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あいつは俺の仇!  作者: 方結奈矢
第一部 四年生編
7/58

変態趣味


 俺は何度でも言っておくが、ロリ趣味は全くない。逆に世間に増える一方のロリ犯罪者を心底憎んでいる。


 (もし姪っ子たちがその犠牲にあったら・・・)


 そんな事を考えただけで寒気が走り「ロリ撲滅!」を叫びたくなるのだ。


 だが、そんな俺にも変態性がないわけではない。


 俺にとって唯一の変態趣味をリクに知られてしまうのは夏休み京都での事だった。


 夏休みに入ってすぐは、ピアノの課題曲の稽古に時間が割かれた。というのもピアノの松永澄子先生が暇に任せての俺の急なやる気に本腰を入れて付き合う気になったからだ。


 タランテラに始まりランチュアーニそしてベートヴェンのソナタとバッハのインヴェンションを次から次へとやっつけた俺への期待は高まるばかり。


 今はバッハのフランス組曲とスカルラッテイのソナタに取り組んでいる。そんな稽古の傍らにいつもいるのがノッコとリクだ。


 俺の稽古する姿をつぶらな瞳で見つめているばかりのリクに、ピアノを運指から教えてみる事にした。


 (これぐらいしか、教えることないよなぁ~)


 そんな思いからだったが、リクはハノンや赤バイエルンでさえも面白がって、思いのほか上達が早い。


 家にピアノはないが、俺が別の習い事に出かけている間は、ノッコの世話をする傍ら防音がしっかりしてある俺の部屋で稽古に励む事になる。

 

 父さんも、「娘が一人増えた」なんて言って一番年長者に見えることも笑い話にして晩の食卓で歓迎している。


 姉達もリクに感化されそれぞれの習い事、バイオリンにフルートを以前より熱心に稽古するようなになったとは、母さんの感想だ。


 松永先生が、週一から週二となったレッスンを二週間も抜けて京都に行くことに猛反対したが、俺は、

「京都でも稽古はさぼらないよ」約束して旅立った。


 父さんの愛車は、リクパパの務めるmazda車だ。

 

 父さんの立場なら高級外車に乗っても文句はないだろに、「広島人はマツダ車じゃろう!!」そう言って世間体などに耳を貸さない。


 そのせいもあってリクパパとは仲良くなったようで車談議でよく家飲みをするようになったし、父の月曜日の休みに合わせてmazda本社工場を案内してもらったようだ。


 なんせ我家はmazda車三台のオーナーだからね。

 

 (父さんのRX-7・母さんのタイタン・ファミリーカーのボンゴ)


 母さんの愛車の後部座席に俺とリクとノッコが乗り込み。助手席に母さんが乗り、京都に向けて出発したのは8月になってすぐだった。


 両親は俺たちを送り届けたら、一泊してすぐに帰るらしく、その間の姉たちの世話はリクママが請け負ってくれた。


 爺ちゃんの家は、京都市内は右京区嵯峨天龍寺にある和的な佇まいに、こだわりの庭が美しい住まいだ。住所でもわかるように世界遺産の禅寺が近所にある。


 朝夕の観光客がいない一時の犬の散歩は最高にいいコースとなる予感がしていた。


 俺たちの訪問を、両手を広げて大歓迎してくれた祖父、園田邦光はいつもの袖なし羽織姿だった。これが世間離れしていて俺は「海原雄山」勝手に近寄りがたい存在にしていたのだ。


 現に姉達は、この京都同行には消極的でボンゴの出番はなかった。でも俺たちを迎えに来る便にはお盆の墓参りを兼ねてやってくるらしい。


 俺は、長旅を終え車から降りると、真っ先に祖父母の前に立ちリクとノッコを紹介した。


 この祖父と生前最後に会ったのは、俺が死ぬ四年前の事だった。


 その日も酒席で楽しかったが、初めて酒を酌み交わしたのは、大学を卒業して就職すると、「新聞記者なら家にもいいのがあった方がいいだろう」祝いに上等のパソコンを買ってくれた礼に、京都へ出向いた時だ。


 その際に、祇園や宮川町を連日案内してくれたのだ。


 そして酒を酌み交わしながらよくよく話してみれば、実にジョーク好きな気のいい爺さんで、それまで怖がっていたのがバカみたいに思えてきたのだ。


 それからは取材で関西に行く時は必ず顔を出したが、そんなに長い期間ではなかった。


 俺が25歳の時に亡くなってしまい、ノッコの事と合わせて二大後悔事となっていたのだ。


 (もっと早くに親しんでおけばよかった)


 その後悔もあって、俺はこうやって京都を訪れたのだ。


 「お爺ちゃん、お婆ちゃん、お世話になります。こちらが宇津伏リクちゃん、クラスメイトの隣の席で住まいも近所なんだ。7月に10歳になったばかりだよ。そしてこの子がノッコ、ラブラドールの生後半年です」


