竹取事件簿
澄んだ青。
見え始めた時に抱いた感想はこれしかなかった。綺麗な所に行くのは気分が上がる。そこに行く目的は綺
麗でも何でもない。ただ、星流しにした罪人を回収しに行くという作業だ。
罪人カグヤ、それが今回の任務の内容だ。
私はあらゆる事態を想定した。罪人カグヤの美貌は人を狂わせる。その美貌を用いて月では大量の死を齎した。地球人も例外ではないかもしれない。
戦争が起こる想定をして、こちらも兵士を連れては来たが、その必要はなさそうだ。
カグヤがいると反応が出た場所に降りたが、辺りは不安になるくらい静かだ。
「ルナ隊長!反応はあの屋敷からです」
兵士の一人が最新式のレーダーをこちらに見せつける。
「これより、罪人カグヤの回収にとりかかる。屋敷には私だけでいい。他のものは屋敷の周りで待機だ」
「「は!」」
兵士たちの声が重なる。
私は静かな竹藪を通り、敷地へと足を踏み入れた。上から見たときここらでは一番大きな屋敷で間近にするとそれをさらに感じた。私の身長の倍はありそうな扉を開ける。
「誰もいない」
私は不自然さを感じる。これは地球人がおかしいのかもしれないが、ここまで大きな屋敷であるならば、警備の一人や二人はいてもおかしくはない。そして、なによりもこの静けさだ。
私は広い庭を突っ切り、屋敷内部に入る。そして、やっと地球人の声が聞こえた。
「?▽§×」
おお、翻訳装置を起動し忘れていた。私は首についているそれのスイッチを押す。これで私の言葉は地球人に伝わるし、聞き取れる。
私は声がした部屋の扉を開けた。
「ど、どちらさまですか?」
6人いる地球人の中の一人が私に問う。
「私は月の使者、ルナと申します」
私がそういうと地球人たちの顔が強張るのが分かる。
「かぐや姫が言っていたのは本当のことだったんですね?」
6人の中で一番、歳をとっている地球人から目的の名前が発せられる。
「そうだ。カグヤを引き取りに来た。拒否権はない」
「……それなのですが、かぐや姫は亡くなりました」
老人から衝撃の一言をもらう。かぐや姫が亡くなった。言葉の意味だろう。まあ、それはいい。
「なるほど、死体はどこにあるのだ?」
「ついてきてください。こちらです」
老人は悲し気な表情で言う。老人の向かった場所は個室だった。薄い紙で扉ができているため、中の声は筒抜けだろう。
「いいですか?」
「構わない」
老人はこちらに聞いてくるが、別に死んでいるだけだ。何も気にすることはない。私の了承を得て老人は扉を開き目を瞑る。目に映った光景は予想していたものとは違っていた。
カグヤと思われる女性が仰向けになっており、そこに一人の男が覆いかぶさっていた。男の腹部は赤く染まっていて、絶命していることは容易に分かる。
「老人、これはなんだ?」
私は老人にこの光景について聞く。
「話せば長くなります。ええ……」
「ちょっと待て」
私は何故かこの状況に違和感を覚えて、老人を止める。
「先ほどの部屋にいた者たちも全員集めろ」
私の言葉に老人は一瞬キョトンとするが、すぐに行動に移す。
そして、遺体が二つあるこの部屋に私を含めた、7人が集まった。
「早速だが、あなたたちの名前を教えてくれ」
私が聞くと、順に名を明かしてくれた。
私の案内をしてくれた老人の名は讃岐造、杖をついているのは子安燕、筋肉質の男は五色龍、髪の長い男は菜山蓮、左手のない男は火衣鼠子、眼帯をつけている男は仏石八郎という名らしい。遺体の二人は罪人のカグヤとこの国では大層偉い帝という者らしい。
「名前は分かった。それで讃岐と言ったな、この状況はなんなのだ?」
讃岐は状況の説明をした。話によると、昨日はカグヤが地球にいる最後の日ということもあり、宴を行ったらしい。老人以外の5人はカグヤに好意を持っていたらしく、各々出し物を持ってきていたらしいのだ。五色は声を真似る芸、仏石は舞を見せ、菜山は陶芸品を持ってきており、火衣は珍しい衣服、子安は詩を披露したそうだ。そして、亡くなっている帝は酒をふるまったそうだ。
宴の最中に、急にカグヤが胸を抑えて苦しみ出したらしいのだ。医者を呼び、この部屋へと運んだらしいが、医者が付いた時にはもうカグヤは絶命していたそうだ。その日の宴はそこで、終わったらしく、ここにいる参加者は皆、この屋敷に泊まったらしい。そして、朝、帝が血だらけで覆いかぶさっており、私が地球に着いて今の状況に至っているというわけだ。
「恐らくですが、帝がカグヤを毒殺して、自殺したと思われます」
丁寧に血まみれの刀も置かれていた。
「ふむ、なるほど。話は分かった。カグヤの遺体は回収させてもらうぞ」
正直、カグヤの生死などどうでもいいので、覆いかぶさっている帝をどける。そして、気づく。あ、これ
自殺じゃないな。
私は迷う。そして、迷った末に言う。
「これは自殺じゃないですね。そして、犯人はこの中にいます」
私がそういうと、6人全員がこちらを見る。
「ど、どういうことですか?状況的に見てもこれは自殺したようにしか見えません」
子安燕は言う。
「何か根拠はあるんですか?」
讃岐は私に根拠を求めてくる。大ありである。
「では、まず一つ。帝の手は何故、血で汚れていないのですか?誰かふき取ったのですか?」
私がそう聞くとだれ一人として、首を縦に振らない。
「この時点で帝の他殺は確定です」
私がそういうと6人は見合う。
