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あいつは俺の仇!  作者: 方結奈矢
第一部 四年生編
6/58

密約

 明日からは待ちに待った夏休みだ!


 俺は、退屈極まりない小学校に行かなくていい事を喜びつつ、風呂上りにきれいに片付き居心地のよくなった自室でこの一学期を振り返った。


 階下から姉たちの笑い声が聞こえる。ノッコが活躍中のようだ。


 4月からの走馬灯ワールドでの初日にリクと出会い、俺はこの少女に、「デカッ」と叫んでしまった事からイジメが始まった生前ワールドでの事を思い出し、当初の復讐方針を改めた。


 モデルとしてブレークしたタイミングで貶めてやる作戦を捨て、代わりに大いに協力してリクがモデルとして成功してからのプロポーズを俺は承諾するも絶妙なタイミングで死んでやる作戦に切り替えたのだ。


 絶妙なタイミングとは、俺が死ぬはずの30歳になる少し前の3月23日の事で、リクの生涯に淡くではなく色濃く残る悲しい思い出を刻み付ける事で“俺を殺した”という復讐を遂げた事にするのだ。


 そして、その時こそリクの記憶にイジメた俺なんていない、何もかもがうまくいった木村佐和子の待つ生前ワールドに帰れると信じたいけど、そうは問屋さんで成仏してしまう可能性も当然あるわけで、というかその確率が一番高いような気がすることから、再度復讐方針を変更した。


 (成仏なんかしてたまるか!もし、あの時に帰れないのであれば、絶妙なタイミングで死んでやる代わりに、プロポーズされたらふってやることでゲームをクリアしたことにして報酬としての30越ライフを満喫してやる!スィラブの新作するぞ!)


 そんな願いを胸に秘めて復讐の完遂を目指す事にした俺だった。



 リクを取り巻く一学期最初のトラブルは、もちろん畳屋、河島登によるスカートめくり事件だったが、翌日の最初の学級会でも発生する。


 転校生には本来親切であるべきなのに、リクへの美なやっかみから誰もがやりたがらない役職を二つも押し付けようとする奴がいたのだ。


 「転校生なんだから当然よね、お願いね宇津伏さん」

 クラス委員長に選ばれたばかりの女子リーダー坂之下早百合の発言で、リクは園芸委員と飼育委員に任命された。

 

 クラスごとに割り振られた花壇の整備と校舎裏にある日当たり悪いウサギ小屋の当番管理だ。


 「二つもめんどくさい役をさせるなんて、おまえら酷いな。だったら僕も宇津伏さんと一緒にやる」

 この発言で、俺は自分の立場をクラス中に明確に示し、早くも噂になっていた、「手を繋いでいる」が本物であるのも示した。


 坂之下と一緒に俺もクラス委員長に選ばれて前に立ち司会をしていたが、


 「待ってよ加羅君、どこいくの」


 追いすがるような目をする彼女を振り払い次席だった人気男子イケメン栗林正義の肩を叩きその役を譲り自席に戻った。


 こうして俺とリクは、誰もしたがらない役職を二人で二つもこなす事になり、あれほど臭くて汚かった飼育小屋をまずは大掃除して、次に破れた網の修理とペイントまで一週間かけてしてしまったのだ。


 三匹のウサギたちは(たらい)風呂にも入れて綺麗にして、毛ブラシや爪切など日々のケアを充分にする事で見違えるように美しく可愛くなった。


 退屈極まりない小学校生活にあって、休憩時間の格好の憩いの場所を俺は自ら作ったのだ。


 休日もリクと二人してノッコの散歩を兼ねて用務員のおやじと一緒によく世話をしたものだ。


 この事は、他のクラスがほとんど手入れ不足から花のない花壇にあって梅雨時に見事に枠いっぱいに咲かせた紫陽花が先生たちから評判がよかったのもあり、終業式で俺とリクは名指しで校長から賞賛され、成績表にも反映された。


 社会見学で訪れた広島ならではの原爆ドームがある平和記念公園での慰霊碑巡りでは、外国人観光客と英語で巧みに会話するリクと仕事上で必要だったので覚えた巧みでない俺は注目を集めた。