 U^ェ^U おまえ誰だ・こいつ誰だ・おまえ誰だ・こいつ誰だ・おまえ誰だ・こいつ誰だ


 俺の挨拶に祖父母は並んで笑顔で応じてくれた。


 「これが噂の翔介のガールフレンドのリクちゃんやな。そしてこの子がノッコちゃんやな、賢そうじゃないか、二人とも宜しくな」


 U^ェ^U なでなでだなよろしくだな・なでだなよろしくだな・なでだなよろしくだな・なでだなよろしくだな


 思った通りだ。見た目はいかつく怖いが、話してみればなんてことない優しい爺さんだ。リクの事を冷やかさずノッコの事を一人前の家族として扱ってくれるところも好感度大だ。


 祖母、聡子の優しい笑顔は俺を和ませてくれるが、そんなに懐かしくはない。

 

 俺が、記事追い記者に成り下がってからは、芸能人の隠れ遊びの舞台が京都が多かった事から仕事でよく訪れていたのだ。


 俺が死ぬ前にも会ったばかりだが、この走馬灯ワールドでは昨年の春以来という事らしい。


 俺は到着早々にノッコに水をやった。もちろん道中も何回もトイレ休憩に水分補給はしていたが、まずはノッコが最優先だ。

 

 リクもそれをよく心得ていて、


 「翔介、ノッコのお散歩に行こう」


 と優しく微笑んでくれる。

 こんな気の利かせどころが本当に父性本能をくすぐり可愛く思えてしまい、つい必要以上にスキンシップを取ってしまう。


 「ほんまにお二人さんは仲良しさんなんやぁ~」


 婆ちゃんは俺が思わずリクを優しく抱いた姿を見てそう言った。


 そうなんだ、まだお互いに10歳だから、その程度の軽口ですむが、見た目は中学生のリクへのスキンシップは俺がガキだから許される事であって、たとえ父性本能からのものだとしても、いずれは気を付けなければならないと自覚していた。


 リクを人力車と観光客が行き交う嵯峨をノッコを連れて案内できるのは、社会人になってからの知識からだ。


 (それにしても観光客の質が違うな)


 中国人を中心に増えた“爆買い”観光客の波はまだなく、それに真夏の季節の夕方という事もあって、人もまばらで天龍寺脇の竹藪小路は、その日本情緒でリクを驚かせ抹茶のソフトには喜んでもらった。


 この京都訪問の、真の要件を伝える場として爺ちゃんと向き合ったのは、まだ皆が寝ている早朝の茶室だった。


 我家は住いの中に茶室があるが、ここは別棟になっている。


 「爺ちゃん、実は教えて欲しいことがあって僕は京都に来たんだ」


 「美里から聞いてはいたが将来展望だとか」


 母さんが、真魚君の事も含めて昨夜遅くまで爺ちゃんに俺の事を語っていたのを知っている。


 そして俺の話し方から物腰までよくよく観察していたのだろう、その話を信じたようで、今朝は、早朝から茶の稽古をしてくれた。


 俺はその席で、素手で窯の蓋を持てない事を恥じたが、


 「そんなもんは慣れだ」

 

 優しく言ってくれて、いつものように女点前の袱紗を使用しての稽古となった。


 そして稽古が終わり、茶室で向き合うと、俺は“アイデンティティ”について爺ちゃんに問うたのだ。


 もちろん単語の意味は理解できる。俺が問いたいのはリクのアイデンティティについてだった。


 リクがスーパーモデルとしてブレークするのは21歳の時だ。


 それまでもシャルドネとの専属契約があって人気高くはあったが、デザイナーのマテオ・マルティネスから気にいられ主要モデルとしてファッションウィークに帯同するようになったのが21歳の時だったのだ。

 

 そして26歳からは三年連続でプリセンスに選ばれはするがクイーンにはほど遠かった。


 俺は、自分が死ぬかもしれない30歳までにリクをクイーンにする事を目標に掲げ、そしてリクからのプロポーズを受けた後に振って復讐を遂げゲームクリアするつもりだが、その方法がわからなだったのだ。


 そんな時に、指針となったのが、木村佐和子が記した、あの莫大な量になる宇津伏リク論と資料類だ。


 俺はスマホを通してその内容を少しずつ目を通した結果、いつしか妄想上の木村佐和子と心内で対話するようになり、リクに決定的に欠落しているのが“アイデンティティ”であるのがわかったのだ。


 ▲ 心内妄想対話 木村佐和子編 ▼


 (トップの座を40歳前であっても維持し続けるキャサリア・エスポジトは、ハリウッドで培われた演技力で、世間が思い描く以上の独自の世界観を作り出すことであれだけの評価を得ているのよ。そのベースにあるのが、彼女が持っているスェーデン人としてのアイデンティティなのよ)


 (スウェーデン人としてのアイデンティティ?)


 (スウェーデンといえばアレマンスレットよ、知らない?)


 (うん、知らないよ)


 (スウェーデンにはアレマンスレットという法律があってね、全てのスウェーデン人は、自然の中で自由に行動する権利を持っているの。要約するとね、森やビーチはみんなの物で、散歩したりジョギングをしたり馬や自転車に乗ったり、ベリーやキノコを自由に採ってもいいということで、禁止された場所でなければテントを張ってキャンプも出来るのよ)


 (そんな自由が許されてるんだったらバーベキューもOKなの?)


