大先生へ。
「元気してましたか、って聞くのもおかしいッスよね。………ねぇ、大先生」
枯れ草を撫でた風があたしの髪も揺らす。いつもの編み込みは今日は無し。風呂の時に解いてから結ばないまんま、ここに来た。
だって大先生が知ってるのは、下ろしたまんまの髪をぼさぼさに伸ばして愛想のないむすっとしたあたしだから。
「流石に制服じゃないのは赦してくださいよ?あたしももう大人なんで」
ニカっと笑うと、ジャケットを脱いで腕をまくる。さて、やりますか。
軍手をはめてまずは地面の草むしり。鎌でばさっとやっちゃえば簡単なんだけど、根っこが残るとまた生えてくるから厄介なので片っ端から引っこ抜く。む、しつこいなこいつ。
……そういや、こいつを教えてくれたのも大先生だったな。
(いいか拠葉、なんでも根っこは大事だぞ。だから根っこごと抜くんだ、また生えてこないようにな)
(もう、先生は大袈裟だなぁ)
(大袈裟じゃないぞー?雑草ってのは根っこがあればいくらでも生えてくるんだ。それは人間も同じでな)
(どーゆーこと?)
(人間もなぁ、心に悪いことの根っこが残ったまんまだとまた悪い花が生えてくるんだ。だから悪いものは根っこごと引っこ抜いちゃうんだ)
(……よく分かんねぇや。それに雑草て種もこぼすんだろ?そしたら根っこを抜いてもまた生えてくるじゃねぇか? また無駄だぞ?)
(すぐに言い返せんだからやっぱ拠葉はいい子だ。ま、そんときはそんときだな。また地道に引っこ抜くか諦めて草だらけにするかはそん時決めりゃいいさ。それに別の誰かが悪の草を引っこ抜いてくれるかもしれないぞ?)
(……そんなもんかねぇ? )
(そんなもんさ)
また風が落ち葉を連れて来て思い出から連れ戻される。あぁくそ厄介だなあの木。
目についた最後の雑草を引っこ抜くと、立ち上がって辺りを見回す。ん、もう残ってないな。後は落ち葉掃きを……と、そこに固めとけばいいか。本当はその辺で燃してついでに線香の火種にしたいんだけど、枯れ草だらけだから危ねぇしな……
無心で竹箒を動かしていると、そういや高校ん時も罰として落ち葉掃きさせられたことあったな、と変なことを思い出す。アレもよく考えたら体罰じゃねぇの?と当時から思ってたけど今もあの罰あるんだろうか。……無さそうだな、そもそも倉田センパイが有能だからそもそも掃除させるとこ無さそうだし。
抜いた雑草と落ち葉を向こうの薮に棄てると、いよいよ墓石の掃除。バケツの水を柄杓で組んで頭からかけてやる。
「すいませんね水で。先生は大吟醸とか芋焼酎の方が嬉しいんでしょうけど、石が傷むからダメらしいんで」
ゴシゴシと拭いては水を替えてまた拭いていく。苔ほんとしつこいんだよな。どうにかならねーかなぁ……
しばらく墓石と格闘した後、一応キレイにはなったので借りたバケツと柄杓を返して手を洗う。その横に置いてあったカセットコンロで線香に火を付けようとしたがどうやらガス欠のようで。
「おいおい、いつから替えてねーんだよあのタコ坊主……」
しゃーねーなと墓のとこに戻って、持ってきたライターで火をつける。普段1本の細っこいものにしか火をつけないライターは極細の集団相手にはちと難儀したようで、本体もかなり熱くなってしまった。
「アチチ……ほいよ先生、紫煙じゃなくて白煙だけど。それよりもメインはこっち」
スーパーの袋から日本酒の紙パックを取り出して、ストローを刺して供える。
「あたしはこっちな」
と、取り出したのはノンアルコールのカクテル缶。口を開けて紙パックと軽くコツンとぶつけてからグビっと一杯。
「いやほんとさ、あたしこのカッコで酒がめっちゃ弱いなんて思わなかったよな。あれからけっこう鍛えたんだけど、まだビールもミニ缶でノックダウンだよ。だから先生と約束した樽酒もまだダメっぽいね。約束破っちゃうね、ごめん」
そこでもう一口煽ると、
「でもさ、先に約束破ったのは先生の方だよ。10年寝かせる酒を予約しとくから2人で飲もうって言ったくせに。成人式はあたしに晴れ着買って着せてフィルム無くなるまで撮ってやるって上機嫌で騒いでたのにさ、卒業式も見ないまんまお星様になりやがって……」
前を向いてらんなくてどんどん視線が落ちていく。…………早すぎんだよ、ほんと。
「……そうだ、今教えてる奴に面白い奴が居てよ」
気分を変えようと話を変える。
「水瀬優希って言うんだけどさ、こいつがあたしに懐いててな、それで昨日家まで行ったん……だけど……さ、…………トラブっちまったんだ…………アハハ」
けれどやっぱり元の気分に戻っちゃってため息がひとつ。……ダメだな、先生の前では元気なとこ見せようと思ったのになぁ。
「………………なぁ先生、あたしちゃんと先生になれてんのかな? 」
石の向こうにいる先輩先生へと問いかける。ざぁぁ、と一際強い風が吹いた。
「…………そっか」
残っていた分を一息に飲み干すと、
「じゃあな先生、また来るからよ」
また日本酒の紙パックに缶を合わせて、背中を向けて歩き出す。
日差しは丁度あたしの頭の上に来たところだった。