 これはリクのスキルの高さを示すために俺が事前に被爆当日、多くの中学生が集められて建物疎開作業を行っていたため多大な犠牲がでた事などを教えていたのだ。


 その知識を、動員学徒慰霊塔の前でイギリス人家族の前で披露しクラスで一目おかれるようになったリクの姿に満足する俺だった。


 毎朝続くかに思えた黒板への俺とリクの相合傘の落書きは二週間もすると散発的になりゴールデンウィーク前には完全になくなっていた。

 

 俺とリク、周りがどう騒ごうとも、どこ吹く風で二人だけの独自の世界観を構築していたからだ。


 逆に、俺とリクの輪に仲間入りを希望するものが増えたのも収穫だった。


 一学期で一番手をやいたのは、執拗にリクのスカートを狙ってくる畳屋じゃなく、嫌がらせ目的の上級生女子たちの方だった。


 六年生男子の中で大人びたリクが、「きれいな転校生」として評判になり声をかけてくるものが多かったからだ。


 それを妬いた女子グループが理科準備室にリクを呼び出してイジメた事で、俺は、怒り動いた。


 リクが誕生日に買ってくれた俺とお揃いのウッドスットクのハンカチが足で踏まれ破かれたのだ。


 リクが、校舎の片隅で、破れたハンカチを手にして泣いていたところを探していた俺が見つけて事件は発覚する。


 6月になって最初の月曜日一時間目のクラス会中に、俺は担任の石原先生に、


 「先生、宇津伏さんが六年生に理科準備室に呼びつけられてイジメられました。暴力もあったようです。大事にしていたハンカチが破らました。僕はそのことを抗議してきます」

 事情を一方的に告げ、六年二組の教室を静かにかつ丁寧に襲撃した。ちなみに博子姉は一組だ。


 「おい、おまえ、うちのクラスメイトの宇津伏さんを寄って多寡ってよくもイジメてくれたな」

 俺はリクイジメの主犯格、沢餅秀佳を割り出していてその前に立って担任も生徒も驚く中そう言い放ち、最終的には隣のクラスからも一人その場に呼びつけて五人揃ったところで、


 「おまえらは、多々見勲が好きで、その多々見が宇津伏さんに甘い顔をするものだからそれが気にいらずに嫌がらせをしたんだよな」

 俺は、元は新聞記者だ、情報源を明かすような事はしないが多くの目撃証言を集めたメモを見ながら、


 「おまえとおまえが、宇津伏さんのハンカチを足で踏んで破いたんだよな」

 「おまえは、ほっぺをつねったらしいな」

 「そして沢餅、おまえ脛を強く蹴ったらしいな」


 グウの音も出ないように語り聞かせ一人を泣かせ、主犯格、沢餅秀佳が罪を認める頃には全員を泣かせてやった。


 当然、教師たちは、教頭までがやってきて俺の乱入騒動を止めにきた。


 「加羅、たいがいにせんか。イジメなんていうものはする側はもちろん悪いが、される側にもなんらかの問題があるもんなんじゃ。こがぁな一方的に、それも授業中に騒ぎを起こすやら、もってのほかじゃ。加羅の親御さんにゃぁ学校に来てもらわないとならんの」


 この教頭発言に、俺の記者魂に火がついた。


 「教頭先生は、こんなイジメをするような連中を庇うんですか。こいつらも罪を認めたことですし、俺、親を通してPTAに計り市の教育委員会に申し立てをしますからね。それとも新聞社でも呼んだ方がいいかなぁ〜。俺、全部時系列で何もかも話しますよ、集団暴行事件としてね、教頭先生の今の問題発言も含めてね」


 この発言で、それまで穏便に事を済ませようとしていた教頭が、ハンカチで額をぬぐいだし口を閉ざした。


 そして多々見勲にもご登場願い、


 「リクにちょっかいを出すのはいいが、こうなることぐらい予想しろよ、このボケがぁ。そこまで頭が回らんのなら、このクズ女たちに囲まれていい気になって喜ぶだけにしとけよバーカ」


