1.宮廷魔術師長にして魔力測定員のアーヴァイン (1)
「次の受検者で、今年の魔力測定も最後ですね」
助手のラタがやれやれといった表情でつぶやいた。
「これが終われば1か月ぶりに王都へ戻れますからね。もうひと踏ん張りといきましょう」
「そうだな」
とラタに相槌を打ちながら、アーヴァインは苦笑を浮かべた。
ここルートビア王国では、貴族、平民を問わずすべての国民は、15歳に達する年に魔力測定を受けることとされている。
そして、この魔力測定の結果がCクラス以上だった者は、翌年から3年間、王立学校への通学が義務付けられており、さらには学費も免除されることになっている。もっとも貴族の子女はその体面上、学校への寄付を行うのが通例とされており、実質的に学費免除の恩恵にあずかっているのは平民のみだ。
また魔力測定は毎年、王都にある宮廷魔術室の本部のほか各地に設置された地方魔術室で実施されており、測定員はその地で働く宮廷魔術師が務めている。
とはいうものの、最寄りの地方魔術室に出向くのに何日もかかるような地域も少なくないことから、そのような地域は本部の宮廷魔術師が分担してエリアごとに巡回しつつ測定を実施しているのだった。
「それにしても、なぜ魔術師長みずからこんな辺境の地を巡回されているのですか?もっと王都近くの巡回エリアもあるのに」
そう疑問を口にするラタに、アーヴァインは、
「なるべく本部に居たくないからさ。とにかく王都は息が詰まるからな」
と笑いながら即答した。
「あまり頻繁に本部を離れられると困るのですが。大事な時に限って魔術師長が捕まらない、と次席魔術師がしょっちゅう嘆いていますよ」
あきれるラタに、アーヴァインは、善処するよ、と応じつつ続ける。
「まあ理由はそれだけではないのだけどね」
「それだけではない?」
「ああ。じつは2年前の測定でこちらを訪ねたときに、気になることがあってさ」
「気になることですか。それは…?」
ラタがさらに問いかけようとしたところに、測定室の扉をノックする音が響いた。
「おっと、最後の受検者だね。お入りなさい」
ラタが居ずまいを正したのを確認したうえで、アーヴァインが扉の外に呼びかけると、ひとりの少女が入室してきた。
「失礼します」
心なしか緊張の色が見える少女に対して、アーヴァインは目の前に置かれたいすに座るよう促した。
少女がいすに座ると、ラタがまず形式的な事項を尋ねていく。
「まず、お名前を教えてください」
「フゼット、といいます」
つづいて、アーヴァインが魔法に関する基礎知識や親きょうだいなど身内の魔力クラスなどいくつかの事項を尋ね終えて、いよいよ魔力測定が行われることとなった。
魔力測定は、測定石と呼ばれる黒い魔法石に受検者が手をかざして魔力を注ぐ、といういたってシンプルなものだ。測定石は注がれた魔力によって色が変化するもので、一般的に強い魔力が注がれるとより明るい色に変化する。そこで示された色によって受検者の魔力が分かる、という仕組みだ。
「やり方は分かっていますね?」
ラタがこの1か月何度となく発してきた質問に対して、フゼットは小さくうなずいた。
「では、測定石に手をかざして」
アーヴァインがそう促すと、フゼットはふーっ、と息をつき、ほんの数秒間測定石を見つめたのち、意を決したように手をかざした。
5秒、10秒と時計が進むにつれ、測定石の色は黒から紺、青、と徐々に変化していき、赤色を示したところで止まった。
「赤ですか。Cクラスですね」
測定石を確認したラタの声に、フゼットはほっとしたような表情を見せた。
だが、測定結果を帳簿に書き留めようとしたラタを、いや待て、とアーヴァインが制する。
「ここをよく見て。」
アーヴァインが示したのは、ラタとフゼットからは死角になっている箇所だった。
「ここがオレンジになっているということは…Bクラスだね」
淡々と告げるアーヴァインに、フゼットは驚いたような表情を見せたが、それも一瞬のことだった。
「さすが魔術師長、よく気づかれましたね!フゼットさん、おめでとう!平民でBクラスなんて快挙ですよ!」
予想外の好結果に興奮気味のラタに、
「ラタの位置からだと陰になっていたようだけど、私のところからはよく見えていたからね。それだけのことだよ」
アーヴァインはたいしたことではない、と手を振る。
「それよりもラタ。フゼットに王立学校の案内をしてあげなさい」
「あ!そうですね。ちょっと書類を取ってきますね!」
バタバタと測定室を出ていくラタを見送ると、アーヴァインはフゼットに向き直る。
「さて、測定石の色は赤ではなくオレンジ、ということなんだが」
そう口を開いたアーヴァインに、フゼットは固まってしまった。