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あいつは俺の仇!  作者: 方結奈矢
第一部 四年生編
9/58

初デート

 

 俺には愛車があった。姉二人にもそれぞれ愛車があった、自転車だ。


 この俺が、この走馬灯ワールドにやってくるまでの俺は、どうやら愛車に毎日のように乗っては、坂ばかりだというのに、どこかへ出かけていたらしい。


 もちろん記憶にもある。


 野球に誘われ、サッカーに呼ばれ、ゲーム仲間との行き交いを含めて交際範囲は広かった。


 ふと、見れば俺の愛車は(ほこり)をかぶっている。


 そう、俺は自転車に乗らなくなっていた。


 習い事が増えた事で、それまで応じていた誘いにのらなくなったのが最大の原因だが、ノッコの存在も大きかった。


 U^ェ^U お散歩お散歩お散歩お散歩お散歩お散歩お散歩お散歩お散歩お散歩お散歩お散歩お散歩お散歩


 ノッコは二度の飯も好きだが、散歩はもっと好き。


 お手伝いの買い物、習い事での外出など、俺は事あるごとにノッコを連れ出していたので自転車とは縁遠くなってしまっていた。


 本当は毎朝、小学校にも連れていきたい気分で、仲良くなったノッコファンの用務員のオヤジを抱き込んで画策したが母さんに、「ノッコを学校に連れて行こうなんてしたらダメですよ」釘を深々と刺されていた。


 ◆


 俺は、寝る前に缶ビール350㎖を呑むのを楽しんでいた。


 最初はゴミ処理に細心の注意をはらいながら天井裏に隠して残念ロックで飲んでいたが、母さんに見つかってからは、ほぼ毎晩一緒に飲むようになっていた。


 これもそれも真魚君のおかげだ。


 だが、夏休み、京都滞在中は我慢するしかなかったし、母さんにも、「本来、アルコールは子供の脳発達の障害になるものなのよ」などと、(今さら、それ言う?)みたいな事を言われ、二週間強の滞在期間を耐えるつもりでいた。


 結論から言おう、無理だった。


 俺は、同部屋のリクが眠りにつくとベッドから抜け出しノッコを連れて散歩に出た。


 そして夜陰にまぎれて散歩中に発見した生前ワールドでは絶滅危惧種、酒の自動販売機でキリン一番搾りを買っていたのだ。


 「ふへっ~こりゃうまいわ」微妙に生前ワールドのとは違えど同種の味に、お決まりの台詞は、自動販売機がOFFになる23時前の事。これは、湯ノ花温泉に宿泊した時以外は日課となった。


 温泉宿では祖父母が寝静まりリクも興奮冷めやらぬ様子でなかなか寝付けないようだったが、寝てしまうと、俺は冷蔵庫からアサヒスーパードライ中瓶を一本取り出し、音を立てず器用に栓を抜き、ノッコを傍らに楽しんだ。


 BGMはチートフォンからヘッドフォンでフーファイターズの“コンクリート・アンド・ゴールド”2017年をチョイスする。この走馬灯ワールドからしたら未来のサウンドだ。


 「ふへっ~こりゃうまいわ」

 この部屋の広いテラスには露天風呂があり、椅子に机も寛ぎ用があるためビアの場所とした。


 そしてここは、爺ちゃんの顔で特別にノッコの滞在場所にもなっていた。もちろん館内や室内への侵入は禁止だ。


 吠えないのを理由にテラス外からの従業員専用通路を使用させてもらい入れてもらったのだ。


 俺はノッコを撫でながら、母の味ともいうべきスーパードライを楽しんだ。


 でも全部は無理だった。


 残った分は、排水口に捨てて、爺ちゃんの飲んだビール瓶に紛れ込ませた。


 そして、その日の晩に俺は夢を見た。


 京都市内から国道九号線で西に向かうとすぐに亀岡市がある。信長さんがどれだけ油断していたかわかる距離の明智光秀の城下町、旧亀山だ。


 そこに湯ノ花温泉はある。


 俺は、この走馬灯ワールドでも夢を見るのを知っていたが、気にもしなかった。記憶にほぼ残らない他愛もない夢ばかりだったからだ。


 だが、この日、湯ノ花温泉での夢は鮮明に記憶に残る嫌なものだった。


 俺は、リクに復讐心を抱いている。


 パトカーに跳ね飛ばされた時のあの鈍い衝撃音「グシャ」を何かのおりに思い出すと寒気がして心身がうずき憎しみが湧いてくる。


 だが、その憎むべき相手は純粋無垢で俺を信じ切っている10歳の可愛らしい少女だ。


 (憎めない)