 俺の大人相手に磨いてきた記者視線と、この台詞であらあら多々見君の白いきれいな顔が歪み、泣かせてしまいました。


 こうして全校生徒の前でリクに六年生女子五人組と多々見勲が謝罪する事で穏便に収めた俺は、すぐに、


 「上級生であっても平気で喧嘩をする奴」


 として学校中に広まり特にクラスではリクに手を出すとどうなるかを示す事に成功した。


 まぁこの事件で、リクへのイジメの本質が把握できた。


 広島市内の片田舎の小学校に、凄く大人びた美しい少女がやってくると“洗練”とは縁のない芋ばかりの小学生女子にとってはお気に入り男子が「取られるかも」と脅威になる事から嫉妬交じりの嫌がらせが、リクへのイジメの本質だったのだ。


 そんな女子たちに「気に入られたい」というお調子者男子たちまでがこれに加わっていたのだ。


 それを知ってしまうと後は簡単だ。


 反リクの空気を流すリーダー格の思惑を打ち破るように、

 

 「リクは、親しみやすく優しい奴だ」


 影響力の増した俺が、空気発生源になり広めた結果、終業式の頃にはリクにも女子友ができていたのだった。


 ◆


 一学期を振り返るなら俺のスケジュールの大半を埋めるようになった数々の習い事だが、まだ余裕もあり新たな企みを持っていた。


 それを母さんに要請するタイミングを計っていたが意外な形で実現する事になる。


 俺は、ノッコに寝る前の歯ブラシとブラッシングをすませ飲み物を枕元に置いて寛いでいると、もう寝たであろう姉たちに気取られないように小さなノックと同時に予告なく母さんがやってきた。


 「翔ちゃん、成績表凄かったわね学年で一番だなんて、それでね話があるの・・・あなたそれは何?何を飲んでいるのジュース?」


 (これはまずい!)


 中学生の時にエロ本を見つかった時や、高校時代に川村美穂を連れ込んでイチャイチャしていたのを見つかった時以上にまずい状況だ。


 俺は、この走馬灯ワールドにやってきて体が小学生になったからといっても長年の習慣まではやめられない。


 喫煙家でなかったのは幸いしたが、俺は晩酌を我慢しての寝る前の楽しみ日課ビールを飲んでいるところを現行犯で見つかったのだ。


 「何よこれビールじゃない」


 母さんは、ひとくち俺のグラスに口を付けて叫びはしないが詰問口調でそう言った。


 “万事休す!”


 生前の俺なら700㎖三~四本は軽く飲めていたけど、この体になってからは、350㎖一本を持て余しながらも飲んでいたのだ。

 

