2.宮廷魔術師長にして魔力測定員のアーヴァイン (2)
瞳に隠し切れないほど不安の色を浮かべるフゼットに、アーヴァインは、
「あぁ、そう身構えなくてもいいよ。きみを困らせるつもりはないから正直に答えてほしいのだが」
そう、穏やかな声色で尋ねる。
「測定結果がCクラスとなるように、測定石に注ぐ魔力量を調節したね?」
フゼットは息をのみ、目を瞠る。声を発することもできないそのようすは、アーヴァインの言葉を肯定したも同然だった。
「やっぱりそうか。私がBクラスだと告げたときに、意外そうな表情をしたからもしや、と思ったのだが」
「あのう…やっぱりダメですよね…」
いたずらがバレた子供のように肩を落とし目を伏せたフゼットに、アーヴァインは優しく微笑みかける。
「いや、きみを困らせるつもりはないと言っただろう?それに、公式な測定結果はBクラス、ということで確定しているから。ただ、きみがどうして魔力量を調節したのか。そもそも調節方法をどこで身につけたのか。それを知りたくてさ」
「正直に話してもだいじょうぶですか?誰も罰せられたりしませんか?」
涙目になってしまったフゼットに、アーヴァインは、
「だいじょうぶ。誰も罰せられたりしない。ただ私が宮廷魔術師としての、いや私個人としても興味があって尋ねているだけだから」
と他意はないことを告げる。
そんなアーヴァインのようすを見て、フゼットはぽつりぽつりと言葉を選びながら話し出す。
「お世話になっている人のために、どうしてもあとひとり王立学校の卒業資格のある人間が必要なんです。2年前に幼なじみが魔力測定を受検したけれど、測定結果がDクラスだったから入学できなくて…」
「Dクラスでも入学試験に合格すれば王立学校で学ぶ道はあるはずだが?」
「そんなお金、あるわけないじゃないですか…」
「なるほど、Cクラス以上でないと学費が免除されないか…」
「はい…」
「なるほど、ただそれなら測定結果がAクラスでもBクラスでもよいわけで、Cクラスでとどめる理由にはならないのではないかな?」
「平民でAクラスとかBクラスだと入学したあと苦労するって聞いたので…」
「聞いたとは、誰に?」
「それは…ほんとうに誰も罰せられたりしませんか?」
「しない。それは宮廷魔術師長の名に懸けて約束する」
答えることをためらっていたフゼットだったが、アーヴァインの言葉に意を決したように口を開いた。
「道具屋の店主のマークスさんです」
「マークス?」
アーヴァインの眉がピクリと動いたが、フゼットが気づくようすはない。
「はい。マークスさんはうちの町唯一の王立学校卒業生なんですが、平民ながらBクラスで入学したせいで貴族だらけのA組に振り分けられて、ものすごく苦労したって言ってて…」
「そうか…魔力量の調節もそのマークスから学んだのかい?」
「はい」
「マークスから学んだということは、当然分析も学んでいるよね?」
「はい…でもどうして…?」
「分析に気づいたかって?そこは、私が魔法を生業としているから、ということにしておこうか」
アーヴァインは悪戯っぽい笑みを浮かべて、測定石に視線を移し、
「この測定石にはクセがあってね。この部分の魔力感受性がほかの場所より強いんだよ」
と、さきほどオレンジに変化した部分を指先ではじいた。
「分析したときに、気づかなかったようだね?」
「はい。マークスさんにも分析の能力はまだまだだって言われているので。分析が得意な幼なじみなら気づけたかもしれませんが」
「幼なじみとは、2年前に測定結果がDクラスだった子かい?」
「はい」
「名前を聞いても?」
「トルク、っていいます。」
「トルクか…マークスにトルク、ね」
アーヴァインが考え込むように言葉を途切れさせたところに、
「すみません!遅くなりました!」
と、ラタが戻ってきた。
「あれ?なにかお話し中でしたか?」
「いや、いい。それよりもフゼットに王立学校の説明をしてやってくれ。」
「それではフゼットさん。まずはこの資料をお渡ししますね。」
説明を始めるラタの隣で、アーヴァインは、
「それにしても、A組のマークスか…ほんとうに奴の名を聞くことになるとは」
と、ひとり笑みを浮かべるのだった。