ラブレター
二学期が始まった。
リクは早々に、学校で注目を浴びた。
背がまた伸びたせいもあるが、それよりもあれほど猫背だったのが爺ちゃんによって、背中に棒を入れられてまで厳しく矯正され、凛とした姿を見せるようになったからだ。
「自信がないせいもあるし、翔介おまえとの身長差を気にして猫背になったんやろう」
爺ちゃんの分析は正しく、
「リクちゃんの高い身長は誇るべきものであって何も恥じるべきものではないし、翔介もそう思っているよ」
爺ちゃんが優しく語るのを受け入れた事から、その動きは軽やかになり見るものたちを更に惹き付けるようになったのだ。
俺も、
「リクのハイヒール姿が見たい」
なんて京都の街ゆくオシャレ女子を見つけては、そんな話をした事で、
「私がハイヒール?」
日本に来てからはそんな考えを捨てていたらしく、嬉しそうに夢見る少女の顔をするリクだった。
「ああ、将来めちゃくちゃ背が高いリクのハイヒール姿と僕はデートしたいなぁ」
俺もリクを真似て夢見る顔を作り怒らせ笑わせた。
爺ちゃんの影響力は他にも発揮された。
「リクちゃんは翔介が稽古している茶道に興味があるかい?」
爺ちゃんからのこの問いに迷いなく頷いたリクは、初めての茶室で、「好きに座りなさい」と爺ちゃんに言われ、床の間に腰かけ驚かせたくせにその門下に入り、京都滞在の毎日、俺と一緒に稽古をした結果、所作全般が見違えるほどきれいになったのだ。
もちろん広島に戻ってからも母さんの門下生となった。
だが、リクは正座ができないし爺ちゃんも母もさせようとはしなかった。
補助椅子を使っての稽古だが、それでもリクは、
「美味しいお菓子が食べられるから」
そんな事を言って喜んでいるし、おままごとでもするかのように俺と茶室で向き合うのを楽しんでいた。
勉強の合間にお薄を点てて持ってきてくれるのも、泡だらけだがなかなか気の利いた事で俺は歓迎した。
そうなんだ、俺はガリベン君の如く勉強の為に机に向かう機会が多くなったのだ。もちろん強制的なものではなくこの暇な10歳ライフワークを楽しむためのもので勉強をゲーム感覚の娯楽としたのだ。
このゲーム、励めば励むほど褒められるし小遣いも増えるという利点があり従来のゲームと大きく違っていた。
もちろん、こうもやる気になる理由は、自分を磨く事を誓ったせいだ。
というのも、リクが夏休みだけで著しく成長したことに焦りがあったのだ。
「女の成長は早いからな」
爺ちゃんの声も思い出していた。
俺は、高校時代のカノジョ川村美穂の影響で万葉集が好きだった。
その舞台となる奈良の二上山がよく見える当麻寺にも近鉄電車を乗り継いでリクを連れて行ったし、『あさきゆめみし』や『天上の虹』などの母さんコレクションの歴史コミックの舞台である京都や奈良観光もリクは、歴史の息吹を感じとり目を輝かせたのだ。
そして爺ちゃんの運転で連れて行ってもらった湯ノ花温泉の露天風呂に入っては、初めての温泉を喜ぶより先に、
「昔は姉と弟でも好き同士になってもよかったの?」
自分たち姉弟では考えられない、大津皇子とその姉、大伯皇女の事を俺に湯の中で背後から抱かれながら話題にしてきた事に驚いた。
『我が背子を大和へ遣るとさ夜更けて暁あかとき露に我が立ち濡れし』
「我が背子と言いながら恋人みたいだね」
なんとも感受性が強く、大伯皇女が詠んだ万葉集歌を俺が丁寧に二上山を見ながら解説したときから、
『うつそみの人なる我や明日よりは二上山を弟背と我が見む』
