第28話 大鳴蟻塚の最後
第三位階中位
視察からの帰還後以来、マスターはずっと足腰立たなくなる程の走り込みを続けている。
ポーションを飲めば直ぐ治るからと言って、ようやく休憩したかと思ったら5分も休まず走り込みを再開する。
マスターは、タガが外れてしまっている。
あの毒を受けた日からだ。
原因は死に掛けたから?
それも要因の一つでしょう。死にたくないと言う気持ちは、存亡の危機に晒された生ける者全てが抱く思いです。
ですがマスターはそれ以上に、己の力不足と覚悟の不足、そして……それが故に起きた、たかがシャドーウォーカー1匹の瀕死に、大きなショックを受け、その悔恨が魂に深く刻まれているのでしょう。
私はバランスを取らなければなりません。
いつか必ず訪れる仲間の死に、マスターが心折られる事無き様に。
マスターは今、執拗に自分を追い込んでいます。
その理由も、聡い彼なら分かっているでしょう。その焦りすらも利用して、意思を振り絞って己を鍛えている。
勿論基礎を鍛えるのは賛成ですが、焦燥に駆られるまま心を擦り減らせるのは悪手です。
ここいらで一計を案じましょう。
『……マスター。体を鍛えるのも良いですが、魔力操作の取得もお忘れなく』
「はっはっ……そう、だった。瞑想、しよう……はっ……ポーショ、はっ……」
『はい』
マスターは荒い息を整え、少しずつポーションを飲みながらスピードを緩める。
瞑想は焦っていては出来ませんから、これでマスターも焦燥を抑え、その御心を穏やかに夜を迎えられるでしょう。
ええ、本当に良かった……もし今夜死者が出たら、マスターは今後、より一層心を痛め付けてしまうでしょうから。
◇
間も無く襲撃の開始時刻です。
あれからマスターの回収した物以外で、猪を3頭、熊を3頭、その他を撃破し、506Pを回収。
また、サジェカント106,000匹。大型サジェカント50,000匹を駆除し、41,200Pを獲得した。
数が大幅に減少した事により、大鳴蟻塚は厳戒態勢に移行。
卵や蛹の世話に手を回すのは当然として、狩りを中止、統率個体の防衛を厚くしつつ、原因究明の為に警邏兵を送り出した。
サジェカントに情は無い。
この状況下で、瀕死個体はほぼ放置、負傷個体も警備が薄く、また想定以上に警邏兵が多く防衛が薄い。
問題を解決しない限り全滅の危機がある事を理解しているのでしょう。
合理的故に、早期決着を求める此方には都合が良い。
じっと瞑想するマスターに声を掛ける。
『マスター、そろそろ襲撃を開始します』
「……」
『マスター』
「……」
『……マスター!!』
「……ん? あぁ、ちょい、待って……」
ググっと体を伸ばすマスターを待つ。
……なんだかんだで集中力はありますから、魔力感知の習得もそう遠い未来では無さそうですね。
「おけ、行ける」
『間も無く襲撃を開始します』
「もうそんな時間か」
『一応活心を掛けておきますか?』
「頼む」
設定された術式を行使して、マスターに活心を掛ける。
接続を通じて隔離された魂魄を抱き締め、微かな、しかし長い眠りにマスターを誘った。
どうか、せめてこの一瞬だけでも、マスターの御心に安息が訪れます様に。
ふっと目を覚ましたマスターは、少し考える様に首を傾げた後、一つ大きく頷いた。
「……それじゃあ、状況を説明してくれ」
『はい。大鳴蟻塚殲滅作戦の配置は完了しています。既にシャドーハイカー達の手によって生命力を吸われ、群れの各能力は半分程度まで低下しています』
「おぉ……上手くいきそうか?」
『成功率を上げる策は行使済み、撤退の用意も出来ています。スペック上の計算でも、余程の事がない限り被害を受ける事は無いと思われます』
「分かった……」
マスターは目を瞑り、軽く深呼吸をした後、かっと目を見開いた。
「コア、大鳴蟻塚殲滅作戦の開始を命ずる!」
『作戦行動を開始します』
◇
防衛のほぼない瀕死個体周辺に配置したシャドーハイカーへ攻撃命令を下す。
