in 事務所
「だーかーらーよー、あたしはタバコ買いに来ただけのただの一般人だって」
「ウソを言うなウソをっ」
……何度目だよこのやり取りさぁ。
二アマートの事務所の机を挟んで若い警官と向かい合う。机の上には警官のメモとボールペンだけであとはきれいさっぱり片付いている。これあれかな、あたしが暴れて手当たり次第に何か投げると思われてるのか?
「その見てくれで一般人は無いだろうっ、どこの組の下請けだ? あと未成年を連れ歩いて居たという目撃情報もあるな。誘拐容疑も付けてやる」
「だからそれは教え子であたしは教師だって」
「尚も罪を重ねるのか?詐欺も付けたら何年になるやら……待てよ、そんな大物を捕まえたのなら俺は刑事に…うひひ」
「おーい……」
完全にアッチの世界に飛んでやがる……やべぇ、お巡りじゃなかったら蹴りてぇ……
椅子に背中を深く預けたその時、事務所のドアが軽くノックされる。
「む、応援か? 入れ」
「はい失礼するよ」
どこかで聞いた声に顔を向けると、
「お、源さんじゃん」
「なっ!? 貴様なんて口を」
「おぉ、ヒナ坊じゃないか」
「巡査長!?」
「ちょっと源さん、27の娘捕まえてヒナ坊はないでしょ〜」
「そーかそーかもう27か〜、でもわしから見たらまだケツの青い坊主やて」
「ボーズじゃなくて娘なんだけどー?」
ケタケタ笑ってると更にその後ろから、
「源さん、入口で話してちゃあうちが入れないよ」
またしても見知った顔がひょっこりと。
「お、マキじゃん」
「貴様またしてもなんてことを!?」
「あーはいはいそういうの良いから」
勝手に沸騰してる警官を片手で制しつつ、
「いやさ? 学園前のコンビニに怪しい人相の女が居るって相談があってね? おもしろそ……ゲフンゲフン、警戒の為に来てみたらまさかヨリだとはね〜」
「うっせぇ誰がヤクザじゃ」
「七野部長、昔話はその辺に」
「は〜い」
「えっマキ昇進したの?」
「ヒナ坊もその辺に。というか何があったんじゃ?」
「や、タバコ2種類3つづつくれって伝えたら6カートン持ってこられたんで、なんでやねんて伝えただけ」
「はぁ?」
「あー、外の店員さんからもそう聞いてるねぇ」
マキがそう補足する。
「…のぅ、ワシらが聞いとる通報内容と違うようだが?」
「そうだねぇ巡査くん? 」
視線を向けられた若いお巡りはバツが悪そうに、
「風体が怪しく、威圧的な言動で詰め寄ったという情報だったので。それに未成年の少女を連れ回しているとの目撃情報も」
「だから水瀬はあたしの教え子だって…」
「教え子?」
マキが首を傾げたかと思えば、
「そういやヒナ坊、そんな派手なスーツなんか着おって今は何しとるんじゃ?」
「派手か?これ」
きっちりと縦線の入った自分のスーツを眺める。まぁ確かに洒落てはいるけどな。
「あたしは母校に勤めてるよ。はいこれ身分証」
内ポケットに手をかけると、みんなしてあたしの手元に視線を集める。いや銃とか持ってないから。
「こいつは…本物のようだな。しかし…本当なのか?」
「ヨリがよりにもよって教師ぃ!? あ、ありえねー……」
「おいコラどういう意味だ」
ずい、と詰め寄ると「まぁまぁ」と制される。
「……さて、店も行き違いがあっただけと言っているようだし、ワシとしちゃあ引き止める理由は無いと思うんじゃが?」
「……そう、ですね」
なんか悔しそうな顔で睨んでくる警官を無視して立ち上がると、意気揚々と事務所を後にする。
「ヒナ坊、随分と匂うぞ。タバコは程々にな」
「その言葉そっくり返すよ。……ったく、あたしの補導しながらスパスパ吸ってた爺さんには言われたくないっての」
「そら悪かったの」
カラカラと笑う爺さんを見てちょっと懐かしい気分になる。
「ところであたし取り調べられたけどカツ丼は出ないの?」
「アレはテレビの中だけだって」
呆れたようにマキが答えると、
「はいこれ、ヨリの荷物だって。それにしてもタバコ6カートンは多くない?」
「やー、手違いで持ってこさせた上に落っことしたからな。買わないとダメでしょ」
「…そーゆー優しいトコはあんた変わんないね」
「そうか?」
首を傾げるあたしにマキは笑いかける。
「そーよ? うちがヒドイことされそうになった時も助けてくれたのはヨリだけだったじゃん」
「……あー、そんなこともあったな」
高校時代を思い出して少し感傷に耽ける。
「……あ、そうそう。うちが事務所入る前にうちらの後輩ちゃんが寄ってきてね、『さっき連れてかれた人は悪い人じゃないから、逮捕しないでください』って必死だったよ」
「なに? それを早く言えって。どこに居た?」
「ん、そっち」
「ありがとよ」
あたしは自動ドアの方へと駆け寄った。