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9.B組のフゼット (4)

 ユリーシアの話は、フゼットの理解できる範ちゅうを大きく超えるものだった。


 まず、ここは『げぇむ』と呼ばれる架空の物語の世界だということ。

 そして、その物語は『ひろいん』と呼ばれる主人公が、王立学校に入学するところから始まるということ。

 『ひろいん』は高い魔法能力を持ち、その能力の高さからA組に振り分けられること。


 『ひろいん』は入学の時点では男爵家の令嬢だが、実の両親は平民だということ。

 実の両親は彼女が幼いうちにふたりとも流行り病で亡くなっており、長い間孤児院で生活していたところを入学の1年前に魔法能力の高さに目をつけた男爵に引き取られ、その養女となったこと。

 『ひろいん』は孤児院育ちであるがゆえに貴族社会の枠にとらわれることなく行動し、その自然体なふるまいによってクラスメイトをはじめ学校内外のさまざまな男性をとりこにすること。


 また、その『げぇむ』は『ひろいん』を取り巻く男性のうち1名ないし複数名の心を射止め、ハッピーエンドを迎えることが最終目的だということ。

 どの男性の心が射止められるかは、『ひろいん』の行動により変化するということ。

 ただ、物語そのものはこの世界のそれとおなじく作者によって創り出されたものであり、どの展開もあらかじめ作者により用意されていること。

 このため『ひろいん』の行動により物語の展開はさまざまに変化するとはいえ、その用意された物語の枠内での変化にとどまること。


 さらに、この世界の『ひろいん』はこの『げぇむ』が作られた別世界の記憶を持ったまま転生した者、すなわち『てんせいしゃ(転生者)』であり、『げぇむ』の内容を詳しく知っていることから、この人と見定めた男性(攻略対象)と必ずハッピーエンドを迎えられること。

 さらに『ひろいん』の攻略対象には、王太子であるクリストファー殿下が含まれていること。

 そしてもし『ひろいん』が、クリストファー殿下と結ばれたときは、殿下とユリーシアの婚約は破棄される上に、ユリーシアは罪を着せられて死罪に処せられること。


「…という内容の夢を見ますのよ。幼いころから何度も何度も」


 ユリーシアはひどくつらそうな表情を浮かべる。


「夢の中とはいえ、愛する方をぽっと出の令嬢に奪われた挙句に命まで奪われる。しかもそのシーンを何度もくり返し見せられるなんて、気が狂いそうでしたわ」


 ふたりの間にしばしの沈黙が流れる。


「正直、王立学校に入学することに恐れを抱いていましたの。これが単なる夢なのか、それとも現実なのか。入学式の日にはっきりすると」

「よかったじゃないですか。単なる夢だと分かって」


 フゼットが感情を押し殺しながら発した言葉は、ユリーシアの逆鱗にふれた。


「あなた本気でおっしゃってるの!?」

「もちろん」

「むしろその逆よ!現実だと思い知らされましたわ!入学式であなたを見かけたときに、わたくしはどれほど衝撃を受けたことでしょう…」


 ユリーシアは怒りに満ちた視線をフゼットに向ける。


「あなたが転生者で誰を攻略しようとかまいません。ですが、殿下だけはおやめくださらない?」


 ユリーシアはまっすぐにフゼットを見据えて言い切る。


「わたくしの幸せを、わたくしの未来を奪わないで!」


 言いたいことを言い切って緊張が解けたのか、ユリーシアはテーブルに伏せてわっと泣き出した。


 何これ?この人はいったい何を言ってるんだろう…フゼットは疑問を浮かべると同時にふつふつと怒りも湧いてきた。



 わたしはフゼット。お父さんとお母さんの娘。

 わたしがわたし以外の誰かだったことなど一度だってないのに。



「ずいぶんと勝手な言い草ですよね」


 さきほどまで押し殺していた怒りの感情をもはや隠そうとしないフゼットの声色に、ユリーシアは思わず顔を上げる。


「そもそも前提がいろいろと間違っていますよ。わたしは転生者でもなければ『ひろいん』とやらでもありません。もちろん別世界の記憶もありません」

「まだしらを切ろうとするのかしら」

「しらを切るもなにもそれが事実ですから」


 フゼットは一歩も引かない。


「それにユリーシアさまは最初になぜ教室に来なかったのかとお尋ねでしたが、わたしはB組です。A組の教室になんか行くわけがないじゃないですか」

「えっ?」

「わたしがA組の教室に姿を現さないからと言って、空席ができていましたか?」

「空席は…なかったと思いますわ」

「それはA組にわたしの席はないということにほかならないのではありませんか?」

「そう…なりますわね」


 ユリーシアの声はしだいに小さくなってゆく。


「作者だかなんだか知りませんが、もうすでにユリーシアさまがおっしゃる物語の枠から外れていませんか」

「それは…そうですわね…」

「まだ他にもあります。私の両親は健在です。孤児院に入る必要もありませんし、孤児院に入っていない以上男爵家の養女になるきっかけもありません。わたしは生まれてこの方、平民以外だったことなんてありません。そこらへんにごろごろ転がっている単なるど平民です」

「まあ…」


 フゼットに次々と事実を並べ立てられて、ユリーシアは言葉を失った。


「そのようなひどい夢を何度も見せられて、もしそれが現実になったらと心を痛められていたというご事情はお察ししますが、夢ばかりにとらわれずにちゃんと現実を見てください!」


 フゼットは、ユリーシアの目をまっすぐ射抜くように見つめる。


「なによりも一番気に入らないのは、わたしの両親が亡き者であることが前提のお話だということです。わたしのたいせつな両親の命を勝手に奪わないでください!」

「ええ、ええ、分かりましたわ」

「ユリーシアさまの夢の中のフゼットはあくまでも夢の中の存在であって、現実のわたしとはまったくの別人です。それだけは分かってくださいますね!」


 フゼットのあまりの剣幕に、ユリーシアはうなずくよりほかなかった。


「他にお話がないようでしたら失礼します」


 フゼットはそれだけ言うとさっと席を立った。



 サロンにひとり残されたユリーシアは呆然としながらも、フゼットとの会話を思い返す。


「フゼットさんは転生者でも『ひろいん』でもない…ということは私の未来が奪われることも…?」


 そんなユリーシアの思索は、突然開いたサロンのドアの音によって中断させられた。ドアの向こうから顔を出したのは、たった今、颯爽とサロンをあとにしたはずのフゼットだった。


「あの…ここから一般校舎に向かうにはどうすればいいのでしょうか…」


 恥ずかしそうにうつむくフゼットに、ユリーシアは口もとをほころばせる。


「ほんとうに…あなたって人は」


 そんなユリーシアに、フゼットは照れ笑いを返すのだった。

”わたしがわたし以外の誰かだったことなど一度だってないのに。”


 このお話は、すべてフゼットのこのモノローグから広がってゆきました。

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