周辺にいた数体の蟻が立ち上がる影に飲み込まれ、統率個体は数十のシャドーハイカーによって影の中でばらばらに引き裂かれた。
抵抗は無く、微かに漏れた蟻酸もシャドーハイカーには通じない。
『瀕死個体の討伐が完了しました。被害はゼロです』
「良し!」
『続いて負傷個体へ攻撃を開始します』
2体いる負傷個体へ、配置したシャドーハイカー達が襲い掛かる。
周囲にいた複数の蟻達は、シャドーウォーカーの手によって1匹ずつ影に引き込まれ、取り逃がし無く駆除が完了した。
此方も毒や牙による被害は無く、機械の様な悲鳴も上げる暇を与えずに終わった。
警戒フェロモンの発生は防げませんでしたが、それは回収する事で対処可能。問題はありません。
『負傷個体の絶命を確認しました。此方の被害はゼロです』
「よしよし、順調だな」
『続けて健常個体への攻撃を開始します』
先ずは一体、ハイカーに命じて攻撃を開始。
隙間なく伸びる影に飲まれ、助けを求める声を上げる暇もなく、統率個体は瞬く間に解体された。
弾けて飛散した痛毒も、マスターが浴びた物と比べれば一段劣り、シャドーハイカー達は毒と相性が良い為、大したダメージにはならない。
『健常個体1匹目の絶命を確認。シャドーハイカー10体程度が痛毒を浴びましたが、ダメージは軽微です』
「マヂで? 大丈夫なのか?」
『問題無く行動出来ますが、念の為安全地帯へ撤退し回復に専念させますか?』
「……頭数は問題なさそうだし、撤退させよう。念の為な」
心配性ですね。
まぁ、統率個体の襲撃に使うと、事によっては手間取り、反撃の隙を与えてしまう可能性は考えられます。安全を第一とした場合は間違った判断では無いでしょう。
『2体目の絶命を確認。痛毒を浴びた個体は撤退させました』
「……これは行けそうだな」
『順当な結果ですね。何せ敵はおおよそG+級。此方はG級の群れですから』
「相性も良かった」
少しだけ苦々しげなのは、ポジティブな事ばかり言う事で自分を安心させようとしているとでも思っているのでしょう。
……態々自分を苦しめなくても良いでしょうに。
そんな事を思いつつ、3体目の攻撃命令を下す。
地面に潜んだシャドーハイカー達が伸び上がり、統率個体を包んで、複雑に絡んで引っ張る事で、統率個体の体を引き裂いた。
せめてもの抵抗と弾けた蟻酸がシャドーハイカーを濡らすも、その程度——
『ッ!?』
「なんだ!?」
——刹那、響き渡ったのは獣の咆哮。
『確認を——ッッ!!?』
何かを調べる前に、凄まじい衝撃が大鳴蟻塚を揺らした。
大きなエネルギーを秘めた何かが、蟻塚に叩きつけられたからだ。
迷宮の支配によって強化された壁に、罅が入っている。
『これは……まさか……!?』
間違いない、入り組んでいるから脆くなっているとは言え、E級では迷宮の壁を破壊する事は出来ない。つまり——
『——D級、エリアボスです!!』
「撤退だ!」
即時命令を下し、転移陣を複数展開する。
そうこうやっている内にも、咆哮は響き渡り、執拗に何かが叩きつけられ、大鳴蟻塚は罅割れて行く。
サジェカント等は危機を察したか、防備を固めるのでは無く打って出た。
統率個体含む全てが、少しの伝達期間を経て、津波の様に外部へ溢れ出す。
その隙に、シャドー達の撤退は完了した。
『全員の撤退が完了しました。不測の事態による負傷者はいません』
「良し! 敵はどうなった!?」
『支配領域外で戦闘が起きている模様。巣穴は多くの箇所で崩落が起きています』
支配領域外も少しは知覚可能ですが、敵はその範囲外にいる。
微かに回収出来ているDPから見て、衝撃が迸る毎にサジェカントが大量に死滅して行くのが分かりますが、それ以外は何も情報が得られません。
数度の衝撃によって脆くなった巣が崩れ落ち、巣穴は完全に塞がってしまいました。
『……大鳴蟻塚が崩壊しました。現在も衝撃は続いていますが、サジェカントは全滅するかと思われます』
「……そうか」
現状彼方側で出来る事は何もありません。
問題は奴が此方へ来るかどうかですが……。
「……D級は来ると思うか?」
