告白。
「水瀬ぇ……」
「せ、先生!? 」
写真立てを伏せてホッとしていたら、いつの間にか日生先生が真後ろに立っていて。
み、見られてた……!? 私が写真立てを覗いてたの……しかも、包丁持ってるっ…………!?
「ひっ」
後ずされば背中は箪笥。横に逃げてもワンステップで日生先生に詰め寄られる。そして出口は先生の向こう……に、逃げられない……
「み、水瀬ぇ……」
「きゃぁぁぁぁ!?」
「わぁ!? ど、どうしたんだいきなり叫んで!?」
「こ、来ないでっ、殺さないでぇ!!」
「いやだからどうしたんだって」
「だ、だってその包丁……」
「ん? ……おおっと悪りぃ、台所からそのまんま持ってきちまった」
今返してくるわーっ、と日生先生が一旦奥に引っ込んだのを見て、ここが最大のチャンスと思って脱兎のごとく逃げ……ようとして足が動かず、顔から床に飛び込んだ。
「きゃんっ」
「うぉっと!? なにしてんだ水瀬」
「あぅ、あわっ、」
「おい落ち着け水瀬、一体何があったんだ? 」
「せ、先生が包丁持って私の後ろに立ってたから……っ、秘密を見ちゃったから、私のことを、口封じにっ」
「違ぇって!? 包丁持ってたのは台所に居たからで、それで準備整ったから呼びに来ただけで」
「じゅん……び?」
「あーそっか、諸々話してなかったな……実はな水瀬、お前にちょっと手伝って欲しい料理があってな」
「…………はひ? 」
えっ何それ、今知ったんですが。
「料理……ですか……?」
「うん、料理。マリーさんに聞いたら水瀬の成績はいい方らしいし、ちょっとひとつ力を借りれないかと思って」
「そう…………です…………か……」
私の熱が次第に冷めていく。私の扱いなんて、そんなもんなんだ…………せっかく慣れないオシャレして、勇気の前借りまでしたのに……
「あり? 水瀬? 」
「はいなんでしょうか?」
ムッとして言い返すと、
「そうスネないでくれよ。や、なんも言わずに連れてきちまって悪かったなって…………実はよ、思い出の料理なんだけどどうやっても成功しなくってさ。都合よく使っちまって悪いけど……頼む。水瀬に手伝って欲しいんだ」
いつになく真剣な日生先生の眼差しに刺されて、私の視線が揺れ動く。そうまでして食べたいもの、なんて。一体、なんなんだろう。
ーー知りたい。
「…………分かりました、その代わり条件があります……」
「条件……?」
「はい。…………日生先生のこと、もっと教えてくれませんか?」
「あたしのこと? それはなんでまた………」
日生先生の視線が私の指先を見て、それから箪笥の方を向いて、そして強ばったかと思えば、私を押しのけて写真立てに手をかける。
「……水瀬」
冷たい声が私を突き刺す。
「開けたな?」
「…………はい」
「そうか」
感情の無い声が帰ってきて、床の軋む音が私へと迫ってくる。そして手が伸びてきて私の首筋に……ではなく、ほっぺたを掴んで左右に思い切り引っ張った。
「いひゃいいひゃい!? ひゃひひゅるんふぇふゅふぁっ!?」
「そんな悪いことするのはこのお顔か? ん? 」
むにーっと引っ張ってから急に離すと、今度は頭にゲンコツが1個。
「ひぇ、ふぇんふぇい、ひひゃいふぇす」
「ゲンコツしたこっちも痛ぇよ……水瀬お前石頭って言われないかぁ……?」
「ひりまふぇんよぉ……」
伸びちゃったほっぺたをむにむにして元の形に戻す。それから頭を触ってたんこぶが無いかどうか確かめる。……あ、できてるかも。
「全く……小さい頃に『人んちのものを勝手に触っちゃいけません』て教わんなかったのか?」
「だ、だって……」
「だっても勝手もありませんっ。……ったくよぉ、大人しいシマ猫かと思ったらとんだイタズラものめ」
「ねっネコ!?」
私のことネコだと思ってたんですか!?
「……まぁそれはともかくとして、だ。本当に聞くのか? あたしの武勇伝なんざOGに聞けば沢山出てくんぞ? 学校内外に沢山いるし。特にマリーさん……あー、幸センセなんか同期だからよく知ってんじゃないか? 」
「いえ、私は…………先生の口から聞きたいんです」
気高くて、粗暴で、気まぐれで、不真面目で。でも私の前で見せる優しさと、悪戯めいたその顔が、何でできてるのか。それを私は、知りたい。
「教えてくれませんか? 日生……いえ、『藤原』拠葉先生」
「よせ。そんな名前の奴はこの世に金輪際居ねぇ」
また声が冷たくなる。それから煙草の箱を取り出して、またすぐに仕舞ったのが見えた。
「…………開けたんだったな、裏蓋を」
コクリと頷くと、
「………なら、分かっただろ。あたしの横に居たもう2人のことも」
「…………反対側の人はわかりません、けど真ん中の人。あれは日生先生の」
「推察通り。あたしの妹さ。……その隣のは家が近かった腐れ馴染みだ。とはいえ」
ふぅ、と一呼吸。
「あたしが殺しちまったんだ、両方ともな」