 そこで、俺はリクをトップモデルから貶めてやる当初の計画を改め、飼いならし育ててトップモデルにまで駆け上がらせた後に俺に惚れさせてプロポーズをさせるように仕向ける策に切り替えた。そこで振ってやることで復讐にしようと決めたからだ。


 俺は爺ちゃんのアドバイスに従って、俺が興味ある事をリクに伝え染み込ませる先達となって育てることも決めている。


 その日の晩に見た夢は、リクを導くために俺が、必死にスキルを上げる工程上で、それをリクに垂れ流しをしている夢だった。


 アニメ的な夢の中で、俺はいくら食えどもリクにストローで吸われて萎んでいくばかり。


 リクの体系は徐々に大人びていき、俺に追いつき、追い越し、ついには俺の知らない超高度なワールドに行ってしまい取り残された俺とノッコが手を振って見送り涙する内容だった。


 まぁ、目覚めに朝湯に浸かると気も晴れたが、またリクがタオルも巻かずに入ってくるのを叱った。


 「リク、羞恥心は乙女の心得だぞ、忘れるな」

 当初の計画なら、ロリエロ画像撮影に適していたのかもしれないが、今は父性本能丸出しの俺だった。


 ◆


 二学期にもなるとリクにも女子友がいた。それでも一番の女子友は俺の二人の姉だった。


 長姉の寛美はバスで私立のノートルダム清泉女子学院中に通う一年生で、音楽部で幼少より習うバイオリンを弾いていた。


 次姉の博子は小学六年生だが一つ上の姉と仲がよく、同じ中学進学を目指して受験勉強に励んでいる。


 この二人の姉たちが、弟のガールフレンドリクを凄く可愛がり姉妹の中に加えてしまった事から、リクが少女マンガを借りて読むようになってしまった。


 当初、日本語のニュアンスを学ぶのにいいかと思っていたが、


 (リクにはまだ早いだろう)


 俺が絵画教室の課題に取り組んでいる最中も、そろばんの練習を始めてからも、ピアノを弾かずに脇で熱中しているマンガを取り上げ読んでみてそう判断した。


 (あの()()姉の影響を受けたら、大変だ)


 そう思うしかない内容に、リクは目を輝かせて熱中している。俺が取り上げたときも珍しく、「返してよぉ~」ムキになって読書を妨げられたのを怒ってきた。


 そんな表情も、もしかしてマンガの影響かと思わずにはいられない、これまでにないもので、この先、散々見る予感がした。


 ◆


 四年一組の雰囲気は、春に比べて自分で言うのもなんだが、俺のおかげで穏やかになり誰もが過ごしやすくなっていた。


 なんせ、子守役に30歳の俺が四六時中いるわけだ。ガキどもに提供する話題に事欠かない。


 アニメにしろマンガだって先を知る俺は、「また翔ちゃんの言った通りになった」神な存在だ。


 おまけにゲームの攻略方法も知り尽くしている。「オ~ゴッド」となるわけだ。


 答えられない事も翌日には、チートなスマホ情報で瞬く間に神になる。


 女子にも受けがいいのは当たり前。

 スィラブマスターの俺は、髪型から服装までアドバイスできるのを武器にクラス女子のリーダーの座を男ながら坂之下早百合から奪っていた。


 リクの存在も大きい。


 成績も良く、英会話一つとっても明らかに自分たちよりもスキルあるリクが、いつも俺の側にいて崇めているので、女子たちから一目も二目も置かれたのだ。


 (カッコよくカッコよく)


