第30話 はじめましてドーン
第三位階中位
詳細の調査に少し時間が掛かるとの事で、ノルメリオにハイカーを憑かせて骨を投げ、束の間に遊んでいると、詳細情報が纏まった様でコアが話し掛けて来た。
『……マスター。情報収集が完了しました』
「お? 待ってた」
取り敢えず骨をカースドピグマリオンに渡し、コアと向かい合う。
「それじゃあ、聞かせて貰おうか。ゴブリン達の情報を」
『はい。心して聞いてください』
うわぁ、前置きからして覚悟しろっ! て感じだな……まぁ、現状俺以外には格上の集団だしな。覚悟しとこ。
『先ず、確認が取れた範囲で、ゴブリンの総数は348体です。またゴブリンの巨大なコロニー外部にも何らかの構造物がある様で、想定ですがその総数は400から450程度になる物と考えられます』
「F級が450か……」
単純計算一体でH級100体分だと考えると、実質H級45,000体分の戦力。
ただ実際は、接敵出来る数が限られる為、45,000対450でもF級に軍配が上がる可能性は十分考えられる。
ただ流石にサジェカントの巣窟と比べると劣るか。あっちは合計50万近かったからな。
『詳しく発散エネルギー量を調べた結果。その群れの十分の一が上位個体である事が判明しました。中でも、それらを支配していると見られる個体はE級相当です』
「……マジか……俺と比べたら?」
『発散エネルギー量ではマスターとほぼ互角ですが、その統率個体は老衰しており、寿命幾許も無い物と思われます』
……まぁ、発散エネルギー量とかが実際の強さの指標じゃない事は、サジェカントのボスで分かってた話だ。老衰で弱体化しているってのもあるわな。
『真に恐るべきは、その群れが通常のゴブリンと違って理性的である点です。教育と訓練に注力している様で、一体一体の発散エネルギー量が大きく、群れ規模こそ恐るべき物ではありませんが、数以上の脅威と見て差し障りないかと』
「ただのゴブリンだとは思わない方が良いって事だな」
ただを知らんが。つまり警戒しておけって事だ。
『それで良いかと……また、此方が極めて重要な情報ですが……このゴブリン達は金属製の武器を複数所有しています』
「…………鉱石の石斧みたいな?」
『いえ、剣に鶴嘴、鎚、槍、盾等の精錬された鋼で打たれた武器です。また、詳細は不明ですが、一本の剣に関しては何らかの属性魔力を宿す魔剣の類いだと推測されます』
「魔剣……?」
なにそれ、強そう。
あれだろ? 雷の剣とか炎の大剣とかそんな感じの奴だろう? やば。
『それらとどの様な関係があるかは不明ですが……洞窟の一室に、明らかにゴブリンとは異なる人型の石像が設置されているのを発見しました』
「人型……? 人はいないんじゃなかったか?」
『数十年前に行われた侵攻時の情報と、我々が来る直前に得られた情報では、間違いなくこの世界に人はいません。なので、おそらく人に類似した亜人を象った物であると考えられます』
人に類似した亜人、ね。
この言い分からすると、あくまでもいないのは人であって、別の亜人の社会は存在する可能性がある。と。
やっぱり邪女神様なんかなー? 知性ある亜人なんて人と何が違うんだか。
『石像の風化具合と武器の様子から、それらは数十年単位でその場凌ぎ程度のメンテナンスしか受けていない事が伺えるので、石像に象られる亜人はこの地にいない物と考えられます』
「取り敢えず人と敵対する可能性は無いって事だな」
『亜人との敵対ならば既にゴブリンと敵対している様な物かと』
……それもそうだな……まぁ、背負う十字架の重さは変わらない。人も獣も等しく生き物。そこに貴賎はない。
『また、詳しく見た所、それらのゴブリンは多くが負傷しており、痩せている事、食料の備蓄が無い事から、長期に渡って何かと交戦状態にある物と推測されます』
「長期間、それも複数の負傷個体となると、群れが相手だな」
『御明察の通りかと。詳しい調査の結果、ゴブリンの巣窟は深部に鉱脈が存在する古い坑道を再利用した物と見られます。猪の群れが鎧の成長に必要な金属類を摂取する為、ゴブリンの巣窟へ攻撃を仕掛けている物と考えます』
凄い調べてるじゃん。猪の生態が金属摂取必須で、ゴブリンの巣が坑道なら、それでほぼ間違いないんじゃないか?
