第3話 戦いですらない事
第三位階中位
どうすんだコレ? まぢでどうすんだ? 慌てる時が来たのか?
「……さっき未だ大丈夫とかなんとか言ってたよな。時間的猶予はどんくらいあるんだ? どんな危険が近くにある?」
『地脈に接続し付近の情報を取得した所、この近傍にはF級に相当する魔物の群れの巣がある様です。また、全ての生命体はその大小あれど、大きな魔力に惹かれる習性を持つ為、F級ならば近々寄って来るでしょうね』
「……それって、やばいんじゃねぇ?」
F級ってのがどんなもんか分からないが、群れと言うくらいだから3匹や4匹じゃきかないだろう。
それが纏めてやって来る可能性があるって事だよな?
「……俺1人で勝てるのか?」
『マスターに高い戦闘技能があれば勝てるでしょうが……無いでしょう?』
「無いですね、ハイ」
詰んだ? 邪女神サマ? いや、邪女神って言ったのが駄目だったのか!?
『何を考えているのか大体分かりますが……神々はこの地が比較的安全と判断して私達を配置した筈ですから、ここ以外はもっと酷いと考えて間違いないでしょう』
どうだかな。神の考える事なんて想像も出来ないし、何だったらいっぺんくらいは死んでも良いやと思ってても不思議じゃないと思うぞ。
『それに、F級の群れ。それから近過ぎず遠過ぎずの距離感から考えて、幾らかの個体は気になって寄ってくるかもしれませんが、群れの総出で襲って来る事は無いでしょう』
「そうなのか?」
『野生の生物は好奇心よりも警戒を重んじる物です。そう焦らずとも、未だ猶予はある物と考えられます』
まぁ、サポーター様が大丈夫だと判断したなら大丈夫なんだろう。何せ俺は素人だからな。
未だ慌てる時では無いのだ。
『念の為満足の行く罠を設置しておきましょう』
「……ほんとに大丈夫なんか?」
『好奇心の強い個体が来た時の備えですよ』
まぁ、信頼関係ってのはゆっくり育むもんか……生きてればな。
◇
罠を作る上で重要なのは、罠に掛ける対象の情報だ。
なんでも、地脈から得られる情報と言うのは、その地で死んだ者達の魂から溢れた記憶の残滓だけとの事で、これぞと言うはっきりした情報は無いんだとか。
それでも、検出される情報からある程度のエネルギー量やちょっとした属性なんかを調べられるそうだが……目視に勝る情報は無い。
じゃあどうすんの? 見に行くの?
いやいや、そんな訳ない。
自分を守る為に罠を作るのに、その自分が罠に掛ける敵を見に行くなんて、本末転倒だ。
ではどうするのか……なんと、配下の視覚を得られる機能があると言うのだ。
これは距離により必要DPが増加するらしい。
入り口周辺程度なら、1DPで10分くらい繋げられるとの事なので、早速ネズミを送り出して見た。
頭の中に直接情報が入って来る感覚。目を瞑ってないと目眩がするな。
ハムネズミはチョロチョロと洞窟を進み、小石を避け、角を曲がり、チョロチョロとチョロチョロと……。
「ちょ、長くね?」
『曲がりくねっているだけで長くはありません。精々20メートル程度ですよ』
「……足が遅ぇのか」
ハムネズミは普通のネズミより小さいしな。ってか走れよっ、歩いてないで!
『瞬発力も持久力もありませんから、今走ると後で逃げられませんよ』
「成る程……いやでも、見つかって慌てて洞窟に逃げると敵がこっちまで来るんじゃないか?」
『見捨てるのも手ですね』
「うーん」
貴重な1DPを見捨てるのはな……まぁ敵次第か。
暫しハムネズミがチョロチョロと進む映像を見ていると、光が差し込んだ。
視界が開ける。
「朝、か?」
『早朝です』
宵か暁かイマイチ判断し辛い天候だが、朝らしい。
洞窟の入り口は、森の中の崖にあった。
「広葉樹林か」
『実りは多いでしょうが、敵も多いでしょう』
「虫が多そうだな」
『……嫌ですか?』
「嫌です」
嫌だよ。目一杯の自然とか。ゴキブリとかムカデがめっちゃ居そうじゃんよ。こっちは都会っ子だぞ。
『ほら、森に入りましたよ。目を瞑ってください』
「諭さんでもやるわ。命掛かってるからな」
『その意気です。あ、ゴキブリ』
「……嘘付いてんじゃねぇっっ」
何でお茶目機能付いてんだコイツっ。
そうこうやってる内に、ハムネズミは草を掻き分け森へ入って行った。
そこかしこで、カサコソと虫の動く影が見える。
『……存外平気そうですね』
「なんたってその場にいないからな」
映像だけなら無敵だ。
『そう言う物ですか……ふむ、大きな敵影はありませんね』
「そうだな」
まぁ所詮はハムネズミがチョロチョロする範囲だし、神が比較的安全な場所に配置した様だから、基本的には安全なんだろうさ。
我が配下達の敵になりそうなのは……蜘蛛みたいなのと蟻の群れと……こんな物警戒しなきゃなんねぇの、やばない?