 (もちろん跡片付けは義務付けられているけどバーベキューをやってもいいのよ)


 (と言っても所詮は公共の場所だけでしょう)


 (違うわよ、アレマンスレットがすごいのは個人の敷地であっても、自然を楽しむためなら自由に散策したりキャンプをしてもいいというところなのよ)


 (個人の敷地といったてさすがに塀を乗り越えるとかは許されないでしょう)


 (本当に何も知らないのね。スウェーデンでは土地を区切る境界線の設置も禁止されているし、もちろん地主の家から見えるところでテントを張ったり、貴重な植物を採ったりするのは禁止だけど、この自然享受権がスウェーデン人には当たり前のように根付いていて環境問題には国民誰しもが高い関心を持っているのよ。あのキャサリアが事あるごとに訴える自然環境保護の背景が、アレマンスレット、スウェーデン人のアイデンティティなのよ)


 (言っている意味がわからないよ佐和子さん。キャサリアの考え方のベースはわかったけど、それがクイーンである理由と関係があるの?)


 (もちろんよ!前にも言ったけどクイーンになるにはモデル以外の活動も大事なの。社会貢献とか特にね。ある分野においてリーダーとして認められるのもクイーンの条件の一つよ。キャサリアは、日頃からの自然保護活動が認められ、国連の自然環境保護大使を長年務めているわ)


 (そういった活動がキャサリアのモデルとしての幅を広げているということなの?)


 (それだけじゃないわ、一番大事なのは、やはり表現力よ。彼女は自分に何が求められているのかをよく知ったうえで必ずそれ以上を見せてくれるのよ。でも宇津伏リクは“人からどう見られるのか”を意識してばかりで表面的にちょうどいい自分というものを演じているだけなの。ランウェイでの宇津伏リク、ポスターでの宇津伏リク、雑誌での宇津伏リク・・・それぞれを期待通りに演じているばかりなの)

 

 (それはモデルとして大事な資質じゃないの?)


 (もちろんそうよ、それができるのがプロのモデルよ。でもプリンセス以上になると期待以上の物を求められるの。逆に私こそが正しいと主張できるとでも言えばいいのかしら、それができるのがキャサリアなのよ)


 (私こそが正しい?)


 (デザイナーやプロデューサーですら意図しない、より完成された演出をキャサリアは逆に提案できるということよ。だからこそ彼女はクイーンなの)


 (だったらキャサリアはモデルだけでなく演出まで期待されているということなの?)

 

 (そうよ、そしてそこまでを期待されているからこそキャサリアは長年勤めるハイブランド、ミラノのクワトロの専属モデルとしてだけでなくコンセプトコーデイネーターとしても撮影前の企画の段階から呼ばれるのよ)


 (なるほど、宇津伏リクは、独自の演出ができないということか)


 (彼女に限らずほとんどのモデルができないわ。カメラマンやデザイナーや編集者の掲げるコンセプトに従って、それに応えるのが仕事だと思っているの)


 (それだけじゃダメなんだ)


 (考えてごらんなさいよ、もしオファーを出す側が自分たちが前もって設定したコンセプト以上のものを撮影時にモデルによって見せられたらどう思うかを)


 (感動するんだろうね、そんなモデルがいたら)


 (それがキャサリアなのよ)


 (なるほど、そういうことか・・・)


 (私が見るところ、宇津伏リクは忙しい日々でシャルドネのコーディネーターが望む様々な役どころを無難にこなしているけど、そこまでのモデルね)


 (それ以上を期待されていないということだね)


 (ええ、まぁ、提示されたコンセプトを完全に表現できるモデルというのも稀だからこそ宇津伏リクも長年シャルドネの専属であり続けてはいるのだけど・・・)


 (わかったぞ!宇津伏リクには、日本人だからこそのアイデンティティを発揮して、独自の世界観をシャルドネのデザイナー陣に逆提案して欲しいわけだ)


 (そうなのよ!あそこの主任デザイナーのマテオ・マルティネスにガッツンとね。じゃないとクイーンは夢どころかモデル生命もそうは長くはないわ)


 (要するに宇津伏リクには日本人らしさがないと言いたいわけだ)


 (ないとは言わないけど、少なくとも評価はされていないわね。他のトップモデルたちと競り合うなら、宇津伏リクはあの業界ではせっかく希少人種日本人なのよ、それを武器にして独自の世界観を見せて欲しいじゃない。いかに自分のアイデンティティをうまく演出できるかがクイーンへの道なのよ)


 (あの20歳のイギリス人のモデルさんは?ケイト・・・)


 (ケイト・クランジェットね、彼女はデビューした時から英国貴族と見ただけでわかる気品をばらまいて、それこそ期待以上のものをいつも安定して見せるから天才モデルなんて言われているのよ)


 (なるほど・・・英国貴族で()()()、彼女のアイデンティティなわけだ。そして宇津伏リクにはそんな武器がないのか)