『可能性はゼロでは無いかと……サジェカント等の健闘次第では縄張りに引き返すかもしれませんが、少なくとも森の南東が何か気になる程度には察知されたでしょう』
「……襲撃が少し早まったかもしれない、か」
『そうなります』
マスターは暫し黙考すると、にっと下手な笑顔を浮かべた。
「取り敢えず南西の問題は片付いたんだ。早急に防備を固めつつ、北部の調査を優先的に進めよう!」
『はい!』
「……ルー先生とかを追加購入で」
『幾つ買いましょうか?』
それから暫く、私達は眠れぬ夜を過ごす事になりました。
《7日目》
【出費】
活心 2P
転送 2P
大熊肉処理 2P
大猪肉処理 1P
蛇肉処理 1P
兎肉処理 1P
畑用土 100P
初級ポーション 10P
中級ポーション 100P
魔法符・ルーセントソード 200P
魔導投擲器(銃型) 1,000P
疾駆 150P
耐久走 180P
合計:1,749P
【収入】
地脈吸収 176P
生産量 302.4P
ゴブリン生産量 4P
サジェカント生産量 10P
猪?(中)×6 420P
熊?(大)×2 700P
熊?(中)×10 600P
蛇?(中)×3 18P
鼠?(黒)×12 24P
兎?(脚)×5 30P
サジェカント×116,000 23,200P
サジェカント(大)×50,500 20,200P
サジェカント(女王)×6 35P
大鳴蟻塚崩壊 6,019.5P
その他
小虫×3.2 3.2P
鼠?×6 4.8P
兎?×12 36P
合計:51,780.9P
所持DP:83,523.3P
【所持アイテム】
石塊(中)×340
石片
木材(小)
熊?(大)の牙×2
熊?(大)の爪×2
熊?(大)の毛皮×2
熊?(大)の骨×2
熊?(大)の魔石×2
熊?の牙×12
熊?の爪×12
熊?の毛皮×12
熊?の骨×12
熊?の魔石×12
猪?(大)の牙×2
猪?(大)の毛皮
猪?(大)の骨
猪?(大)の大甲殻×4
猪?(大)の甲殻×11
猪?(大)の魔石
猪?の牙×20
猪?の毛皮×10
猪?の骨×7
猪?の大甲殻×40
猪?の甲殻×110
猪?の魔石×10
蛇?(大)の牙×6
蛇?(大)の皮×6
蛇?(大)の骨×6
蛇?(大)の魔石×6
蛇?(中)の牙×16
蛇?(中)の皮×16
蛇?(中)の骨×16
蛇?(中)の魔石×16
鼠?(黒)の歯×47
鼠?(黒)の毛皮×47
鼠?(黒)の魔石×47
兎?(脚)の歯×15
兎?(脚)の毛皮×15
兎?(脚)の魔石×15
サジェカントの牙×216,658
サジェカントの魔石×191,658
サジェカント(大)の牙×111,249
サジェカント(大)の魔石×111,249
サジェカント(女王)の牙×7
サジェカント(女王)の魔石×7
鼠?の毛皮×85
兎?の毛皮×30
初級ポーション×40
中級ポーション×3
バド・アードの実×50
プチモルムの繭×300
調理済み熊肉×4
調理済み大熊肉×30
調理済み大猪肉×30
調理済み猪肉×9
調理済み蛇肉×10
調理済み兎肉×10
火傷石×9
水傷石×9
風傷石×9
土傷石×9
使用済みルーセントソード
ルーセントソード×2
ナイフ
魔導投擲器(銃型)
制服一式
マスターがいらないと仰るので、内蔵類はゲルの餌に、大熊肉、熊肉はペルタ等へ、猪肉はピッド等へ、残りはジェリーとグミとプチスライムの餌にしました。
……内蔵類は特に滋養に溢れていますから、進化が早まった筈です。
【兵力】
《H級》
ジェリー×2,800
ペルタ×233,140
ピッド×3,674
バド・ユレイド×1,500
ピグマリオン×1,000
シャドーウォーカー×3,000
《G級》
ゲル×60
グミ×50
プチスライム×21
ペペルタ×2828
グァーム×173
ピルンド×820
ノルメリオ×181
モーム
プチモースー×300
バド・アード×100
ユレイド
カースドピグマリオン
シャドーハイカー×1,001
《E級》
マスター