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パーフェクトハッピー! 〜学園ファンタジーアクションゲームvsゆるふわ乙女ゲーム〜

作者: クミン

「…そう、魔物が現れた聖教会には必ず黒いマスクが残されていた…どうしてそれをあなたが知っているのかしら…?」


 イザベラのよく通る声に、華やかな卒業パーティ会場が静まり返った。月の光を集めたような銀髪の侯爵令嬢は、立ち尽くす黒髪の青年に唇だけで微笑みかけた。

「…うわさですよ、うわさ…誰かがそう言っていたような」

「そうですか、ダミアン様。教会に黒いマスクが落ちていたことは、あの場にいた私たちしか知らない秘密にしていたの。もう一度聞くわ、どうしてあなたがそれを知っているの?」


 ダミアンの紫色の目が怪しく光った。イザベラの後ろには、いつの間にか仲間たちが並び身構えている。ノーブル王立魔法学園の豪華なホールに禍々しい魔素がただよい、周囲の気温を下げていく。

 ダミアンは魔族。高貴な血を引く者や魔力の強い者たちが集まるこの学園に他国の貴族を名乗って潜入し、さまざまな悪事を働いていた。

 一時は学園のほとんどの者が洗脳され、操られていた。令嬢イザベラはそれに気づき、悪事を暴きながら少しづつ仲間を増やしてきた。


 魔道士ミリア、剣士ターレス、獣人の戦士ガラム、そして光の騎士にして第2王子のアラン。彼らはイザベラを守るように立ちはだかる。

 魔法学園の卒業パーティーは深いダンジョンの底のような空気に変わっていった。


「…ほう…わたしを罠にかけたつもりか…イザベラ、お前は本当におもしろい女だ」

「呼び捨てにされるほど親しくはございませんわ、ダミアン様…いえ、暗黒魔卿様、とお呼びしましょうか」

「ふっ…人間にしては出来がいいようだな。だが所詮人と魔族、どちらかが斃れる定め」

 ダミアンの右手が暗い輝きを放ち、虚空から剣を生む。イザベラの指から閃光が走…ろうとしたとき、どこか間抜けな声が響いた。


「諸君!!聞いてくれ!ぼくはイザベラ嬢との婚約を破棄する!」

  真っ赤な顔をした、薄茶色の髪の青年が会場の真ん中に突っ立っている。

「…ぼくはこの国の王子として、君と人生を共にできない!ぼくの一生の伴侶は…クレア、君だ!」

「ロ、ロバート様!」

 ロバートに抱き寄せられ、明るいブロンドの少女が恥じらうように身をよじった。


「ちょ、ちょっと!クレア姉さん!なにやってんのよ!」

 魔道士ミリアが叫んだ。クレアはミリアの双子の姉。と言っても、魔道にひたすら打ち込み、いずれは稀代の大魔道士と期待されるミリアとは違い、クレアはあまり秀でたところのない生徒だった。

 打ち込んでいたのはお茶会にパーティに学園祭に…まあ学内の有名人ではある。

「…やめて、ロバート様! あなたのような高貴な王子様が、わたしとなんて…!」

「なにを言うんだクレア! 僕が愛しているのはクレア、君だけだ!」

「ロバート!」


「…え、ロバートって王子だっけ?」

「えーっと、確か王位継承権はあったっけな。20位くらい?」

「いや俺25位だけどもっと下だわ。多分30より下」

 ホールの片隅で、先代の王様の末の弟が婿に行った先の次男の息子だっけな、と王室マニアによる解説が行われていた。



「みんな聞いてくれ!僕の婚約者、いや元婚約者イザベラは、美しく優しいクレアを妬んで、数々の嫌がらせを行っていたんだ!僕の目はごまかせない!」

 ロバートはダミアンの前に割り込んで、イザベラにビシッと指を突きつけた。興奮したのか口の周りに汗が浮かんでベタベタだ。

「入学式の時! すでにいじめは始まっていた!」

「は?」

「え?」


 罠か。俺の気をそらせようとする罠に違いない。暗黒魔卿ダミアンは魔素をまとわせた剣を握り直し、意識をイザベラに集中させようとした…がどうにも気が散る。

 入学式の時って、双子のクレアとミリアは平民だからこの学園の誰とも初顔合わせだっただよな。いじめる理由ないだろ? 魔族は無駄に記憶力がいいだけに、つい考え込んでしまうのだった。



