第43話 命は廻るモノ
第三位階中位
熊との戦闘は終結したらしい。
バンムオンを撃破して一瞬だけ晴れた気持ちが、少しブルーになる。
「……それで、被害は……?」
『……』
意を決して問う俺に、コアは少し、黙り込む。
あぁ……大丈夫だ。
「俺は大丈夫だから。教えてくれ」
背負うって決めたからな。だから、大丈夫。大丈夫だ。
少しの間を経て、コアは報告をしてくれた。
『……ゴブリン33体。ノルメリオ4体。ピグマリオン14体。シャドーハイカー47体。シャドーウォーカー72体。合計170体が戦死しました』
「……そうか」
そうか……170か。
思いの外、衝撃は少ない。
或いはもしかすると、実感が無いだけなのかもしれない。
辺りを見回す。
ゴブリン達は、仲間の遺体を集めていた。小柄な奴は無事だ。よかった。
ハイカー達が運んで来たノルメリオの死骸に触れる。
未だ暖かいそれは血に濡れていた。
ある者は頭部が砕け散り即死、またある者は下半身が無い。食われたらしい。ある者は真っ二つ。引き裂かれたに違いない。
暫し目を伏せる。
悲惨なモノから目を逸らした訳じゃない。
響き渡るノルメリオ達の悲しみを聞きながら、ただひたすらに、次を願い、その幸せを願う。
遺体はコアに預かって貰った。
次に、集められ、並べられたピグマリオンを見下ろす。
損壊の激しい者も多く、中には胸部周辺しか傷がない者、または一見して傷一つ無い者もいた。
綺麗なままだが、死んでいる。
衝撃でコアが壊れたんだ。
並べられた6つの剣は、剣士が6体、魔法を鍛えている者が8体死んだ事を表している。
最後は、シャドー達。
影が崩れ、大気に溶ける様に消える彼等は、既に死体は無い物と思っていた。
しかし、シャドー達はぞろぞろと、もはや形の無い影の残滓を持ってきてくれた。
『マスター。マスターが触れれば、それだけで彼等の遺骸は崩れ去ります』
「……そうか」
俺には、最後の温もりを感じる事も許されないらしい。
そんな思いと共に、微かに溶けて崩れゆく残滓を見下ろしていると、徐にシャドー達が残滓を持ち上げ、パクリ。
「……ん? ん!? んん!?」
『マスター。落ち着いてください』
仲間の残滓を分け合い食らうシャドー達。
あまりの凶行に震えていると、コアが静かな声で説明してくれた。
『残された欠片を取り込み、力を未来へ繋ぐ。これが彼等の葬送です』
「未来へ繋ぐ……」
合理的だ。
元の世界の価値観じゃ、死体を利用するなんて考えられないが……そうだな。なりふり構ってはいられない、か。
結局の所、こいつらは俺の為に戦って、俺の為に死んだんだ。
その十字架は勿論背負うし、血の一滴、骨の一片、全てを最後まで有効活用するのが、彼等の忠義への報いなんだろう。
「……お前達も行ってこい」
取り憑いてる奴に、彼等の葬送を促す。
俺はそれらを取り込む事は出来ないから、せめて祈る。
どうか次は、俺の元なんかじゃなく、もっとずっと長く生きて、幸せになれる所に生まれ変われる事を願う。
◇
ゴブリン達の葬送は、単なる土葬に加えてちょっとした鉱石を置き、酒を掛ける物らしい。
なんでも、長老を真似た物なのだとか。
そうすると不思議と墓が暴かれる事も減ったらしいとかなんとか。
差し当たりゴブリンの遺体は此方で預かり、後日返す事にした。
帰還に向けてゴブリンを転送し、森側の焼けた熊等を回収したりしていると、コアが深刻な声音で声を掛けて来た。
『……マスター』
「どうした?」
外敵が来た様な雰囲気ではない。コアは少しの間を置いて、俺がしっかり意識を向けるのを待った。
『……これは私の落ち度ですね。バンムオンの魂の輝きに目が眩んだ様です』
コアは懺悔する様にそう言って、それを言い放った。
『バンムオンの体内に、2つの生命反応があります』
「……は?」
…………なんか丸呑みされてた?
