第1話 Hello master
第三位階中位
「あ゛あ゛ぁ……体がぼきぼきする」
上体を起こし、伸びをする。体はボキボキと嫌な音を響かせ、肺が求めるに従い一杯に空気を吸い込む。
体は硬いが寝覚めは良い。頭がはっきりとしている。
地面のゴツゴツとした感触と、肌寒い冷んやりとした空気が、これが紛う事なき現実であると告げていた。
……神との邂逅は夢や妄想の類いでは無いらしい。
これすらも妄想と言われればそれまでだが……まぁ取り敢えずは建設的に行こう。
立ち上がり、体を見下ろす。
服装は……スニーカーっぽい靴と細かい装飾の多い学生服? 軍服か? 青と白の混じった鈴の装飾が散見される。これはシンボルマークなのかね?
……ふと思ったんだが……光源が無いのに何で服見えるんだ、これ?
「えぇっと……」
辺りを見渡す。
どうやら此処はちょっとした広間の様で、特に何かが置いてある訳では無い。
通路は一つだけで、そこが外に繋がって無かったら、俺は洞窟暮らしになる事が確定してしまうだろう。
……外を確認して見るか?
一度も外に出ないなんて事は無いだろうし。そう思いながら通路へ一歩踏み出した所で、背後に光が灯った。
同時に女性の声が響く。
『……及第点ですね』
「んん?」
振り返ると、そこには……青白い光を放つ水晶玉の様な物が浮いていた。
……さっきは無かったな。声を発したのはコレか?
『御明察の通りですよ、マスター』
「……心も読めるのか」
色んな疑問もあるが、コレが例のサポーターだって言うなら長い付き合いになりそうだ。
俺は肩を竦め、色んな気持ちを抑えてそう言った。
『予想したまでです』
「俺が馬鹿だったら大ハズレだけどな」
『馬鹿は此処には来れませんよ』
成る程。概ね予想からは外れない訳だ。
サポーター様と少しのコミュニケーションを取ってから、切り出す。
「それじゃあ早速だが、幾つか聞きたい事がある」
『拝聴しましょう』
◇
——結論。
俺は神と言う大社長に雇われたヒラ社員だ。
今から想像もできないくらい遥か昔、旧時代とか古の時代とか言われる時に起きた大分裂とやら、それで分かたれた幾つかの小さな世界を支配する仕事を任された。と言う認識で良いらしい。
つまりは大会社のヒラ社員そのものである。
俺が選ばれた理由は、例によって才能があるから。
なんでも、所謂天才と言う物は肉体の性能が合致する事もあるが、飛び抜けた天才は魂に根源を有する場合が多く、そして魂は転生を繰り返す物なのだとか。
狭間の浄化作用を飛び越えて魂に残る記憶と技能が、次の生で天才と言う形で現れるとか何とか。
要は俺は前世かそれ以前の働きが良くて強い力を持ち、そして充実した知恵と力を持つ者は色濃い魂を持つ為一目で分かるのだとか。
そうして、無数の魂の中から色濃い魂が選ばれ、こう言った形で2度目を与えられて更に魂に磨きを掛け、ついでに世界の支配も進める一石二鳥の策なのだそうな。
俺が持つ才能については、詳しい所はよく分かっていない。
サポーター曰く、比較的落ち着いている様に見えるとの事だが、それが才能に関わっているかは分からないそうだ。
俺の事については、ある程度納得した。神々にも何かしら都合があると言う事も理解した。
次はサポーターの事だ。水晶玉に見える彼女? の話を聞くに、どうやら彼女? はただ言葉を発するだけの水晶玉では無いらしい。
曰く、私はダンジョンの心臓であり、脳である。
正式には迷宮核と呼ばれる物で、ダンジョンコアとかメイズコアとか言われる物なのだとか。
なんでも、高貴なる神霊の御霊から一雫の神性を賜り産み落とされた、神の眷属の様な物とかなんとか。
後半はともかく、概ね予想通りだ。
要は上司と言うか秘書と言うか……まぁ、相棒の様な物だろう。
