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6.B組のフゼット (1)

 いよいよ明日は入学式。

 フゼットはじぶんに与えられた寮の部屋で、のんびりと準備をしていた。

 地元で世話になっていた道具屋のマークスさんの助言である「入学前の実技試験はほどほどにしておくように」を実践した結果、ぶじにB組に振り分けられることが決まっていたからだ。


 ことしの入学生には王太子殿下とその婚約者である侯爵家令嬢、王太子の側近でもある高位貴族令息など、将来、王国の中枢を担うことが確実な面々がいたが、A組に振り分けられるであろう彼らとおなじクラスにならずにすみそうなことに、フゼットは胸をなでおろしていた。


 フゼットが王都に向かう前に、マークスさんは学校生活の心得をいくつか聞かせてくれていた。

 平民でも実力さえあれば、A組でも十分やっていけると思われがちだが、実際はそうではないからだ。

 クラス分けは公平の観点から実技試験の成績順になされるとはいえ、その成績じたいが魔力の高さと直結していることに加え、より高位の貴族ほど高い魔力を持つという現状を踏まえると、けっきょく身分順になってしまう。


 学校生活は授業だけではなく、友だち付き合いなど日常に関わる部分も多いため、生活水準も価値観も異なる貴族と平民ではどうしてもすれ違いが生じやすい。

 学校側は表向き身分不問を標榜するだけなく、むしろ貴族と平民が積極的に交流することをも奨励しているが、学校生活を平穏に送ろうとするなら平民は平民同士で固まったほうがすごしやすい、とマークスさんは言う。


「王都で魔法に関する職に就こうとするのならともかく、平民がぶじに卒業するためには目立たぬようそれなりの成績でやりすごすのが一番かな」


 マークスさんにそう言われていたので、フゼットは最初からB組を狙っていた。

 ほんとうはC組あたりに振り分けられるのが平民の生徒にとっては一番いいそうだが、魔力測定の結果がBクラスでC組を狙うとなると、入学前の実技試験は相当ひどい結果を出さなければならない。そうなると逆に悪目立ちしかねないから、やめておくように、というのがマークスさんの忠告だった。


「なんとかB組に振り分けてもらえたから、すべり出しはまあまあかな。あとはトルクのぶんもがんばらなくちゃ」


 フゼットはこの2年間、特訓に付き合ってくれた幼なじみの顔を思い浮かべた。


 2年前。

 幼なじみのトルクの魔力測定結果がDクラスだと判ったときから、フゼットは覚悟を決めていた。「わたしが王立学校に入学して、卒業資格を取るしかない」と。


 フゼットはトルクの2歳年下。おなじ地区に同世代の子どもがこのふたりだけだったためか、物心ついたころには一緒に遊ぶことがあたり前になっていた。

 トルクがショーウインドウに並んだ魔道具に惹かれて、道具屋に入りびたるようになってからもふたりの関係は変わらなかった。学校終わりに道具屋に立ち寄るトルクの傍らにはいつもフゼットがいたし、周りの大人たちもそんなふたりを温かく見守っていた。


 この道具屋の店主はマークスさんという、両親とおなじくらいの年齢の男性で、ルートビア王国の辺境部にある人口5千人ほどのこの町で唯一の王立学校卒業生だ。

 数年前までこの道具屋は、先代店主で王立学校卒業生でもあったオヤジさんとマークスさんのふたりで切り盛りしており、店の一角で簡単な魔法塾も開いていた。

 トルクが魔法に興味を持つようになると、この魔法塾でオヤジさんとマークスさんから魔法の手ほどきを受けるようになり、フゼットも当然のようにそこに加わった。


 しかし、オヤジさんが天寿を全うしてからはその魔法塾は閉鎖されている。というのも、魔法塾を開くためには役所の許可が必要であり、許可の条件のひとつとして「魔術師または王立学校の卒業生のいずれかが2名以上所属していること」が求められているからだった。

 町の住民は平民だけであり、魔力もFクラスやGクラスの者が大半で魔法に興味を抱く者もほとんどいないことから、必ずしも魔法塾が必要ということもなかった。

 それでもマークスさんには生活に役立つ初歩的な魔法の基礎知識を体系的に学ぶ場として、そしてみずからの研究の場としての魔法塾を再開させたいという思いを抱いていたようだ。


 魔法塾を再開させたいという思いは、トルクとフゼットもおなじだった。

 在りし日のオヤジさんとともに4人で魔法を学びつつ、さまざまな実験をくり返す、あのしあわせな時間を取り戻したいと、トルクとフゼットは、日々魔法の自主練習に励んだ。

 魔法塾が閉鎖中のためおおっぴらにはできないものの、ことあるごとにマークスさんもアドバイスを送り、いつしか魔法塾の再開は3人共通の夢となった。


 トルクが王立学校への入学をあきらめざるをえなくなってからは、フゼットにその夢が託されることになった。

 フゼットは魔法制御を苦手にしていたが、魔法制御を得意とするトルクのつきっきりで特訓のおかげもあり、この2年間でそれなりの水準まで達し、魔力測定も無事終えた。


 そして、入学前の実技試験を5日後に控えた朝、生まれて初めて親元を離れ、王都へと旅立つフゼットは、両親、そして見送りにきたマークスさんトルクとともに別れを惜しんでいた。


「フゼットぉ゛ぉ゛ー。元気でな゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ー」

「お父さんたら、そんなに泣かなくても」


 号泣する父をあらあら、と母はなだめてから、フゼットの目を見て励ます。


「初めてのことばかりだろうけど、体に気をつけてがんばるんだよ」

「お父さん、お母さん、ありがとう」


 フゼットは両親に頭を下げてから、マークスさんに向き合う。


「いろいろなことに触れておいで。ここでは学べないこともたくさんあるだろうから。フゼットならきっとだいじょうぶ」


 マークスさんはやさしく微笑んだ。


 最後はトルクだ。


「まあその、なんだ。がんばれ」

「え?それだけ」


 照れたようすのトルクに、フゼットは口をとがらせる。


「いつものあれは?」

「ちょっ!?ここではさすがに…」


 思いがけないフゼットの発言にあわてるトルク。


「トルク~。いつものあれ、ってどういうことだ~?」

「ほらほら、お父さん落ち着いて」


 険しい顔つきでトルクに迫ろうとする父を、母がなだめる。


「もう!お父さんのバカ!」

「ふ、フゼットぉ゛ぉ゛ー」


 再び号泣する父に、ハンカチを差し出す母。


「お父さん、娘にバカって言われたくらいで泣かないで」


 そんなこんなで4人に見送られたフゼットは、ようやく王立学校への入学という、夢の実現に向けての第一歩を踏み出すところまでたどり着いたのだった。


「夢の実現まであと3年。目立たずそれなりの成績でぶじ卒業して、地元に戻る。そしてわたしの、いや、わたしとマークスさんとトルクの夢をかなえるんだ。がんばるぞ!」


 周りが耳にしたら首を傾げそうな決意を胸に、フゼットは学校生活に、そしてまだ見ぬ将来に思いを馳せるのだった。

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