「夜空に抱かれた卒業」
「星空に 散りゆく蕾 言の葉を
枝に残して 春を待ちたり」
生暖かい夜風が吹き抜けるフィリピン・レイテ島の戦場で、中村一男は仰向けに倒れていた。
視界には無数の星が瞬く夜空が広がっている。
「あぁ…、なんて綺麗な星空だろう。」
1945年、太平洋戦争末期。
東京帝国大学文学部に在籍していた一男は、学徒出陣の命を受け、戦地に送られた。
大学で詩を学び、文学に情熱を注ぎ、筆を毎日握っていた日々は、銃を手に泥や血、仲間と敵の死への絶望にまみれる現実に押しつぶされて遠い記憶となった。
咲くことを夢見た1つの桜の蕾が、異国の空の下で散ろうとしている――。
「俺にはまだ、書き残したいものがたくさんあった……。」
一男はもう動けなくなった体で、今までに見てきた戦場の地面に広がる無数の命の痕跡を思いを巡らせていた。
仲間たちの声が耳に蘇る。同じ文学を愛し、未来を語り合った友人たちも、戦場で命を散らした。
誰も完成させるべき詩を未来に届けることはできなかった。
「俺たちの言葉は、誰にも読まれることなく消えてしまうのか……。」
一男の胸には、押しつぶされるような無念の思いが広がっていた。
大学での講義、詩を語り合った友人たち、書き溜めた言葉の数々。それらはもう、戦場に葬られ、誰の目にも触れない運命にある。
目を閉じると、文学部の教授が語った言葉が蘇る。
「詩とは、人の心を超え、未来に咲くものだ。」
その言葉を胸に、一男は何度も詩を紡ごうとしてきた。
だが、今の自分には時間も力も残されていない。咲かずに散った桜。それは一男自身と若くして生涯を終えた仲間たちの姿だった。
夢を果たせず、詩も完成させることなく、命を散らす。
「いつか……いつかこの先の未来、自由に詩を紡ぐことのできる日が帰ってくるくるのだろうか。」
一男は最後の力を振り絞り、辞世の句を詠む。
「星空に 散りゆく蕾 言の葉を 枝に残して 春を待ちたり」
唇を震わせながら、一男は静かに星空を見上げた。
満天の星々が、遠い未来を見守るかのように光を放っている。
夜風が吹き抜け、一男の視界は闇に包まれた。
散りゆく蕾は、そのまま夜空に溶け込むように消えていった。
祖国の行く先を願いながら…。
【なろうラジオ6】応募作品です。
志半ばで、大学も卒業することが叶わず、無念さを胸に散っていった当時の若者たちの思いに焦点を当てています。
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