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第11話 蝕む黒い影

第三位階中位

 



 巨大蟻は上体を下げ、溜めの姿勢になった。


 すわ、飛び掛かりか! と此方も回避できる様腰を下ろし——



「お、まっ、えっ!?」



 ——放たれたそれ、なんかよく分からん液体を回避した。


 何処まで飛んでったか分からんが、多分壁に当たっただろう。

 とにかく足場が悪いので、広間中央へ向かって回避、直ぐに次弾に備えた。



「冗談だろ?」

『十中八九毒です。どの様な効果があるかは分かりませんが、当たらない様に』

「んな事言われても……」



 会話をしつつも警戒する。

 蟻は突き出した尻を戻し、また上体を下げた。


 来るか?



「っ!」



 今度こそ、ばね仕掛けの様に飛び掛かって来た蟻を回避した。


 コイツ、俺が避けたのに合わせて首を振りやがった。マヂで殺意高ぇ。だが——



「おらっ!!」



 振り返ろうとする隙を突いて飛び掛かり、地面に押さえ付ける。

 蟻はギチギチと牙を鳴らし、脚を蠢かせる。


 体格の割に、蛇と同じくらいの力で暴れている。


 ナイフを振り上げ、狙い違わず刃は首に突き刺さり——



「——は?」



 次の瞬間、蟻の尻が破裂した。


 左手を中心に生温かい毒液が飛び散る。



 自爆した、のか……? マジか……最悪だ。



 手がじわりと熱くなる。


 位置が良かった。左手で抑えていたから。左手以外には掛かっていない。



『マスター! トドメを』

「ちっ!」



 まだ死んでねぇのか、くそがっ!


 胴体にナイフを突き立て、次に頭を縦に割る。


 そうこうやってる内に、じわじわと手が熱くなる。


 そしてそれは、唐突に痛みに変わった。



「ぐ、が、あ、あぁぁぁぁぁぁっっ!!」



 痛い痛い痛いっ! なんだコレ!? 冗談だろ!?



 視界がチカチカし、心臓が暴れ狂う。


 体中から油汗が出て、強い目眩と痛みに地面へ転がった。



 ナイフを投げ出し手を押さえる。


 カランと響く音が、やけに遠く聞こえた。



「ぐうぅぅぅっ、く、そっ、がぁぁぁあっ!!」

『マスター! これは幻痛系の毒……!? ポーションを患部に!!』



 狭まる視界の隅に何かが落ちた。


 思考は煮込んだ鍋の様にぐずぐずに溶けて纏まらない。



 ただただ痛い、痛い、痛い痛い痛い。



『この……で………ター……! …ス……動………!!』



 叫び声が聞こえる。


 脳に直接響くそれはしかし、雑音となって通り抜ける。


 もう、痛いのか暑いのか、それとも寒いのか、分からなくなって来た。


 ただただそこには、暗闇があった。



『あ……っ…に…!?』



 ふと、痛みが和らいだ。


 じわりじわりと熱が治まり、寒気が引いて行く。



「はぁ……はぁ……な……だ……?」



 チカチカしていた視界が元に戻り、薄暗い洞窟の天井が見えて来る。


 荒い呼吸を整え、上体を起こす。



「……はぁ……何が、起きた……?」



 見下ろした左手は——真っ黒。


 黒の隙間から濃い緑が流れ出ており、一瞬ギョッとしたが、黒はシャドーウォーカー、緑はポーションだと分かる。


 シャドーウォーカーが蠢いて、ポーションが擦り付けられると、それに伴い痛みがどんどん引いて行く。


 数秒後には、痛みはすっかり引いて、シャドーウォーカーも元の人型になった。

 まだピリピリと痛むが、赤味も引いて問題なく動かせる。


 ポーションの即効性ハンパじゃないな。



「ふぅ……助かった。ありがとう」



 手のひらを出すと、シャドーウォーカーはその上によじ登り、此方を見上げ——パタッと倒れた。



「……え?」



 じわりと四肢から黒い粒子が舞った。


 じわりじわりと、解ける様に、粒子が零れ落ちる。



「な、んだ、これ……」

『……シャドーウォーカーは、過剰なダメージを受けるとその様にして霧散し……死亡します』

「死……嘘だろ……」



 ……なんだよそれ? 嘘だろ、冗談キツイぞ……。



「そうだ、ポーションを——」

『——死因はっ……幻痛毒によるダメージではなく、ポーションの生命エネルギーに直に触れた事だと考えて、間違いありません。全身で触れた事が要因だと、推測出来ます』



 じわりじわりと、溶けて行く。


 解けた黒の粒子が舞って、地面の先へと消えて行く。



「…………死ぬのか?」

『……死にます』

「……」



 ……誰かが死ぬだろうと思ってはいた。


 戦い、敗れ、死ぬだろうと。



 だけど……コレは違うだろ。



 戦えと命じて、敵に殺されれば、それは敵の所為だと言い訳出来る。


 でも、コレは……どう言い訳したって、どう言い繕ったって……俺が、殺した。



「……何も、方法はないのか?」



 目の前でぼろぼろと崩れて死に行くのを、見る事しか出来ないのか?