 (そうね、私たちが知らないだけで、彼女にもアイデンティティをベースにした武器みたいなものがあればいいのにと願わずにはいられないわ。それがなければ彼女にクイーンは望めないし、息の長いモデルにはなれないわ。でも、もしそんなものがあるのなら・・・)


 (クイーンになれる可能性がでてくるわけだ)


 (そうよ、でも私の考えが所詮は幻想で、宇津伏リクは大多数のモデルと同じで少しばかりの才能と大きな運だけでここまで来た可能性だってあるのよ)


 (武器となるアイデンティティが自分にあることすら気が付いていないということだね)


 (ええ、もしそうなら彼女のモデルの寿命はそう長くはないわね。売り時を心得て早くどこかの富豪と結婚するのをお勧めするわ。そんなことを見極めるためにも、私は彼女に会いたいの。もしアイデンティティがいかなるものかわからないというのなら、私は同じ日本女性として相談にのれると思うしチャンスを提供できると思うの)


 (もしかして宇津伏リクには、そんな日本人らしいアイデンティティがない可能性もあるわけだ)


 (そうは思いたくはないけど、可能性はあるわね、だって彼女はニューヨーク育ちだもの)


 (もし、そうなら延命方法はないの?)


 (残念だけど、ハイブランドの専属モデルは、独自の世界観を発揮して進歩していく人だけが生き残れる世界なの。ルックスと立ち振る舞いが美しいだけで専属モデルにはなれないし、なれたとしてもすぐにデザイナーに飽きられてお払い箱よ。宇津伏リクがどれ程のモデルかを見極めるためにも、私は彼女に早く会いたいのよ)


 (なるほどね、それで僕の登場だったわけだ)


 (ええ、そうよ。私は、これまでデザイナーの要望に応えることができなくなったモデルをたくさん見てきたの。ブランド側だって進歩するのよ、その速度についてこられないモデルは、専属契約をなくすのは当たり前。たとえプリンセスであってもそんな人はたくさんいたわ)


 (進歩の糧となるアイデンティティのないモデルは滅びるわけか)


 (そこに気が付いて結婚するなり、知名度を利用して他の業界に乗り換えるなど様々だけど、キャサリアのように息の長い専属モデルは皆、停滞せずに進化しつづけてきた結果“自分こそが正しい”という価値観を今度は逆にブランド側、特にデザイナーに与えることができるのよ)


 (それができる人をあの業界ではクイーンと呼ぶわけだ)


 (そうね、そしてそんなモデルとデザイナーの出会いこそが理想なのよ。ねぇ加羅君、早く私のファイルの先を紐解いて、次はそのお話をしましょう。期待して待っているわ、あなたがデザイナーとモデルの間で築かれる究極の関係に気が付くことを・・・)


 (デザイナーとモデルの究極の関係か・・・)


 ▽


 こんな対話を幾度も繰り返し、リズミカルな相打ちトーク木村佐和子は、俺の創作だが、その内容は全て彼女のテキストからの抜粋だ。


 こうして俺は木村佐和子のレポートと妄想上で対話しながらリクの将来プランを浮き彫りにできたが、肝心のアイデンティティというものをどう構築すればいいのかわからない。


 そこで“アイデンティティ”とは哲学用語である事から哲学者の爺ちゃんに登場願ったというわけだ。


 俺は爺ちゃんに素直に聞いた。「一人の人間が、アイデンティティを確立する方法は何か」と。


 「そんなもん、簡単や。自分が何者であるかを明確にするだけのことやないか」


 「自分が何者であるか・・・?」


 「翔介、おまえさんは白米に味噌汁、海苔に梅干し沢庵どれも食べられるやろ、それも美味しく」


 「うん、大好きだよ」


 「それだけで、おまえはもう日本人()()()というアイデンティティを持っているんや。だがなぁ、おまえがたとえばアメリカで生まれ育って白米や味噌汁よりもパンにコーヒーを好むアメリカ風で生活しているんやったら、体内にいくら日本人の血が流れていようとも、おまえはアメリカ人であるというアイデンティティを持った紛れもないアメリカ人ということになるんや、この意味がわかるか」


 「もちろんわかるよ。逆にユダヤ人は、どこにいようとも民族に根差した生活習慣を変えなかったから彼らはどこにいようともユダヤ人なんだ」


 「翔介、おまえは本当に美里の言うた通り変わったんやなぁ~真魚様との対話だけで、あれほど幼かったおまえがこんなに急に変わるとは、私は奇跡を見ている気分や」


 (まずいことを言ったか・・・警戒されるとやりにくいな)


 「奇跡なんて大げさだよ、爺ちゃん。それで爺ちゃん、日本人であるというアイデンティティをしっかり根付かせるには具体的にどうすればいいの」


 「何もせんでええんよ。この日本でその習慣に従って暮らし、この日本の風土を愛すれば自ずと身に付くのが日本人であるというアイデンティティや。翔介がたとえ海外に行こうとも日本での習慣を改めなければ、おまえは立派な日本人であるというアイデンティティを持っていることになるんや」


