第26話 ある日の森の中
第三位階中位
『マスターっ、大丈夫ですかっ!? 初級ポーションが一つも残っていませんが、一体何があったのです!?』
「転んで壊した」
『成る程……何事も無くて良かったです。初級ポーションを送りますね』
「ごめん嘘」
『はい?』
きらきらと光って地面に置かれたポーションを拾い、ポケットに入れる。
嘘はいけねぇよなぁ。ましてやコアにだぞ? 背中預けあう相棒だ。お叱りは甘んじて受けようか。
かくかくしかじかうんぬんかんぬん。
◇
『……まぁ、良いでしょう。マスターがその様に覚悟を確固たる物に出来たのなら、私が言う事は何もありません』
「おう。ごめん」
『許します。ちゃんと十字架を背負った分だけ長く生きてくれるのでしょう?』
「うん。後で墓作ろうと思うんだけど」
『帰ってきたら作りましょう』
「ありがとう」
『感謝される事ではありません』
「好き」
『……はいはい、私もマスターが好きですよ』
やったね。両想いだ。
「それはそうと高台からの情報だが……南と東に海がある事以外は、ぶっちゃけなんも分からんかった」
『……まぁ、海がある事は既知の情報です。近海には特に強い外敵の気配も無く、警戒対象外ですから』
やっぱり知ってたか。コアが警戒対象外って断じるならそうなんだろうな。
第一最初にこの場所は安全だからと神が俺達を置いたんだから、海側は危険ですなんて事もないよな。
「気になった点が幾つかある。山側の木がやけに少なかったのと、獣の姿が殆ど見られなかった。何か分かるか?」
『袋小路の森に信仰を集める魔獣がいる為でしょう。周囲の地脈から地上に流れるエネルギーの大半が森に集中しており、それ以外の土地は十分なエネルギーを得られていません』
「恵みが無いから木も枯れて、獣も山を降りて来る、か」
成る程な。思ってた以上に袋小路の森のエリアボスは周辺にとって影響を与えている。かなり重要な存在なんだな。
「あともう一個。どうにも……森が騒ついてると言うか、蠢いていると言うか、妙な感じだった様に思う」
『……大鳴蟻塚を見た所、サジェカントの大繁殖が始まったのは最近の事だと思われます。倒木や枯れ木が出始めたのも、そう昔の事ではないかもしれません』
「……最近になって……サジェカントやエリアボスが発生した……?」
良く分からんが、少なくとも南西にいた筈の獣はどこか別の場所に逃げた筈で、それが玉突き事故みたいになり、今になってその影響が出始めたのかもしれない。
はっきりとした原因は不明のままだが、死骸放置事件がその引き金になった可能性は否定出来ない。
「やっぱり森の中を見てみないとな」
『……引き止めはしません。どうかご無事で』
「ああ、行ってくる」
生きる為に死を賭ける。
気負わなくて良い。いつも通りだ。
◇
いつも通りいつも通り、ルンタッターと森を進む。
木陰に潜み、草叢を渡り、隠密スキルの訓練にならんかなと思いながら音をなるべく立てずに歩いていると、それを見つけた。
「ブルルッ」
「フゴァッ」
「グルァァッ!」
森の少し開けた草っ原。
そこにいたのは、2匹の鎧猪と熊。
両者向き合って威嚇をしあっているが、熊の方が足を引きずっている。
つまり、2匹の猪に熊が襲われている訳だ。
野次馬根性と言うか情報収集の為に来てみたが……こんだけ大きな獣が互いに殺し合うなんておかしくないか?
普通野生生物は怪我したらほぼ終わりだ。だから格下相手でも全力で潰すが、同程度の相手なら基本的に不干渉。なるべく戦わず避ける筈。
縄張りがかち合うならともかく、積極的に殺し合うのはどう考えてもおかしい。
ここに何か、森が騒めく理由がある気がする。
そうこう考えてる内にも、戦いは続く。
足を引きずる熊に猪の片方が突撃し、熊は足が悪いからそれを受け止めざるを得ない。
どすっと鈍い音がなり、猪の牙を熊は受け止めた。
そのまま猪に牙を剥くも、噛み付く前に横合いから来た猪の突撃で転がされる。
足が無事なら逃げる事も出来ただろうが、これじゃあ一方的に殺されるだけだ。
くわばらくわばら、俺もこうならない様に気を付けないとな。
——ガサッ。
「ん……?」
存外近い場所から聞こえた茂みの音に、振り返る。
そこにあったのは、もさっとしたどでかい何か。
「んん……?」
振り上げられたもさもさの先端が光を反射し——
——そして凶刃は振るわれた。
「ん゛ん゛ーー!! っぶねぇ!!?」
広場にダイブする様にして、振るわれたそれを回避した。
転がりながら立ち上がり、悪態を叫びながら反対側へ走り抜け——ようとして、ビタッと停止した。
なぜ? いたからだ。反対側にも。同じのが。
事ここ置いて、ドデカ猪や大きな瀕死熊には構ってられない。
ナイフを仕舞い、銃を取り出す。
見上げたそれは、巨体。
立ち上がったその姿は俺の倍はあり、体高だけでも俺の頭に迫る。
あまりにも巨大な熊の怪物。
……やられっぱなしで死ぬだけかと思ってたが、どうやら仲間を呼んだらしい。
ガサガサと音がなり、あちこちから熊が現れる。
馬鹿みたいにデカイのは2体だけだが、他の熊は6体いる。
四方八方を囲まれ、逃げ場はない。
「……」
ゆっくりと広場の中央へ後退る。
弾は4発。
1発1殺でも4体残る。増してや大熊は1発じゃ死なねぇだろう。
仮に4発で大熊を2匹仕留められても、ナイフ一本で熊6匹+手負いの熊1匹は無理だ。
現状を打破するには、ルーセントソードに期待するしかない。
俺がそうこう算盤を弾いていると、迫る大熊の圧に押されたか、猪の1匹が大熊へ突撃した。
あっ。と思ったのは一瞬の事。
振り下ろされた一撃が猪の胴を打ち、ぼごりっと嫌な音が辺りにこだました。
猪の鎧が変形し、血が吹き出して、突き出した骨が露出する。
それでも即死はしていないが、戦力差は明らかだった。
二度目の凶刃が振るわれ、猪は遂に息絶える。
それを見て逃げ出したもう1匹も、熊の群れに捕まり、間も無くズタズタに引き裂かれた。
猪を殺した大熊は、ぺろりぺろりと血の滴る手を舐める。
一方背後の熊は、のそのそと此方へ近付いて来ている。
俺は懐から魔法符を取り出した。
さぁ、頼むぜ。お前だけが頼りだ。おかしいだろ。なんでこんな大型の生き物が群れてんだ。どんだけ恵み豊かなんだこの森は。
心の中で悪態を吐きながら、祈る様な気持ちでその紙切れを掲げ——叫んだ。
「ルーセントソード!」
カッと光が弾け、ポンっと何かが飛んだ。
大熊の首だった。
「……はぁ?」