「クレアはあの日、講堂の前で突き飛ばされ、転んだ!イザベラの仕業だな!」

 ロバートはイザベラに突きつけた指をプルプル震わせながら、高らかに宣言した。

 そんなことあったっけ?と皆顔を見合わせる。

 そういえば、入学式が始まろうとした時。突風が吹いて黒い馬車が現れ、ダミアンが姿を見せた。遠い国から来たという貴公子留学生の、ドラマチックな登場シーンだ。

 確かに突風で何人か転がされていた。

 その中にクレアがいたっけな。いたか。いややっぱりわかんない。


 「私、入学式は初めから講堂の中にいたわ。成績優秀者だったもの」

 イザベラはダミアンから目を離さず応えた。さすが魔法剣士イザベラ、集中を切らさない。

「壇上にいたのに、どうやって講堂の前のクレアを突き飛ばすのよ」

「それは…魔法だ!魔法を使ったんだ」

「…あの時点でクレアなんて知らない! ていうか、今もよく知らない」

「かわいいクレアに嫉妬したんだ! そうに違いない!」


 え? クレアってそんなにかわいかったっけ。イザベラは思わずクレアを見たが、ダミアンもついつられて見てしまっていたので特に隙は生まれなかった。

 明るいブロンドで大きな青い目で、たしかにうん、まあ、かわいいかな…でもこの学園の女子生徒、貴族王族当たり前で平均値高いんだよな…。まあ、かわいい、かな?くらい。注目を集めたクレアは真っ赤な頬を抑えてクネクネしている。嬉しそうだ。

「クレアおねーちゃん、昔から転びやすいんだよね。特に男の人の前では。あざとい」

 魔道士ミリアがぶつくさつぶやいていた。



 今ひとつ断罪ムードが盛り上がらないことに気づいたロバートは、さらに言葉を続けた。

「イザベラ、言い逃れは許さないぞ! 1年生の1学期のことだ! 教室に何者かが侵入して、クレアの机や教科書がめちゃくちゃに壊された! クレアをバカにした、お前のしわざだろう!」

「…それはダミアン、あなたから説明した方がいいわね」

 イザベラが笑った。

「あの教室の真下は職員室。先生たちを監視するために、【魔の目】を仕掛ける必要があった…そのために教室の床を破壊したのよね」

「ふっ…何時頃からか、【魔の目】が働かなくなったが、おまえに気付かれたのだな」


 すでにその頃には教師たちは洗脳状態にあったから気にもしなかったが。

 ダミアンはあの時、床に細工したことが目立たないよう机や椅子を破壊したのだが、クレアは1学期から早速教科書を机に置きっぱにしてたんだな、とどうでもいいことに気づいてしまった。魔族は記憶力も勘も優れているのだ。



「こんなのはまだ些細なことだ! 2年の校外学習の時! クレアの運動着を破いたのはイザベラ、お前だろう!」

これは全員覚えていた。忘れられるはずがない。校外学習で西の森に出かけた時、突然現れた魔物に襲われたのだ。生徒たちはまだ未熟な剣術や魔術で必死に対抗し、なんとか打ち破った。

その時イザベラは魔術と剣術を組み合わせた技に目覚め、魔法剣士の道を歩み始めた。


「…たしかに、魔力が不安定だったから魔物に捕らえられた女子生徒たちを解放したとき、服を破いちゃった。それは、みとめる」

「クレアに辱めを与えようとしたのだろう! なんて卑劣な!」

生きるか死ぬかのあの時、エロい目線で女子生徒を見る余裕があったなんて、こいつある意味すごいな…という男子生徒たちの視線がロバートにつきささったが本人は興奮しきっていてそれどころじゃない。