「まあ、簡単な話です。皆さんの中で服を変えていない人はいますか?」
「いや、私は昨日の服のままです」
「わ、私もだ」
次々と服を変えていないという男たちの中で一人だけ、黙っている男がいた。
「菜山蓮、君が殺したね?」
私がそういうと、菜山は震える。
「……し、仕方なかったんだ。昨日の夜、かぐや姫を見に行ったんだ。そしたら、この男は死体のかぐや
姫にキスをしていたんだ。だから、こいつを――」
「ああ、違う違う」
私は菜山の言葉を遮る。
「帝なんてどうでも良い。かぐや姫を殺したのは君だろ?」
私がそういうと、菜山は目を見開く。
「な、かぐや姫は毒殺だぞ。帝が持ってきた酒に毒が入っていたんじゃないのか?」
「酒に毒が入っていたら、振舞われた全員が死んでいるだろ。だから酒以外に毒が盛ったんだろう?」
私がそういうと菜山は黙る。
「讃岐、聞くが菜山が持ってきた陶芸品は杯だろ」
「……そうですね」
菜山は顔を伏せる。
「何故殺したんだ?」
「……あ、あいつらは俺嵌めようとしたんだ。だから俺はあいつらを殺した」
嵌めようとした?私は子との顛末を菜山から聞いた。
菜山が言うには、先月、讃岐の家に呼ばれたときに偶然にもかぐや姫と帝の密会を聞いたらしい。内容はかぐや姫を死んだことにして、一緒に地球にいようという話だったそうだ。それだけなら良かったのだが、誰が殺したことにするかの話になり、無理難題を押し付けた時に厄介だった菜山に責任を擦り付けようと聞こえた。
菜山にも今では愛すべき家族がいた。だから菜山がここでなにかしらアクションをとることで家族を守れる自信はなかった。だから行動に移したらしい。
それを聞いて思うことは、カグヤならやりかねないだ。
別に菜山がカグヤを殺そうが殺すまいが別にどうでもいいのだ。私の中の靄が晴れたのでカグヤの死体を回収しよう。
「分かった。まあ、特に罰を与えることはないから安心しろ。カグヤの遺体だけ回収させてもらう」
そういって帝の体をどかすと、見覚えのあるものと長方形の紙が舞い落ちた。
「こ、これは……不老不死の秘薬と手紙か?」
手紙にはこう書かれていた。“これは不老不死の秘薬でございます。私は月に帰りますが、いつかはここに帰ってきます。”的な内容だ。
……この内容だと、菜山の話に矛盾が生じる。帝もカグヤも自殺に見せかけようとしていない。
「……そういうことか」
「菜山さん、あなたは本当にカグヤと帝の声を聴いたんですが?」
私が聞くと菜山さんは考え込むように沈黙をする。
「……そういえば、帝の声しか聞いてません」
「なるほど。讃岐の家には誰が呼ばれたのですか?」
「ここにいる5人です」
……そういうことか。
「帝の声とあなたが聞き間違えたのは――」
「もうよい。かぐや姫を殺したのはわしじゃ。五色には帝の声まねをしてもらうようわしが頼んだ」
こ、こいつせっかく私が推理をしていたのに……
「どうして、カグヤを殺したのだ?」
「簡単な話じゃよ。不老不死の秘薬を帝に渡すとか言うからじゃ」
なるほど、確かに地球人にとって不老不死の秘薬は人を殺す理由になるか。
「なるほど、納得は行くな……ふむ、じゃあカグヤの遺体はこちらで回収させてもらおう」
最後は興ざめだったが、中々に楽しい余興だった。
私は兵士を呼びカグヤだったものを運んだ。
「さてと」
私はカグヤの口に黄泉帰りの秘薬を入れる。突如カグヤの体は光輝き始めた。
私は目を開けないカグヤの肩を揺らす。
「起きろ」
「……ん?ここは?」
「月に帰る途中だ」
私がそう言うとカグヤは顔をゆがめる。
「……え?ちょっと待って地球に戻らないと」
「帝なら死んだぞ?まあ、君も殺されていたが」
「え?どういうこと?」
私は事の顛末を話した。
「そうなんだ。お爺さんにも渡そうと思っていたのに」
そうなのである。不老不死の秘薬は別に一つしかないわけではないのだ。
「まあ、いいわ。帝がいないならもう地球なんて懲り懲りよ」
「それもそうだな。あそこは技術の発展が遅くて非常に不便だろうな」
「まあ、いいわ。それで私はどうなるの?」
カグヤはどうでも良さそうに話題を変える。地球人たちが口にしていたかぐや姫とは程遠い言動だ。
「本日付で罪人ではなくなる。釈放だ」
「……」
何故だかカグヤは考え込む。自由を手に入れたというのに浮かない顔をするものだ。
「んーー私さ、多分普通に釈放されたらまた同じようなことになりそうなのよね。だって、私は何もしていないのに周りの男が勝手に狂うのよね」
「……それで?」
私が聞くとカグヤは目をキラキラさせ前のめりでこちらを見る。
「月の使者ってさ色々な所の罪人を捕まえたりさ、事件を解決したりもするよね?私役に立つ――」
「立たないな」
いるだけで大量虐殺を生む女を囲えるわけがないだろ。
「ふーん、自信ないんだ。あなたも私に惚れちゃうの?」
「それは断じてない」
「冗談よ、ただ、そうね本音を言うと私を守ってほしいかなって」
カグヤはどこか悲しそうに言う。理由は……分かる。勝手に惚れられて勝手に狂って勝手に死ぬのだ。その表情も分かる。
「……」
「……」
「……」
「…はー、分かった。私から上に申請をしておこう」
「さっすが!話の分かる男は好きよ!」
そう言ってカグヤは私の頬に感触を残す。そこには先ほどの悲し気な表情はなかった。