俺でさえもこれまで考えた事のないことを湯船の中で口にしたのだ。
吸収力の早さは他でも見られた。
「腐っても鯛」なんてことをよく言うが、古くてもグランドピアノ、母さんと伯父さんたちが子供の時に使っていたグランドピアノは手入れもよく爺ちゃんが今も使っていたのでいい音色がした事で、京都でのピアノレッスンははかどった。
近所の教室にもリク共々通ったが、いい先生で、そこでリクは俺が教えていただけであったのに、ずいぶんとレッスンに励み両手の運指にも随分なれて様になってきていた。
どうやらリクは、俺が弾いていたジョン・バリーの「Somewhere In Time」が好きになったようで、「自分でも弾きたい」なんて言い出すし、「あれを弾いて」リクエストも再々してくるようになった。
(ロマンチック少女だな)
《映画見せたら喜ぶぞ》
(まだ無理だろう)
《10歳少女を侮るなかれだ》
俺が爺ちゃんから習字の手ほどきを受ける間も、リクはピアノの稽古に励み、夏休みだけで本当にうまくなったのだ。
これは本人も自信がついたようで、「家にピアノが欲しい」とねだりだしたそうだ。
当然、俺も、広島で待ち構えていた松永澄子先生から、「よく練習できていますね」お誉めをもらい、もう次の課題曲を渡され、
「コンクールも近いことですし、頑張りましょうね」
なんて初めて聞く事をなんでもないように言われた。
◆
俺の要請で、母さんが手配した家庭教師がやってきた。
下北ハルカ先生21歳だ。
現役大学生と聞いていて俺は楽しみにしていたが、そこまで世間は甘くはない。
俺好みではない事があまりに露骨な、腐女子感が漂うボサボサヘアーでやせ細ったオタク系メガネ女子だ。
(こいつ男&男ラブ好きかも・・・ウヘヘ笑いする奴だ。いや絶対にする。やばくねぇ)
俺は警鐘を自身に鳴らし警戒したが、これはあくまでも予測であってそうと決まったわけではない。
「宜しくお願いします。加羅翔介君」
挨拶も固く、声も小さい。
(どうして母さんはこんなのを選んだんだ)
俺は怒りさえ感じ、理想の女子大学生像を見事にぶち壊してくれた家庭教師に、これまで溜まっていた全教科の質問を吐き出した。
もちろん小学生レベルではない。大学受験レベルのものばかりだ。
ところがどっこい、このいい匂いがしなさそうなハルカ先生、見た目と違い優秀で教え上手だった。
俺からの質問に最初こそ驚きはしたが、
「加羅君は天才さんなんだ。噂には聞いていたけど初めて見たよ」
感嘆の声をだして驚くも、全教科での指導ぶりは、よく勉強している者のなせる技で、わかりやすく見事の一言に尽きた。
そして最初の授業が終わる頃には、俺はこのハルカ先生に惚れこんでいた。
「先生は、凄く優秀なんですね。将来は教師志望なんですか」
「私は、医学生よ。ドクターになりたいの。でもね、学費が払えなくてこうやってアルバイトをしてるんだけど、なかなかね・・・」
溜息まで出す始末。どうやら今どき珍しい苦学生のようだが、それも不明だ。
(もしかして腐女子趣味が高じて親からの仕送りをボーイズラブなマニア本につぎ込んでいるかもしれない)
これは、俺の勝手な想像だった。
だが俺はこのハルカ先生が、大学から遠く我家の近所でのアパート一人暮らしであり、貧しく生活している実態を知って、その利用価値についていいアイデアが浮かんだ。
(この先生を使ってみるか)
とは、リクプロジェクトの活動資金不足が深刻になってきたからだ。
