっと増えてるよ! 順調だね! これなら後十分くらいでトップ層に入れる!」
「……随分と伸びが早いね」
「なんかどっかで拡散されたみたいだね。途中からとんでもない増え方してるよ」
「運も味方してきたって事か」
俺は『登場』というパフォーマンスが終わり、スタッフに用意された椅子に座る面々を見る。
本来の予定ではここまでで集めた客に直接アピールをして、更に人を呼んで貰い……という作戦を考えていたが、既にそんな事は必要ないほど、超次元アイドルプロジェクト(仮)のチャンネルは盛り上がっていた。
モニターから観測出来るコメントも、人の目では目視出来ない速度で流れており、その盛り上がりがよく分かるという物だった。
「……ここから、か」
俺は朝から何度も確認しているアフロディアの企画内容を再度確認しながら、呟いた。
『アフロディア開催規定』
『各グループ・個人に専用のチャンネルを与え、開催日の好きな時間に配信をして貰う』
『最大同時視聴者数と高評価の数。そして、コメント等の盛り上がりを見て判断し、優勝を決める』
『奪い取れ。評価と人の興味を』
何とも難しいルールだ。
いつから配信すれば良いのか。
何を見せれば良いのか。
色々なグループが試行錯誤している中、人を奪い合う必要がある。
最大同時視聴者数が評価基準に入っている為、他のグループとぶつからない様な時間に配信するというのも一つの手だろう。
しかし、配信日が一日しか無い以上、大抵のグループが0時になると同時に配信を開始していた。
当然だ。
配信する時間が長ければ長いほどチャンスは生まれるのだから。
だが……。
人は疲れるモノだ。
慣れない配信などで長時間配信などやれば、昼前には疲労が積み重なり、パフォーマンスは普段の半分以下となってしまうだろう。
だから、俺達は夜はゆっくりと休み、昼から配信を開始した。
そして疲れ切った配信者から視聴者を奪って、瞬間最大風速的に同時視聴者数を一瞬で奪い取り、逃げ切る。
そんな作戦だった。
だったんだけどなぁ……。
「これが神様かぁ。こんなの反則だろ」
神である駄原は、人の信仰を得て更なる輝きをその身に宿してゆく。
ただ、そこにいるだけで、その美しさに、存在の輝きに視線を外す事が出来なくなってゆく。
視聴者数は増え続け、一切減る事がない。
当然だろう。
ただの人間が女神に抗えるワケが無いのだ。
【ただ座っているだけなのに、やばい、目が離せない】
【何者?】
【無名の新人グループ……なんだけど、なんで無名だったんだ?】
【サッパリング】
【もう優勝決まっただろ。どこのグループならこれに勝てるん?】
【『寸獄 かわうさ』とか?】
【どなた?】
【ブイの人】
【ほーん。まぁ、固定ファンが多ければまだワンチャンあるかもな】
超速で流れていくコメントを見ながら、俺はまだ最大のライバルが残っていた事を思い出した。
そうだ。『寸獄 かわうさ』だ。
彼女はどうなっているんだろうか。
「マコ姉。『寸獄 かわうさ』のチャンネルってどうなってる?」
「会場のチャンネルに動きは無いけど……今自分のチャンネルで宣伝してるね。結構焦ってるみたい」
「……まぁ、あんな物見せられたら当然か」
「彼女は普通の人間だもんね」
そう。
別に駄原達は特別な事をしたワケじゃないのだ。
ただ、巫女さんの格好をした棗さんとシスターの格好をしたエリシアさんが女神である駄原を地上に呼んだ。
みたいな和洋折衷、宗教良い所取りみたいな、見る人が見たら憤死してしまいそうな劇をやって、地上に舞い降りた女神である駄原が何か良い感じに歩いて、良い感じに話をする。
という非常にテキトーな感じでやる予定だったのだ。
正直な所、このパフォーマンスが決まった時点で駄原に期待していた人は一人も居なかっただろう。
いや、エリシアさんだけは、もしかしたら駄原の可能性に気づいていたのかもしれない。
彼女の駄原への接し方にはどこか強い期待があったから。
真剣に世界へ向き合って、女神として在る駄原が、どれほどの輝きを持っているのか。
それを知っていたのかもしれない。
「あ、『寸獄 かわうさ』の会場チャンネルが始まったね」
