5.A組のマークス (3)
その後、アーヴァインは目覚ましい成果を上げつづけた。
マークスとの検証を通じて、まだ仮説の段階とはいえ魔法制御のメカニズムを意識することで、魔法を暴発させることもなくなった。
その結果もともと定評のあった魔力の強さを存分に発揮して、どの単元でも高難度の課題を達成しつづけた結果、2年次の中間成績発表では第二王子殿下や高位貴族の子女を差し置いて、ついに首席の座を勝ち取った。
そして3年次の最終成績発表までその座を譲ることなく、卒業と同時に無試験での宮廷魔術室への採用も決定となった。いずれも子爵家子女としては異例のことだった。
「おめでとう」
「ありがとう。全部お前のおかげだよ、マークス」
2年間の検証を通じて心を通じ合わせた親友の祝福の言葉に、アーヴァインは最大限の感謝で応じた。
「それで、お前はどうするつもりだ?」
「まだ迷ってるんだ」
「お前と一緒に、これからも魔法の研究をつづけられたらいいのにな」
「僕もその気持ちがないわけではないけれど、魔力量は平凡だし飛びぬけた成績でもないからね」
アーヴァインは、マークスに対して宮廷魔術室の入室試験を受験するよう熱心に勧めていたが、マークスは態度を決めかねていた。
ルートビア王国では、王立学校を卒業すれば自動的に魔法学の教員資格が得られることになっている。さらに、卒業時に一定以上の成績を修めていれば、宮廷魔術室の入室試験の受験資格を得ることができ、卒業時と卒業から1年後の2回ほど受験できることになっている。
アーヴァインとの検証により補強された魔法理論を駆使して課題に取り組んだマークスも、目を引くほどではないとはいえそこそこ上位の成績を維持しており、この受験資格を得られる見込みではあった。
ただ、この国の魔法エリートが集まる宮廷魔術室は少数精鋭を旨としており、アーヴァインのように飛びぬけて好成績でもなければ、宮廷魔術師や王府の高官、王立学校の教師からの強力な推薦などといった伝手がない限り、採用までこぎつけるのは非常に困難というのが実情だった。
そして、平民のマークスが何らかの伝手を得られる見込みは非常に薄かった。
「推薦を申請しても、教務主任の先生がきっと反対するだろうしなあ」
「教務主任が反対する?なぜ?」
「ほら、いまの教務主任は例の水魔法と火魔法の複合使用の単元の課題を作成した…」
「ああ、あいつか。なんだ、2年も前のことをまだ根に持っているのか」
アーヴァインはあきれたと言わんばかりの表情を見せた。
王立学校の教師による宮廷魔術室への推薦には、教師たちからの推挙によるものと生徒自身の申請によるものとがあり、いずれも教員会議で審査の上で推薦の可否を決めることになっていた。
この教員会議で大きな発言力を持っている教務主任に、マークスは残念ながら快く思われていない。
ことの発端はマークスが2年次の初めごろに受けた、水魔法と火魔法の複合使用の単元の課題にあった。
マークスはこの単元の最高難度の課題をその設定の穴をついて達成させたのだが、その課題を作成したのがまさにこの教務主任だった。
もともと平民の生徒に強く当たる教務主任ではあったが、作成した課題設定の穴をつかれたことで顔に泥を塗られたとでも感じたのか、その後マークスにはとくに強く当たるようになっていた。
「あの先生が教務主任でいる限り、推薦は期待できないだろうね」
マークスは寂しそうにつぶやく。
「今年受験しても入室は絶望的だし、かといってあと1年で推薦をもらえるだけの実績を僕が上げられる保証もないからなあ」
「私に言わせれば。魔法制御のメカニズムの発見だけでも十分な実績だと思うのだけどな」
「しょうがないよ。まだ実績として認められないと先生たちが言ってるんだから」
アーヴァインの協力によりこの2年間で大きく検証が進んだことで、マークスの仮説はほぼ実証できた、とふたりは自信を持っていた。しかし、多くの教師たちはこれまでの魔法理論からあまりにかけ離れた仮説に基づく新たな理論を受け入れようとはせず、その筆頭が件の教務主任だった。
アーヴァインの2年次以降の好成績は、たしかにマークスの仮説に基づく新たな理論に裏打ちされたものだったが、それを認めようとしない教師たちは、アーヴァインの潜在的な魔法制御能力が開花したため、ということで片付けようとしていた。
「まったく!あの石頭さえいなければ!」
アーヴァインは悔しそうに顔をしかめた。
それから1年後、ふたりの姿は王都の城門にあった。
マークスはけっきょく推薦を得られないまま入室試験を2回受けたものの、いずれも不採用の結果に終わった。
マークスは王都に残ることをあきらめ地元に戻ることにし、アーヴァインはそんなマークスを見送りに来たのだった。
「ごめんな。お前に1年で推薦を得られるほどの実績を上げさせることができなくて」
「きみのせいじゃないよ。僕の実力不足と縁のなさだ」
「私の家がもっと裕福ならな。お前を私的な研究員として雇うこともできたのに」
申し訳なさそうに肩を落とすアーヴァインに、マークスは首を左右に振る。
「それも含めて、僕に宮廷魔術室との縁がなかった、ということだよ」
「そうか…それで地元に戻ってどうするんだ」
「入学前に世話になっていたオヤジさんがやっている道具屋があってね。そこを手伝うつもりだよ」
「もう王都に戻ってくるつもりはないのか」
「機会があれば、とは思うけど、たぶんない、かな」
「お前の仮説がなければ、この国の魔法学は何十年も遅れると思うぞ」
「僕を買いかぶりすぎだよ。僕が立てた仮説のうち検証が可能そうなものはすべて伝えたつもりだから、あとはアーヴァイン、きみに任せたよ」
「あぁ。もし王都に戻ってまた一緒に検証をつづけられそうなら、連絡をくれないか。気が向いたらでいい」
「分かった」
ふたりは固い握手を交わす。
「それじゃ元気でな」
「きみもね。体に気をつけて」
惜別の言葉を残してマークスは王都をあとにした。アーヴァインはそんなマークスの後ろ姿をいつまでも見送っていた。
「…それでは必要書類がそろったら、こちらの郡役所に提出してください。ということで説明は終わったんですが、魔術師長、ほかに何かあります?」
回想に耽っていたアーヴァインは、ラタの問いかけで現実に引き戻された。
「ああ、特にはないが…いや、あるな」
アーヴァインは、フゼットの目を見て、
「きみは道具屋のマークスに魔法を教わったと言っていたね?」
「はい」
「それなら、アーヴァインがよろしく、と言っていたとマークスに伝えておいてくれ。気が向いたらでいい」
「気が向いたら?それってどういう…」
困惑するフゼットにお構いなく、アーヴァインはさらにつづける。
「ああ、それから。王都で困ったことがあれば私を訪ねてきたまえ。宮廷魔術室の受付に『フゼットがアーヴァインに用がある』とでも伝えてくれればいいだろう」
「えぇ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべるアーヴァインに、フゼットはさらに困惑するのだった。