 それも冷蔵庫に入れておくわけにもいかずにグラスに氷を入れてだ。


 入手元は、お手伝いの一環で近所のスーパーで買い物に行く際に、年齢確認もない時代というのもあって、


 「こっちはお父さんのお使い」

 とか言って別レシートでいつも値上がり著しい小遣いから缶ビール六本セットを買っており、エロ本の隠し場所として中三から頻繁に使用する天井裏を保管庫にしていた。


 そこから冷えていないビールを取り出しては、毎晩寝る前に残念ロックビアを楽しんでいたのだ。


 父さんは、黒ラベル派で大瓶を酒屋から仕入れているために冷蔵庫からくすねる事はできなかった。仮にできたとしても俺はキリン派でやっぱり“一番搾り”が飲みたかった。


 「翔ちゃん、あなたは誰なの」


 母さんからのこの問いに、俺は一縷の望みを見出し、父さんも呼ばれて叱られるものと思って硬くしていた体を正し、母さんと正面から向き合った。


 「僕は僕だよ」


 俺は、母さんが感情的にならずに冷静になって俺と対話してくれるならと二通りの変貌ぶりの理由を用意していた。


 この場合はどちらで対応するべきか判断材料を探す。


 母さんの目が怒りと恐怖に震え、俺の正体を異星人か何か得体の知れないものに仕立てて問い詰めてきた場合は、


 「お前の息子は、俺の中で人質として生きている」

 なんて言って、ここ最近呼び出していない10歳の俺に登場願い、


 「お母さん助けて、僕はここで」


 とでも言わせて、脅迫するつもりだった。そして、その後は、


 「いいか、もしこのことを他言するようであれば、次は娘達だからな」


 この台詞をしっかり決めて、俺はベッドにでも倒れ込み、後は、本来の俺に任せ、泣き出しでもすれば事はおさまるはずだった。


 まぁ精神科に連れていかれるかもしれないが、その後は二重人格者を演じていればいいわけだ。


 もう一つは、母さんが悲しみの顔つきで俺を問い詰めてきた時だ。正に今は、これだった。


 「母さん、僕は僕だよ。ウソだと思うなら、どんな質問をしてくれてもいいよ。二人にしかわからない内容の話ならいくつでもあるだろう」


 「・・・」


 「僕が、母さんを母として認識できた最初の出来事は三歳の時だよ。お昼寝中の僕がハチに刺されて泣き出した時だよ。いきなり大声で泣き出した僕の所に駆けつけてきて、僕の首元から飛び出してきたハチを見つけて手で叩き殺してしまい、すぐに治療してくれた時から、僕は母さんを助けてくれる人として認識できたんだよ」


 母さんにも当然思い当たりがあり、動揺を隠せない様子だ。


 「始めて映画に行った時だって覚えているよ。僕はまだ幼稚園児だったけど母さんと二人でピアノレッスンを見に行ったよね。僕はまだ幼くその内容は覚えてないけど、浜辺に置かれたピアノの映像とあのメインテーマだけはよく覚えてるよ」


 俺はそう言うと、ベッドから出てピアノの前に座りマイケル・ナイマンのあの印象的なメインテーマを弾いて聞かせた。


 ♪~


 しばらく俺の演奏に寄り添ってきたノッコを撫でながら耳を傾ける母さんだった。


 「わかったわ、翔ちゃん。だったら教えて、なぜ翔ちゃんはそんなに急に変わってしまったの。何があなたにあったの?」


 俺は、母さんから慈しみある表情でのこの問いを待っていた。


 ここから俺は、この走馬灯ライフを快適に過ごすために罪深さを認識しながらも一世一代の大ウソをつくことになる。

 

 まずは、幼さを前面に出して、


 「母さん僕は夢の中で凄い人に出会ったんだ」


 偉大な人物から夢のお告げがあったかのような事を母さんに語る。もちろんウソだ、大ウソだ。


 「夢?」


 「そうだよ。夢なんていうものは、目覚めたら内容の大半は忘れてしまうものだろう。でもあの日に見た夢は、目覚めてもその内容を忘れることなく鮮明に覚えているんだ。そして今も、毎晩見るんだ」


 「どんな夢を翔ちゃんは見たというの」


 「僕が見た夢には、昔の服装をした変な髪型の僕と同い年ぐらいの真魚(まお)って子が出てくるんだけど、」

挿絵(By みてみん)


 「マオ?」


 「そうだよ、真実の()()と書いて“真魚(まお)”そいつがそう名乗ったんだ。でね、その真魚君が僕にいろいろ語ってくれるんだ。故意に生き物を殺してはいけないとか、与えられていないものを自分の物にするなとか、内容のないことを口にするなとかいろいろだよ。乱暴な言葉もダメなんだよ」


 母さんの顔が強張ってきた、計算通りだ。ここでキリスト様やお釈迦様を出したのでは信憑性の問題からダメだ。「真魚君」がいいんだ、真魚君ならグッグッと信憑性が上ってくる。


 「翔ちゃんは、その真魚君と夢の中でいつもお話をしているの」


 「そうだよ、こうやって寝る前にお酒を飲んで寝ると夢の中で真魚君に会えることを教えてもらったんだ。そしていろいろと夢の中で教えてもらうんだ。だからね、だからね、僕はこうやって美味しくもないお酒を頑張って飲んでるんだよ。氷で薄めているけど本当に美味しくないんだ。でもね真魚君すごい秀才で会いたいからしかたがなくて・・・」


