4.A組のマークス (2)
マークスたちがやってきたのは、校内にある試料室だった。
「ここに何かあるのか?」
「まあまあ、あわてないで」
はやるアーヴァインをなだめながら、マークスが取り出したのはこぶし大の黒い石だった。
「測定石じゃないか」
「これに手をかざしてみて」
「魔力測定なら、一昨年もうすでにやっただろう」
「いいから早く」
「何度やってもおなじだと思うけどなあ」
促されてしぶしぶアーヴァインが手をかざすと、徐々に色が変化していき、黄色を示したところで止まった。
「ほら、Aクラスだろ。何度やってもおなじさ」
「もっと集中して、測定石にしっかりと魔力を注ぐつもりで」
アーヴァインは何の意味があるのだろうと思いつつ、マークスに言われたとおりに力をこめる。すると、ほんのわずかではあるが色が変化した。
「さっきより白みを帯びてないか?これ」
「うん、そうだね」
こうなることが分かっていたのか、マークスの表情は変わらない。
「どういうことだ?魔力測定の結果は一生変わらないんじゃないのか?」
「一般的にはそう言われているけどね」
アーヴァインの疑問にマークスは答える。
「まだ仮説を立てて検証している段階だから断言はできないけれど、魔力測定で実際に測定されているのは測定石に注がれた時間当たりの魔力量じゃないか、と思うんだ」
「ほう?」
「僕はBクラスだからオレンジを示すはずだけど、仮説のとおりならCクラス以下にとどめることも可能だ」
「そんなことできるのか」
「実際にやってみせよう」
マークスはそう言いながら、別の測定石を取り出した。そしてなにかを確認するかのようにみつめながらぐるっと1回転させてから手をかざすと、測定石の色は紫まで変化したところで止まった。
「おお!」
「このように、測定石に注ぐ魔力量を調節すれば、Dクラス相当の紫で止めることだってできる」
感心したようすのアーヴァインに、マークスは改めて説明を始める。
「そもそも、測定石は受検者の魔力量そのものではなく、あくまでも注がれた時間当たりの魔力量を測定するものだと思うんだ」
「それだと測定石では正確な魔力測定ができない、ということにならないか?」
「いや、そうでもない。ふつうはより良い結果が出るようにと念じながら測定石に手をかざすだろう?」
「そうだな。わざわざ低い結果を出そうなんてやつはふつうはいないよな」
「うん。そうなると自身の持つ最大の魔力量を注ぐことになるだろうから、結果的に受検者の魔力量はおおよそ正しく測定されたと言えるんじゃないかな。でも、もし受検者がふつうに受けようとしなかったらどうだろう?」
「意図的に魔力量を抑えたら、ってことか。それはたったいま見せてもらったばかりだな」
「そうだね。あとは魔力測定に消極的な場合、たとえば王立学校に行きたくないと思っていたりすると、無意識のうちに魔力量を抑えるようなこともあるかもしれない。そのような場合は受検者の魔力量は正しく測定されていない、ということになるだろうね」
「すごいな、大発見じゃないか」
「いや、それだけじゃないんだ」
そう言うと、マークスはさらに別の測定石を取り出し、さきほどとおなじように1回転させて確認するとアーヴァインの前に置いた。
「これに手をかざしてみて。この部分に魔力を集めるイメージで」
「分かった」
言われたとおりにアーヴァインが手をかざすと、測定石は光り輝く白色を示した。
「マジか…」
予想外の結果に言葉を失うアーヴァインに、マークスはぽつりとつぶやく
「Sか…薄々そうなんじゃないかと思ってはいたけど、実際に目にすると…すごいね」
「これは…」
「どういうことかって?」
アーヴァインがうなずくと、マークスは心得たとばかり説明を始めた。
「魔力を注ぐ前にまず魔法を発動させる対象、今回ならこの測定石の魔力感受性や、魔力の通り道などを確認するんだ。僕はこれをとりあえず『分析』と呼んでいる」
「分析か…それで測定石のどの部分に魔力を集めるべきかが分かるってことか」
「うん、いまの測定石はこの部分の魔力感受性が強い上に魔力の通り道の起点になっていることが分かったからね」
「それが分かるだけで測定結果が変わるなんて…ほんとの大発見じゃないか!ぜひ先生たちにも伝えるべきだ!」
興奮するアーヴァインに対して、マークスの反応は鈍い。
「伝えようとはしたよ。でも、ほとんどの先生には話すら聞いてもらえなかった」
「なんでだ?」
「たぶん、これまでの常識からするとあまりに突拍子もないからだと思う。あと、僕が平民だから、というのもあるんだろな。ある先生には、はっきりと言われたよ。魔力の低い平民の言うことなんか聞く価値もない、ってね」
「そんな馬鹿な。学問に貴族も平民もないだろうに」
アーヴァインは憤ったが、それがこの国の現実でもあった。
一般的に貴族は魔力が高く、平民は低い。その一番の理由は魔力が遺伝するためだが、そのほかにも魔法で功績を上げた平民が貴族に叙されやすいことや魔法の専門的な教育を平民が受けることが難しいことなど、社会的な理由もある。
「話を聞いてくれた先生も半信半疑でね。実績があまりに少なすぎるから、サンプルを集めるほかないって。幸い図書室と試料室は自由に使っていい、とお墨付きをもらえたから、仮説を立てては文献を調べたり検証することを繰り返しているんだ」
「なるほど。いまのがその検証の成果ってことか」
「いまのところはね。自身の魔力量を正確に把握したうえで、魔法発動に関係するモノを分析して魔力を注ぐべき場所や強さを見極める。あとは魔法発動の進み具合によって注ぐ魔力を調節する。魔法制御のメカニズムの骨格はこんなところじゃないかな、と思う。今後の検証にもよるけど」
「でも魔力量の調節はどうすればいいのだ?私はそこでいつも苦労するし、暴発するのもそこがうまくいかないせいなのだ」
「簡単なことさ。自分自身を分析すればいいんだよ。分析して魔力の源や通り道を見極め、体のどの部分からどれくらいの魔力を打ちだせるのかを把握する。じぶんの能力を超えていないモノなら、分析に基づいて魔力を注ぐことで必ず成果は得られるし、少なくとも僕はそうしている」
アーヴァインの疑問に、マークスは即答する。
「アーヴァイン、きみはそもそもじぶんの魔力量をAクラスだと思っていたけど、実際にはSクラス、いやそれ以上かもしれない。もともと魔力量の前提が間違っているうえに、魔法発動のメカニズムに対する意識もないから、ときに対象物の受容限度を超える魔力を注いでしまう。これが魔法暴発のしくみなんじゃないかな」
「お前すごいな!思い当たる節がありすぎる」
「単なる仮説だよ。僕の魔力量では対象物の受容限度を超えるほどの魔力を注ぐことができないから、まったく検証できていないしね」
「魔力量が少ないから検証の幅が広がらないってことか」
「そうなんだ」
「なら、私がその検証に協力すればいいじゃないか」
「いいのか?」
「ダメか?」
「いや、僕としては願ったりかなったりなんだけど、きみに何のメリットもないよ?」
「メリットならあるさ。分析が鍵になることは分かったけれど、具体的にどうすればいいのかがまださっぱり分からないのだ。だから私に分析を教えてもらえないか」
「そんなことならお安い御用だよ」
「じゃ、決まりだな」
アーヴァインが差し出した手にマークスも手を重ね、ふたりはがっちりと握手を交わした。