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あいつは俺の仇!  作者: 方結奈矢
第三部 六年生編
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無謀な賭け


 小学校生活最後の学期が始まった。


 「翔介君これはどういうことかしら」


 晩になって我が家のリビングで俺の帰りを待っていたのは俺の両親とリクの両親だ。リクもいるしイザベラまでいる。


 卓上にあるのは、俺が撮影したリクの写真七枚が一枚の用紙にまとめられプリントアウトされたものだった。


 「これ、僕が撮影したものですね。これがリクのご両親の手にあるということは反応があったんですね、エミール・ダルランから」


 (やったぜ!ベイビー、思惑どおりだぜ)


 「ええ、こんな物をいただいたわ」


 リクママが提示してきたのはフランスからの封書だった。


 (二ヒヒヒヒきたかきたかやっぱりきたか)


 俺はここで自室に戻り何冊かの雑誌と市立図書館から借りていた写真集を持ち出してきた。


 「これがエミール・ダルランの写真集です」


 そう言って俺はリクママとパパにそれぞれ一冊ずつ渡した。


 パパさんへの一冊には、世界中の秘境を巡った大自然派カメラマン、エミール・ダルランの姿があり、ママさんへの一冊には、パリの街を舞台にしたトップモデル達を被写体にしたエミール・ダルランがあった。


 「彼は世界最高峰のカメラマンで、パリモード界では商業用のカメラマンとして一流ブランドのほとんどを担当しています。カタログから雑誌から店のディスプレイ用の写真素材までモデル撮影をさせたら彼以上の存在はいないと言っても言い過ぎではありません。ここ広島のデパートでもそうですよ、高級ブランドエリアのディスプレイは彼の作品展みたいなものです。そして何よりも彼の評価が高いのはモデルの発掘力です。もう30年以上も彼はトップの座にあり続け、その間に多くのモデルを見出しています。そして例外なくそのモデル達がブレークすることでも有名なんです。そんなエミール・ダルランがリクを認めてパリに来いと言っているはずです、その手紙では、違いますか?」


 フランス人にとってこれは凄い事と言わんばかりに興奮が隠せないイザベラの方を俺は見た。


 「翔その通りよ、エミールからの手紙では、費用も全部負担するから両親共々急いでリクちゃんをパリへと誘っているのよ、あのエミール・ダルランがよ、凄いわ、凄すぎる!」


 「やっぱり」


 俺はこんどは輸入ファッション雑誌の方も皆に配った。


 「全部表紙は彼がスカウトしたモデル達ばかりで、彼の撮影によるものです」


 しばらく皆はそれに見入るが、リクだけはじっと俺の方を見たままだ。


 「どうです、これがエミール・ダルランなんです。彼がリクにパリに来いと言っているんですよ」


 「待って翔介君、あなたはもしかしてこんなことをリクと出会った時から考えていたの?」


 リクママは、グレース・ケリーも表紙を飾った事のある手にした権威高い雑誌を掲げてくる。


 「その通りです。リクはスーパーモデルになる素材を持っていると出会った時から思っていました。だから、僕はリクに様々なことを学んでもらいたかったんです」


 「それがフランス語だったのかい」


 「リクパパさん、フランス語だけではありません。日本のグラビアモデルと違ってスーパーモデルというのは見た目以上に中味が問われる職種なんです。美しくかつ鮮麗された行動美学も必要であり、そして個性として独自のアイデンティティがなければ大成できません」


 「それがリクにはあるというのかい」


 「そうです、リクには日本人としてのアイデンティティが茶道や生花や舞を通して培われているだけでなく、広島に住んだ経験から平和のありがたみを深く学んでいます。それをベースに独自の意見を発信できるほどの知識もあります。12歳の少女には過ぎたスキルです」


 「ピアノも弾けるし日本の古典文学への造詣の深さは同年代では抜きんでているわね」


 イザベラはどうやら俺の意図を察したようにフォローを入れてくれる。


 「翔介君はリクにスーパーモデルになれと言っているのね」


 リクママの先を急いだ問いに俺は大きく頷いた。


 「ねぇ、翔介君、実はね東京にいる時からリクはいくつかの大手のプロダクションから何回も誘われていたの、今もよ。でもね、私もこの人も芸能界なんて興味ないし、なんといってもリクが興味ないのよ、だから、この話は、」