親にねだるにしても限界がある。習い事の月謝だけでも普通の小学生からしたら大幅な予算オーバーだ。
そこで俺は、夏休み中に使い込んでしまった貯金の補充を考えて、アルバイトをする事にしたのだが、その窓口を探していたのだ。
俺の考えているバイトは、作曲だった。
なんせ俺はこの先20年先までのヒット曲が頭にあり、それをパクっても罪にならないし、罰則的な頭痛も起きない事はすでに検証済みだった。
そしてスマホの存在がここで大きくチートにクローズアップされてくる。
俺のスマホにはApple Musicが、俺が死んだあの時までのデータは全部あるのだ。
耳コピーができる俺は、未来の大ヒット曲から早速パクリ満載の曲を仕上げてみた。
♪~
作詞も丸々コピーはさすがに咥内を発生源にした頭痛が発生しそうになったのでやめたが、改良したどこかで聴いた事があるような曲に詞は、頭痛を避けられ、俺の物となった。
▲ 心内会議 ▼
《おい俺ヨ、これを、あと四年もしたら出てくる AKR 47のプロデューサー春元康に送って金にしようぜ》
(それはいい考えだが四年も待つ気はないぞ。俺には金がいるんだ、金が)
《わかってるよ、学費はともかく必要書籍の代金が嵩むばかりだし、あいつの先達たるもの、美術展からライブとかいろいろな分野で好奇心を満たす必要はあるなんて思ってるんだろう》
(もちろんさ。それにリクにも、見せたい聴かせたいは、いくらでもあるからな)
《でも、あの俺の父さんならそれぐらい出してくれるんじゃないか?》
(ああ、頼めばたぶん喜んで出してくれるだろうよ。でも姉さんたちとの格差も気になるし、もうこれ以上のスネかじりは俺の精神衛生上よろしくない。ここは自力で稼ごうと思ったわけだ。リク撮りのためのカメラもそろそろ欲しいしさ)
《それであのハルカ先生を巻き込むわけか、どう使うんだ》
(あの先生が金に貪欲であれば、使い道はある。ほら浅草で使っていた情報屋の銀太郎のことを覚えてるか?)
《ああ、あのガセ半分の情報屋だろう。アホ面を武器に自分の店の客からの情報を俺に売っていた串屋だな。そうか、やばそうな他の情報屋との接触はあの銀太郎を使っていたな。あれと同じでハルカ先生に窓口をさせる気だな》
(そうだよ、俺はこの作曲のバイトは、母さんには知られたくないんだ。いくら真魚君だって作曲才能開花の原因には無理があるからな。これ以上、母さんに化け物扱いされるのはちょっとな・・・)
そうなのだ、母さんは俺と密約を結んでからは、それまでと違い平然を装ってはくれるが、俺の大人な発言やちょっとしたしぐさには怪訝な表情を見せるのだ。
咄嗟に隠しはするが俺の敏感なハートはそれで充分に傷つくし、母さんにはもうこれ以上心配をかけたくない。
《だったら、それこそ手間暇の問題を避けるために小説家の方がいいんじゃね。だってチートフォンには、小説家になろうだってあるわけだし、あれもこれも全部いただきだぜ》
(それは考えたさ。だけど根拠の問題で却下したんだ)
《根拠の問題?》
(ああ、俺は子供の時からピアノを弾いているという根拠があるから作曲能力があっても理由付くが、小説家は根拠がないし、それにまだ未成熟だろう、なろう系自体が、この時代)
《なるほど、スライムもゴブリンもこの時代にはいないわけではないが、未成熟なわけだ》
(そういうことだ)
《だったらそれこそ先駆者になればいいじゃん》