 爺ちゃんの教えを守り「慣れれば地になる」を目指しキザにならない程度にいつもリクの前ではしっかり生きていたのだ。



 音楽室にはグランドピアノがある。


 休憩時間にリクのレッスンをするし二重奏をして楽しむ事もある。


 京都のピアノでは、キャリア25年以上の腕前で松永澄子先生の前では絶対弾いてはいけないジョン・ロードばりのアドリブ演奏をしてみせたところ、それを気に入ったリクが真似るようになり休憩時間も手本をせがんでくる。


 リクは、ジョンよりリック・ウェイクマンの方がお気に入りのようで、拙い腕前で真似るところは向上心旺盛でいい事だと思う俺は、暇をみては自室で様々なジャンルの音楽を聞かせてもいたし、休憩時間にはリクのお気に入りとなった曲をコピーして弾き聴かせていた。


 ジェネシスを気に入ったリクには、


 「これは、トニー・バンクス」


 ♪~


 UKを気に入ったリクには、


 「これは、エディー・ジョブソン」


 ♩~


 ジャーニーを特にお気に召したリクには、


 「これがジョナサン・ケインだ」


 ♬~


 思えば俺は、松永澄子先生ご推奨のピアニスト、アルゲリッチやポリーニたちよりも、こういったキーボード奏者の方が父さんの影響もあって好きだった。


 そして、


 「そしてこれがショウスケ・カラだ」


 ♪~


 俺の指癖になっているオリジナルなアレンジで奏でる「Somewhere In Time」を奏でてやるとリクは一番喜んだ。


 音楽好き女子たちは、そんな俺たちがいるグランドピアノを取り囲んで憧憬の眼差しを向けてくるも、関係ない。


 いつも散々冷やかされてきたから、これぐらいのプレーッシャー俺もリクもなんてことないし、俺は元々子守スキルの高い大人だ。無視するときはするし、ちょっとした演奏会を即席でしてやることもあった。


 まぁ、リク自慢のボーイフレンド役ぐらいは演じているつもりだったが、響華との噂もあって、俺には二人のカノジョがいる事になっているらしい。


 もちろん、どちらとも特別な関係はないし、その予定もなかった。


 ◆


 俺がリクからデートに誘われたのは、クリスマスイブを前にしての自室だった。


 今年のイブは月曜日、天皇誕生の振替休日だったが、小学生には関係ない冬休み期間中というのもあり、俺は月曜日の習い事、そろばん教室を予定に入れていた。


 「リク、俺たちはデートなんて今さらしなくても、いつもしているじゃないか。映画(陰陽師)や美術館(エミリオグレコ展)に野球(巨人戦)にも行ったし、京都でも毎日デートだっただろう。一緒に温泉にも入ったしノッコとの散歩だってあれもデートだろう、違うか?」


 「違うよ、あれはデートじゃないよ・・・それに翔介、この前、長谷部さんとデートしたでしょう」


 「あれは、ちゃんとリクにも言ったぞ。オキョンちゃんと出かけてくるけど、おまえも一緒に来るかって。覚えてるだろう」


 「うん、覚えてるよ。祇園(広島市内)まで二人が通っていたマリア幼稚園に行ったんでしょう」


 「そうだ、おまえが勝手に遠慮してこなかっただけだぞ」


 「でもね、隣のクラスではね、長谷部さんと翔介がデートしたって騒いでるよ。でも私と翔介が出かけてもあんなに騒がれないよ」


 「リクさん、もう忘れたのか~四年生になってすぐは黒板に毎朝、相合傘書かれて散々冷やかされてだろう。あの現象が隣のクラスに起きているだけだぞ」


 「違うよ、長谷部さんが言ったんだって、デートしたって」


 「誰に言ったというんだ?まさかクラス中に自分で言い触れ回っているとでも言うのか」


 (ありえない。オキョンは実に控えめな子だ)


 たしかに運動会の代休日に二人して昔みたいにバスに乗って通っていたマリア幼稚園に行ったのは、凄く喜んでくれたし、繋いだ手を放そうとはしなかった。


 それ以前にも、キョウカママ、美智子さん目当てでよく遊びにも行っていたし俺の部屋に来たこともあり、ノッコとリクとも仲良くしてくれている。


 「違うよ、篠崎華怜(かれん)ちゃんに言ったんだって」


 (あ~そう言うことか・・・)


 篠崎華怜は俺の初恋の相手でありオキョンの友達で、その美少女ぶりは、リクがやって来るまではダントツだったが、この走馬灯ワールドの俺は全く興味がない。


 そもそもリクを含めて周りの女子全般に興味はなく、父性本能で可愛い幼子を眺めているばかりだ。


 ▲ 心内会議 ▼


 (おい、おバカな俺よ、どういうことだ。篠崎華怜っておバカな俺が好きだった子だろう。オキョンちゃんとデートしたのを言いふらすようなことをする子か?)