『差し当たってこれらの事から、ゴブリンの巣窟を『小鬼達の採掘場』と命名します』
「鉱脈ってのは気になるが、暫くは様子見だな」
態々コアがエリア名を付けるくらいだから、かなりの規模があるのだろう。
亜人の石像、金属武器、ハイレベルなゴブリン達。それから鉱脈。
正直言って、ただ倒せば良かったサジェカントと比べると、その攻略難易度はぐんと上がってる。
情報過多だ。先ずは更なる詳細情報を集め、連なる情報群から敵のウィークポイントを見抜かないとな。
『それが良いか、と……武装したゴブリン達が慌てた様に外へ向かい始めました。おそらく襲撃が始まった物と考えられます』
「むむ、詳細は分かるか?」
『支配領域外な為不明ですが、微かに感知されるエネルギーから、数十体規模の猪が巣の近くにいる物と考えられます』
「ふむ」
……これ、チャンスじゃない?
少なくとも猪とゴブリンの目はそちらの戦場に行く訳で、不明だった北部の様子を目視確認するチャンスじゃないか?
「……良し、コア。北部の山の上に飛ばしてくれ」
『……確かに、チャンスではありますが……危険です』
「危険はいつも通りだ。寧ろ今が一番安全だろう。行くなら今しかない」
『一理あります……』
暫し悩む様に、コアは沈黙した。
「なんだったらその場から動かないぞ。ただ見下ろして北部の現状を把握するだけだ」
『……分かりました。ただし、危なそうだと思ったら直ぐに言ってくださいね? 即転移させますから』
「任せろ」
あわよくば巣の外の構造物の情報。それから北部に群れていると思われる猪や熊の情報が得られると良いな。
現状見た所、北部の異変が森全域に影響を与えてる感じだし。
『装備良し。ポーション、スクロール、傷石は持ちましたね。体の調子はどうですか?』
「問題なし。念の為破石に交換しとくか?」
『それが良いでしょう』
「4種10個ずつ購入で」
『中級ポーションも購入しましょう』
「おう、頼む」
まぁ、ちょっと見に行くだけだしな。準備はこれで良いだろう。
「それじゃ、転送してくれ」
『はい』
地面が光り、魔法陣が展開される。
カッと一層強い輝きが辺りを覆い、微かな浮遊感の後、スタッと柔らかい地面に着地した。
数度それを繰り返し、目的地に到着する。
視界には青空が広がり、下には広い森が見えた。
場所的には森の北東エリアの真上辺り。ゴブリンの巣窟を遠目に見下ろせる小さな崖の上だ。
山側はどうやら幾つかの段々になっている様で、これなら下から敵が登ってくるのも時間がかかるだろう。
さぁ、どんな——
刹那、何か、音が聞こえた気がした。
それは石の弾ける音だったのか、或いは漏れ出た殺気だったのか。
振り返った瞬間、目に飛び込んで来たのはギラつく白と、巨大な茶色の壁。
その一瞬で俺に出来た事は、両手をクロスする事と足を突き出す事だけだった。
——衝撃。
痛みとかを感じる前に、体は宙を舞い、視界がぐるぐる回って、落下する。
まるで車にはねられた時みたいだ。
そんな何処か他人事な思考のまま、遠ざかる崖の上を見上げた。
そこには——あまりに巨大な猪がいた。
 