周辺の小さな敵影を見ていると、急に映像が揺れ始めた。
ハムネズミが走ってる?
「な、なんだ!?」
『蛇です』
「蛇? ……追っかけて来てるか?」
洞窟へ逃げ込み此方へ必死に走るハムネズミの視界には、蛇は映っていない。
『来ています。迷宮内に入りました』
「何でまたこんな小さな獲物を……」
『単純に迷宮内の魔力に惹かれたのではないかと。知能の低い生物は目の前の餌に直ぐ食い付きますからね』
クール気取ってる場合じゃねぇのですけども? 自分が傷付かないからって油断してませんかね?
「……毒はありそうかね?」
『分かりかねますが、この程度の蛇の毒でしたら初級ポーションを生成すれば問題ないでしょう。戦ってみては?』
……怖い事言うじゃねぇかコイツ。
『そろそろ来ますよ』
「せめて武器を」
『ナイフくらいなら今後も使えるので生成しても良いかと1DPです』
「じゃあそれで」
ピカッと光って落ちてきたのは、鞘付きの大振りなサバイバルナイフだ。
「蛇の弱点はっ?」
『普通の蛇なら視野の狭さ、嗅覚の鋭さ。後は首を落として頭を裂けば死にます』
「分かった!」
即座に走って通路の真横に張り付くと、一つ、大きく深呼吸。
「ふ〜〜落ち着け? 飛び付いて抑えて首を刎ねる。簡単だ」
『そうですね』
「……直接頭に語り掛けないでくださいな」
『来ますよ』
「……あいよ」
そう言った次の瞬間、ハムネズミがチョロチョロと広間に入って来た。
それに続いて飛び込んで来た蛇に飛び付く。
「うおぉらっ!」
思ってたより大きいが、首を押さえ膝で更に押さえ込む。
途端にウネって絡み付こうとする蛇の力は、思っていた以上に強い。
首根っこにナイフを押し付ける、だが……。
「んぐぐ……硬い……!」
刃は通る。だが硬い。
巻き付く力は強く、必死に抵抗して来る。
一撃で決められなかったのが大きい。後一押しが足りない。
くそ、俺は、躊躇したのか……!
『貴方達、行きなさい!』
コアの声が響く。それと同時に、小さな影が走ってきた。
ハムネズミが蛇の首に噛み付き、ピグマリオンが頭を抑えつける。
そんな中、シャドーウォーカーが俺の手に飛び乗って——溶けた。
「は?」
溶けたシャドーウォーカーは手に纏わり付き、影の黒はナイフにまで及ぶ。
「お、おお?」
するとググッと刃が入り、あっさりとナイフが骨を断ち切った。
シャドーウォーカーの力がダイレクトに手に乗ったのか? ……そんな事も出来るのか。
「はぁぁ……」
『油断してないで直ぐに頭を裂いて殺してください』
「あぁ、OK」
ゆっくりする暇もないな。
ピグマリオンが抑えている頭にナイフを突き立て、先ず口を絶ち、次にどうにか脳を破壊した。
骨がアホほどかてぇ。普通はこんな物なのか?
「はぁぁ……」
今度こそ一息付く。
『お疲れ様ですマスター。まさか武器を持ちながら蛇にあれだけ苦戦するとは思いませんでした』
「ぐうの音もでねぇぜ……」
俺ももうちょいあっさり行けるかと思ってたわ。
取り敢えずピグマリオンとハムネズミとシャドーウォーカーを撫でて労っておく。
ピグマリオンはこれ、意思あんのかね? 魂があるからあるか。
『今の戦闘で得られたDPは、およそ8。G+級相当の生命体でしたね』
「……うーん、渋い、のか?」
いやどうだろうな? 例えばピグマリオンが8匹いたとして、あの蛇に勝てるのか?
……勝てそうでもあるし負けそうでもあるな……。
「そんなもんなんかなー」
『……まぁ、先程はああ言いましたが、初陣としては上出来でしたよ』
「お褒めに預かり恐悦至極だよ」
……思い切りよくやったつもりだったが、やっぱり殺す事には抵抗があったのかね? 日本の道徳教育のなせる技だな。
「……ゆっくり慣れてくかね」
『急ぐ必要もありませんからね』
「……そうだな」
そうだろうか? ……明日にも敵が押し寄せて来るかもしれないのに?
たかだか蛇1匹殺してこれじゃあ、駄目だよな。
もっと大きな奴が来た時、俺はそれを殺せるのか?
足りないのは覚悟か? それとも理屈か? 場数か?
……いや、違うな、違う。
俺が悩んでるのは、大きい獣を殺せるかじゃなければ敵を殺せるかでもない。
敵を殺す為に。自分の命を守る為に。
俺は、小さい獣である味方を、見殺しに出来るのか?