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第32話 死神がタップダンスしながら寄ってくるんだが

第三位階中位

 



 殺気立つ巨大猪は、俺を森に叩き込んだ個体がどうかは分からない。

 あんなのが2体も3体もいてたまるかと思うが、最悪ってのはそれ以上先がないから最悪って言うんだ。


 これはまだ、最悪ではない。かもしれない。


 冷や汗が頬を伝う。死が音を立てて歩み寄って来るのを感じた。

 足を縛る恐怖を振り払い、俺は銃を抜いて、弧を描く様に走り出した。



 考えよう。


 未だ考える時間はある。



 アレから逃げるのは先ず不可能だ。ゴブリンを見殺しにしても、数分と持たないだろう。

 じっと動かずとも殺される。敵が此方を見逃す理由がないからだ。


 なら、倒すしかない。


 倒すにはどうすれば良い?


 ……E級の熊は傷石4種でそれなりのダメージになった。相手がE級であれば、破石4種を直撃させる事で倒せる筈だ。

 倒せなかったとしたら、それはE級以上の脅威、即ちD級である事を表している。



 さぁ、冷静に行こうぜ。


 先ずゴブリンは、敵では無さそうだが味方と言うには意思疎通が出来ていない。

 ただそこにいるだけの敵の敵としておく。


 今の所持アイテムは、破石4種に中級ポーション、初級ポーション3本。ナイフ。そして切り札のルー先生。


 即ち、破石4発をナイフと体を使って確実に当てていかないといけない。それも甲殻外にだ。

 1発ずつじゃダメだ。2発目以降を気取られ、警戒される。


 やるなら一気に、それしか選択肢は無い。



 そこまで整理した所で、猪が光った。



「——は?」



 そんな間抜けな俺の声は置き去りに、猪はそのものズバリ軽トラの如く、助走無しで洒落にならんハイスピードを出し、小柄なゴブリンへ突撃した。

 ゴブリンは飛び込む様にして回避をはかるも、全力で殺しに来る軽トラは避け切れず、光る突進が足に直撃。嘘みたいに宙で回転して落下した。


 剣はすっぽ抜けて木に刺さり、本人は地面を激しく転がって別の木に衝突した。

 直撃した足は折れ曲がり、酷い出血と肉の赤に紛れて白い物が見えている。


 ゴブリンは肌が燻んだ様な緑なのに、血も中身も赤いらしい。


 そんなどうでもいい事を考えつつはねられたゴブリンの元へ走り、いつのまにか握られていた中級ポーションをぶっ掛けた。



 やべ、中級ポーションどっかいった。


 ……いや違うな……そう。どのくらいの傷が治るかの実験だ。


 足がみるみる治っていくのを少し見て、直ぐに木に突き刺さった魔剣の方へ行く。


 持ち主から離れて尚怪しい気配を漂わせる魔剣。サイズは人が使う分には少し小さく見える。

 それに手を掛け——パチっと静電気が弾けた。

 


「いっ……おかしくねぇ?」



 何それ、運悪いの? 神様に嫌われて……邪女神様って言ったからか!? ちくせう……。

 若干シビシビするのを堪え、柄をしっかり握る。



「ふん!」



 気合いの声と共に、魔剣を木から引き抜いた。


 そうこうやってる内に、此方側へ振り向いた猪が再度光を纏った。


 狙いは——俺。



「くそッ!!」



 爆発的な加速を得て一直線にすっ飛んで来るそれ。直撃すればただではすまないだろう。


 咄嗟に地面へと銃口を向けた。


 音は無い。ただ真っ直ぐに弾は飛び、狙い違わず地面に着弾。次の瞬間、ソレは爆発した。


 土の破石だ。


 飛び散ったのは尖った杭の様な石。



 ソレらは猪の鼻先で猛威を奮った。



 ——BuGiii!!?