 「待って下さい。日本の芸能界とは違いますよ。パリのモード界での売れる要素をもう一度いいますが中味です。リクを人間的により高みに持っていくためには最適な場所だと僕は考えています。決断を下す前に一度パリに行ってエミール・ダルランに会ってみたらいかがですか。彼からの提案に耳を傾けてから結論を下してもいいじゃないですか」


 ここで笑い出すのはリクパパだった。


 「翔介君はリクに世界を股にかけるモデルになれと言っているんだな。そうなるように着々と準備していたんだな君は、なるほどなるほど」


 どうやら俺がリクに施してきた様々な事が腑に落ちたようで、リクママも笑いだした。


 「本当にそうね、さすがは翔介君ね。リクは翔介君の思いのままに踊っていたわけね。あっ、悪い意味で言ったんじゃないのよ、そこまでリクのことを考えてくれていてありがとね。わかったは、翔介君の考えは ――― ねぇあなた」


 「ああ、よくわかったよ ――― それでリクはどうなんだ、翔介君のリクへの提案は?」


 リクは俺から視線を外さないまま、


 「私はどこへも行かない、翔介とノッコの側にいる」


 そうとだけ言って、「ノッコ」と口にしながらノッコを連れて部屋を出て行ってしまった。


 「私もリクに賛成だ。リクはこのまま広島にいさせるよ」


 リクパパの結論にリクママも頷いている。


 「そうですか、わかりました。ならば僕は、お役ごめんだ ――― 父さん、母さん悪いけど進路変更させてもらうよ。僕は先生の建前、受験だけのつもりだったけど国立附属中に進学するよ」


 俺は静観していた両親に頭を下げた。


 「翔介君はリクと同じ地元には進まないというのかい」


 リクパパの慌てた姿に向かって即答返しだ。


 「ハイそうです。心配しなくてももうリクは僕なしでも平気ですよ。僕の三年に渡る思いを熟考もなくすぐさま否定するような奴とはもう付き合いたくないということです ――― イザベラ悪いけど僕さぁ、爺ちゃんに言われてたんだ。リクに押し付けるだけじゃなく自分から進んで一緒に頑張らないとリクは絶対にやめてしまうからおまえも一緒にフランス語と舞は頑張りなさいとね。だからもう必要なくなったからフランス語はやめるよ、ごめんね中途半端でやめてしまって」


 「それはいいけど、舞もやめちゃうの。こういっちゃなんだけど翔の舞は素敵よ」


 「ありがとう、でも、もう必要ないからね」


 「ねぇ待って翔介君、リクを見捨てるというの」


 「リクママさん、僕のやってきたことを悪巧みぐらいにしかとらない人とはやっていけないということですよ。僕は本気だったんだ。エミール・ダルランは世界最高峰のカメラマンで彼の目にとまろうと毎日毎日やっきになっている多くの世界中の女の子たちを押しのけ、リクにチャンスが巡ってきたというのに、即、断るとか僕をバカにしている証拠じゃないですか」


 「待ってよ、ごめんなさい、あの子だってそんなつもりで言ったんじゃないのよ」


 ここで俺の前に立ち塞がってきたのは父さんだった。


 「翔介、おまえが失礼で、自分の思い通りにならんからゆぅてその物ゆやぁなんだんじゃ」


 (まぁもっともな言い分だな、だがなぁ俺には時間がないんだよ寿命がな、ここで復讐を頓挫するわけにはいかないんだ) 


 「失礼?僕の考えを一蹴した失礼さはどう思う?僕は何事もなかったようにわかりのいい役を演じて良好関係を装ってここをお開きにすることだってできるけど、結果は同じだよ。リクとはもう関わらないよ」


 「ねぇ翔ちゃん、そんなことを言うもんじゃないでしょう、あなたはリクちゃんと縁を切っても平気なの?リクちゃんはきっと凄く悲しむわよ」


 こんどは母さんも参戦だ。


 「僕は感情的になってこんなことを言っているわけじゃないんだ。せっかくのチャンスに見向きもしないことを残念に思っているだけで、僕のお膳立てを無視するような奴とは付き合いたくないと言っているだけだよ」