 「それを武器にできる?」


 「武器やと?翔介、おまえが言いたいことはもしかしてアーティストとしての日本人いうことか」


 「アーティストを表現者と考えてもいい?」


 「なるほど、わかったわ翔介の言いたいことが。おまえさんは将来ピアニストにでもなるつもりでアイデンティティについて私に問うているんやな。それやったら話はずいぶん変わってくるわ。たとえばおまえが日本人であるというアイデンティティを前面に出しすぎたのであればショパン・コンクールでは予選も通過はでけへん。いくらピアノの奏力が技術的に優れていたとしても、ショパンが生まれ育ったポーランドのアイデンティティを理解し自分の中に取り込まないと上位は狙えんいうことや」


 「いかにショパンになりきれるかということだろう」


 「そうや、だがなぁ、おまえさんが言いたいんは日本人で()()を武器にする方法やろう。ならばポーランド人達に、もしショパンが日本人やったらこう表現したやろういうもんを完成度高く表現して見せつけてやればええんや。それが日本人であるを武器にするということや。優勝は無理やろうが、面白いと評価があるかもしれん。わかるかこの意味が?」


 「・・・わかるような、わからないような・・・ただ白米を食うだけでは武器にはならないということだね」


 「そういうことやな。ただ味噌汁を飲んでピアノを弾くのではなく、たとえば、日本に古くからあるこの()茶道を嗜んだうえで白米をくらいピアノを弾くとずいぶん変わった日本人演奏者になるいうことや」


 「あっ、そうか、日本文化を吸収したうえでの演奏はずいぶん変わったものになる、というより日本人らしさが音色に反映されるということだね」


 「反映か、ちょっと違うな、()()()()の方が正確な表現やな。素人にわかるほどの違いは出へんからな、曲の端々に少し見える程度なんや。でもな翔介、この()茶道は今でこそ女性人口が多いけど、元は男性だけのものや。特に信長公をはじめ多くの武人が好んだものや。その想いまで理解して()茶道を学んでいくと、また違う趣をおまえは学ぶことができ表現者として違うものを見せられるようになるということや」


 「武人の想いと茶道かぁ・・・僕には難しいかな」


 「そんなことあらへん。だがなぁ、残念ながらその境地を知るんは難しいな。サムライが戦場に赴く時の心境なんか現代人にはわからへんさかいな」


 「死を覚悟するということ」


 「凄いな翔介、おまえさんはホンマに小学生なんか?そういうことや。死とは本当に怖いもんや、それを覚悟すると、今、ここに生きているということが凄く凄く凄く愛おしく感じられて、細やかな美しさやいつも耳にする小鳥のさえずりや風の音までも愛おしく感じてしまうものなんや。そして、周りの人々のことを想い感謝の気持ちにも満たされる。そんな時の流れをよりよく浸ることができるんが茶室なんや。今ここで耳を澄ませてみぃ」


 ・・・


 「露地からつくばいに注ぐ水の音が微かに聞こえ、目の前の炉に据えられた釜の湯が沸く音を聞くと、音の遠近と強弱のコンストラストが一層の静けさを感じさせてくれるやろう・・・戦に臨む武人達は、この釜の音を松風と言うて、そこに浜辺や山里に凛と立つ老松を思い浮かべ、その林を渡る風の鳴に、詫びた風情を聞き、同時に自然の生命力の強さに思いを馳せるんや。そして静けさの中に走馬灯のようにこれまでを思い浮かべ、感謝の念に至るんや」


 ・・・


 「どうして爺ちゃんはそんな気持ちがわかるの」


 「ああ、サムライでのうても死と向き合うことはあるさかいな。私もだいぶ昔になるんやけど死を覚悟したことがあってな。そん時の心境をおまえに語ってみただけや。桜の花弁一つでさえも美しく思え、大事に本に挟んで眺めておったこともあったんや」


 「何もかもが愛おしく思えるということ」


 「そうや」


 「そんな日本人であるというアイデンティティをより高く身に付けるには、日本の多くの文化を学べということだね。そしてそれを身に付けて武器にすればよき表現者になれると考えていいのかな?」


 「おまえがピアニストを目指しているんやったらそれがプラスに働くかどうかは私にはわからへんけど、日本人であるをアイデンティティとした表現者になりたいいうんやったらおまえの言ったその方法で間違いないやろう」


 「ありがとう爺ちゃん、僕、ここまで来たかいがあったよ。少し先が見えてきたよ」


 「翔介、お前はこの先に何を思い描いているんや。私の言ったことがまんざら外れてなくピアニストにでもなるつもりなのか?日々の稽古に凄く励んでいるそうやないか」


 「そうじゃないよ爺ちゃん。僕自身の未来についての展望はまだ具体的ではないけど、今、しなければならないことが明確なわりに具体性がなくて悩んでいたんだ。それで爺ちゃんに相談したくて・・・」


 「おまえ、もしかしてあのリクちゃんのことを言ってはるんか?」


 俺は驚いたマジ驚いた本気で驚いた。爺ちゃんにそこまで見通せるとは思っていなかったからだ。


 「どうして、どうしてそう思うの爺ちゃん?」


 「翔介、おまえがあの子に何を想っているのかを聞かせておくれでないか、美里の話だと、おまえがこうも変わってしまったのはあの子のせいやとか」


 (あ〜そういうことか)


