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第42話 袋小路に熊は鳴く

第三位階中位

 



 咆哮が天を裂く。


 よく見ずとも、その体が傷だらけで既に満身創痍であると分かった。

 それでも奴は、己の果たすべき何かの為に、俺たちへ牙を向く。


 奴の視線は、真っ直ぐ俺を捉えている。


 この戦いのキーマンが俺だと理解しているのだろう。


 ボスの登場に熊達は狂った様に暴れ、勢いを増した。

 コアが指示を出し、予備戦力がそれを抑えに掛かる。


 そんな中、バンムオンは戦場へと飛び込んだ。


 劣勢である事。を正しく理解しているのだ。


 奴は早々に俺と戦い、決着を付けるつもりだ。



「全員、ボスから離れろ!」



 声を掛けるや合体シャドー達は戦場の中心から離れ、一部聡いゴブリン達も周囲へ声を掛けつつそれに続く。


 ゴブリン達の十分な避難が間に合わない事は分かっていた。


 俺は2枚のスクロールを発動する。



「マナアーマー。よし、ルー先生、行くぞ!!」



 現れた透明な鎧は、特に重さもなく、あればあるだけ良い代物。

 それと同時にルー先生を召喚し、バンムオンへと駆け出す。


 俺は囮だ。


 ナイフ程度では奴を殺せないし、銃も近距離じゃあ破石が精々。

 十分なダメージを与えられるであろう爆石では、余波でこっちが先に死ぬ。


 最初から、奴に勝てるのはルー先生だけだと分かっていた。



「グルァッ!」



 振り下ろされた右腕の一撃を、バンムオンから逸れる様に避ける。


 ズシンッと地面が大きく揺れた。


 勢いそのままバンムオンはぶちかましを繰り出し、ルー先生へ攻撃する。

 対するルー先生はそれを紙一重で避け、すり抜ける様にして甲殻の隙間を切り付けた。


 一方俺は回避後即座に振り返り、バックステップしながらその無防備な横腹目掛け銃口を向けた。


 音もなく投擲されたのは、風破石。


 甲殻上で弾けたそれは、バンムオンに少しの衝撃を与えた。



「グルァァァッ!!!」



 咆哮。


 それと同時に赤いオーラが噴き上がり、バンムオンの左腕が振るわれた。

 昨日ルー先生に目を潰されたが故に、此方側は死角。


 その結果だろう。


 バンムオンの一撃は多大な風圧を齎して、空を斬った。

 その隙を見逃さず、ルー先生はバンムオンの右腕を切り付け、離脱。


 何がヘイトを引いたか、バンムオンは赤いをオーラを纏い、俺へ突進した。



「くそっ!」



 放ったのは、散弾の様な特性を持つ土破石。


 狙い違わず頭部の甲殻上で弾けたそれはしかし、大したダメージを与えられず、耳部分をズタズタにするに留まった。


 視界が一時塞がったからだろう、微かに取った斜め後方への回避行動により、バンムオンの突進は俺の右半身を捉えた。



 ——軽い衝撃。


 そうとは思えない程、視界がぐるんぐるん回って吹っ飛び、地面を派手に転がった。



「いたた……」



 呻きながら立ち上がり、マナアーマーがぶっ壊れたと気付く。

 バンムオンの一撃をほぼ防ぎ切るんだから、十分な防御力だ。



「コア」

『はい』



 送られて来たマナアーマーを再展開する。


 おまけで落ちて来た初級ポーションは放置だ。



「ポーションはいい」

『……分かりました』



 バンムオンとルー先生が衝突し合う音が響く。


 消耗が激しいのに打ち合っているのは、俺が戻るまで奴を足止めする為だろう。



『ルーセントソードを補給します』



 そんなコアの声が聞こえ、俺がバンムオンへ再接近する頃にはルー先生が万全に戻っていた。


 バンムオンは赤いオーラを微かに纏い、大振りな攻撃を繰り返す。対してルー先生は、それを紙一重で避け、時に受け流し、斬り返しで少しずつダメージを稼いでいた。


 俺はバンムオンの無防備な胴体目掛け、銃口を向ける。


 放ったのは火破石、続けて水破石。


 バンムオンの胴体側面に当たると思われたそれはしかし……おそらく微かな風切り音から予測されたか、バンムオンの左腕に着弾した。


 火が弾けてボロボロだった甲殻に罅が走り、水が弾けて血と共に破片が飛び散る。

 生じた隙を逃さず、ルー先生は再度バンムオンの右手を駆け抜け、血飛沫が舞った。


 銃はここまでだ。


 剥き身の爆薬を戦場真っ只中で再装填出来る程の度胸は俺にはない。


 不要な銃を投げてコアに回収させ、勢いそのままバンムオンへ駆け出そうとした、次の瞬間——



「——グルァォォンッッ!!!」



 何処までも響く様な高い咆哮が響き、今までで最大の赤いオーラが噴出した。


 バンムオンの右腕が膨張する。


 いや、膨れ上がったオーラがそう見せている……?