 それは明確に悲鳴だった。


 爆散した棘は猪の顔面の中でも甲殻のない顎や鼻、目。それに加えて前足にまで突き刺さり、猪は激しく転倒する。


 交通事故で車が横転するのと全く同じ様に、勢い余った巨体が数度回転し、俺の前で止まった。


 危なっ!? と思いつつも、振り上げていた魔剣。

 切り付けるか? 突き刺すか? 悩んだのは一瞬——



「おらッ!!」



 硬い甲殻の隙間を狙い、ナイフでなら何度も練習した突きを繰り出す。

 刺突は狙い違わず甲殻の隙間に突き刺さり——



 ——BuGiii!!!??



 巨大猪は悲鳴を上げて藻搔いた。


 剣を抜いている暇はない。


 激しくのたうつ猪から距離を取り、ナイフを構える。


 見た所……鼻はもはや使い物にならないだろうが、目は片方が無事、足も幾らか杭は刺さっているが、傷は浅い。


 まだ奴は健在だ。



 立ち上がった猪は特に逃げる素振りは見せない。

 警戒する様に此方を見つめ、今度は光を纏わない突進を仕掛けて来た。


 地面に飛び込む様にして回避する。十分避けられる勢いだ。

 しかし、追撃は出来ない。


 敵も十分な距離を取ってから此方へ振り返って来るからだ。



 まじぃな。これはまずいぞ。消耗戦だ。


 こっちには第三勢力としてゴブリンがいる。だが、そのリーダーはぶっ倒れたままだ。

 対する敵は、幾らかの猪が此方の様子を窺っている。


 流石にボス猪が暴れ回る所に介入するのは困難なのか此方にやって来ないが、それはイコール無害と言う訳ではない。


 状況は悪い。


 もしボス猪を倒せても、此方は相応の消耗を強いられて、その他の猪を捌き切れなくなる。


 どうする、ダメージが低いのを覚悟して破石を撃つか? それとも——


 躊躇いと共にポケットにしまわれたスクロールへ手を伸ばしたその時、ソレが見えた。



「あ」



 咄嗟に、銃口をボス猪へ向ける。


 ボス猪は、警戒し、怯んで、後退り、そして——



「ギィガ!」

「グァガ!」



 その背に武器が振るわれた。


 大したダメージでは無かっただろう。それは銃を警戒していたが為の驚愕。

 ボス猪は跳ねる様にして此方へ向かい、その意識が背後へ向いた。


 即座に俺も駆け出し、今度は俺が動いた事で、猪は泡をくって光を放つ。

 しかし再度銃口を向けると、その光は急激に薄れた。


 俺は、勢いの無い猪の突進を斜めに回避し、すれ違う。


 その瞬間、弾丸は放たれた。



 発射と着弾はほぼ同時。


 風の爆弾がボス猪の横っ腹で弾け、ボス猪は弱っていた前足をもつれさせ、再度激しく横転した。


 追撃は出来ない。何故なら俺も風圧で吹っ飛ばされたからだ。

 猪と比べて軽い体は軽く宙に浮き、ゴロゴロと地面を転がった。


 どうにか立ち上がり、頭を振った。


 微かに視界が揺れている様な気もするが、アレ程の風圧を受けたのだからそんな物だろう。


 猪の方を見ると、好機と見たらしいゴブリン達が群がっていき、棍棒やハンマー、鶴橋を叩きつける。

 殆どは甲殻によってほぼ無意味みたいなもんだが、無いよりマシだ。


 さっきと同じ様に猪が暴れ、ゴブリン達は悲鳴をあげて逃げて行った。

 出来れば他の猪の処理をやって欲しいが、言葉が通じないので言っても無意味だ。


 立ち上がった猪の口からは、血がどろりと垂れている。


 今度の破石も、見た目には分かりづらいが結構なダメージになってくれたらしい。



「さぁ、来いよッ!!」

「BuGiooo!!!」



 怒り狂った咆哮を上げ、猪は突進を再開した。





 チャンスは中々訪れない。


