第9話 剣を掲げよ
第三位階中位
朝起きて、運動してから飯を食い、無駄とも思われる瞑想を開始した。
大事なのは、集中。
集中、集中、集中……自分の中を覗き込む様に、ひたすら集中。
とくんとくんと静かに鼓動する心臓。体の隅々まで行き渡る血の流れ。
ここの何処かに、魔力って物がある筈なんだよなぁー。
……そう、何処かに、必ず、ある筈なんだ。
それが流れているのか固まっているのか、はたまた何処か一つの場所に集まっているのか。動けと念じれば動くのか? 集まれと念じれば集まるのか?
それとも何か体の中を動かす必要があるのか?
体を動かす? 歌でも歌う? いや、呼吸か? 中には無くて外から取り込むパターン? 魂があるらしいから、体じゃなくて魂の中にある? 魂って何処だ?
……蟻はいつ来んのかね? 木工修復の魔法も20回しか使えないし……いやいや、集中集中。
あれこれ悩んじゃいるが、結局の所戦いはなる様にしかならないし、それに瞑想スキルだって、コアが更に奥を覗き込めって言ってたからな。
これで良いんだ。ダメでも経験になるらしいしな。
◇
燦々と光が輝く。
暖かい金色が漣の様に揺蕩い、夜空が共鳴して鼓動する。
手を伸ばせば遠く、金と黒は星の様に混じり合う。
光の群れは流れ巡り、ぐるぐると、ぐるぐると——
——……。
循環する金と黒に、青白い粒子が混ざる。
粒子は仄かに混じり合い、金や黒に迎合して行く。
——……ター。
じわりじわりと様々な色が浮き上がり、空が鮮やかに色付いて行く。
広がるのは銀河。
果てしない無尽の夜空。
……あぁ、あれは金じゃなかったな、どっちかって言うと黄——
——マスター!
青白い光が弾けた。
◇
『マスター!!』
「ほわっ!? え、なになに!?」
え? 俺今寝てた!? 意識飛んでた!?
「あ、ちょっと待って…………」
『……』
……なんか頭がふわふわするけど……良し、大丈夫。
「ふー……」
『落ち着きましたか?』
「うん、えーと、何か起きた?」
なんかあったっけ?
手元にシャドーウォーカーがしがみついていたので、それをぐりぐり撫でつつ考える。
イモムシは……全部進化して蛹になっただろ? 蛹が羽化したのか? 違うか。もっとウキウキ伝えて来るもんな。
ゴブリンは捕まえて豆は……。
「豆の収穫?」
『蟻の襲撃です』
「あー、それね」
あったあった。そんなのあったね。蟻の襲げ——
「——蟻の襲撃!? やばっ!」
ぼーっとしてる場合じゃねぇぞっ。
直ぐにナイフを持って、手元のシャドーウォーカーを手に憑かせる。
『落ち着いてください。深呼吸』
「すぅ……はぁ……」
『……少しは落ち着きましたか?』
「……少しな」
依然として焦りはあるが、取り敢えず落ち着いた。
「状況は?」
『現在、およそ8,000匹程度の蟻が迷宮内に侵入しました。数は今尚増加中です』
「はっせん……8,000?」
ハッセン、ハッセン……8,000。
『マスター』
「はっせ——はっ!?」
『落ち着いてください。今10,000を超えました』
「いちまっ!?」
『落ち着いてください。所詮蟻です。既に鼠穴や横穴に入った個体をおよそ100匹程度撃破済みです』
「あ、あぁ」
そうか、既に100匹倒してるのか、大した事ないのか?
「行けそうか?」
『想定よりも数が多いですね』
「やばそうか?」
『どうやら巣から飛び出して一気に此方に向かって来た様です。別の生命体の血肉が付着している事から、何度か戦闘を行なった事が分かります。その為、襲撃の密度は想定を下回っています』
つまり、数は多いがどうにかなりそうって事か?
『広間への到達予測時間は、多少の障害物があるとは言え1分を切っています』
「OK、配置は?」
『配備済みです』
「橋の回収」
『完了しました』
「よし!」
改めて、広場前方に並ぶ皆を見下ろす。
既に戦闘は始まっている。
場合によっては死者もあり得るかもしれない。
少しだけ目を伏せる。
「……」
これから、この世界で、俺は仲間を使い潰して生きて行く。
神とやらが本気で世界の支配を望むなら、こんな事にはなっていない筈だ。
つまり、これは俺に与えられた試練なんだろう。
敵を殺せ。
味方を犠牲にしろ。
——屍の塔を築け。
俺はそうして、生きて行く。
瞼を持ち上げた。
「……全員、戦闘配備!」
ナイフを掲げる。
仲間が、配下が生きる事は勝利条件じゃない。
マスターとコアが生き残る事が、俺たちの唯一の勝利条件。
……それでも——
「全員、生きて勝利を祝おう!」
——生きて欲しいと願う事は、決して悪い事じゃない筈だ。
「勝つぞ!」
ぐっとナイフを握った拳を突き上げる。
音は無かった。
鬨の声もない。
ただただ静かに、仲間達は拳を突き上げた。