 [われ、なんてことしたんじゃ。オキョンとデートしたんか]


 (ああしたぞ、手まで繋いでラブラブだったぞ)


 [われバカじゃろう。そがぁなことをしたら学校中にばれてしまうじゃろうが]


 (もうばれてるよ)


 [このアホが、もう学校に行かれんじゃんかぁ]


 (おバカな俺にバカに続きアホ呼ばわり、腹立つわぁ〜。まぁいい、それで篠崎ってどんな子なんよ。オキョンちゃんの友達のくせに言いふらすようなことをしてイジメに加担するような子なのか?)


 [そがぁなことはせんよ、篠崎さんは綺麗で優しい子じゃ]


 ▽


 どうやら当時の俺の記憶を探っても篠崎華怜は悪い子ではない。その証拠に、三年生までは、この俺とそこそこの付き合があり、響華がハンカチを失くして困っていた時に、通りがかった俺に助けを求め、暗くなるまで一緒に探し続けた優しい子だ。


 当時の俺も恋する相手、篠崎華怜の頼みというので、そのハンカチ探しに付き合い、好感度を上げようとしたが、響華に惚れられて初めてのラブレターイベントが発生したわけだ。


 「なぁリク、篠崎さんのこと、よく知っているけど、人のことを悪意で言いふらすような子じゃないぞ。誰が、篠崎さんが言ったと言ったんだ」


 もうリクは俺に悲しそうな目を向けるばかりで話を聞いていない。


 「わかったよ、だったら教えてくれ、リクさん。おまえさんのいうデートっていったいどんなんだ?俺はこれまでリクとはデートしている気分だったけど」


 (この嘘は、重大な裏切り行為かもしれない)


 俺は、【幻滅】イベント発生のフラグを踏んだかもと用心した。


 というのもリクとの一連の行動で、ただの一度たりともデートなんて思ったことはなく、子守ぐらいにしか思っていなかったからだ。


 これは爺ちゃんが用心を促していた【幻滅】最大の好物“ウソ”になる。


 「翔介、デートはね、目的地があったらデートじゃないんだよ」


 「ハァ~目的地?なんだそれ」


 俺はリクが何を言いたいのかわからず、少女マンガネタかなんかでの、つまらん反論かと思い必要以上に呆れた態度を取ってしまった。


 リクは、そんな俺の態度に悲しみの目で報復してくるが、それでも足りなのか主張を続けてくる。


 「翔介とのお出かけは、いつも楽しいよ。でも、翔介が言っていたでしょう、ノッコとのお散歩には二種類あるって」


 「ああ、言ったな。ノッコに“お散歩”と声をかければ、それはノッコとだけの時間の始まりを意味していて、お買い物とかのついでの散歩の時は“お出かけ”と言うんだ。するとノッコはどっちも喜ぶけど、“お出かけ”は短くても文句は言わないけど、“お散歩”は短かったら帰るのを嫌がるんだと、それがどう関係あるんだ、俺たちのデートに」


 「翔介とのデートは、いつも目的があって、お出かけついでのデートなの。私のためのデートじゃないの」


 (なんじゃそりゃ)


 「ああ、なるほど、リクとは“お散歩”じゃなくて“お出かけ”ばかりだと言いたいわけか」


 頷くリクを見て俺は思わず立ち上がりベッドに座っていたリク抱きしめ、頭を撫でながら、


 「わかったよ、クリスマスイブは目的地なんか設定せずにブラブラしながらリクのためだけに出かけよう、それでいいな」


 頷くリクを俺は更に強く抱きしめた。


 (なんて可愛いやつだ)