(浅はかだな、金になりにくいだろうが、俺はキャッシュが欲しんだ、必要経費がな)
《なるほど、もしバレても作曲家なら母さんも喜ぶかもな》
(バカな、バレたら超面倒だ、今以上に不気味に思われるぞ)
《そりゃ面倒だ、それでハルカ先生を代理人か》
(そういうことだ。あのハルカ先生を窓口にして銀行口座も開設して一儲けするんだ。それ相応の謝礼をはずめば協力してくれるはずだ)
《そうだろうが、どうこの話を持ちかけるんだ?》
(そこなんだよなぁ・・・どうしたもんだろうオレよ)
《う~ん〜検討してみることにしよう。それにはあの先生の情報が足らんぞ》
(だな、もう少し親しくなってみることにしよう)
▽
俺のリクプロジェクト「先達になる」にはそこそこの資金が必要になる事から、俺はハルカ先生を巻き込む検証を開始した。
あくまでも母さんに悟られないようにだ。
◆
母、美里は熱狂的なキムタクファンである。それも現役だ。
そのせいで俺は、髪が切れない。スポーツ刈は無理にしても、せめて、せめて男らしい髪型にしたい。
俺は肩にまでかかる髪を持て余していたのだ。
ポニーテールにして動きやすくするも、母さんは不満らしく今朝も俺の髪型に文句を言っている。
母さんの小言から逃げるように、憂鬱な時間帯となる小学校に向かった。
ノッコの、
U^ェ^U 連れてって連れてって連れてって連れてって連れてって連れてって連れてって連れてって
床をリズミカルに爪でカチカチ鳴らしながらの催促を振り切る辛い時間でもある。
この日、俺は、生まれて初めてのラブレターをもらった。
花柄のピンク色の封筒にワンワンシールで封がしてある。
宛名はしっかり俺だが、差出人の名前はない。
でも、中を読むとそれはまぎれもなく熱烈なラブレターだった。
最初はリクのイベントかと思ったが、見慣れない書体は小学四年生にしてはきれいで、手紙の最後にあった差出人の名前は別人だった。
(長谷部響華・・・誰だっけ・・・たしか隣のクラスの・・・ハンカチの子だったかな??)
▲ 心内会議 ▼
(おい、アホな10歳の俺よ、誰だ長谷部響華って)
[オキョンのことか?]
(オキョン・・・記憶にないぞ。おまえとどんな関係だ)
[どがぁな関係って、ただの昔からの知り合いで、幼稚園も一緒じゃったんじゃ]
俺が通った幼稚園は姉達同様の地元の幼稚園じゃない。バスで通うしかないカトリック系のマリア幼稚園だ。
送迎バスがあるわけでもないのに俺は何人かの同じ境遇の園児たちと子供ながらバスにゆられ通っていた。
(幼馴染かぁ・・・わかった、見たら思い出すだろ。もういいぞアホな俺よ)
[オキョンがどうかしたん?わし、あんなぁ嫌いなんよ]
(嫌いって何かあったのか)
[あいつ、僕が好きな篠崎華怜ちゃんの友達で、いっつも一緒におって邪魔なんじゃ。それにデブだし]
(おい、それだけで嫌う理由か。オキョンちゃんきれいな字だし、文体もしっかりしてるぞ)
[なにそれ?手紙でもろぉたん]
(ああ、ラブレターをもらったぞ)
[オゲェ~何をあんなぁは考えとるんじゃ。バカじゃろぅ。そがぁなんすぐに破って捨ててや]
(バカはおまえだよ。本当に10歳の俺はバカすぎるよ。いいかせっかくもらったラブレターだぞ。それも心を込めて書いてくれている、それを捨てろだって)
[そがぁなもんがクラスの者に見つかりゃぁ笑われるじゃないか]
(もういい、引っ込んでろおバカな俺よ)
[ええか、そげなもんすぐに捨ててや!]