 「そうなのね、翔ちゃんの夢の中の先生は真魚君と言うのね、間違いない?」


 俺は勝負時を見極め大きく、「そうだよ」頷いた。


 「わかったわ、翔ちゃん」


 「本当に、僕の話を信じてくれるの?」


 「ええ、信じるわよ、だって翔ちゃんのここ最近の変わりようが不思議だったから・・・でも真魚様と翔ちゃんが対話しているなんて・・・ねぇ翔ちゃん、翔ちゃんは、その真魚様が誰だか知っているの?」


 真魚君が「様」に変わった、この母さんの変化で俺は勝利を確信して、またウソをついた。


 「真魚君は真魚君だよ。とっても優しく凄い秀才なんだよ。算数から国語まで、なんでも教えてくれるし、いろいろ質問してもちゃんと答えてくれるんだ。今晩はね、書道を教えてもらうんだ、真魚君、習字がめちゃくちゃうまいんだよ」

 

 《当たりまえだろう!三筆様だぞ~》


 「翔ちゃんは真魚様のお弟子さんなのね、凄いわね。本当に凄いわ!だったらお母さんも協力するわね」


 待望の台詞を簡単に引き出せた俺は、笑顔で大きく頷いたが、あまりに予想外の展開がこのあとに待っていた。なんと母さんは、自分のグラス持参で冷蔵庫から黒ラベル大瓶と柿ピーを持ってきたのだ。


 (おい、俺はそんなに飲めないよ・・・)


 そして俺は、母さんから注がれた久々に冷えたビールで親子の会話を深めていくのだった。


 「翔ちゃんは、リクちゃんが好きなの?」


 恋バナまで母さんは、酔いにまかせて持ち出してきた。


 「もちろんだよ。そんなのあたりまえじゃないか。リクは大好きだよ」


 照れもなく即答する俺に驚く母さんだった。


 「どんなところが好きなの」


 「そうだなぁ~あいつ、ああみえても甘えん坊だけど、しっかりもしてるし、なんせノッコがよく懐くほど優しい子だよ」


 「じゃあ、翔ちゃんはリクちゃんを恋人にするの」


 (ほら、きた)


 「どうしてそうなるのかよくわからないよ母さん。クラスの連中もそう言って僕を冷やかすけど、僕はそんなつもりでリクといつも一緒にいるわけじゃないから。あいつがイジメられているのが許せなくて庇うためで、最近はずいぶんイジメが減ったから、そろそろ僕はお役御免だよ」


 「だったら、どうしてお爺ちゃんの所まで一緒に連れて行くことにしたの?」


 「それは、あいつが僕の親友だからだよ。あいつと一緒だと楽しいからね」


 ここもウソだ。リクを京都へ連れて行く理由は別にある。


 母さんは、俺がまだ恋心を認識できないただのガキであるのに少しばかり安心したのか、この話をここで終えたが、真魚君の話になると少しばかり熱を帯びてくる。


 「いいこと翔ちゃん、たとえ同い年ぐらいでも真魚君なんて呼んだらダメよ。真魚様は翔ちゃんの先生なんだから今度から真魚様とお呼びしないさい、わかったわね」


 目論み通り母さんは、真魚君が誰なのかを知ったうえで俺に語り掛けてくる。なんせ母さんは、俺が目指せど高嶺で近寄る事すらできなかった日本一の大学の文学部を母校に持つのだ。学部は違うが父さんもだ。


 「うん、わかった」


 今後、俺はレシートを分けることなくビールが買えるようになったが、キリン派を主張することなどできるはずもなくお使い時には、母さんの好きなスーパードライを買う事になった。どうやら今後は、俺とこうやって差しで飲むのを楽しむようだ。