 俺はここで絶対口外禁止を前提にリクへの想いなどについて正直に爺ちゃんに可能な限りを語った。


 「爺ちゃん、ここからの話は、未来予言では片付かない話だから、たとえ母さんであっても真魚様との約束があって僕はしゃべれないんだ。だから爺ちゃんにも本当は口外できなのだけど、真魚様から許可をもらっていたから話すね。あのリクはそう遠くない将来、世界を舞台に活躍するスーパーモデルになるんだ」


 「スーパーモデル?凄いファッションモデルということか、それで?」


 「リクの評価は高く、瞬く間に売れっ子にはなるんだけど、もう一皮を剥くのに武器がないんだ。それで、」


 「それで、リクちゃんに()()日本人らしいアイデンティティを、武器にさせようと、おまえは今のうちから根付かせようとしているわけやな」


 「そうなんだ。彼女は昨夜も話した通り、ニューヨークで生まれ育ったけど両親は日本人でリクもその影響下にあるんだけど、あの発音だいぶましになったけどまだ外国なまりが抜けないように、日本人であるが不足気味で将来の武器をどう装備したらいいものかと・・・」


 「なるほどな、おまえは、あの子の未来を真魚様のお告げで知って自分のことじゃのうてリクちゃんの将来で悩んではったんか」


 「真魚君がなんでリクについて教えてくれるのかは僕にはわからないけど、きっとリクには真魚君が決めた将来大事な使命があると思うんだ。その使命達成のためにモデルとしてより成功しなければならないからだと僕は思ってるんだ」


 (ごめんなさい弘法大師様、あなた様は便利なんです。罰当たりは百も承知だけど、許して下さい、南無大師遍照金剛・南無大師遍照金剛・南無大師遍照金剛)


 「そんなことやったらおまえがリクちゃんの先達(せんだつ)になってやればええんや」


 「先達?僕がリクの先生になるということ?無理だよ。ピアノは教えてるけど・・・」


 「違うぞ翔介、師になれとは言ってへん。先達とは、おまえが人より先にその分野に進み、業績・経験を積んでそこへ導く役目のことや。たとえばリクちゃんにおまえの好きなものを教えたとしたら、あの子は、どう反応する?」


 「間違いなく興味を持つよ」


 「どうしてそう思う?」


 「どうしてて、僕のピアノの稽古なんかいつも側で見ているし、僕の読んでいる本とか興味津々だし、僕の話はよく聞くからね」


 「それがどうしてかわかるか」


 「どうしてか?仲良くしているからだろう」


 「それは違うな、あの子はおまえのことが好きやからや。おまえの何もかもに興味があるんや、わかるか?」


 「爺ちゃんはもしかしてその立場を利用して、リクを教育しろと」


 「この場合は教育というよりは感化やな。おまえの影響力を利用しておまえが彼女を導くんや。そして日本人であるというアイデンティティをより強力なものにしてしまえばええ」


 「なるほど、師ではなく先達か・・・僕がリクに先立ち彼女の将来に役立ちそうなものを吸収して伝えるわけだね」


 「そういうことやけど、それをするには条件が一つあるんやけど翔介、おまえにはそれが何かわかるか」


 「条件?それが先達としての条件というのであれば、僕はこの先、リクに影響を与えられるほど先を進んで様々なことを学んでいかなくてはならないということかな」


 「それは当り前であって条件やない。条件は、おまえさんがリクちゃんからこの先も好かれ続けておらんとあかんということや」


 「それが条件、難しいことかな?」


 「どう思う?」


 「そんなに難しいことではないように思うけど・・・」


 「そうか?・・・ええか翔介、ここが一番大事なことや一番な。女いう生き物は、好きなうちは男のために()()尽くし言う事も()()聞くけど、一度覚めてしまうと一緒にいるのも苦になるほど嫌う生き物に化けるんや」


 「うん、わかるよ、爺ちゃん幻滅のことだね」


 スィラブに登場する【幻滅】は、避けては通れない難所であり、どんな男もターゲットにした女を、せっかく堕としたのに、その関係を維持する事において【幻滅】を前に苦戦を強いられる。


 最初こそ“痘痕(あばた)(えくぼ)”だが時が経てばゲップ一つで幻滅は発生するのだ。


 俺もリクがモデルとしてブレークしたのちの再会時に【淡い想い出】効果が切れたあとの【幻滅】を避けるために今のうちからスキルアップに動いているわけだ。


 「わかるのか翔介、おまえにいったい何があったかは知らんけど、10歳にして幻滅がわかるとは・・・それで翔介、おまえは、その影響力を発揮するためにリクちゃんから絶対に嫌われてはあかんのや。嫌われたら、あの子はおまえの影響下を出て、お前の目論見が崩れることになる。そうならへんためにはおまえはいったい何をするべきやと思う?」