 数度目の交錯を経て、思考を巡らせる。



 ゴブリン達は、ボス猪と戦うのは無謀と見たか、その他の猪と戦いに向かった。

 実際に攻撃してみて、自分達の攻撃がボス猪に、大してダメージを与えられていない事を理解したのだ。


 刺突や鶴嘴なら刃は通るが、それ以外では強靭な毛皮や甲殻を貫く事は出来ない。

 そうと悟った彼等は、聞いていたよりも理性的に動き、取り巻き狩りに向かってくれた。


 つまり、敵と俺はタイマン。確実に破石を当てるには、自力で隙を作らなきゃいけない。


 当たれば大ダメージ必至の突進を避け、精神を擦り減らしながら隙を窺っていると、敵は遂に焦れたらしい。

 ボス猪は光を纏った。



「ちっ」



 舌打ちする。


 銃口を向けても警戒するだけで光は纏われたまま。

 恐怖よりも怒りが勝ったらしい。



 いよいよ不味い。


 先程吹き飛ばされたゴブリンの姿が浮かぶ。


 水か火か。そのどちらもを撃ったとして、痛みに備えている猪を止める事は難しいだろう。

 仮に止められるのだとしても、直撃じゃないと意味はない。当たったとしても、甲殻に当たったら大した意味はない。


 これは賭けだ。


 猪の鼻先から頭を吹き飛ばせるか……俺がぶっ飛んで挽き肉になるかの……。



 張り詰めた弓の様な緊張感。意識は加速し、その瞬間を待つ……刹那——空から何かが降って来た。



 否、空ではない。木の上だ。


 木の上から、小柄の燻んだ緑が、猪目掛け、飛び降りた。


 猪は背に生じた軽い衝撃を合図に加速し、次の瞬間——バチッと弾ける様な音が鳴り、猪は血を吐きながら滑り込む様に地に伏した。


 ナイフを捨てて、慣性ですっ飛んで来たゴブリンをスライディングでキャッチ。

 大して重くないそれを片手で抱えたまま即座に立ち上がり、猪の頭部を押さえる様に、その前面甲殻を踏み付けた。


 狙うは更にその上、幾つか繋ぎ合わせる様に付いた背面甲殻との隙間。


 頭蓋を貫くその場所に銃口を押し付け——



「悪いな」



 ——水弾は放たれた。


 バジュッと聞いたことの無い音が響き、血と水とそれ以外が噴出する。


 猪はビクッと震えた後、少しの痙攣を経て、動かなくなった。



「……はぁ」

「……ギィ」



 勝った。


 生き残った。


 後は意外と使えるゴブリン達と協力してその他の猪を駆逐して——



 ようやく生きて帰れると安堵し、次の行動へ移ろうとした瞬間、その声は響いた。



 ——BuGiiioooo!!!!



「……嘘だろ」



 振り返ったそこにいたのは、巨大な猪。


 たった今倒したそれよりも、更に一回りは大きな、紛う事なきD級。



 巨躯の猪は怒りの咆哮を上げて光を纏い——



 ——更にその背後で、森が動いた。



 何かがいる。



 ぎらつく鋭利な刃。


 噴き上がるのは、血の様に赤い光。



 鋼の如き輝きを放つソレは、轟音と共に放たれた。



 ——ドゴォォォオオンッッ!!!



 嘘みたいな光景だった。


 あの猪よりも更に巨大な猪が、たった一撃、横っ腹を殴られて宙を舞い、木々を薙ぎ倒して吹っ飛んでいった。


 頬を撫でた風はその一撃の余波。


 森と見紛う巨躯を揺らし、それは此方へ牙を向いた。



 ——GuRuaaaoooo!!!!



 森に響き渡る咆哮。


 あまりに巨大なの魔物。



 小柄なゴブリンは戦慄く様に呟いた。



「……バンムォーン」



 熊の片腕から血濡れのオーラが噴き上がる。



 

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