▽
俺は、別に気にしなくてもいいと思いながらも、リクに見つからないようにもらったばかりのラブレターを机にしまおうとしたが、爺ちゃんの言葉が蘇る。
「リクちゃんにウソも裏切りもダメだぞ」
京都の離れ際の念押しの一言だった。
俺は、ここでこのラブレターを隠すことが何故かリクへの裏切りに思えたのだ。
(どうしてだろう?まぁいいか、下校時にちゃんと話そう)
そうと決まれば、それまでに俺は“オキョン”とバカな俺が言っていた幼馴染、長谷部響華をさして興味も湧かないが見ておくことにした。
が、その必要はなかった。
お調子者はどのクラスにでもいるもの。突然、一時間目の授業前ほぼ全員揃った俺のクラスに乱入してきた隣のクラスのヒョロヒョロノッポが、
「加羅〜おまえ長谷部からラブレターもろたじゃろう。俺、長谷部がおまえの机の中に手紙入れるん見たんじゃ。はよかせや皆に見せてやるんじゃ」
大声で言って、俺の机の中に無断で手を入れてきたのだ。その後を追いかけて来た女子と目があって、
(あ~~~思い出した)
俺は記憶が刺激され、この長谷部響華からもらった手紙を生前ワールドでは、ここで本人を前に取り出し破いて丸めて投げつけて返したんだ。「このデブ、何をしてくれるんや」今は細く実に愛らしく可愛い子なのに幼稚園時代のイメージを拭えないままのいらぬ一言までつけてだ。
俺は更に思い出す。
高校生になって名門マリア女子高の制服姿が似合った美少女化に成功した長谷部響華を駅で見かけ、「長谷部じゃないか久しぶり」同級生への見栄もあって声をかけたが、完全シカトされ恥をかいたことをだ。
俺の前に現れたヒョロヒョロノッポの行動を抑えようと必死に駆け寄ってすがりつく長谷部響華は、「やめてよ!」もう泣きだしそうな顔をしている。
いや、泣き出している。
俺はすぐに行動にでた。
ヒョロヒョロノッポに強烈にインパクトある、
「おまえバカか!死んでいいぞ」
言葉を投げつけ、机の中から勝手に取り出されたピンクの封筒を、
「この泥棒が、返せよ!」
腹にパンチをズブトク入れて取り返し、胸ぐらをシャツのボタンが飛び散るのもかまわずつかみ、その耳元でしっかりした声で言ってやった。
「人の机から俺がもらった手紙を勝手に取り出して、ただですむと思うなよ。おまえオキョンちゃんのストーカー?どうして僕の机に手紙があること知ってんの?おまえストーカーだろう。長谷部さんのストーカーだよな、おまえ。死ね、死ね、いいからここで死ね」
俺は窓辺まで移動し胸ぐらをつかんだままその顔を窓外へと突き出した。
マジで、このガキによるガキじみた行動に無性に腹が立ったのだ。
(可愛いらしい女の子を悲しませるんじゃねぇ)
姪っ子恋しさからだろう・・・
「加羅、おまえ長谷部のことを好きなんじゃろ~」
ヒョロヒョロノッポ君、ここが二階と侮ったかのかまたまたアホなことを言う。
「だから何?おまえに関係ねぇ〜だろう。いいんだぞ、ここから飛び降りてみせろよ。死ね死ね死ねよ、早く死ねよ。自殺おまえ得意だろう。ほら、ここは死んで見せろ、しっかりと、男だろう、ここは死ぬべきじゃないか」
大人モード炸裂の怒り台詞に顔を青ざめたヒョロヒョロノッポ君、大人パワーの俺に抵抗なんてできるわけもなくついには泣き出したが、容赦がないのは俺のクラスメイトたちだ。
フルチンキング登は俺が首根っこを押さえている間に“フルチンの刑”をズバッと実行し、
「砂子田政四のフルチンやでぇ!」
半ズボンを下着ごと脱がしてしまったのだ。
それをそのまま隣のクラスに投げ込みに走った連中との連携があまりに見事で俺はあっけにとられた。
だが、俺は長谷部響華をここまで悲しませたヒョロヒョロノッポこと砂子田政四をどうしても許す気にはなれない。
