待ち尽くし
…………来ねぇな?
門にもたれかかった最後の煙草に火をつけて煙を吐き出すと、すっかりと暗くなった空と昇降口とを見比べる。時計? この前壊しちったから持ってない。
……最後の1本が終わるまでにあいつが来なかったらどうすっかな、駆け込んで補給するかそれとも大人しく待ってるか。
そんなことを考えていると、突然脇腹を突っつかれる。お、なんだ?と振り向くと、ぬっと突き出されるは竹の竿……じゃなかった、竹箒。
「よぉ、ユーさん……っとと、まずはそのホウキを下ろしてくれないか? 喉元狙われてたらおちおち話もできねぇって」
「門のとこで吸わないでくださいって何度言わせるつもりですか」
つい、と喉の辺りに差し出された竹箒の先を後ずさりして避けるも後ろは門扉。これ以上逃げようがない。
「こ、ここなら落ち葉とか無いしいいだろ? それに灰だって落としてないし」
「そういう問題じゃなく。学校のイメージが悪くなるんで見えるとこで堂々と吸うなって」
「なら見えなきゃいいんだな……って冗談冗談やめろ喉狙うな」
「次見つけたら潰しましょうか」
「おー怖…………」
スっと視線をずらすと、待ち人が昇降口から出てくるのが見えたので、短くなった吸い止しを携帯灰皿に沈める。
「はいはい、それじゃ悪者はこれにて失礼しますよっと」
手のひらで竹箒の先を突いて間合いを取ると、ゆっくりと歩く待ち人の元へと歩いていき、
「よう、遅かったな。水瀬」
上から声をかけてすぐに目線を合わせる。
「ひなせ先生、待たせてごめんなさい」
「や、そんな待ってないし退屈してないぞ。そこのちょっと意地悪な用務員が遊んでくれたからにゃっ!?」
こつん、と縦に棒が降ってくる。しかも少し強め。
「誰が意地悪だ。……あぁそうだ、君、教師によるハラスメントの通報先は生徒手帳の後ろの方に書いてあるから、有効に使いなさい」
「教師同士のハラスメントの通報先も書いといて欲しいもんだなっ……」
後頭部を撫でながら立ち上がると、きょとん?とする水瀬の背を押しててくてくと歩いていく。
「ひなせ先生、用務員さんと仲がいいんですか?」
「そーでも無い。星花の先輩ってだけ」
当時っからつえーしこえー先輩だったけどな……サシの喧嘩の対戦成績? んなもんねぇよ。
「それより水瀬、今日は遅かったな」
「あ、えっと少し授業で分からないところが、あって」
「そうか、真面目だな」
あたしと違って、と付け足そうとして思い止まる。……この水瀬優希という少女、厄介なことにあたしが自分を卑下する度に何故か悲しそうな顔をするので、見てるこっちもなかなかネタにしづらいから尚のこと困る。
「…………で、どこ分かんないんだ」
首をぬっと突き出すと、驚いたように距離を取られる。
「え、えっと、数学の最近授業でやった所が……」
「そうか…………どうする?もう職員室は人がまばらだから、忍び込むにはもってこいだけど」
「せ、先生、そんなとこしたらダメですっ」
自分の声にびっくりしたように立ちすくむ水瀬。へぇ、大きな声も出せるんだ。
「いや安心しろって水瀬、冗談だから。…………そんぐらい教えてやるよ、数学あんま得意じゃないけど」
「ひなせせんせい……」
真っ直ぐに向けられた眼差しが眩しくて空を仰ぐと、
「お、あれ一番星か?」
「え、どれですか?」
きょろきょろと視線を動かす水瀬。
「ほら、あれだ」
「えっと…………あれは飛行機……かと……」
「……あーそうだよな、あんな垂直に動く星は無いよな」
「…………もう」
クスリと笑う水瀬に少し腹が立って、
「こら、先生をからかうな」
と軽く小突いてみた。