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第25話 落とし物拾う

第三位階中位

 



 軽い浮遊感の後、トンっと地面に降り立つ。


 洞窟内の硬い地面と違い、柔らかい土の地面。

 外に出るのは随分久しぶりと言う訳ではないが、日が差してる内に出るのは初めてだ。


 場所は、迷宮からそこそこ離れた山の縁。と言うか山エリアの縁。

 木漏れ日がゆらゆらと揺れ、嗅ぎ慣れた土っぽい香りが風に乗ってくる。


 コアに曰く、山エリアと森エリアを明確に分けているのは、あちこちに複数存在している崖なんだとか。

 木々が乱立し、山と森の境が明確でない場所は、崖と崖を繋ぐ線から少しはみ出し、楕円を描く様に森エリアとなっているとの事。


 つまりここは、東から西へ最短エリアを繋いだ線上であり、高台と森エリアを行き来できる楕円の上だ。



「よし、先ずは上からな」

『お気を付けください』

「任せな」



 少し気遅れする様な気持ちもあるが、その線上から離れた。


 さぁ、何事もありませんように!





 上へ上へと歩みを進める。


 気付けば木々も疎らになり、間も無く頂上に着く。


 ……おかしいな。そんなに標高が高くないのに、木が少ない。

 軽く見渡してみると、木が少ないと言うよりも、枯れ木や倒木が少し多いかもしれない。


 真っ当に立ってる木も、萎びていると言うか、細く、元気がない。



「……まぁ、良いか」



 辺りに敵影は無し。高い所へ登り、改めて森を見下ろす。


 広い。とても広く見える。


 遠くには此方と同じ程度に見える山脈が並び、そこまでを森が覆っている。



 広い。広いが……狭い。


 くまなく探索するには広いだろうが、直進するとそう何十日も掛かる距離では無いだろう。

 見渡す限り森だが、それは山に囲まれているからだ。


 だから森が広く感じる。実際はそんなに広大では無いのだろう。


 差し当たって、俺たちの拠点がある南東の森を見下ろす。



 所々に開けた場所があり、土の肌や草っ原が見える。

 そこに、時折見える、大きな影。


 遠目なのに、森が蠢いて見える。


 ……確かに、何か異変の様な物が起きている気がする。

 大きな影が動き、小さな影が走り回る。


 ——森が騒ついている。気がする。


 分からん。分からんが……普通じゃない。



 草っ原ならともかく、土の肌が見えている空き地は、極最近木が倒れた場所だろう。

 それが散見されると言う事は、何かが木を倒していると言う事になる。


 そこに法則性があるかは分からないが……おかしな事であると言うのは自明だ。


 はっきりとした原因は不明だが、大型の生物が増え、暴れている。

 ……これが例の死骸放置事件が原因なら良いんだが……行って見ない事には分かるまい。



 南東は取り敢えず置いておいて、次に南西を見る。


 そこは、先程から見えていたが、結構な距離が荒地になっている様だった。


 サジェカント等の仕業だろう。


 それ以外に大した情報は得られないが……荒地になってるって事はそこに元々住んでいた生物は他の場所に逃げてるよな?