 燃え上がる炎の如きオーラが天に登り、それに混じって噴き出す血が宙を踊った。


 次の刹那——



「は?」



 ——世界がひっくり返った。



 凄まじい光と音、駆け抜けた衝撃。



『マスター! 起きてください!』



 コアの声でようやく自分が地に伏している事に気付いた。

 慌てて立ち上がり、頭を振って辺りを見回す。



「……マジかよ」



 見えたのは、大きなクレーター。


 俺が無事だったのは、マナアーマーともう一つ。

 ルー先生がいなくなっている事から、何かしら守って貰ったんだろう。


 うずくまっていたバンムオンがのそりと立ち上がる。


 直ぐ様奴は此方を睨み付け、走り寄る。



『マスター』

「サンキュ」



 落ちて来たマナアーマーのスクロールをキャッチし、それを発動した。

 ルー先生は他の奴にも使えるが、マナアーマーは使用者限定効果らしいからな。


 接近して来たバンムオンは、お得意の立ち上がりからの十分な重みを乗せた振り下ろしを繰り出した。


 やけに鈍く、精彩さの欠ける左腕の一撃を、軽く飛んで避ける。

 流石にナイフを振るう隙は無い。壊れた甲殻部に一撃蹴りを入れ、バックステップで更に後方へ下がった。


 流れる様にとはとても言えない、まるで堰き止められたかの様に遅い噛みつきも、軽く飛んで避け、顔面に上段蹴りを入れる。


 付け焼き刃だ。急所に当たった所で大したダメージにはならない。



「グルゥッ」



 苛立った様なその声に、今までの威圧はない。


 次の右腕も、またその次のぶちかましも、鈍く、遅い。



 そうだ。ルー先生と戦ってる時も思った事だ。


 バンムオンは、弱りきっている。その上で、重い甲殻を得る進化をし、動きが更に鈍くなっていた。

 勿論、一撃の威力は高い。だが……ほぼ直撃したあの突進も、大猪のそれと比べれば半分の威力もなかった。


 それを、赤いオーラを使う事でどうにか補っていたんだろう。


 そして、さっきの攻撃で全てを終わらせるつもりだったに違いない。


 バンムオンは、全ての力を使い切ったのだ。



「ルァッ!」



 小さく、しかし鋭い声を上げ、振り下ろされた左腕を避けた。


 蹴りを喰らわそうとしたその瞬間、ふと何か、チリチリっと焼ける様な、静電気が走る様な妙な感覚に襲われた。

 なんだと思う間もなく、直感的に蹴りを止め、刹那——


 ——体を陰に勢いを付けた右腕が振るわれた。



 咄嗟に左手が上がった。


 それはガードの為だった。


 いつのまにか拳はぐっと握られ、上半身を捻り、打ち上げる様な一撃が、バンムオンの右腕側面を捉えた。


 マナアーマーがパリンと砕け散り、上へ逸れた右腕を更にカチ上げて——



 ——赤い残滓を残す右腕は、俺の髪を数本引き裂いて空を切った。



 ぶちぶちっと何かが裂ける音が聞こえた。


 盛大に空振りしたバンムオンはそのまま転倒し、勢い良く右腕から流れ出る赤が大きく広がって行く。



 ……全ての力を振り絞った。最後の一撃だったのだろう。


 そこに至るまでわざと隙を見せ、油断を誘った。


 惜しかった。


 そのまま行けば、左手がへし折れ、頭部に拳が直撃し、最悪死んでいたかもしれない。


 実に惜しかった。