聞ける事は聞ける内に。
俺自身の事は顧みる記憶も無いもんで、異常でも何でもないなら大して興味も湧かない。
コアの奴は、これからやっていく仲だから色々と話したい所だが、それはゆっくりやって行けば良いだろう。
此処からは合理的に、建設的な話をしよう。
「それで、支配とやらはどうやるんだ?」
『簡単な話です。迷宮を拡張し、他領域を自領域とすれば良い』
成る程。迷宮と聞くと洞窟の中だけってイメージが強いが、それを外まで引き延ばすって事か。
『迷宮の拡張にはDPを消費します』
まぁ当然、ただとは行かないだろうな。
「DPってのはどう言う物なんだ?」
『物としては規格を揃えられた魔力の塊と言えるでしょう。概念で言えば通貨。そして用途は、それ自体を消費する事で何かしらのモノを生み出す『創造』と、それを対価に何者かから何かを受け取る『取引』です』
要は金って事か。それ自体が資材でもある……なら『取引』は『創造』で作れない物を通常よりも多い対価を払って買う事か。
『創造』は語感程万能な力では無いって事だな。
……敢えて『創造』なんて言葉選びをしたのは……さっき神の力の一雫を貰って生み出されたとか自慢気に話してたからだなこりゃ。
体が無機物だからロボットみたいな奴かと思えば、案外人らしい所がある。
そこはまぁ一安心だ。
「DPを得るにはどうすれば?」
『方法は主に3つです。外敵を殺し、その魂が壊れない程度に生命力を抽出する。または支配領域内の生命体が日々発する生命力を吸収、変換する。或いは地脈からゆっくり吸い上げる』
支配を進めるには、魔物を率いて外敵を殺して魂を絞るのが一番手っ取り早いって事だな。
こりゃぁ割とマヂで邪神サイドだわ。
邪女神サマが魔物を率いて云々とか言ってたからには、迷宮核には魔物を生み出す力がある筈で、地上を侵略する魔物の群勢を生み出す穴蔵とくれば正に邪神。
古今東西地獄は地の底にあると言うし、それを守る番人がいるとも聞く。
案外それらは迷宮のことだったりするのかもしれないな。
『現在1日に獲得出来るDP量は、101Pです』
「101?」
いや、わんちゃんかよ! なんだその1ッ?
『内訳は、地脈から汲み上げるDPが100。そしてマスターが生産するDPが1です』
「1? 俺から?」
『はい。およそE級の生命体に相当するエネルギー量ですね……E級は下から数えた方が早いランクですよ』
「……さよで」
そりゃあなぁっ。ただの人間が強かったらびっくりだわ。熊とかライオンとかはきっともっと上だぜ?
……しっかし才能を買われた割には下の方なんだな……案外十人並みより頭一個上みたいな感じだったりしてな! ……ちょっと凹むぞ。
『マスターは通常の人種族よりもエネルギー発散量が一回り多い様です』
「え? そう?」
一回りって頭一個より上なんかな? やっぱり神が選ぶくらいだから上なんだろうなぁ! ……此処は凹んだ分だけ自惚れておこう。
「それじゃあ最適なのは魔物を生産する事と領域を広げる事、どっちだ?」
『現時点では魔物を生産する方が効率的です。ただし、最低限の安全を確保してからでなければ痛い目を見る事になるでしょう』
んん? それは妙だな……。
「……魔物を作れば安全を確保出来るんじゃないのか?」
『そうですね……』
俺の問いに、コアは暫し鼓動する様に明滅し黙考した。
『……今ならば未だ大丈夫でしょう』
あら不穏。今ならば、も未だ、も大丈夫でしょうも不穏。
大丈夫と言われてるのに何にも安心出来なかったぞ。
『先ずは魔物の生成を実践してみましょうか』
……不安だが退路が無い以上進むしかあるまい。
心なしかウキウキとした様子のコアに促され、魔物生成の実践をする事と相なった。