 「僕がするべきことかぁ・・・彼女に好きでいてもらう為に努力を怠らないことかな?」


 「好きでいてもらうより大事なことがあるんやどな」


 「愛情よりも大事なこと?」


 「そうや愛情の何倍も大事なことや、わからんか・・・」


 「うん・・・」


 「それは、尊敬され続けなければあかんいうことや」


 「尊敬かぁ・・・」


 「うちの聡子が今も私によく尽くしてくれるんは、私が今もって彼女から尊敬されているからや。おまえの父親だってそうなんや。美里が直輝君によう尽くしてはるんは愛情なんかより尊敬しているからや」


 「うん、わかる」


 「だがな、この尊敬の念なんていうもんは意識せずには維持できるもんやない。だから世間では、離婚が多いんや。男は妻を裏切るなりウソをつくなりして尊敬に値しなくなったとたんに女は白けてしまい、それまでの美しく装った姿を失ってしまうんや。すると夫はなおさら弾みがついたかのように尊敬される場所を求めて外に目が向いてしまうのが浮気なんや」


 「尊敬の念こそが夫婦間には愛情以上に必要だということだね」


 「そうや、夫婦間に限らず恋人同士であっても男は女から尊敬されんとダメなんや。愛なんて物はいずれはなくなり情だけが残っていくけど、妻が夫に尊敬の念を持つ限り愛は消えへんのや。その証拠に手に職を持たんただの男は結婚しても尊敬を維持でけへんから離婚率が高いんや。音楽家や芸術家や私のように専門職などスポーツ選手でもええ一芸に秀でたもんは、いつまでも妻から尊敬され夫婦円満のケースが多いんや。要は男が見える形で価値を下げなければ、いつまでも女はその影響下にあってくれるということや。これが男女間の真理なんや」


 「男の価値は努力の末に得たスキルで決まるというわけだ」


 「もちろんこんな考え私の自論やけど、何もない男は家に帰るとステテコ姿でソファで寝そべりビールでも飲みながらテレビを見るばかりやろう。そんな姿に妻は尊敬の念をもてるかいなぁ・・・翔介、おまえかてそうやで、何もあらへんただの小学生にいつまでリクちゃんがついてきてくれるかなんてわかったもんやない。リクちゃんがおまえのことが好きなんは、イジメから守ってくれるだけやのうて、何事にも一生懸命取り組むおまえの姿を目の当たりにしているからで、そこに尊敬の念があるからや」


 (お~う尊敬の念か・・・スィラブにもない強力なアイテムになるな、これは・・・でも待てよ・・・)


 「でも、夫だって外では働いているわけでしょう。だから、自宅で寛ぐぐらい、いいんじゃないのかな」


 「そこに大間違いがあるんや。妻に限らず子供たちだって目に見えるものしか判断材料にでけへんやろう。いくら職場で颯爽と働いていても、そんなもんは家族からは見えへん。そやさかい妻は、夫の仕事で疲れ果てた、だらしのない姿に幻滅して装うのに手抜きをして最終的にはしなくなることで、互いに刺激もなければ会話のないただのつまらん夫婦に成り下がるんや」


 「離婚が年々増えていく理由は、本当に、そのあたりかもしれないね。でも、手の打ちようはあるんでしょう、秘訣みたいなもんが」


 「もちろんや。夫婦円満の秘訣は寝室を分けて夫婦それぞれの部屋を持つことなんや。自室では自由にダラダラと寛ぐのはええけど、共有スペースではそれぞれが夫としての妻としての役割を演じなければあかんのや。それが私たち夫婦であり、おまえの両親の姿やないか。おまえの父さんはステテコ姿でだらしなくソファで寝そべりビールを飲んどるか、ないやろう」


 「たしかに父さんは自室ではロックガンガンでダラダラだけど、母さんの前ではキチッとしてる」


 「ええか翔介、ソファでパンツ姿で寝そべりビールを飲みながらテレビは、何もない男の特権であって、おまえの父親のように社長業のように目に見える確立したスキルをしっかりもった男なら、妻からも家族からも尊敬されてそんな姿を逆に家族であっても見せへんのや」


 「なるほど!見た目だけで好きになったカップルは幻滅が発生すると、すぐに壊れるのは尊敬の念が欠けているからだね」


 「そうや、美男美女のカップルであっても男にスキルが何もない顔がいいだけであれば、すぐに飽きられてしまういうことや。翔介、おまえのように母親に似て顔もよくスキルアップの為に努力を惜しまん男についてきているのが今のリクちゃんなんや。だからその地位を維持して、おまえが先達となっていい影響者となれば、おのずとリクちゃんのスキルもあがり、より日本人らしいアイデンティティを身につけることができるというわけや。逆に悪い影響も受けるさかい気をつけろよ、言葉使いとかな」


 「わかったよ、僕はリクから常に尊敬されていなければならないというわけだね。そうでないと彼女は僕が、いくら良い話をしようが何も吸収しなくなるわけだ」


 「そうなんやけど、言うんは簡単で、なかなか難しいことやぞ。絶対にリクちゃんの期待を裏切ってはあかんいうことや。最初はさほどでもないけど女の吸収力はホンマに凄く早おてすぐに大きゅうなるさかいな、グズグズしとるとすぐに追いつき追い越されてしまうで」


