第38話 覚悟を決めて
第三位階中位
マスターが帰還してから間も無く、ゴブリン達が不審な動きを始めました。
『マスター』
「……」
『……マスター!!!』
「ん? なんか言った?」
マスターはのめり込むタイプですね。最初の内は全く集中出来ていなかったのに、今となってはコツを掴んだのか、問い掛けても反応しなくなりました。
こう言った集中力こそが、マスターの秘めたる才能なのかもしれません。
『ゴブリン達が……特にマスターの言う小柄なゴブリンが、入り口の岩を掘ろうとしています』
「……剣でか、なんで?」
困惑した様子であさっての方向を見上げるマスター。
『どうやら、バンムオンとの戦いに参加させろと主張している様です』
「ふむ……?」
理由に思い当たる節が無いようですが……マスターは命を大切にし過ぎなのでしょう。
同じ森に住む彼等がバンムオンと称して畏れる存在に何の恨みも無い訳が無い。
マスターはその上で、生き残る事を優先すると考えるでしょうが……時には命よりも大事な物がありますからね。
『……彼等にも、命を賭ける理由があるのでしょう。それが復讐か誇りかは分かりませんが』
「……成る程……復讐……困ったな」
『彼等を餓死させようとしていた人が何に困るんです?』
「そう言う意地悪はいいから」
マスターは暫し思考に耽った後、コクリと頷きました。
マスターの考えなどお見通しです。今までこの森で暮らしていた彼等を一個人として認め、彼等の選択を支持するのでしょう?
「……覚悟を持って、誇りを持って戦うってんなら、止める権利は無いよな」
『今後長く付き合って行くのだとしたら、彼等の誇りを踏み躙るのは得策では無いでしょうね。それが家畜なら話は別ですが』
「……良し、分かった。無駄死にはさせない。可能な限り戦闘には参加させる。この方向で行こう」
『仰せのままに』
どちらでも私は構いません。ただマスターの御心がそれを望むならば、共に同じ道を歩むだけです。
……無駄死にさせないとなるとバンムオンを罠に嵌めて拘束する必要がありますね。
『差し当たってマスター、ゴブリン達を止めに行ってください』
「任せろ」
自信満々ですが、内心では相当困っている事でしょう。
私に魂魄接続のない者との念話機能がないのが残念で仕方ありません。
『転送します』
3P程度のDPを使用し、マスターをゴブリンの巣穴へ送り込む。
此方の巣にも正式な名前が欲しい所です。例えば……規律正しい彼等はゴブリンとは思えない程に騒ぎ立てません。『鬼子幽淵』等如何でしょう?
中継点を置いた数度の転移でマスターをゴブリンの巣穴に転送した。
場所は、先程送ったのと同じ奥の広間。
そこには、先程送った後から、骨や布、毛皮等で装飾がなされ、元の巣穴から送った祭壇の様な物と木像が設置されている。
マスターはキョロキョロとそれを見回し、暫し沈黙しましたが、気にせず入り口側へ歩き始めました。
……これは中々に良い傾向です。
信仰を得ると言う事は、たかたが500程度の些細な頭数であっても、時間を置けば大きな力になります。
マスターへの何かしらの信仰が呼び水となり、既存の信仰宿す神権と接続され、現人神となられる可能性もゼロでは無いのです。
……勿論、神権はただあるだけでもそれなりに良い事はありますが、そこに溜まる膨大なエネルギーを行使出来る様に成長しないとほぼ意味は無いのですが。
やがてこの世界を支配するマスターならば、持っておいて損は無いでしょう。
暫しの時間を掛け、マスターは入り口へ到着しました。
その頃には、入り口を掘ろうとしていた者達も騒めきに気付き、手を止めてマスターを待っていました。
他が何か言う前に、長老が前に出る。
『天なる方、決戦に戦士達をお使いください。皆それを望んでおります』
『バンムオン、倒す!』
長老自身はそれを望んでいないでしょう。
同胞が無為に死ぬ可能性があるのですから、当然です。
ですが、どうやらマスターを神またはその使いとして崇めるにあたり、ある者は同胞を殺された復讐、ある者は安寧の為の自己犠牲、またある者は全体の気運が戦に傾いているが為、勝率が高く見える“聖戦”への参加を希望、その熱意を御しきれなかったのでしょう。
小柄な個体に限っては、マスターだけでの勝利は困難であると考えた物と思われます。
その大半は死を覚悟し、決戦へ赴くでしょうが、何名かはちゃんと理解していない様にも見えます。
こう言った烏合の衆は、いざ戦場で死者が出るや慌てて逃げ出し、覚悟していた者しか残らない。
そう言った者達も、士気は大きく低下し、勝率は酷く低下するのです。
まぁ、我々ありきの策を講じれば良いだけの事ですので、今回に関しては目を瞑りましょう。
勿論信頼出来ないのでマスターの側には置きませんが。
マスターは長老の言葉を受け、武器を持つ者達をざっと見回した後、大きく頷きました。
それに喜びの声が上がる前に、天に向かって指を指します。
沸きかけた場が静まり返り、静寂が支配する中注目を集めたマスターは、ゆっくりと全員を指差した後、最後に自分を親指で示して歯を剥いて笑い——
「バンムオン、ギィガ!」
ゴブリン達の言語で高らかに宣言なさいました。
それに続くのはやはり、小柄な個体。
「バンムオーン、ギィガ!」
「バンムッ、ギィガ!」
「バンムオーン!」
「ギィガ! グァガ!」
闘争への雄叫びは洞窟をこだまし、戦意纏う魔力が群れの中で伝播する。
マスターは自己暗示が得意な様で、発散される魔力と発言に齟齬がない。
今は魔力量が少なく魂魄もそう強い物では無いから大した影響力はありませんが、成長すれば大多数を使役し扇動する大きな力となる事でしょう。
そんな未来を掴むため、バンムオンを確実に仕留める策を練らなければなりません。
夜はまだまだ長いですから、じっくりと確実に準備を進めましょう。




