一歩踏み出すための旅
進路などに迷っている人に読んでもらって、何かを得ることができれば嬉しいです。
羨ましかった。毎日が宝物であるかのように楽しく過ごしている人達が。自分もそれになりたいと思っていた。そんなもの幻想だと分かっていた。しかし、それになりたかった。それとは一体なんだったのだろう。僕は結局諦めた。諦めて去った人間だ。なりたい自分などきっと無い。あったとしてもそれになることはできない。全て諦めたのだから。楽しむ資格などきっとそこにはないだろう……。いつもどんな時も心の底ではそう思ってしまう。
ピピピピピ……ピピピピピ……ピピピピピ……
「はっ、朝か……。眠い……」
今日も1日が始まった。夜寝る前に緑色のカーテンを閉め忘れた窓から朝陽が差し込んでいる。時刻は6時30分。アラームの音に気づかず、少し寝坊してしまった。早めに朝食を取らなければならない。高校まで自転車で1時間かかる。1番近い鉄道の駅は15キロ先。最寄りのバス停まで7キロ。朝食を取ったらすぐに家を出なければ間に合わない時間だ。
寝室からリビングへ降りると既に家族は朝食を食べ終えてテレビでニュースを見ていたり新聞を読んでいたり自由に過ごしていた。なんだか腹立たしくなってきて思わず少し反抗的な口調になってしまう。
「おはよう……。なんで、起こしてくれなかったの!?」
「白悠もう、高3でしょ。自分で起きなさい!」
母さんに反論された。高3。本当に面倒くさい。高3というのは大人なのだろうか。いや、まだ子供だろう。イライラとしながらご飯を掻き込み味噌汁を半分ほど飲み、あとは残してそれらを流しへと置くと歯磨きをさっさと終わらせて家を飛び出した。ここまで約15分。最短記録だ。
「いってきまーす!」
自転車に鍵を差して。走り出す。ここから1時間の通学だ。なぜ、自転車で1時間もかかるような高校を選んだのだろうか。きっと、中学3年生の頃は通学について頭に無かったのだ。とにかく合格できればいい。そう思っていたのだろう。
強く吹くまだ冷たい春の風に逆らいながら自転車で道を進んでいく。面倒くさい。しかし、無意識のうちに進みつづけ気がつけば高校へと着いていた。眠気を押し殺し教室へと向かう。廊下を歩く間話しかけてくる人はいない。朝から話せるような友達はいないからだ。友達がいない訳ではない。人数は少ないがいる。朝から話しかけるなど迷惑では無いだろうか。そんな事を考えると話しかけることができないのだ。あれ? どうやら僕が原因らしい。結局、その朝は自分の席でイヤホンを耳に挿して音楽を聴きながら本を読み、誰とも話すこと無く時間を潰した。音楽を聴くのは好きだ。なんというか安心できるのだ。
チャイムが鳴り朝のSHRが始まった。朝のSHRは、進路を調べる進路希望表が配られた。希望する進路を配られた用紙に書いて1週間後までに提出しろとのことだ。
僕は一体何がやりたいのだろうか……。分からない。自分がナニモノなのか。何を欲しているのか。自分のことは自分でしか分からないことがあるというがむしろ僕は自分のことがなにも分からない。なにも分からないからその場に合わせて適当に生活している。
昼食時いつも一緒に弁当を食べている友人に尋ねた。
「ねえ、修。修って何かやりたいこととかあるの?」
僕のその質問に修は少し悩むように静かになってから答える。
「やりたいことか? そうだな……」
どうやらまだ質問に対する答えが出てこないらしい。
「はっきりとは分からない。けどな、なんとなくやりたいことは決まってるんだ。俺は何か凄いものを開発したいってな。だから俺は開発について学べるであろう工業系の大学に進学しようかと思ってるよ」
修のその返答に僕は内心驚いてしまった。修には修なりにやりたいことがしっかりとあったのだ。きっと僕と同じように特にやりたいことはないだろうと期待してしまっていたのだ。
「そうなんだ……。凄いね修は将来やりたいことがしっかりとあって」
「そうか? やりたいことが決まってるって言ってもはっきりとしたことじゃないぞ? 別に凄くなんかないだろ」
「いや、修は凄いよ。漠然とでもやりたいことが決まってるんだから。僕なんか……」
「僕なんか?」
わざわざここで修にやりたいことが分からないといっても何も変わらないだろう。
「いや、やっぱ何でもない」
「そうか? まあ、なんかあればまた言ってくれよ」
「ああ」
それからの1週間は長いようであっという間に過ぎていった。そして提出期限日前日。授業がすべて終わり、校舎から外へ出ると春とは思えないような冷たい風が吹いていた。その風はまるで僕の心から漏れているかのようなそんな風だった。目標を見失い、やりたいこと、なりたい自分が分からなくなった僕の心は完全に冷え切っていた。駐輪場へと急ぎ足で向かい、自転車に鍵を差しペダルを踏みこみ自転車を走らせる。体が少しでも温まれば冷え切った心も温まるだろうか。
