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8.B組のフゼット (3)

 翌朝。

「なんだかいろんなことがあったな」

 寮の自室のベッドの上で、フゼットは背伸びをしながら昨日のできごとを思い返していた。


 隣の席のシーラは王都にある商店の娘だった。自宅から通学するシーラと寮住まいのフゼットが顔を合わせるのは主に学校内だけだったが、おなじ平民ということもあり初日にしてすぐに意気投合したふたりはすっかり仲良くなった。


 逆にフゼットを足止めした令嬢と貴公子に対しては、いい印象を持てそうになかった。貴公子は子猫を助けようとするくらいだから悪い人ではなさそうだが態度は尊大だったし、令嬢はその発言の意図がまったく分からないところが不気味だった。

 幸いふたりとも別のクラス、たぶん特別校舎に教室のあるA組の生徒だと思われることから、あまり接点がなさそうなのが救いだった。


 昨日は入学式当日ということもあり、午後は簡単なオリエンテーション程度で下校時刻を迎えた。

 今日からは授業が始まることになってはいるものの、教科が一巡するまでは本格的な内容にまでは立ち入らないだろう、とのんびりかまえるフゼットが校門をくぐったときだった。


「すこしよろしいかしら?」


 フゼットは唐突に声をかけられた。


「はい?」


 フゼットが声のしたほうを振りかえると、そこには昨日の令嬢の姿があった。

 心の中で、またか…正直相手したくないんだけどなぁ、とフゼットは思ったが、


「ここでは人目もありますから、場所を変えませんこと?」


 令嬢はそんなフゼットの内心などお構いなしに話を進める。


「ほら、行きますわよ」


 しぶしぶ令嬢の後をついていくフゼットだったが、B組の教室のある一般校舎を通り越したあたりでたまらず尋ねる。


「あの、どこまで行くんですか?」

「落ち着いて話せるところですわ。校門だと人目があるでしょう」


 フゼットは、そのまま令嬢に連れられて特別校舎内のサロンにたどり着いた。


「おかけになって」


 そう促されたフゼットは、令嬢の対面に座る。

 ぐっと沈み込む特上のソファーに、フゼットが、さすが貴族仕様!座りにくくてわたし向きじゃないけど!などと心の中で突っ込みを入れていると、


「そのように深く腰掛けるものではありませんわ。重心を前のほうに置いて、腰掛けは浅く」


 と、令嬢からマナー指導が入った。

 さらに座りにくくなったんですけど!とフゼットは危うく突っ込みそうになったが、さすがに口にはしなかった。


「それで…何の御用でしょう?」


 さっさと教室に向かいたいフゼットは、イラつきを抑えつつ尋ねた。


「伺いたいことがいくつかありますの」

「伺いたいこと?」

「ええ、そうですわ。まず昨日はなぜ教室にいらっしゃらなかったのかしら?」

「えっ?いまなんと?」

「ですから、入学式の後なぜ教室にいらっしゃらなかったのかとお尋ねしているのですわ」

「教室なら行きましたけど…」


 昨日と同様、話がかみ合わないことにフゼットは困惑する。


「嘘はいけませんわ。わたくしA組の教室であなたをずっとお待ちしていましたのに」

「A組の教室で、ですか?」

「そうですわ」

「あの…誰か別の方とお間違えになってませんか?」

「あなたは、フゼットさんでいらっしゃるわね?」

「あ、はい。でもどうして…」


 わたしの名前をご存じなのですか、とつづけようとしたフゼットをさえぎるように、


「それなら人違いではありませんわ!」


 令嬢は断言した。


「フゼットさん、わたくしは昨日、殿下だけはおやめくださるようにとお伝えしましたわよね」

「はい、たしかにそのようなことをおっしゃっていたような気がします」


 でも、いまだになんのことだかさっぱりわからないけど、とフゼットは内心で付け足す。


「それなのになぜ、お伝えしたそばから殿下に近づくような真似をなさるのです!」

「殿下に近づく?」

「わたくし、この目でしかと見ましたのよ。あなたが中庭で殿下と仲睦まじく言葉を交わしているところを!」

「中庭…あぁ!」


 あの貴公子然とした男子生徒は殿下だったのか、それならあの偉そうな態度も納得!などとフゼットが思っていると、


「ほら、やっぱり心当たりがおありでしょう?」


 令嬢はわが意を得たり、という表情でつづける。


「あなたは中庭で殿下のお姿を見かけるなり、すぐに立ち止まってあざとい仕草で殿下の気を引こうとしたのではなくて?」


 いや、声をかけてきたのは殿下のほうなんですけど、とフゼットが反論する間もなく、


「殿下はお優しいから、そんなあなたを無碍にすることなく会話に応じてくださったのでしょう。それなのにあなたときたら、会話をじぶんから打ち切った挙句に顔を赤らめて走り去るとか!なんとあざといのでしょう!」

「はぁ…」

「殿下にさりげなくご自分の存在を印象づけようとするそのあざとさ。さすが『ひろいん』ですわね!」


 令嬢はそう言い切ったあと、悲しそうに目を伏せて、


「あぁ、いずれ殿下は『ひろいん』に籠絡されるのでしょうね。そして、わたくしは夢で見た『げぇむ』のように悲しい最期を迎えるのですわ…」


 そうこぼした。

 令嬢の言葉が途切れたことで、フゼットはようやく口を開くことができた。


「あの…わたしからもいくつかお尋ねしてよろしいですか?」

「何かしら?」

「そもそもあなたはどちら様ですか?」

「えっ!?このわたくしのことを知らない、と?」

「はい。上級貴族のご令嬢なんだろうな、くらいには思いましたけど」


 じぶんのことを知らないと言われて絶句する令嬢に、フゼットは諭すようにつづける


「あの…王族だとか上級貴族だとか、わたしみたいな辺境の田舎町住まいの人間には雲の上の存在なんですよ。そもそも、中庭で出会った貴公子が殿下だったということも、いま初めて知ったくらいなんですから」

「ことしの新入生に殿下がいらっしゃることもご存知なかったのかしら?」

「さすがにいらっしゃることくらいは。入学前に、同級生に王太子殿下や殿下のご婚約者がいらっしゃるから粗相のないように、という注意を受けたので」

「でも殿下や婚約者のお顔はご存じないと?」

「はい。配られた注意事項にはお名前しか書かれていなかったので。たしか殿下がクリストファーさまで、ご婚約者がクラレンス侯爵家のユリーシアさま」

「わたくしが、そのユリーシアですわ」

「えぇっ!?それはとんだ失礼を…」

「かまわなくってよ。それであとは何かしら?聞きたいことはほかにもあるのでしょう?」


 フゼットはひどく恐縮していたが、目の前の令嬢、ユリーシアはかまわず質問のつづきを促した。


「それで…昨日からいまひとつ話が見えないんですが、『ひろいん』とか『げぇむ』とか、あとてんせ…なんでしたっけ?」

「『てんせいしゃ』?」

「そう、それです。どれも聞いたことのない言葉なんですが」

「まだしらばっくれるおつもりかしら?ひとつひとつ言ってお聞かせしたほうがよろしくって?」

「しらばっくれるなんて、ほんとになにがなんだか」

「よいでしょう。あくまでもしらを切るというのなら教えてさし上げますわ」


 ユリーシアが語り始めたのは、予想を斜めはるか上に飛び越える話だった。

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