 こうして笑顔となった母さんと冷えたビールにありつけるようになった俺の密約が成立するが、最後に母さんは、この俺にもってこいの話を持ち出してくる。


 「そういえば翔ちゃんは、成績がダントツで学年一位だったそうだけど、この先を何か考えているの?お母さんそれを聞きたくてここへ来たのよ」


 ここで俺は、(ナイス母さん)と心内で叫び、自分が退屈な授業中に取り組んで使っているノートを渡した。


 母さんは、それを手にしてページを開くと、すぐに驚きを声と顔で表した。


 「何よ、これ・・・集合と命題じゃない。こっちは二次関数問題、翔ちゃんこれが解けるの」


 「それは解いたけど、この問題集は少しばかり苦戦中だよ」


 俺はここで引き出しを開けて誕生祝の図書券で買った問題集の一冊を母さんに渡した。


 母校の名前を目にして驚愕する母さん。


 「何よ、これ数学社の赤本じゃない、それも東大の・・・これが翔ちゃんに解けるというの・・・」


 「解けるのもあれば解けないのもあるのが現状なんだ。そこで母さん僕の頼みだ。もし母さんにそれが全部解けるようであれば茶道同様に僕に教えて欲しいし、もし無理なら家庭教師を頼みたいんだ」


 俺は、自覚していた。焦りがあることを。


 リクが将来体験するであろうパリモードワールドは俺がノンベンダラリンと生きていたのでは到底太刀打ちできないワールドなのだ。


 復讐の為に、どうしても将来リクに俺を惚れさせないとならない焦りから、俺は、【幻滅】を解消する手段に解りやすく大学卒業後に得る事ができるであろうスキルに期待した結果がこうなったのだ。


 母さんは、赤本と俺のノートを開き交互に見ては考えている。


 そしてさすがに母さんだ、試すようにいくつかの問題を俺に投げかけたあとに俺の現状を把握したようだ。


 「翔ちゃん凄いわ、凄すぎる。これも真魚様効果なのね。でも残念だけど、私が教えるのは無理よ。もっと優れた家庭教師がいるわね。それとも高校生に交じっていい塾に行くかよ」


 俺は三姉弟を名門だが私立の大学に行かせてくれた父さんの経済力に早くから甘える事になる要請をする。


 「ごめん母さん、僕は今の習い事をどれもこれも極めるつもりなんだ。時間的な余裕もないからなんとか家庭教師を頼みたいんだ、お願いします」


 情けないぐらいの焦りから俺は母さんに頭を下げた。


 「わかったわ、翔ちゃん、少し時間をちょうだい。夏休みからの家庭教師をすぐに探してみるわね」


 これには俺が困る。


 「母さん、夏休みは予定がいっぱいなんだ。爺ちゃんに相談があって、そのあとにくるであろう課題に夏休みは時間を割かなくちゃならないんだ。だから家庭教師は二学期からで頼むよ」


 「翔ちゃん、お爺ちゃんの課題って何かしら」


 「それはまだ爺ちゃんに会ってからでないとわからないよ、それを知りたければ僕が京都から戻ってきてから爺ちゃんから直接聞いてよ」


 「いいわ、だったら翔ちゃん、宇津伏リクちゃんは邪魔じゃないの、京都行にしても」


 母さんはどうやら以前に言っていたように将来展望に関わる大事な話を夫でなく、大学教授である父に語ろうとしている事を推察してそう言った。


 「母さん、それは大間違いだよ。僕がこうも頑張れる原動力はリクなんだ。母さんには今はわからないだろうけど、リクは将来凄い人になるらしんだ。それを教えてくれたのが、リクと出会った日に出会った真魚君じゃなくて真魚様なんだよ。だから僕はこうも向きになって彼女を庇っているんだ」


 「彼女を って・・・そうなのね、宇津伏リクちゃんとの出会いは真魚様が意図したのね・・・」


 頷く俺を見て母さんは、納得したのか立ち上がり俺の部屋からビールの痕跡を消して、


 「おやすみ翔ちゃん。早く真魚様の所へ」


 立ち去っていった。


 俺は、最大の難関をクリアした喜びをガッツポーズで決め、リクにも語っていた真魚様の事を思い出す。


 「なぁリク、アニメ作品にしろマンガにだって魔法なる言葉がたくさん出てくるだろう」

 俺は、リクが見ていると言った放映中の「おジャ魔女どれみ」話からそう話を振ったのだ。


 「魔法なる言葉?」


 「そうだよ、魔法使いに魔法具に魔法獣、魔法陣とか色々あるだろう」


 「うん、ハリポタの魔法学校もだね」


 「そうだ。でもな、どれもこれも異国情緒あふれたものばかりだけど日本にも平安の昔から魔法を使う、凄いお坊さんがいたんだぞ」


 「安倍晴明だ」


 俺はこの年の秋に公開が迫っていた映画安倍晴明をリクに見せるために夢枕獏の小説を読んで聞かせたばかりだから、即答が出てきた。


 リクはどんな大人向けの本であっても一部を解説しながら読んで聞かせてやると、後は辞書で漢字を調べながらでも自分で読むのだ。

 