 「期待を裏切るなか・・・」


 「ウソと裏切りが一番ダメージが大きいことをよう覚えておきなはれ。それするとすぐに幻滅が出てきよるさかいにな」


 「愛想をつかされるというやつだね」


 「上手いことを言う。翔介は愛想をリクちゃんにつかされんように、おまえ自身が精進を続けて常に格好よくなくてはあかんいうことや。それができてこそ、あの子は、はじめておまえの思い描くような子になるちゅうことや」


 「格好をつけて生き続けろということだね」


 「そういうことやな。気をぬかない日々の精進がなければ、女達からの幻滅は避けられへん」


 「うん、わかったよ」


 「私ぐらいになると最初こそ聡子に格好をつけるため演じていた生き様やったけど、いつのまにか標準化してしまい、なんとかこん歳までうまくやってこれたけど、おまえの父親のように、豪快な人柄が地にあって崩れんあの有様が、私がおまえの父親を尊敬している理由や。おまえもあの直輝君の血を受け継いだ身や、日々精進を重ね地として乱れない男になってみてみ。なかなかええ男になるで」


 「わかったよ、爺ちゃん。ありがとう霞が晴れた気分だよ。まずは、どう先達であるかを考えて爺ちゃんに報告するから、それを吟味してアドバイスをお願いします」


 「吟味やて?おまえはホンマに10歳なんか、わしは怖くなってきたわ」


 機嫌よく声を大にして笑う爺ちゃんだった。


 俺は、爺ちゃんからの教えに従いイバラの道を進む事になる。リクの前ではだらしない格好禁止で、常に気を張って生きていかなければならなくなったのだ。


 「慣れれば地になる」

 爺ちゃんの言葉を信じてだったが、なかなか辛そうに思えた。


 (あ~俺だってハーレムを育みながらの冒険者生活の方がよかった)


 俺は、この走馬灯ワールドに送り込んだ何者かを呪いたくなったが、ノッコと爺ちゃんに再会できた事を思うとそうも言ってはいられない。


 そんな俺に、リクから大幻滅されかねない最大のピンチがやってきた。

 

 京都での滞在も一週間を過ぎ、様々な稽古の合間にリクを連れて奈良や琵琶湖にも行ったし、京都観光はこの先の予定にしていた矢先に、俺は、リクに自身の変態性を晒した姿を見られたのだ。


 リクが一人寝を怖がることから10歳ということもあって母さんが使っていた部屋をニ人、いやノッコを入れると三人で使っていた。


 この部屋には学生時代までの母さんがあった。


 中でも興味を惹いたのはレコード・CDとコミックコレクションだ。


 レコードは予想通りバッハを中心にクラッシックばかり、コミックも『日出処の天使』に『あさきゆめみし』『天上の虹』『レディーミツコ』など歴史物が中心でリクにも読ませて勉強させた。


 当初はベッドをリクに使わせて俺がノッコと下で寝ていたが、リクが、「私も一緒がいい」と言って、俺とノッコの間に割り込んできたことから、三人でベッドに寝る事になった。


 だが、涼しい風がはいるとはいえ、ノッコは暑苦しくなったのか、一人下に避難する。

 

 すると、俺はリクの可愛い寝顔よりもノッコの横を選び、下にコソッと降りてここぞとばかりノッコの肉球をマッサージしながら匂いを嗅ぐという行為に耽った。


 クンクン クンクン クンクン


 そこを枕元のライトをつけたリクが目撃して、


 「翔介、何してるの?」


 俺がまさにノッコの肉球の匂いで悦に浸っているのを上から覗き込んできたのだ。


 そう、俺は大の肉球フェチなのだ。


 犬好きナース藤村咲子との付き合いで教えてもらった、なんとも芳ばしい香に俺はすぐに夢中になり、それを毎晩密かに楽しんでいたというのにリクに見つかってしまった。


 まさに、変態趣味お楽しみ中を覗かれた気分で、俺は慌てて飛び起きてリクの顔を見るが、軽蔑したような様子はないが、


 「どうして、一人にするの」


 そっちを怒り、俺を自分の手元に引き寄せてくる。


 「翔介は、ここでしょう」


 そう言って、俺の寝る場所をパンパンと手で叩き指定して枕まで直してくれた。そして俺の胸の中に顔を埋めて寝るのがリクだった。


 どうやら俺に幻滅した様子はない。


 ホッとする。


 俺はノッコにするようにリクの頭を撫でてやると、すぐに寝息を立て始めたリクだったが、朝、目覚めるとそのリクが、俺がしていたようにノッコの肉球をベッドの下で嗅いでいたのだ。


 「おはよう、翔介。どうしてノッコの足の匂いのこと、教えてくれなかったの、コーヒーの匂いみたいで私も好き」


 そう言ってノッコと並んで寝そべるリクは、自分の鼻前にノッコの足を持ってきていたのだ。


 (あ~リクも変態の仲間入りだぁ~)


 なんて思うも、そこを一緒に嗜んでくれるのならばと俺は、幻滅されなかった事も併せて歓迎したのだった。



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