「ここからが正念場って感じかな」
「うーん。本来はその予定だったんだけど、我らが女神様の勢いが止まらないからね」
なんてマコ姉は言っているが、駄原はただ話をしているだけだ。
まぁ、いつもと違ってポンコツ感とか、駄女神感はまるで存在しない訳だけど。
駄原の横に座って、駄原に呼ばれるまで無言のまま微笑んでいる棗さんとエリシアさんが余計に駄原の神聖を強く見せていた。
「凄いなぁ。女神様は」
「そうね。ここまでのは完全に予想外だったわ」
「どう? マコ姉から見て、これからどうなる?」
「決まってるでしょ? 勝ち確定よ」
『はい。そうですね。私はこことは異なる世界で神をやってまして……この世界とは通信で繋がる事が出来ます』
【はぇー神様だってよ】
【異世界の女神様!】
【そういう設定って事?】
【ブイの人なの?】
『ブイ? ブイチューバーさんの事ですね。はい。ブイチューバーにもなれますよ』
【なれますよ?】
【どういうこっちゃ】
『私は異なる世界を繋げる役目を持つ女神ですから、違う次元へ移動する事が出来ます。ですから、そうですね。例えば……』
駄原は何もない空間に手を伸ばし、その子を引っ張り出して来た。
別のチャンネルで配信していた『寸獄 かわうさ』を。
『この様に、ブイチューバーの方を呼ぶ事も出来ますし。私がブイチューバーの方が集まる場所へ移動する事も出来ます』
『は? え? なに……?』
【ふぁー!!】
【ぶ、ブイチューバーが、実体化した!】
【スゴイぞー! カッコいいぞー!】
【あ……ありのまま、今起こった事を話すぜ! 俺は三次元の配信を見ていると思ったら、そこに二次元の存在が現れた! な……何を言ってるのか、わからねーと思うが! 俺も何をされたのかわからなかった……頭がどうにかなりそうだった……催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ!! もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ】
【マジで何が起きてるんだ! 説明してエロい人!!】
【えっちなゲームやアニメ・漫画・小説の世界に行ける様になったという事です】
【神が舞い降りた!!!】
【俺達の神だ!!!! オタクの神だ!!】
【いつか次元の壁は超えられるのだと、信じたオタクだけが神を持つ。今を超える力、可能性という内なる神を】
【信仰します! 信仰させて下さい!!!】
【お賽銭はいくら払えば良いですか? 全財産ですか? 分かりました】
【俺、働くわ】
【賽銭必要だもんな。後、理想のゲーム探さないと】
【神! 神! 神!!】
【主よ。貴女の降臨を、この瞬間を私は待ちわびておりました!!】
【今日まで……! 生きてて良かった!!】
【この瞬間を待っていたんだぁぁあああ!!】
駄原の行動により、同時視聴者数は今までの比では無いほど増え続け……神が作ったという配信サイトのサーバーは儚くその命を散らした。
死亡推定時刻:14時37分頃
神はアプリケーションこそ作ったが、サーバーは人間製であったのだ。
神の奇跡には耐えられなかった。
非常に悲しい事件であったが、これは事実である。
この事件は神々の怒り……通称『神の一撃事件』と呼ばれ、後のネット民及びオタクに長く語り継がれてゆく事になる。
そして、結局アフロディアは継続困難となり優勝者は不在となった。
つまり、『寸獄 かわうさ』との勝負がうやむやになってしまったという事なのだが……後日彼女自身から連絡があり、自分の敗北だと告げてきたのだった。
これで、『寸獄 かわうさ』も『超次元アイドルプロジェクト(仮)』に参加する事となった。
なったのだが。
「これからどうする? もう十分に信仰は集まったよね」
「さぁ……」
「どっちにせよこのままフェードアウトってワケにはいかないでしょ。全世界にいるオタクが暴動を起こすわ」
「そうだよねぇ」
「じゃあ、まずは何をやるか。そこから決めようか。俺達はこれから何をやるべきなのか」
世界が変わろうと何も変わらない。
相変わらず俺の部屋に集まっている面々に向けて俺はそう言うのだった。