 沈黙がしばらく続いたが、第三者の立場を生かしてイザベラがおもむろに口を開いた。


 「翔が言っているのはね、リクちゃんとパパさんとママさんにパリに一度は行ってエミールに会ったうえで断るのなら納得できるということなのよ ――― そうでしょう翔」


 「その通りです。世界最高峰のカメラマンの話も聞かずに、ましてや招いてくれているのに、パリに行きもしないなんてそれこそ失礼じゃないですか」


 大人達にとってあまりにもあたまりまえの理屈を吐く俺にいつまでも反論が続くわけがない。


 「わかったよ、翔介君。私達が悪かった。きみのこれまでの付き合いの中にこんな意図があろうとは知らなかったから軽はずみなことを言ってしまったんだ。だけど、リクの考えを最優先するけどいいかな」


 「リクパパさんは僕の応援はしないと」


 「あの子にパリへ行けとは言えないよ。あの子はきみが考えているほど強くはないんだ。もし翔介君と縁が切れたら、それこそどうなってしまうか心配だよ」


 「それは違いますよ。リクはもうご両親が思っているほどひ弱ではありませんよ」


 「かもしれないが・・・」


 「でしたらリクパパさんにママさん、僕と賭けをしませんか」


 「賭けだって、どんな賭けだい」


 「僕は現在二人の友人の家庭教師をしています」


 「知っているわ、響華ちゃんに華怜ちゃんね」


 「そうです、あの二人は塾にも行かずに僕が与えた課題だけで受験に取り組んでます。そして今月の23日の金曜日には長谷部さんが、翌24日の土曜日には篠崎さんがそれぞれが目指す中学の入試に挑みます。もし彼女たちがそれぞれに目指す学校に合格、それもトップ合格をしたら僕の賛同者としてお二人はリクの説得役にまわってくださいますか、どうです?」


 「ちょっと待って、響華ちゃんはマリア中でしょう、華怜ちゃんは清泉中よね、二つとも偏差値70もある名だたる進学校よ、そこをトップだなんて・・・」


 リクママの怯えたような表情にリクパパも、


 「そんなことは無理だよ、もしそれができたなら・・・」


 俺を見つめる目に同じように怯えを含ませている。


 「翔介、そがいな無謀なことを、あの二人がなんぼ優秀じゃけぇといってそこまでは望めんじゃろう」


 父さんの意見はごもっとも。


 この広島にはマリア中や清泉中合格に特化した塾がいくつもあるし、娘二人はそんな塾に通ってやっと合格した経験もあるところから出てきたのだろう。


 さらに広島には名門私立小学校だってあって毎年そんな小学校出身者が特化塾に通って首席を確保しているというのに、俺の生徒二人がトップ合格なんて無理だと思われたのだ。


 だが、俺はすでにs()a()u()r()e()z().()c()o()m()なんて様々な過去問題をUPしてある親切なサイトから今年の受験問題をチートフォンで引っ張り出している。その上で二人に課題を渡していたのだ。


 (s()a()u()r()e()z().()c()o()m()万歳!万歳!万歳!) 


 同じ問題を出すようなヘマはしないが、正確な傾向と対策は施し済みだ。


 (トップが取れないはずがない!)


 ここで賭けは成立した。


 もし長谷部響華と篠崎華怜の二人が目指す中学校に首席合格したら俺の勝ちで、リクのパリ行を両親で応援してくれるという事になったのだ。


 ◆


 「本当にあの二人が首席合格したなら私は彼の信者になるね」


 夫の少しばかりちゃかした台詞でした。


 「そうね、翔介君はなんと言ってもリクの恩人だものね、私も彼を信じてリクをパリに行かせるのに賛成するわ」


 私達は、加羅邸を離れリクを連れて帰宅すると親子で話し合ったけどリクはやっぱり、「パリになんて一人で行くのは嫌だ」と譲りませんでした。

 

 「そうだね、おまえが以前から言っていたようにやっぱり翔介君は意図あって、リクに様々なことを教えていたんだね。さっきの加羅さんのお話じゃリクの舞やフランス語の月謝まで翔介君が自己負担していたそうじゃないか」


