封じ込めたもの
「ほいよ、着いたぞ」
「こ、ここが日生先生の…………」
目の前に立つボロ……年季の入ったマンションを眺めて、隣にいる日生先生と見比べる。こ、こんなところに先生が…………
「ボロいだろ? 名前は『そのうち潰れ荘』てんだ。あれ、『もうじき倒壊し荘』だったかな?」
「シャレになってませんよ!? ほんとに潰れちゃったら先生ぺっちゃんこになっちゃいますよ!?」
「いや案外ガレキの中からひょっこり」
「マンガじゃないんですから……」
いやでも先生なら有り得るかもしれない……
「ほら外階段はこっちだ。一応エレベーターもあるけどどうする?」
「な、ならエレベーターで……」
壁についてる外階段、なんか外れて落ちそうで怖いから……
「ん、そうか。まぁ落ちそうだしな。この前も誰か落ちたし」
「え!?」
「や、真っ逆さまに落ちたんじゃなくて階段踏み外してゴロゴロと…………みなせー?」
「も、もう聞きたくないです……」
日生先生のバカ……
エレベーターに乗り込んで3階のボタンを押すと、鈍い音を立てながら動き出す。空いた扉から先に日生先生が踏み出すと、
「あれ……? 」
そんなに酷くない……?
「はっはっは、もっとボロいのを想像してたか? まぁ中はそんな酷くないのよ。ほれ、ここの突き当たりだ」
「ふぇぇ……」
てくてくと廊下の最奥まで歩いていくと、日生先生が扉を開けて、
「ようこそ我が家へ。できる限り歓迎するよ」
「お、お邪魔します…………」
恐る恐る足を踏み入れると、季節外れのシトラスの香りに包まれる。……のはいいけど、少しかび臭い。
「あ、もしかして匂うか……? 」
「す、少し……」
「そっか……んー、風通して空気入れ換えたんだけどなぁやっぱ染み付いてんのかね……? わりぃな次までにキレイにしとくわ」
「つっ次もお呼ばれしてもらえるんですか!?」
「水瀬!?」
思わずずいっと身を乗り出したら日生先生が後ずさる。
「す、すいません、つい……」
「お、おう…………と、とりあえず上がってくれ……」
「し、失礼します……」
靴を脱いで足を踏み入れると、最奥のカーペット敷の部屋に通される。
「悪ぃなボロくて。しばらく寛いでてくれ……とは言っても何も無いんだけどな、ハハハ」
「し、失礼します……? 」
日生先生が奥へと引っ込むと、やることがなくなって部屋を見回す。ゴミとかは落ちてないけどモノも特にない殺風景な部屋で………あれ、なんかそこの襖がミシミシ言ってるような……それになんか膨らんでる……?
気になって立ち上がると、足元でぐに、と何かを踏んでしまう。慌てて後ずさってそれを見ると、
(こ、これって…………///)
恐る恐るそれをつまみ上げてみる。こ、これ日生先生の……ワイシャツの下にこんなの付けてるんだ…………お、オトナだ……
恐る恐る自分の胸に当ててみて慌ててすぐ放り投げる。…………私の方が、ある、かも。
気まずくなって視線を逸らすと、箪笥の上に伏せられた写真立てに目が止まる。なんだろう……と手を伸ばして、でも伏せてあるから見られたくないのかも……と躊躇って、やっぱり手を伸ばす。
もっと、日生先生のことを知りたいから。
伏せられた写真立てを起こすと、そこに写っていたのは、
(これ、先生……? )
今よりも髪が長くて無愛想な日生先生らしき人と、同じく髪の長い愛嬌のある人、そしてその間に写っていたのは、日生先生によく似た丸眼鏡の人。他のふたりはグレーのセーラーなのにこの人だけ私と同じ制服……
これ以上踏み込んではいけない、と分かりつつも、私は写真立てを裏返して蓋を開ける。ずっと開けてないのかネジが錆び付いてて、力が要ったけどなんとか板を外すと、やっぱり写真の裏に何か書いてあって。
【??/04/?? 直葉の入?式 】
【星崎麻里奈 / 藤原?葉 / 藤原拠葉】
所々滲んでいてよく読めないけど、それでも私を竦ませるには十分だった。と同時に、知ってしまったことへの後悔と見てしまった罪悪感とがふつふつと湧き上がってきて、慌てて元のように写真立てを戻して伏せて一安心、と振り返ると、
部屋の入口で、日生先生が包丁を持って立っていた。