 サジェカントが最近此処に来て増えたのだとすると……いや、それはコアが調べれられる事だろう。

 サジェカントの巣を早い所調べておきたいな。



 北側は、此処からではどうなっているか全く分からないから見ないとして……反対。ここから南を見てみる。



 そこに広がっていたのは——



「……海、か」



 ——何処までも広がる青い海。



 山を降り、ちょっとだけ進むと、直ぐに海になっていた。

 良くは見えないが、東側も海に見える。


 多分コアは知ってるだろうな。


 背後の憂いが無い反面、背水の陣でもある。

 良いと考えるか悪いと考えるかは状況次第だ。今はなんとも言えないな。


 高台からの情報収集はここまでにしといて、次は……西側に寄りつつ下山して何かないか調べよう。


 上手いことサジェカントとその他の生物の動きが見えりゃラッキーなんだがな。





「……お?」



 なんもねぇなんもねぇ。お化けなんてないさとでも言わんばかりの気持ちで辺りを見ながら下山していると、それに気付いた。


 比較的大きな木の根元、土を少し掘り返した様な根の陰に、白い何かがある事に。


 まさかと警戒しながら近付くと、案の定。



「……白狼」



 例の白い狼だった。


 寝ている……のではなく失神している様だ。


 良くみると呼吸が浅く、脚に切り傷の様な小さな跡が沢山付いており、背中と頭部の毛が爛れている。

 吐瀉物が散らばっており、相当苦しんだ末に……体力が尽きた様だ。


 脚の傷の形には覚えがある。ピグマリオン達の傷だ。


 それよりもずっとひどい様に見えるのは、肉の体だからだろう。

 爛れた毛はおそらく幻痛毒の痕跡。


 サジェカントの巣を襲ったのは、コイツで間違いない。


 あの毒を浴びて、良くもまぁ此処まで辿り着けたもんだ。

 流石はE級上位と言った所か。今なら俺もスキル取ったから大丈夫だろうが、1度目で此処までは出来ない。


 敵ながら天晴れだな。



 だが……此処まで逃げてこそ来られたものの、遂には激痛で力尽き、今こうして苦しんでいる。


 このまま毒で死ぬ事は無いだろうが、痛みに苛まれ続ければ、食糧を得る事も出来ず餓死するだろう。

 ……だが、痛みに慣れてきてどうにか生き残れる可能性もゼロではない。



 つまり、今が脅威であり憂いであるこの白狼を仕留める絶好のチャンス。



「……」



 俺は十分に警戒し、懐に手を入れた——





 いやほら、あれだよ。


 初級ポーションってさ、飲むと凄い不味いらしいじゃん?

 で、今さ、中級ポーション持っててさ、苦味はあるけど初級よりはマシらしいじゃん?


 だからさ……初級いらないかなって。あんまりいっぱい持っててもさ? 重いじゃん? だから捨ててきた。

 うん。でもさ、勿体ないからさ、木の根元に捨てて来た。ほら、木が枯れたら環境問題だから。温暖化だから。それだけの話。



「うむうむ…………いや、違ぇな」



 違う。違うわ。


 なんでだ? なんで……なんで助けた・・・……?



 俺は、なんで、アレを助けたんだ?



 おかしいだろ。ふざけんなよっ。敵だぞアレはっ。


 一回侵入されてる。突破されかけた。憂いを絶つのに千載一遇のチャンスだった。

 次は誰かが殺されるぞ? なるべく死なせたくないんじゃなかったのかよっ。


 今度こそ本当に、十字架を背負う事になるんだぞ。



「…………あぁ」



 そうだなぁ。やっぱり理由が必要だ。


 言い訳が必要だ。


 例えばそう。アレを倒したとして、現状だと死骸を運べないから素材を得られない。それに俺には解体の技術が無い。

 DPは貰えるらしいが、魔石とかを回収出来ないと、それを食べた個体が進化して第二の白狼が発生する可能性がある。


 無為な殺害は勿体ないし危険だ。


 だから助けた? 理由が弱い。


 こちとら味方の命が掛かってんだ。殺さねぇならともかく生かすのは道理が通らねぇ。第二の脅威が生まれても、白狼程は強くない筈だ。

 十字架を背負うかどうかの瀬戸際…………。



「あぁ……ちっ……そうか、くそっ……くだらねぇ」



 なんで助けたか分かったわ。


 そりゃ素材得られねぇから勿体ないし未知の危険が増える可能性があるのも真実の一側面。

 でも全部が俺には狩る対象で、コイツが次に迷宮を襲ったらぜってぇ殺す。


 ただ単に、迷宮外では殺す旨味が少ないし危険もある。それが一つの真実。


 だけど、アレは潜在的脅威。放って置いていい奴じゃない。エリアボスみたいな奴で、息の根を止めた方が後に得。


 じゃあなんで殺さなかった?


 簡単な話だ。蛇はやれた。蟻もやれた。だが、獣は直接手を下していない。

 死に掛けの赤い血を流す大きな獣を前にして、怖気付いたんだろう。


 それともう一つ。


 怖気付き、素材得られねぇ危険が増えるを言い訳にして命を救い……一つ、


 助けた気になって、自分の罪業を不法投棄しようとした。



 味方を生かす。自分を生かす。その為に敵を殺す。


 そりゃ当然の事だ。


 だが、敵の十字架を捨て、命を奪う事が当然だと思っていると、いつか訪れる誰かの死、背負うべき味方の十字架、その重みに耐えられなくなる。


 どんな死も受け止めよう。


 どんな死も背負って行こう。



 それが生きると言う事だ。



 雑魚に敵の命を奪わない権利は無い。


 死を背負いたく無いのなら、早く強くなれば良い。


 だがまぁ、言い訳はしておかないとな。

 今回のはそうだなぁ……徳を積んだとでもしておこう。


 きっと良い事がある筈だ。例えば……飯が美味いとかな。



「……よし、さっさと強くなるぞいっと」



 燦々と輝く日の下で、決意を新たに、俺は倒木を踏み越えた。



 

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