 「ええ、彼は自分のパートナーとして練習相手がいるからなんて言っていたけど翔介君がリクの相手役だったのね」


 「ああ、翔介君には驚かされることばかりだったけど、あれほど先を見越した行動が取れるなんて本当に凄い子だ」


 「エミール・ダルランなんて凄いカメラマンの所にリクの写真を送るなんてこともそうだけど、その写真を撮るためにリクを三年もかけて磨いていたなんて本当に凄いわね」


 「翔介君は、その為に撮影技術まで学んでいたのだろう、凄いじゃないか。そんな彼の努力に応えないで私達はもしかして酷い賭けに彼を引っ張り出してしまったのかもしれないね」


 「本当に、響華ちゃんと華怜ちゃんは二人とも成績は優秀だけど、学年順位はリクの方が上だったわ。そんなリクにしてもマリア中や清泉中は、頑張ってやっと合格するかどうかよ。それをトップ合格させるとか翔介君にしては無謀な賭けを持ち出してきたわね、悪いことをしたわ」


 「賭けはなかったことにしておまえだけでもリクを連れてパリへ行ってきたらどうだ。私は仕事で無理だからね」


 「そうね、イザベラが、もし行くのなら同行してくれるとも言っていたし考えてみましょうかね」


 「それがいい、翔介君には本当にリクのことでは世話になったんだから彼が納得するようにするのが礼儀だろうな」


 夫は自身を納得させるように、リクの過去の苦しみを忘れたかのように言って私にパリ行きを促してきました。


 リクは、帰国後のイジメで拒食症だけじゃなく接触障害まで引き起こしていた時期があったんです。


 そこで出会ったのが翔介君でした。


 (リクは救われた)


 そんな翔介君は、リクをスーパーモデルにして高みに上げようとしています。もしリクが彼の思惑通りスーパーモデルになれたとしたら・・・


 (そうか!)


 私は思いついてしまいました。


 (リクが翔介君に置いていかれることはなくなる!)


 それどころかスーパーモデルともなれば逆に、


 (翔介君に負けないスキルを手に入れることができるじゃない)


 そこに気がついてしまいました。

 

 これは私を悩ませていたリクの将来像に光がさすものに思えました。


 これまで翔介君には、「過保護」なんてよく笑われていたけど、リクが精神的ダメージをイジメで受けた際の苦しみを知るだけに私達夫婦は翔介君が救世主に思えたし感謝もしていました。そして救世主からリクの守護者になってくれる事を切に願ってもいたのです。


 そんな彼から見捨てられたり、置いていかれるのではないかと、私は悩みを深めていたのです。


 (もしかして翔介君よりも上に立てるかも)


 なんて思ってしまったところでリクの言葉を思い出していました。


 「絶対に私には負けないなんて言ってるのよ」

 リクが翔介君の将来を尋ねた時の返事です。


 彼はリクにも内緒にしている将来像があって、すでにそうなる為の行動を起こしているとも言っていました。


 (翔介君は、リクがスーパーモデルになることを踏まえてそう言ったのね)


 私はそこに気がつくと、益々翔介君が怖くなる反面頼もしくも思え、ここはリクにスーパーモデルになってもらって逆に翔介君がどう化けるのかを見たくなってしまったのでした。


 ◆


 翔介はどうしてあんな事を言うの?


 「パリに行けだなんて」

 私がそばにいなくても平気なの?


 うんうん知ってるよ、翔介は私なんかいなくったって平気なのは・・・


 翔介にとって私はやっかいな存在なのも知ってたよ。


 (やっぱりそうだった)


 フランス語を習おうなんて私をパリに一人で行かせる為じゃない。何が、「将来一緒にパリの街に行こうね」よ、嘘ばっかり!


 私にポージングテクニックを教えてくれたのも私を遠くパリに行かせる為じゃない。


 表情の作り方だって・・・


 もしかして茶道やピアノもそんな事の為なの?


 いつまでもずっーと一緒だなんて言ってくれたのも嘘じゃない。


 大事にしているこのネックレスだって。


 私は広島にいるよ。翔介の側にいるよ。絶対に離れないからね。


 翔介はそれを許してくれはずよ。だって翔介はいつだって私を優先してくれたじゃない。


 信じてるよ翔介、私との約束を守ってくれることを・・・


 


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