 俺は少女ンガの影響でどうでもいい屁理屈を言ってきたなら論破するつもりでいたが、そうもいかないリクなりの主張に少しばかり感動してデートをすることにした。


 「コースは僕に任せるんだぞ、リクにも内緒のコースだけど、目的は何もなしだ。ただリクのクリスマスプレゼントだけは一緒に買うことにしようね」


 俺の提案に、喜び爆発の笑顔を向けてくるリクだった。


 ◆


 リクで言うところの初デートの日はクリスマスイブだった。


 17時からはそろばん教室がある為にそれまでの時間しか割けないから朝9時にリクの家に迎えにいった。


 出てきたその姿にドキッとする。


 短いスカートは黒のバルーンスカートでピタトップスは黒のVニット。


 髪が胸元まで伸びる頭には白のハンチングが乗っかり、腰には、黒のバックルベルトでウエストを強調したシルエットはシンプルで、実に大人感満載だ。


 (絶対に小学生には見えない)


 足元はアーガイルソックスが膝まであってキャメルブーツで決めている。


 手に持つカバンもハンドバック調でリクママのハッスルぶりがよくわかった。


 俺はこの日を前に、リクには内緒だが明確なデートプランをタイムスケジュールを添えてリクママに渡していた。


 帰宅時間も15時までと設定していたし、例のごとく、遅れる旨が連絡なき場合はすぐに捜索願を警察に出すように言ってある。


 実は、これまでもそうだったように、これはリクと出かける時の俺自身が決めたルールだ。故にリクの両親は俺との外出をいつも認めてくれていたのだ。


 もちろんこれまでタイムスケジュールに遅れたことはない。


 リクと手を繋いでまずはバス停に向かうが、この間にすでに何人かに目撃され、「いつも本当に仲がいいわね」冷やかされるも気にはしない。


 アストラムラインに乗り換えて目的の紙屋町に到着する頃はデパート開店10時前だった。


 今日は、リクのクリスマスプレゼントを一緒に選ぶために、俺はデパートと隣接したセンター街を大人顔負けのウインドーショッピングをすると決めていた。


 警察に職務質問されても、ポケットには家の住所と連絡先が書いてあるメモが互いにあり、いざとなれば親の許可ありということで安心だ。


 ランチも決めていた。


 日の丸プリンも特別にオーダーした豪華お子様ランチをリクに振舞うつもりだ。


 行きつけのレストランを九階からの眺めもいい席で母さんが予約してくれたのだ。


 でも・・・楽しんでくれるはずのこのデートにトラブルがすぐに発生した。


 大トラブルだ。


 大人の俺でさえ対処に困ることに俺とリクは見舞われてしまったのだ。


 リクは可愛い文具好き。


 特にスヌーピー物には目がない。ウッドストックが好きで、黄色い鳥グッズをコレクションしているのだ。


 リク部屋のヌイグルミもスヌーピーはいない。ウッドストックばかりだ。


 今日も、グローブをして飛んでくる球を見上げるウッドストックのフィギアを見つけ手にしている。

 挿絵(By みてみん)


 そんな最中に、リクは急に顔を青ざめさせる。俺はその横にいて驚いた。なんとリクの足元、店の床に赤い液体が滴り落ちてきたのだ。


 その匂い、紛れもなく血だ。


 (やばい、リクに生理がきた)


 とはすぐに思い立ったが「初潮」という言葉には思い至らなかった。


 俺は、素早くハンドタオルをかばんから取り出し、他の客から悟られないようにリクの太腿を素早く拭き、手を引いてまだ開店間もなく誰もいな女子トイレの個室に駆け込んだ。


 そこでできる処理はたかがしれている。


 便器に座らせることなく俺だけが座り、リクのスカートの中に手を入れて太腿までの血を拭き取ることだけだ。


 俺は、髪をほどき女子を装い何回も洗面台を行き来して血で汚れた脚を拭く事はしたが、血の流れを止める事ができるわけもなく、


 「ここを抑えてるんだぞ」


 太腿より下への血の侵入を防ぐように指示して、


 「リク、いいか。15分以内にここへ戻ってくる。それまで立ったままで、ここにいるんだ」


 顔色青いが健気にも泣き出さずに、俺の顔を見つめるリクを俺は強く、これまでになく強く抱きしめて外に出た。


 俺が向かったのは、このデパートの七階にあると知っている外商部だ。


 そこには、我が家にやってくる顔見知りの外商営業スタッフがいると考えたからだ。


 (いたぞ)