 ニューヨークでリクの両親が日本語を学ばせる手段に読書を特に推していたようだ。


 「残念でした、違うよ。安倍晴明という人は陰陽師だから魔法使いというよりは、呪術師だね」


 「呪術師?・・・魔法使いとの違いはな〜に」


 「そうだね・・・呪術師は安倍晴明のように目に見えない霊的な力を行使して神々と対話したりするいわばシャーマンみたいな感じかな。でも魔法使いは持って生まれた才能を修行で磨き超常現象を起こせるような超能力者みたいな感じかな」


 俺は生前ワールではよく見たアニメ知識からそう語り、話をつづけた。


 「そもそも西欧諸国で魔法使いなんてものが頻繁に登場するのは、500年前ぐらいの中世からであって、日本には1300年以上も前から魔法使いがいるんだぞ」


 そう語り、真魚君の事を語った。


 「その真魚君が魔法を使った痕跡は、北は北海道から南は鹿児島まで日本各地の至る所に数百も残っているんだぞ。それを多くの先人達は信じて現代まで大事に言い伝え守ってきたんだ」


 「数百もあるの?凄いね」


 「ああ凄いな。その中には、そのウソみたいな話が国の重要文化財に指定されているものまであって当時は映像で記録するなんてできなかったから証拠はないけど、1300年以上もの間、伝説として残っているところが凄いんだ」


 俺はリクにスマホから得た知識を語り始めた。


 「たとえばさぁ福島の猪苗代湖畔に残る伝承では、村娘が少ない水を真魚君に全部あげたんだって、そうしたら次の朝、磐梯山の麓が湖になり水が豊かになったとかさぁ。これが現在の猪苗代湖なんだって」


 俺は地図帳を取り出し猪苗代湖を指さした。


 「凄いね、真魚君。これを魔法で作ったんだ」


 リクは、可愛い。地図帳を見てこんな話をすぐに信じる。


 「静岡の修善寺町の桂川上流でも真魚君が岩盤を独鈷(とっこ)で打つと加持された熱湯が湧き出て薬湯になったんだって。それが現在の修善寺温泉なんだよ」


 地図帳の指は福島から伊豆半島に移した。

挿絵(By みてみん)

(独鈷)


 「温泉って行ったことがないよ。お湯なんでしょう。やくとうってな~に」


 京都では温泉プランの追加がこの時に決まったが、木村佐和子の事を思い出してしまった。


 (あ~温泉ドライブ旅行・・・修善寺温泉・・・)


 「長野の下伊那では真魚君は、貧しい村民たちを哀れんで銀杏の杖で岩の根元を突き塩水を湧き出させたんだ」


 地図帳は長野県の最南端にある大鹿村あたりを指さしていた。ここは神秘の塩として山間の村なのに塩水が湧き出て良質な塩が採取できる。


 「ここら辺にリニアの駅ができるんだぞ」


 新聞記者ならではの情報まで口にしたが当然リクは、


 「リニアノエキってな~に、お薬?」


 ということになる。

 俺はそれもめんどくさがらずに全部を丁寧に教えた。もちろん真魚君の大人になってからの名前「空海」も合わせてだ。


 俺は、真言宗徒ではないが空海ファンで高野山を幾度も訪れていた。この夏休みの京都滞在では、空海さんに会わせるためにリクを東寺に連れて行くつもりだ。


 この後、リクも真魚君ファンになり、実在した魔法使いとしてあれこれ空海伝説を調べる事になる。


 あ~ 南大師遍照金剛  南大師遍照金剛 南大師遍照金剛

だぜ!

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