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11.宮廷魔術師長にして特別講師のアーヴァイン (2)

 新入生にマークスの教え子がいる、というアーヴァインの爆弾発言に校長は目を瞠る。


「それはほんとうですか!」

「フゼット、という名の女子生徒がいませんか?」


 校長は驚きを隠せないまま、あわてて手元の生徒名簿をめくる。


「ああ、たしかにいますねえ」

「所属は?」

「B組です」

「なるほど」

「なにか心当たりでも?」

「いや、マークスの教え子だとすると、わざとA組を避けそうな気がしまして」

「ああ、分かる気がしますなあ」

「成績をみれば、マークスの影響があるかどうか分かりそうな気もしますね」


 ふたりは、校長が取り出したフゼットの生徒カードを確認する。


「たしかに影響を受けていそうですね。この中難度帯の課題をギリギリ達成しつづけているところなんかとくに」

「懐かしいですなあ。たしかにマークスくんの成績の動きそのものといった感じですねえ。ただときどき高難度の課題に挑んで失敗しているのはなんでしょう?」

「私の知っているマークスなら、『ときどき高難度の課題に挑んで失敗しておいたらどうかな。中難度の課題をギリギリこなすくらいしか能がない、というアピールになるから』とか言いそうですけどね」

「分かります分かります。でもなぜマークスくんはそんな小細工をするんですかねえ?」

「それはさすがに分かりません」


 アーヴァインもマークスの意図まではつかみきれない、と首を左右に振ったが、


「ただ、マークスの意図は共同課題の成績を見れば分かるかもしれません」

「それはどういうことですかな?」

「私もまだうまく説明できるほどの材料を持ち合わせていないのですが、彼の仮説にはまだ明らかにされていない部分があるように感じているのです」

「その鍵が共同課題にあるのではないかと?」

「はい」

「ではフゼットさんの共同課題における成績を見てみましょうか」

「いえ、そちらではなく」


 校長が再び生徒カードに目を落とそうとするのを、アーヴァインは制する。


「むしろ彼女とグループを組んだことのある生徒の成績は用意できませんか。彼女とおなじグループのときとそうでないときとで差が出るかどうか、興味がありますね」

「準備しておきましょう」


 校長は心得たとばかりにうなずいた。



 校長室での打ち合わせから2週間後。王立学校は満を持して特別講義の日を迎えた。


「み…密だね」


 講堂に足を踏み入れるなり、フゼットは言葉を失った。

 1年次から3年次まで、各年次2クラスぶんの生徒の数の机がぎっしりと並べられた講堂は、ある意味壮観だった。


「って、ゆーかだよー?こんなうしろで、講義はちゃんと聞こえるのかなー?」


 一緒にやってきたシーラは、そんなフゼットをよそにいつもどおりのマイペースだ。

 とはいえ、机の配置は演台に近いほうから順に3年次のA組、2年次のA組、とつづき、最後尾が1年次のB組だったから、シーラの心配はあながち的外れでもなかった。


「そうだね。こんなにうしろのほうに座ることなんてなかったから気づかなかったけど。ふだんどうしてるんだろ?」

「音量を増幅させる魔法を使いますのよ」


 頭の上に疑問符をいくつも浮かべるふたりに、明快な答えが届いた。


「ユリーシアさま!」


 声の主であるユリーシアは、ふたりに控えめな笑みを返し、


「ですから、何も心配する必要はなくってよ」


 とだけ付け加えると、では、ごきげんよう、とA組の机のあるほうへと歩みを進めていった。


「ほんっとーに優雅だよねー。まさにご令嬢の鑑、って感じだよー」

「ほんとだね」


 いたく感嘆したようすのシーラに、フゼットは心から同意した。

 入学式当日とその翌日こそフゼットに敵意を向けたユリーシアだったが、王太子殿下がフゼットを認識すらしていないようだったこともあってか、サロンでの一件以降はそのようなそぶりを見せなかった。

 校舎が違うので出会う機会はほとんどなく親密になったわけではなかったが、たまたますれ違うと、会釈をするフゼットにユリーシアが視線で応えるのが通例だったし、ときにはいまのようにひと言ふた言、言葉を交わすこともあった。

 そのようすから、ユリーシアさまはここが『げぇむ』の世界とは違う、と理解してくださったのだろう、と解釈するフゼットだった。


 アーヴァインによる特別講義は1時間ほどで終わった。

 先だって宮廷魔術室により公式に認定されたばかりの新しい魔法理論の解説がテーマの特別講義は、生徒たちのみならず教師たちにも大きな衝撃を与えた。

 これまでの魔法理論では説明しきれていなかった魔法発動のメカニズムを、具体的かつ簡潔に分かりやすく説明する新理論は、魔法学に大きな革命をもたらすのではないかと思われたからだ。

 学校じゅうが特別講義の話題で持ちきりとなっている中、フゼットは別の意味で興奮を抑えきれずにいた。「マークスさんが教えてくれていたことは、こんなにすごいことだったんだ」と。


「あれ?ここ、どこ?」


 教室に戻るつもりだったはずのフゼットだったが、ふと気づくとひとり見慣れぬ場所にいた。いつのまにかシーラたちクラスメイトともはぐれていたのは、上気したままぼんやりと歩いていたせいだろうか。


「どうしよう」


 途方に暮れるフゼットに声がかかったのは、ちょうどそのときだった。


「どうしたのかな?お嬢さん」


 フゼットが声のしたほうを向くと、そこにいたのはさきほどまで演台を前に教鞭をとっていたアーヴァインだった。


「ひさしぶりだね」

「え?あ、はい…」

「おや、私のことはもう忘れてしまったかな?」

「いえ、そんなことは…でも、どうして?」

「困ったことがあれば訪ねてくるように、と言ったはずなのだが、なかなかやって来ないからこちらから訪ねようかと思ってね」


 思いがけない人物の登場にどぎまぎしたようすのフゼットに、まるでからかうかのようにアーヴァインは答える。


「それほど困るようなこともなかったので…」

「それはよかった。ところで」


 と、アーヴァインは急に真顔になり、


「今日の講義を聞いて、きみはどう思った?」


 フゼットにそう尋ねた。フゼットはしばし返答に悩んだあと、


「すごい、と思いました」


 とだけ答えた。


「すごいとは、理論の内容が?それとも、その理論をとっくに教わっていたことが?」


 思いがけないアーヴァインの追及に、フゼットは口をはくはくさせる。


「いや、悪かった。いまの質問には答えなくていい。私はどうもきみを困らせてしまうようだ」


 言葉を失うフゼットに、アーヴァインは頭をかいた。


「その代わり、これをマークスに渡しておいてくれないか」


 アーヴァインはそういいながら、分厚い紙の束をフゼットに渡した。


「これは…?」


 おずおずと尋ねるフゼットに、アーヴァインは即答する。


「論文の草稿だよ」

「論文、ですか」

「ああ。マークスが読めばきっと分かるはずだ」

「そんな大事なものをわたしに?」

「大事なものだから、だよ。長期休暇には地元に戻るんだろう?」

「そのつもりです」

「なら、頼んだよ。気が向いたらでいい」

「気が向いたら?それってどういう…」


 困惑するフゼットにお構いなく、アーヴァインはさらにつづける。


「ああ、そうだ。きみが読んでも面白いかもしれないな」


 悪戯っぽい笑みを浮かべるアーヴァインに、フゼットは今回も困惑させられるのだった。

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