 もし俺が1人だったなら・・・・・・・、俺は死んでたかもしれない。



「……サンキュー、ハイカー達」



 多分、左手に憑いてた奴には、バンムオンが右腕を振るわんとしていたのが見えていたんだろう。

 そして、他の2体に伝達し、協力を仰いだ。


 プルプルと小さく揺れて応える3体に感謝しながら、バンムオンへと歩み寄る。



「フグゥ……グゥ……」



 死に体だ。


 もはや立つ事もままならないだろう。


 その最大の武器たる右腕は、度重なるルー先生の集中攻撃でズタズタに切り裂かれ、最後のひたすらに攻撃力のみ強化したであろう一撃で半ば引きちぎれた。

 全身は破石大爆発によって焼かれ、切り裂かれ、その甲殻や毛皮に無事な所はない。


 良く見ると特に左腕は焼け爛れた痕跡が大きい。多分爆石は左腕に着弾した……いや、左腕を犠牲にダメージを抑えたと見るべきか。


 今や抵抗する力は無く、大量の傷による失血で間も無く死に絶えるだろう。


 そのギラつく隻眼だけが、激しい闘争心を纏い、此方を見上げていた。



「悪いな」



 殺す事に罪悪感は無い。それは生きる事に罪悪感が無いのと同じ事だ。


 ただ、これだけの強者に対し、一撃で終わらせてやれる手段を俺は持っていない。それだけの事だ。


 逆手に持ったナイフを振り上げた。


 バンムオンは微かにみじろぎし、体を守る様に左腕を動かす。


 ハイカー達の補助を受けつつ、首へとナイフを振り下ろした。

 強化されていないからか、その刃は大した抵抗も受けず、あっさりと太い血管を切り裂き——



「……フ、クゥ…………」



 湧き出す様な出血。バンムオンは微かな鳴き声を最後に、静かに息を引き取った。


 力なく血溜まりに横たわる巨体。闘志なき瞳を閉じさせて、暫し黙祷する。



「……」

『……』



 首を取るか? でもこれ以上はちと元気がでねぇ。


 あぁ、そうだな。強敵だった。首を晒すのは士気の為だ。別に人が群雄割拠してる訳じゃないんだし、態々見せしめにする様な物でもあるまい。



「すぅ……」



 力が抜けて、ばたりと背後へ倒れ込む。


 ピットドロップに破石の大爆発。爆石にルー先生にマナアーマー。

 こんだけ尽くして、何万DP使ったやら。


 ようやく倒せた。ようやく倒れてくれた。


 あぁ、やっとだ。



「はぁ……勝った」

『はい、我々の勝利です……!』



 ヤッタゼ。叫ぶ元気もねぇ。心労が半端じゃない。


 何が欠けても勝てなかっただろうよ。今までの強敵達にゴブリンの巣穴トラップ、大量のアイテムに熊の増援に対する——



「そうだっ、他の皆は!?」

『現在残敵掃討に移っています。以降危険分子はありません。マスターにつきましては暫しおやすみくださいませ。活心は使いますか?』

「あぁ、一応やっといて」

『はい』



 パチっとスイッチが切り替わる様に、精神疲労が抜ける。


 血の匂いが充満し、熊の悲鳴とゴブリンやノルメリオの怒声が響く。


 そんな中でも夜空は変わらず星を湛え、白銀の月が地上を優しく見守る。



 体に残る心地良い気怠さと共に、俺は暫し、空を仰いだ。



 

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