もうひとつの目的地
リノリウムの床をあたしの足がカツカツと叩く。えーと、810号室……ここか。軽くコツコツとノック。
「ちっす、先生」
「ヌワーッ!?誰だー!?」
「うげぇっ!! てめぇこそ誰だ!?」
マッ裸の男がベッドの柵で筋トレしてた。
「こっ、ここは我が病室だぞ!?」
「あん?」
廊下に戻ってみると確かにここは810号室。手紙を見返す。病棟を移ったと書いてある。
「サーセン失礼しましたー!!」
勢いよく扉を閉めて立ち去る。…………み、見えなくてよかった……
そのまま1フロア下がって711号室を訪れる。今度は間違えないようにと慎重にノックしてから入ると、看護師がベッドの後片付けの最中で。
「え、……ちょっ、ここに居た人は?」
「あ、この方のご親族ですか? この方は残念ながら先々週に……」
「そ、そんな…………」
膝から崩れ落ちる。なんで…………なんでだよ…………そんな…………
「あのー、申し訳ないんだけどご親族の方であれば丁度良かった。この人だいぶ医療費溜め込んでて払ってもらって無かったのよ。占めて200万、お願い出来ますか?」
「ザッけんなこの野郎!!」
カッとなって看護師の胸元を掴んで持ち上げる。
「身内の死を悼む時間すら寄越してくれないのか!! まずはお悔やみ申し上げますだろ常識あんのか!!」
「キャー!? 誰かー!?」
足をジタバタさせる看護師と、どこからか飛んでくる警備員達。
「離せゴラァ!! こいつ……こいつっ……あたしの『母さん』のことっ」
「え、『お母さん』?」
締め上げられた看護師が答える。
「こっ、ここに居たのは40才位のおじさんですよ!?」
「あ゛?」
思わず手を離すと看護師がズドンと床に落ちる。あらやだ見た目によらず重いのね……。
「おじ、さん……?」
訳が分からずきょとんとしていると、
「コラ、ヨリ!!」
「はっはい先生!!」
条件反射で背筋を正すと、
「…………って、先生!? 」
人混みの奥に立っていたのは、見間違えるはずのないあたしの『先生』で、
「…………せ、せんせぇ……よかったぁ、生きてた……」
よろよろと近づくと、あと少しのところでゲンコツが降ってくる。
「こらヨリ!! まーた人に暴力振るって揉め事起こして!! そもそも今日は平日なのに何してんの?」
「い、イテテ、先生、これには事情があって……」
「もう、全くあなたって子は……すいません警備員さん、謝らせるので責任者の方をお願い出来ますか?」
「え、いや先生でも……」
「デモもストライキも無い。悪いことをしたら謝る。そう教えたでしょ? 」
「あーい……」
…………ちぇっ、『大先生』も怖いけどやっぱりあたしにとっては『先生』の方がずっと怖いや……