「クレア、あの時はつらかっただろう…君を守れなかったぼくを許しておくれ」

「そんな…ロバート様…私、私、はずかしくて…」

「あー、はい、うん、たしかにあの頃は腕が悪くてすいませんでしたぁ」


 イザベラは基本素直で真面目で努力家。自分が間違っていたら下級生にだって頭を下げることができる謙虚さを持つ。だけどこいつらに謝るのはホント嫌。

 魔物に生徒たちを襲わせて恐怖心を植え付ける作戦は失敗したと思っていたが、今イザベラの心はちょっと闇に染まったなとダミアン小さくガッツポーズ。



 断罪は続く。

「2年生の夏、クレアに水を浴びせただろう!」

「…まさか、魔力嵐の襲来で学校中水浸しになった時のこと言ってるんじゃなかろうな」

「それにクレアのランチをひっくり返したのもイザベラだな!」

「ランチのトレイ持ってはしゃぎながら歩くからだよ」

「母親の形見のブローチを盗まれて!」

「お母さんのブローチ持ち出したのおねーちゃんだったの?! あとお母さん元気だよ!」

「パーティのドレスを奪われて泣いていた!」

「おねーちゃんがあたしのドレス勝手に持ち出したんでしょ! 返してもらっただけだよ!」

「いつも先生に当てられて答えられず怒られていた!」

「授業中寝てたからだね」

「魔法の授業でもうまくいかず落ち込んでいた!」

「知らないよ、ていうか自分のせいだよね」


 なんなのこいつ。イザベラの苛立ちがどんどんつのっていく。こんなことより魔界の王子ダミアンとの戦いだ。今ここで決着をつけねば…と思うものの、ロバートの変に耳障りな声と合間合間に響くクレアの「ろばーとさまーあ」というキンキン声に意識が持っていかれる。

 あと、ダミアンが不敵に笑っているのも気に食わない。


「ふ、人間は愚かだ…世界の危機に気づきもせず、おのれの欲望のままわめきちらす……」

「人間ひとくくりにしないでくれる?! ロバート、いいかげんにして。今どういう状況かわからないの?」

「イザベラ! 馬鹿なことを! いいかげんに観念しろ! 罪を認め、婚約破棄を受け入れるんだ!」

「そもそも私あなたと婚約してたっけ」

「…これほどの罪を犯しておきながら、まだぼくの愛を欲するのか…哀れな」

「まさかとは思うけど、父親同士の酔っ払いの約束じゃないでしょうね?」

 ロバートの目が泳いだ。

「…家に定められた宿命とはいえ、お互いつらかったな。自由になろう、イザベラ」

 あー。つまり薬味ね。甘酸っぱい青春の学園生活のスパイス。四方八方からイザベラに同情の視線が集まった。ダミアンからも寄せられた。


 ダミアンの不思議に暖かい視線を受け、イザベラは我に帰った。

「婚約した覚えはないからね!  あんた、他人だから! クレアと婚約しようが結婚しようがどうでもいいから! はい終了! どっか行って! 私は暗黒魔卿ダミアンと決着をつけなきゃならないんだから!」

 ロバートはクレアの手を取り抱き寄せて、イザベラを睨みつけた。

「この期に及んで、まだ罪もないダミアン君のせいにするのか? イザベラ、お前という奴は…!」

「やめて! ロバート! 闇に心を支配されないで!」

 あ、いや、闇だけどこいついりません。ダミアンが真顔になった瞬間。

 世界が光に包まれた。

「やめて!!!! ロバート!!!!」

「ああ…クレア…!」

 パーティ会場に満ちていた闇がちぎれ、かすんで消えていく。ダミアンの右手の、闇をまとった剣が光の中に溶け去った。

「こ、これは…聖女の力…!」



 はい、このタイミングで、クレアが聖女の力に目覚めたのだった。

 双子の妹ミリアの莫大な魔法量から考えると、クレアにももともと才能があったのだろう。

 後ろで成り行きを見守っていたというか口も出せずに呆然としていた第2王子アラン(光の騎士)は、すぐに我に帰り、側仕えに命じた。

「すぐに教会から人を呼べ、王家の息がかかった奴を。クレアを聖女として保護する。あとロバートん家って何家だっけ、公爵? 侯爵? とにかくすぐに呼べ。あ、実印持ってこいって」


