第40話 戦をしよう
第三位階中位
少なくとも俺は入念と思う準備を進め、幾らかの購入とイメトレを行い、出来得る限り万全に整えた。
襲撃は夜。日が沈み、シャドーが動き出せる時間。
それまでに出来る事は2つ。
俺は瞑想。そして、一番危険の少ないカースドピグマリオンが、山の天辺から北西の森へルー先生を送り続ける仕事。
バンムオンへちょっかいを掛け続け、休む暇を与えない。
プランBの応用だ。
100枚買うのに1万DPも掛かったが、奴を倒せるなら大した額では無い。
◇
朝飯を食い、ただひたすらに瞑想し、気付いたら昼で昼飯を食い、また瞑想して夕飯を食った。
活心を掛け、ポーションを飲んで体調も万全整え、戦場へ向かった。
話によると、嫌がらせの様な度重なる攻撃は功を奏し、バンムオンは激しく暴れ回って森を破壊、肉体的にも精神的にも疲労が蓄積しているでしょうとの事。
前哨拠点と言う名の石の椅子に腰掛け、部下を見下ろす。
ピグマリオン1,001体。シャドーウォーカー3,000体。シャドーハイカー2,001体。ノルメリオ181体。
総勢6,183体の戦士達だ。
いつかの様に、ナイフを掲げる。
「……ここから先、コアの指示は無い」
支配領域外故に。
「ここにいる者の幾らが生き残れるかは分からない」
可能な限り生きて欲しくとも。
「この戦い、避けて通れる物じゃない」
逃げたくても。生きたくても。この地に降り立った瞬間から、この戦いは決まっていたんだろう。
「これが俺達の正念場。決戦だ……!」
俺は静かに、咆哮する。
「勝つぞッ……!!!」
鬨の声は無い。
500のピグマリオンは剣を掲げ、181のノルメリオは声を上げてはならないが故にぴょこぴょこと跳ね、それ以外の全員が拳を突き上げた。
『……マスター、御武運を……!』
「あぁ、必ず。勝って帰るさ」
気負う必要はない。命懸けはいつも通り。十分な準備を終え、最高のチャンスが巡って来たのだから。
案外あっさり勝てる可能性の方が高いくらいだ。
怯む心を叱咤して、森へ足を踏み出した。
さぁ、作戦開始だ……!
◇
合体シャドーウォーカー1,000体。1,001のピグマリオンにはハイカーが憑き、181のノルメリオもそれに同じ。
残りの818体が合体して272体の合体シャドーハイカーとなり、余りの2体はいつもの奴と共に俺に憑いた。
シャドーの隠密性と性能強化を得た俺達は、可能な限り音を立てず、密やかに森を進んだ。
俺は隠密スキル鍛えてるから何となく音を立てない様に進めているが、ピグマリオンとノルメリオはそうもいかない。
……と思っていたが、ハイカーが全身鎧の様になる事で、例え枝を踏んだとしても衝撃吸収でほぼ無音。
まるで忍者の様に、かなりの速度で夜の森を駆けていた。
少しの遠回りを得て、目的地に到着する。
「……ルッ……ルォンッ……!」
木陰からそれを覗く。
破壊された木々の転がる広場。その崖側で、しきりに辺りを伺っては苛立った様に唸る大熊の姿が見える。
小さな崖には洞穴があり、どうやらそれがバンムオンの巣らしいと分かった。
態々風下まで回った甲斐があったか、バンムオンは此方に気付いていない。
その隙に、夜陰に紛れて包囲する。
崖がある分半球状に包囲するだけで済んだな。
さぁ、どうか、頼む、バレるな……!
地を這う様にしゃがみ、仄かな風に揺れる木々とそこへ向くバンムオンの視線に怯え、あまりに永い数秒を待つ。
暫くして、その合図は打ち上がった。
現れたのは——光の剣。
崖の上に生じたそれは、バンムオンへ飛び掛かる。
隙だらけに見える奴はしかし、その程度で終わるならそこまで奴を恐れてはいない。
月を影に飛び降りたから、光のせいでは無いだろう。おそらく魔力を感知でもしたか、バンムオンは即座に上を見上げ——大地の底へ落下した。
突如発生したのは、巨大な落とし穴。
底にあった石槍は、奴には大したダメージにはならないだろう。
これは、ルー先生と同じ100Pの魔法符。ピットドロップの力だ。
そんなピットドロップの10枚分だからこそ、そしてルー先生の奇襲があったからこそ、バンムオンは成す術なく落下した。
そう、プランAの応用だ。
落ちたバンムオンへ追い討ちを掛ける。
「今だッ!!」
掛け声を合図にした訳ではない。それはプランAの予定調和。
立ち上がった剣士達が500の破石を落とし穴へと投げ入れた。
それが危険な代物であると分かっているバンムオンも、ルー先生を前にしては破石に拘っている暇は無い。
いとも容易く石槍を粉砕して着地したバンムオンは、即座に右腕へ赤いオーラを纏い、それを噴出させて全身を赤く染め上げながら、ルー先生へ殴り掛かった。
ルー先生はそれに合わせて一合切り結び——
「射てッ!」
——無数の魔法が放たれた。
10Pで買える魔法符、火から光までの5属性500発だ。
火の玉や風の刃、頭程もある石礫に鉄砲水、そして光の線。それらはバンムオンへと殺到し、刹那——
——膨大な赤いオーラの噴出と同時に、閃光が世界を昼に変えた。
まるで噴火の様なそれは、余波だけでも死ぬ様なダメージになった事だろう。
正直俺は避けるなんて発想が微塵も無かったが、3体のハイカー達が引っ張って地面へ転がしてくれたお陰で、余波を浴びなくて済んだ。
他の連中もそうだろう。やばい光が発生する事を、シャドー達は分かっていたらしい。
その威力の殆どは空を切り裂き、落とし穴の縁を吹き飛ばして、土砂崩れの様な崩落を引き起こした。
これで生きてたら本当に化け物だ。
ふらつきながらも立ち上がり、穴の底を覗き込む。
果たして——
「…………嘘だろ……?」
爆心地に見えたのは、腹を抱える様に蹲るバンムオンの姿。
その全身を彩るのは、血濡れの赤と月光を反射する金属の輝き。
——まるで猪の鎧の様な物が、バンムオンの体を守っていた。