「砂子田、おまえバカだろう。大バカだよな、まずはオキョンちゃんに謝れよ」
俺はフルチン砂子田を跪かせ頭を上から押さえで強引に長谷部響華の前に座らせた。
なんせ力は大人の俺で維持トレーニングを今も父さんとしている身だ、ガキのあがきは無抵抗にさえ思えた。
「長谷部様、ごめんなさい、砂子田政四は大バカ者です。どうか許してくださいと言って謝るんだ!」
この小学生男子には厳しい注文だったらしく、さらに声を大にして泣き出してしまうも俺は容赦しない。
転がっていたこいつの上靴を手にして頭のてっぺんから、パシッとはたき、
「ここで謝らないと、おまえそのフルチンのままマジでグランド一周させるぞ」
俺の六年生襲撃事件でも思い出したのだろう、この脅迫は効いた。
砂子田は自分がフルチンである事にここで気が付き、俺の指定台詞を最初は小声で、俺がもう一発はたくと今度は大声で吐いて、泣きながらフルチン姿のまま走り去っていった。
この後、俺が砂子田を見かける度に、「あっフルチンストーカーだ」とこれ見よがしに言うものだから、「フルチン君」と呼ばれるようになる。
あとに残ったバツの悪そうな長谷部響華に俺は親しく、
「オキョンちゃん、手紙ありがとうな。生まれて初めてもらったラブレター家宝にするよ」
そう言って衆目浴びまくりの中、俺はその手を取って感謝の意味を込めて頭を下げた。
「かほう?」
「ああ、宝物にすると言ったんだ。ありがとな。それより涙を拭けよ」
俺は、ハンカチを取り出してその涙を拭ってやった。
(あ~思い出すな姪っ子たちを、いつも泣き出すと俺があやしその涙を拭いてやっていたもんなぁ~)
そんなノスタルジックに浸る俺に、まわりからの冷やかしの声は気にはならない。
「手紙の返事はすぐにするからな。でも直接会って話をしようね」
俺はそう優しく言って、隣のクラスまで長谷部響華をおくりはしたが、チャイムが鳴り騒ぎが終息すると悲しさ満載のリクの視線が俺を突き刺すかと思い警戒した。
(あ~ここはジェラシーくるな、絶対くるな)
俺は社会人になりたての頃、二股カノジョの鉢合わせ経験がある。
その時の本命カノジョ、ナース藤村咲子と愛犬ノーラン君の並んだ悲しい目を思い出していたのだ。
(あれは悪いことをした)
スィラブでもリスキー設定の、二股騒動が原因で別れてしまったのだ。(あんな事はしてはならない)と思い知った出来事だった。
恐る恐るリクの方を見ると、なんとも意外、目を輝かせてヒーローでも見るような目をしているじゃないか。
「翔介、凄いね。長谷部さんを助けてあげたんだね」
俺はおもわず抱きしめたくなったが、もう先生が来る頃だ。それは抑えたがその手は握った。
(なんて可愛いやつ。嫉妬より俺の行為を称賛してくれるなんて)
まだ恋心なんか持っていないことにもホッとし、ラブレターを隠す必要がないのを知った。
◆
私が書いた初めてのラブレター。それを加羅君はちゃんと受けとってくれた。
辞書をひいて知った『家宝』、宝物なんて言ってくれたの。
私が加羅君の机に朝早く手紙を入れるところを同じクラスの男子に見られてしまったの。
その男子は、教室に皆が集まりだすと、その事を言い振らせ始めたの。
とても恥ずかしかった、悲しかった、悔しかった。せっかく一生懸命書いた手紙がこれで読んでもらえなくなると思ったの。
加羅君の事が好きになったのは三年生の三学期にお婆ちゃんに作ってもらった大事にしていた刺繍が素敵なハンカチをグランドで失くしてしまったときに、私の『華』が同じで仲良くなった篠崎華怜ちゃんと一緒に探してくれたからなの。
雨も降り始めたのに、加羅君は放課後遅くまで濡れながら探してくれたんだ。