 王室のパワーバランスが変わる。王位継承権の下の下でも聖女の夫なら脅威だ。

 聖女は教会で預かり、その力をコントロールする。ロバートは愛ゆえに家を飛び出し、身分を捨てて教会の聖騎士となり聖女の傍でその一生を支える。剣術の授業最下位常連のロバートでも甲冑着て立ってるくらいの役には立つだろう。聖女と聖騎士の後見人は第2王子アラン。

 これは第1王子でも勝てないんじゃね? 王位いけるんじゃね?

 王子は人間関係の実戦に強いタイプだった。


「ぐ、ぐわあああ!」

 それはさておき、暗黒魔卿ダミアンは聖女の光に全身を焼かれ、膝をついた。

「く、くそ…この、俺が…負ける、だと…」

「クレアすっごーい! 光った! 光ったよ! さすがはクレア!」

「ロバート様、これは愛の力ですわ!」

「真実の愛がイザベラに打ち勝ったんだよ!」

「私は!倒れてないですけどね!!!!」

 ロバートはクレアを抱き上げてくるくる回った。ピンク色のドレスが花のように広がり、クレアは声を上げて笑う。遠くで教会の鐘が鳴った。

 まるで二人を祝福するかのように。


 ダミアンとイザベラの視線が交差する。

「…こんな世界、壊れてしまえ」

「いや無理。聖女が覚醒した以上、魔界は手も足も出ない。無理無理」

「そこをなんとか」

 この3年、魔界からの人間世界侵略の第一歩として暗躍したダミアン。そのダミアンの攻撃や裏工作を尽く潰したイザベラ。ほぼ毎日のように顔を合わせ、嫌味を言い合い、腹を探り合ってきた。

 お互いの考えていることは手にとるようにわかる。性格も知り尽くしている。

 あれ?

 人間と魔族、わりと分かり合えてるんじゃ?


ーーーーーーーーー


 高く、低く。荘厳に、軽やかに。教会の鐘が鳴り響く。

 今日は聖女クレアと聖騎士ロバートの結婚式。王都は花とリボンで飾られ、街中の塔から白い花弁が空にまかれている。

白いドレスと白い甲冑の聖女と聖騎士は、教会から白い馬車でパレードだ。


「でなんでダミアンがここにいるのよ」

「招待状が来たから」

 黒いサングラスに黒いローブで体を覆ったダミアンが、黒いマスクの中でモゴモゴ答えた。聖なる光は魔族の体に悪い。目のかゆみ、鼻水、鼻詰まり、喉の痛み、咳、痰、皮膚のむずむず、胃の痛み、腸がゴロゴロするなど、細かい細かい嫌な不調を引き起こす。

 イザベラは今日はおとなしいドレス姿。スカートの中に聖剣や聖水を隠しているわけではない。

「まあね、たった3ヶ月で魔界と人間界の和平が結ばれるなんてね。びっくりだけど」

「聖女と戦うとなればこちらも全滅覚悟の戦争となる。馬鹿馬鹿しい」

「私の学園生活3年間、返してくれる?」

「俺だって地元の高校行けなかったんだから、おあいこだ」

 え、魔界って高校あるの? あるに決まってるだろ、俺私立受かってたのにいきなり魔王から指令が出て転校だよ最悪だったよ…

 そんなどうでもいい会話をしながら、ふたりは遠ざかっていくパレードを眺めていた。


 魔界と人間界の数千年にわたる和平の日々は、こうして始まった。


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