『……過剰な生命エネルギーを中和、又はシャドーウォーカーに適性の高い闇属性魔力に変換する事が出来れば、死は免れる筈です』



 助けられる余地はあるのか!?



「どうすれば良い!」

『……魔力操作スキルがあれば可能かと』

「瞑想を取得すれば良いのか!?」

『……良く聞いてください、マスター』



 コアは静かに、努めて冷静に、現実を突き付ける。



『瞑想の次は魔力感知、その次にようやく魔力操作を取得出来ます』

「なら直ぐに……!」

『マスター、聞いてください……至高の御方でさえ、魔力操作スキルを0から習得するのに数十分の時を要したと聞きます。仮にマスターが我等が主神を越える才を持って、数分で魔力操作を取得出来る様になっても……そのシャドーウォーカーは数分の時に耐えられない』

「……分からないだろ」

『お分かりなさいませ。神たる才を持って産まれ出る者とは、先の幻痛毒を全身に浴びても、瞬き一つしない者の事を言うのです……』



 希望に見えたそれは、手を伸ばしても届かない星の光なのだと、コアは諭す様に絶望を突き付ける。


 すっと熱が抜ける。心が沈み、脱力する。


 気力が無い。


 ……それでも、きっと明日には立ち上がるだろう。


 ただ、そう、思っていた以上に、俺が仲間を殺したと言う事実が、心にズンと暗い影を落としている。



 崩れ行くシャドーウォーカーを撫でる。


 ぴくりと反応し、消え行く指先で俺の手に触れる。



 魔力操作は出来ない。その足掛かりである瞑想すら取得出来ていない俺に、その先の先を一瞬で取得する術はない。


 ポーションも効かない。

 過剰な生命エネルギーを中和出来ないが故に死ぬのだから。


 闇属性魔力も…………闇属性魔力?



「……コア、コイツに闇属性魔力とやらを入れれば良いのか?」

『純粋な闇の属性魔力を注入すれば、過剰な生命エネルギーは半自動的に中和、又は排出されるでしょう』



 なら……なら……方法、あるんじゃねぇか?



「コア、闇の属性石ならそれは可能か?」

『闇の属性石は10Pで購入可能です。治療に確実とは言えませんが、有効ではあると推測出来ます』

「ならそれを……!」

『ですが、それならばシャドーウォーカーを10体生成する方が良いでしょう』

「それは……」



 それはそうだけど……そっちの方が合理的ではあるけれど、でも、そうじゃないだろ……!


 …………いや、そうじゃなくないのか……俺だって、戦いで誰かが死んだとしたら、仕方ないと言い訳出来る。それと同じだ。

 例えそれが、俺が殺したのだとしても。



 言い訳が必要だ。



 建前が必要だ。



 情に訴えるのではなく、気持ちって言う曖昧な物に縋るのでもなく。納得の行く、合理的な建前が。


 何がある? コイツが持っていて、生成される10体に無い物は。


 ……功績か? 違うな。魔物は俺とコアを守る為にある。助けるのも救うのも、それは当然と言う建前がある。

 俺を救った事は、感謝こそすれ、命を救い返す理由には出来ない。


 なら、あとは一つしかない。



「……コイツには、経験がある」

『……』



 なんとなくだが、直感的に確信している。



「コイツは、俺が最初に生成した個体だろ?」

『そうです』

「なら、コイツには、俺の補佐をした経験がある」

『他の個体でも代用は可能かと』

「明日にでも強敵が来る可能性はゼロじゃないだろ。慣れさせてる暇はないかもしれない」

『一理あります』



 行けるか?



「それに、G級と2回も戦ったのはコイツだけだ」

『それもそうですね。現状ではとても貴重な経験かと』

「だろ? なら、良いよな?」

『はい、闇の属性石を購入します』

「しっ!!」



 ってか、分かっててやらせただろコイツ。



『再三言っておきますが、確実ではありませんよ?』

「承知の上だ」



 ピカリと現れた半透明の黒い石を拾い、祈る様に、シャドーウォーカーの上においた。


 ずぶりとシャドーウォーカーは闇の属性石を吸収する。



「……コレで良いのか?」

『……分かりません。一応他の補助的対応も実行しましょう。蟻の残党は此方で始末しておきます』



 ……そういやまだ戦いの途中だったな。



「頼む」

『はい、仰せのままに』



 

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