『バンムオンは雌で、妊娠していた様です』
「……マヂ……?」
『大真面目です』
…………そっ……かぁー……。
『周囲の外敵を駆除しに動いたのは、出産を間近に控え、子を育てる為だと考えて間違いないかと。逃げに徹しなかったのは、子が殺される事を恐れての事でしょう』
「やけに腹を守ってたのはそれが理由か……」
あれだけ暴れてたのに子が死んでないってなると、あれで力をセーブしてたのか、或いは腹部だけは徹底的に守っていたのかもしれない。
どう見ても攻撃特化だったバンムオンが防御型に進化したのは、あのままでは子を守れないと思ったから。
腹部に銃撃を食らってブチ切れたのは、子の命を脅かされたから。
あぁ、成る程確かに、それを知っていれば、腹部ばかり重点的に狙ってバンムオンを容易く仕留められていたかもしれないな。
……倫理を犯したとしても仲間の命を救えるなら、そうしたかもしれない。
『それで、如何致しますか?』
いかがって……まぁ、そうだよな。
殺すのか? 生かすのか? 選択肢は2つだけ。
放っておいても死ぬだろう。森に放しても死ぬだろう。殺す事とそれらにどれ程の差があるのか。寧ろ殺す事の方が慈悲深いとさえ思える。
あぁ、だが、どうだ? こっちの都合で母を殺され、子もまた殺されようとしているのは。
バンムオンとの戦いは避け得なかった。多くの獣達は、迷宮への攻撃や俺自身への攻撃に対処して殺した。
じゃあ、子を殺す事にはどんな大義がある?
……いや、それもまた今更か……俺は既に、多くの無抵抗な幼虫を殺害している。
どうして躊躇した? 簡単だ。無抵抗な大きな生き物だったからだ。白狼を生かした時と同じ様に。
次は殺すと決めた筈だ。どうして躊躇した? 簡単だ。無抵抗な赤子だったから。
だめだ。だめだな。定義付けが出来ない。
十分な経験か揺るぎない力、どちらかが有れば、柔軟に対応出来るんだろう。
俺にはどちらも無い。だからその為に、味方と自分の命を守る為に、敵は殺すと決めた。
これに偽りは無い。
……そうだ。敵は殺す。虫の子は制御出来ないと考えたから殺した。獣の子は制御出来る余地があるから躊躇したんだろう。
だとしたら、バンムオンの、仇の子を生かす大義は……兵として使えるかもしれないから。これで十分だろ。
そもそも、俺はバンムオンを恨んでも憎んでもいないんだ。
これは結局生存戦争だった。生きる為に殺し合う運命だった。
此方は170の命が失われたが、バンムオンは死に、それに使役された多くの熊が死んだ。
戦場は善悪を問う場所では無い。
そりゃ思う所が無いと言えば嘘になるが、仲間を死なせたのは俺の責で、怒りも悲しみも俺が背負うべき物なのだから。
「……良し」
決めた。
少し間があいたのは許してくれ。
それが俺の我儘で弱さだが、仲間を悼むが故なのだから。
「子は生かす。使えるかもしれないからな」
『……承りました』
そうと決めたなら行動……な訳だが。
「……どうすれば良いんだ……?」
動物の出産なんて分からないし、赤子の適切な処置も分からないぞ?
『そうですね……先ずはルーセントソードを使いましょう』
「OK」
まだ少し残っているルーセントソードを使い、ルー先生に来てもらう。
ルー先生は瞬く間に閃き、バンムオンの胎内から子熊を2匹取り出した。
「お、お、お……どうすれば——」
『お湯と清潔な布と——』
俺とコアが情報整理に励んでいる間に、ルー先生が光のベールとなって、2匹の子熊を包み込む。
何が何やら分からぬ内に、解けたルー先生がピカピカ光り、子熊が液体を吐いて鳴き声を上げ出した。
そのままベールー先生は子熊達をバンムオンの方へ持って行き何やらやっている。
「お、お? なに?」
『ふむ……取り敢えずお湯と容器を用意しましょう2Pです』
「許可」
ピカッと現れたタライと仄かに湯気を放つお湯。
どうすれば良いのか分からない俺は、取り敢えず観察だけをする事にした。