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白菜のフルコース

作者: 庵アルス

 いいことはあまり続かない、悪いことのあとは、そんなに良くないことが大抵待っているような気がする。

 夕方、僕がひとり暮らしの家に帰ると、待ち構えていたように英斗が段ボールを持ってやってきたのだから、たぶん今日はそういう日なのだろう。

 段ボールの中身は知っている。英斗の親が送ってきたという、野菜の仕送りだ。

 本日は白菜を筆頭に、玉ねぎと人参とブロッコリーが見える。これだけ見ても彩りがいい。

 あとはチンすれば食べられるご飯と、カップ麺が何個か入っているが、米は無かった。

「あのさぁ、なんで米とかは入ってないの?」

「え、米の値段と送料がとんとんだからじゃない?」

 そうだっけ、と頭では疑問を持ちつつも、疲れていたし、きちんとしたご飯は食べたかったので、仕送りの野菜を使って、半ば恒例となった料理作りを始めた。




「マイル稼いどけばいいー?」

「あー⋯⋯、うん、お願い」

 英斗に、無人島移住スローライフゲームのマイル集めを任せ、僕は台所に立った。

「⋯⋯メインディッシュからやるか」

 自分に言い聞かせるようにつぶやく。こうでもしないと、あまり動きたくもなかった。

 野菜をひと通り洗い、まずは白菜と人参。

 人参をピーラーでフリル状に切り、白菜は根元に包丁を入れて葉を剥ぐ。

 白菜の葉に、人参とスライスチーズを重ね、厚みを出して四、五センチ幅に切った。

 グラタン皿にざかざかと詰める。昨年のクリスマスに妹からもらったこの器は、暖かい色味で、料理を一層美味しそうに見せてくれる。

 次に卵液を作る。卵を割り、半量のコンソメスープの素を入れて混ぜる。それをグラタン皿に回して注ぎ、レンジのオーブン機能を使って焼く。

 これが一番時間がかかるので、その間に別の物を作ろう。


 玉ねぎを薄切り、白菜を一センチ幅に、人参を細切りに、ブロッコリーは小房に分けて、茎を薄切りにする。ざくざくと野菜を切っている間は、没頭できるからよかった。

 先に人参と白菜をポリ袋に入れて塩揉みし、少し置く。ブロッコリーの茎は、フライパンでさっと茹でる。

 塩揉みした野菜の水分を絞って捨てて、茹で上がったブロッコリーの茎と合わせる。マヨネーズを和え、炒りごまを振って、器に盛り付ける。

 一品め、白菜のサラダの完成。カラフルな見た目が、「料理を作った!」という気にさせれくれる。


 次は薄切りの玉ねぎを小鍋で火に掛けて、透き通るまで待つ。

 火が通ったら細切りの白菜、塩コショウを降り、水と牛乳、コンソメスープの素を加えて煮込む。沸騰しない程度に温まったら出来上がりだ。

 二品め、白菜のスープの完成。仕上げに黒胡椒を振ると、より身体が温まる冬向けのひと品。


 三品めは主食を作る。フライパンに、人参、玉ねぎ、白菜、ブロッコリー、あとは先月英斗が置いていったツナ缶を汁ごと炒め、塩コショウを振る。

 半分ほど火が通ったら、牛乳と水を加え、隠し味に味噌を溶く。

 冷凍庫から、余っていたご飯を取り、そのまま加えた。本当はレンジで解凍すればいいのだが、メインディッシュを焼いているので、煮ながら解かすという強行に出た。

 ご飯が溶けて、水分が飛び、とろみが出たら出来上がりだ。

 三品め、白菜のリゾット。彩り豊かで、食欲がなくても食べられそうなひと品。


 メインディッシュが焼きあがった。鍋掴みをはめ、レンジから取り出す。

「いい匂いするー!」

 英斗が嬉々として顔を上げた。

 コンソメスープと、とろけたチーズの香りがたまらない仕上がりに、僕まで顔がほころんだ。

 四品め、白菜のミルフィーユプディング。とろとろの白菜と、ジューシーな玉子が美味しいひと品。



 料理を食卓に運びながら、英斗が訊ねた。

「誰か呼ぶ?」

 友人でも呼んで食卓を囲むのかを訊いているのだが、僕は即座に首を横に振った。

「いい、誰にも会いたくない」

 料理も大した量ではない。品数は多かったが、ふたりで食べ切れるくらいしか調理しなかった。

 はっと英斗の顔を見ると、目を瞠って固まっていた。

 どうしよう、そんな表情だ。

「あ、いや、英斗は別」

「え? あぁ、そうなの」

 英斗が特別というよりは、同じアパートに住んでおり、同じ大学に通う時点で、顔を合わせるのは不可避な気もする。

 取って付けたような言い方になってしまったが、英斗は特に気にするでもなく、台所からスプーンとフォークを取ってきて座った。

「いただきまーす!」

「いただきます」

 手を合わせ、僕はサラダから、英斗はリゾットから食べ始めた。

 自分で作っておいてなんだが、僕の料理は今日も美味しい。

 英斗はちいさな子供のように、美味しいと目で語りながら頬張っている。

 それを見ると、作りがいがあったかな、と少しだけほっとするのだった。



 そして食べ終わり、皿洗いを買って出てくれた英斗がぽつりと。

「うーん、幸せ」

 そうつぶやいたのを、僕は聞き流せなかった。

「⋯⋯なにが?」

「え、お腹いっぱいで幸せだなぁって」

 そう答える英斗は、人懐っこい笑顔を浮かべている。

 僕には出来ない笑い方だと、自分の中の嫌な部分がささやいた。

 そしてそれはこう言わせるのだ。

「お腹いっぱい食べられれば幸せなのか?」

「え?」

 驚いた。英斗も、僕も。

 なにを急に、と面食らう英斗と、言わなくてもいいことを、と動揺する僕。

 救いは、英斗がすぐに笑ったことだ。

「だって涼の料理美味しいし」

「⋯⋯そう、なの」

「うん、だから皿洗いは任せてさ、ゆっくりしなよ」

「ごめん、ありがとう」

 よろしく、と告げ、僕はお言葉に甘えてリビングに座り込んだ。

 座って冷静になってから、ふと。

 ⋯⋯いやここ僕の家だよ?

2021/02/22

タンパク質を卵とツナ缶に任せがちになってしまいます。

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