 俺は運よくデパートの外商受付でギフトを包装中の名前こそ覚えてはいなが、顔見知りの女性スタッフを見つけて声を掛けた。


 「すみません、僕を覚えています?」


 先方は、若くはないが名札に亀崎とある営業社員で、最初は俺を女とでも思ったのか髪を束ねて後ろに垂らすとやっとわかってくれた。


 「あら、加羅社長のとこの・・・」


 「翔介といいます。すみませんが急なお願いがあって、ここへきました。すぐに僕の親へ電話を繋いでくださいませんか、緊急事態が発生したので親の助けがいります」


 小学生が携帯なんて持たない頃だ、仕方がない。


 その女性は、上司にでも判断を仰ぐのかと思ったが、包装作業を放っぽり出しすぐに事務所に連れて行ってくれた。


 俺の顔色からも緊急と判断したのだろう自宅に電話をすぐにかけてくれた。


 母さんが出たようだ。

 用件を手短に伝え、俺に代わってくれた。


 「母さん、ごめんよ。今、そごうの外商に寄せてもらったんだけど、リクが突然生理になってしまい、女子トイレの個室で待たせているんだ。そこでここにいる外商のお姉さんに助けてもらえるようにお願いしてくれないかな。着替えの下着から、生理用品の装着、そして服まで血で汚れてしまったんだ。かかった費用は僕があとからちゃんと払うから、その手配の許可を外商のお姉さんにお願いして下さい」


 俺は、壁にかかった時計が腕時計と狂いなくリクと別れて七分経過しているのを確認していた。


 電話は外商部の亀崎さんに代わってもらい、母は俺の願いを聞き届けてくれた。


 亀崎さん、俺の話を脇で聞いていて事情を把握して、今度は上司に許可をもらい俺に従って一つ階下の女子トイレに駆け込んでくれた。


 他の客の目もあったが、そんなの気にしている場合じゃない。


 リクは俺の顔を見て泣きださんばかりだったが、見知らぬ大人の女性と一緒なのを見て緊張感を露わにした。

 

 だが、亀崎さんの指示に従ってくれ七階の従業員用の更衣室に入っていった。


 その間に俺はリクの服選びをすることにした。


 元々いた六階に子供服売り場があったが、リクの体系は子供服向けではない。女子中高生が買い物をしている店を選び、素早く俺好みの服をいくつか選びだした。


 こういったのは慣れっこだ。


 スィラブにも【カノジョの服選び】は大事なイベントだし、大学生編にもなると【ランジェリー選び】まであってリアルで経験済みだった。


 そして俺が選んだいくつかの服は、事情を説明して外商に運んでもらいリクにも選ばせて売掛を成立させた。


 他にも汚れた下着の代わりや生理用品は亀崎さんが手配してくれたし、シャワーも使ったようでタオルも商品を使ったようだ。


 この騒動は一時間もなくかたがつく。


 亀崎さんとその部下のOLさんたちに、


 「四年生なのにしっかりしているのね」


 さんざん褒められて俺は照れたふりをするが、済んでしまえばなんてことはなかった。


 「僕が選んだ服、クリスマスプレゼントだけど気にいってもらえた?」


 リクは、俺が選んだ中から黒のショートパンツとラムのファージャケットを選びでコーディネート()()していた。


 (さすが将来のトップモデル)


 デパートスタッフにもゴージャスな装いを誉めてもらってご満悦のリクは、気分も機嫌も悪くならずに、計画通りに優雅にランチして本通(アーケード商店街)を目的もなく腕を組んで歩き、予定時刻に無事帰宅した。


 別れ際にリクは、


 「今日はありがとう」


 これから習慣と強引にしやがった頬キスをして勝手に顔を赤らめて玄関に消えて行った。


 (これは少女マンガの影響だな)


 嬉しくもないキスに、いや、めちゃくちゃ嬉しかった姪っ子たちからの、おやすみのキスを思い出し、なぜか涙がでてくる俺だった。



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