高校を出て家まで残り半分ほどのところまでやってきた。ここまではずっと冷たい向かい風だった。まだ陽が短いためか辺りは夕暮れに染まりつつある。オレンジ色の夕暮れに染まりつつある山々の景色に思わず奇麗だと思ってしまった。ふと僕は思った。どこかへ行ってしまっもいいんじゃないかと。やがて消えてしまうこの夕暮れのように消えてしまってもいいのではないかと。
「よし、行こう」
誰にも聞こえないくらいの小声でそう呟くと、普段は絶対に行かない方向へと自転車の進路を変えた。心なしかペダルをこぐ足が軽い。なんだか目的もなしに自転車を走らせていると、少し楽しいと思ってしまう。楽しいと思うとともに懐かしさも感じた。小学校の帰り道、大人達に見つからないように近道を探した日々。放課後に皆で集まり探検と称して山で遊びまわったあの日々が。なぜあの頃は目に入るものやることすべてに楽しいと思えていたのだろうか。楽しいと思えなくなってしまった僕は大人になったのだろうか。
「なりたくないな、大人になんか」
だって大人って面倒くさそうじゃないか。全て自分でやらなければならないし全て自分で決めなければいけないから。そう思うがきっとやがて自分でも気づかないうちに大人になっていくのだろう。それならせめて夢を否定するような大人にはなりたくないなと思う。なんで、僕はそんなことを思うようになったのだろう。
「だいぶ暗くなってきたな……」
陽は完全に落ち、辺りを暗い闇が覆い始めた。街灯もなければ民家すらないため灯りは自転車のライトのみだ。上を見上げると無数に煌めく星々が見える。新月で月明かりもないためか星がよく見えるのだ。
「星が綺麗だな……」
そういえば、小さい頃星が好きだった。家には星の図鑑などがいくつもあり毎日それを眺めていたのだ。今となっては昔のことだ。星に特別な思いなどない。綺麗だと思う。ただそれだけだ。
道は少しずつ山の中へと入っていき。道幅も歩行者1人通れるかどうかというくらいまで狭くなってきた。スピードを出しすぎて転倒でもしたら怖いのでゆっくりと自転車を走らせる。道は舗装されており砂利のみで覆われている。そこを転ばぬよう慎重に走る。この道はどこかへ繋がっているのだろうか。少し不安になってきた。それでも僕は先へと進む。目的などは特にない。ただただ進むだけ。後ろは振り向かない。振り向いても何もないから。
ひたすらに自転車をこぎ続けてさすがに足も疲れてきた。上り坂が続いたためだ。上り坂を上りきった先には何があるのだろうか? 平坦な道が続いた先にさらなる上り坂があるのか。それとも下り坂があるのか。しかし、その二つのどちらの予想も外れることとなった。
上り坂を上りきった先には、真っ暗で先の見えないトンネルがポッカリと待ち構えていたのだ。手彫りのトンネルなのだろう。コンクリートで覆われていないためか水がピタピタと滴り落ちている。
少し怖いがトンネルの中に踏み入る。その瞬間、自転車のライトが消えてしまった。後戻りしようとも考えたものの、進むことに決め歩数でいうと10歩ほど進んだ辺りでだろうか。声が聞こえた。まるで小さい女の子のようなどこかで聞いたことのあるような不思議な声だった。
「二つの未来。その可能性を君に見せよう」
怖さよりも不思議さの方が上回った。二つの未来を見せるとはどういうことなのだろうか。そんなことを考えているうちに何も見えなかった視界に光が差し込んできた。
「まずは、一つ目の未来」
*
朝、目が覚める。憂鬱な朝だ。
「うう、頭が痛い」
完全に寝不足だ。昨日遅くまでゲームをやりすぎた。社会人にもなってこんな調子では僕は社会人失格だろう。僕は特にやりたいこともなかったのでそのままの流れで就職をした。やりたいことがないのにわざわざお金を出して専門学校や大学に行く必要はないだろう。そう思ったからだ。しかも大学や専門学校に行くとなると勉強をする必要がある。就職するにも勉強は必要だったが、進学に必要な勉強には遠く及ばないほど楽だった。結局僕は楽な道を選んでしまったのだ。
「ああ、辞めたいな」
辞めれるわけがない。辞めたら親に何と言われることだろうか。毎日がまるで地獄だ。なぜ仕事をするのか。なぜ生きているのかなぜ生きなければいけないのか自問自答しながら仕事をしている。せめて3年は仕事をしようとは思うものの、そもそも3年も持つとは思えない。僕の人生はこれからどうなってしまうのだろうか。進学していれば今と違う未来にたどり着いていただろうか。なんにせよ今さら後悔しても遅いことだ。それとも……夢を追っていれば何か変わっただろうか。
*
今のは何だったのだろう。本当に未来を体験していたのだろうか。なんというかあまり喜ばしい未来ではなかった。
「次に見せるは、二つ目の未来」
*
朝、目が覚める。憂鬱な一日の始まりだ。3時30分。朝というよりは早朝というべき時間だろう。今日は5時から8時30分までバイトがあるため、身支度を済ませてさっさと家を出る。