その時は見つからなかったけど、四年生になって、「これ君のだよね」と言ってうさぎ小屋の中で見つかったハンカチをきれいに洗濯してアイロンまでして持ってきてくれたの。
嬉しかった。
それから好きになった気持ちを伝えようとしたけど、なかなか伝えられなかったんだ。
それでも早く、私の気持ちを伝えようと思ったのは、転校生の宇津伏さんと手を繋いで仲良くしているとこを見てからなの。
(私もあんなに仲良くしたい)
勇気を出して手紙を直接渡そうと思ったけどできなかったの。
でもイジワル男子がいたけど、私の手紙は加羅君にちゃんと読んでもらえたんだ。
そして返事ももらえたんだ。
日曜日の朝に加羅君が私の家に来てくれたの。
お父さんはゴルフでいなかったけど、お母さんは私以上に驚いた様子で、急に来たことを謝る加羅君を家にあげてくれようとしたけど、
「犬もいるので、響華さんとそこの公園まで散歩してきてもいいですか」
と言って私を外に連れ出してくれたの。
加羅君は、すぐに「この子はノッコ、宜しくな」そう言って飼っている犬をまるで人のように紹介してくれ触らせてくれたの。
ナデナデ
きっと加羅君は、動物が好きなんだと思ったんだ。だって、三年生の時に飼育係でウサギの面倒をいやいやみていた私だったけど、加羅君が当番をするようになってからは見違えるようにきれいになったウサギ小屋は、今では休憩時間に多くの生徒が集まる場所になっていたからなの。
私の頃は臭くて誰も近寄ってこなかった場所だったのに・・・
加羅君は近くの公園に着くと自動販売機でオレンジジュースを買ってくれた。そしていろいろ話をしてくれたの。
犬のこと、クラスのこと、色々と・・・
そして、その話が面白くて私が笑うと、加羅君は、手紙の事を誉めてくれたの。
「オキョンちゃん、あれを書くのに勇気がいっただろう」
頷くと、
「本当にオキョンちゃんは凄いな偉いよ。勇気があって、ちゃんと僕に渡してもくれたし、本当にありがとな」
お礼まで言ってくれたの。
「僕はまだガキでさ、オキョンちゃんみたいに人のことを好きとか嫌いとかよくわからいけど、これからは仲良くやっていこうな」
そう言ってくれたの。
帰り道は手を繋いでくれた事がとても嬉しくてスキップしちゃった。
本当に勇気を出して手紙を渡してよかったと思いました。
◆
(スィラブ上級者の俺にかかれば小学四年生女子なんてチョロイ。ガキ一人を手懐けるのに手間も暇もいらない。ただ会って優しく気の利いたことを言えばいいだけだ)
なんて思って長谷部宅に出向いたのもちょうど日曜日の朝の習い事、お習字教室に行く途中のついでだった。
だが、実際に改めて長谷部響華に会うと、なんもと可愛らしく、父性本能がくすぐられてしまい思った以上に親しんでしまった。
それよりも収穫は響華ママの美智子さんだ。
超俺好みの小柄だが色白美人で、「おあがりになって」と言われ予定外にも散歩を終えた後にあがりこんでしまい話を咲かせてしまったのだ。
手作りクッキーにダージリンの組み合わせも似合うこの美智子さんに俺は一目惚れしてしまう。
そしてさりげなく子供らしい無邪気さを装い、
「オキョンちゃんのお母さんって本当に凄くきれいな人で僕、感動しちゃったよ」
なんて帰り際わざと美智子さんに聞こえるような声で見送りに出てくれた響華に言ったのだ。
これで高得点ゲットできたはずで、これから先、遊びに行きやすくなるとの計算の上だ。
それを喜ぶ顔する響華。
「私の自慢のママなの」
どこまでも可愛いやつだと思い、親しく抱擁をして俺は遅れてしまった習字教室へとノッコと駆けて行った。
「バイバイまた来てね。ノッコもバイバイ」
俺が消えるまで手を振って見送ってくれた響華を本当に可愛いと思った。
だが、この響華がリクに対して発揮するライバル心がこの時にどう作用するのかまで俺は考えてもいなかった。