僕は、やりたいこともないまま、大学へと進学をした。就職という選択肢もあったものの、大学を出た方が就職先の幅が広がるだろうと思い進学という道を選んだ。進学のための勉強は大変だった。1から基礎等を学び直したからだ。勉強を頑張れたのも大学へ進学すれば楽しいことがたくさん待っていると信じていたからだ。結果をいうと楽しいことはたくさんあった。大学でできた友達と遊ぶのは楽しいし、それなりに充足感もあった。しかし、それ以上に虚しさが上回った。
今は楽しいからいいだろう。しかし、大学生活が終わったらどうだろうか。大学生活が終わればきっと就職するだろう。そこまでは予想できる。予想できないのはそこから先だ。就職してからの僕はどうなっているのだろう。それが全く予想できないのだ。
ふと、生きるとはなんなのだろうと考えてしまうことがある。それを考えてしまうのは講義の最中や、バイトをしている最中だったりする。そんな時は僕には生きる理由もないし、生きる価値もないのだ。そう結論付ける。そう思えば不思議とその疑問も消えていくのだ。
「面倒くさいな」
人生とはこんなに面倒なものだと今さらになって気づいた。僕の人生が終わったときになにか残っているのだろうか。残っていればいいなと思いながら今日も家を出る。もし願いが叶うとするならばせめて生きる目的を見つけたい……。そうすれば、きっと何かが変わるだろうと、そう思っていたい。
*
視界から光が消え、再びなにも見えない暗闇が戻ってきた。これまで見た。実際に未来を体験したかのようなものは、本当に僕の未来なのだろうか。正直どちらも、あまり嬉しい未来ではなかった。就職すれば毎日を憂鬱な気分ですごし、大学へと進学をすればその楽しさが終わることへの恐怖に怯え、目的もなくただ毎日を過ごすだけ。僕はこの二つの未来からどちらかを選ばなければならないのだろうか。考えがまとまらず混乱していると再び声が聞こえた。
「君に、二つの未来はどう映ったかな?」
質問すをれば何かしら答えてくれるだろうか。
「あの二つの未来は確定なの?」
「残念ながらその二つの未来は確定だよ。しかし、それは君が何も変えようとしない時だ。何かを変えようとした時未来が変わる可能性はいくらだってあるさ」
「何かを変えるって?」
「ひとつアドバイスがあるとすれば、それは一歩踏み出してみるということだよ」
「一歩踏み出すって?」
返答はない。
「おい! 返事してよ!」
声は聞こえなくなってしまった。一歩踏み出すとはいったい、どういうことなんだ。訳が分からずトンネル内で立ち尽くす。必死に記憶を探ると思い当たることが一つだけあった。
「一歩踏み出す……。そうか!」
小学校高学年の頃、僕には夢があった。それは、とても現実的というには程遠いものだった。歌手になりたいと思っていたのだ。そんな思いを隠して生活していたのだが、ある日思いきって親に夢のことを伝えてみた。結果、親はこう言った。
(なれるわけないじゃん。歌手なんか。大変なんだよ。歌手って)
夢を否定されたのだ。なぜ歌手になりたいのかなどの理由も聞かずにだ。その日以来、僕は夢を見るのを辞めた。ただただ目的もなく人生を歩くことにしたのだ。しかし、きっと心のどこかにしまいこんでしまっただけで、歌手になりたいという思いは僕のなかに存在していたのだろう。音楽を聴くのが好きなのもそれが影響しているのかもしれない。
もう一度、夢を見てみるのもいいかもしれない。それが、一歩踏み出すということに繋がるのかは分からないが、夢を追う。それが未来の三つ目の選択肢として存在していてもいいだろう。
さて、もうそろそろ家に帰ろう。時間は何時だろうか。まあ、いいか。何時だって、生きる理由、目的を見つけることができたのだから。僕は、一歩踏み出すことができたのだろうか。
帰り道、風は追い風に変わり星が夜空を照らす。自転車をこいでいるうちに歌手になりたいと思った理由を思い出してきた。
小学校中学年の頃、僕は歌うことが好きだった。そのため、昼休みなどに黒板の台に上がり歌を歌ったりしていたのだが、その度に白悠くん歌上手だねと言ってくれた子がいた。その言葉を言われる度に僕は嬉しくなった。気がつけば僕は歌をその子のために歌っていたのだ。
しかし、その子は小学校高学年に上がった頃に交通事故で亡くなってしまった。その子が僕に、歌上手だねと言ってくれることはもうないのだと思うと悲しさが込み上げてきて思わず泣き出してしまった。
直接歌を聞かせてあげることはできないだろう。でも、有名になればきっとその子が居る場所にも僕の歌声は届くはずだと思った僕は、歌手になりたいと思ったのだ。
僕は、きっと未来を自分の望む未来へと変えることができる。自分を覆う殻から一歩踏み出すことができたからだ。きっと輝く未来が待っていると信じて進んで行こうと思う。
この小説で、伝えたかったことは一歩踏み出すということの大切さです。
未来に絶望するならば、その未来を変えることだってできると思うのです。一歩踏み出す勇気さえあれば。筆者はそんなことを伝えればと思いこの短編小説を書きました。






