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あいつは俺の仇!  作者: 方結奈矢
第三部 六年生編
52/58

正月の風景 


 正月の2日、博多に行ってしまった響華を除き朝からノッコとスズに華怜を誘い三五宅を訪れた。


 昨年の正月は喪中で祝えなかったが、今年は祝っているはずとの思いもあってアポなく訪れたのだが、やはり祝う気にはなれなかったようで、普段と変わりない様子を見せていた。


 「明けましておめでとう翔ちゃん」


 四年生になっていた妹の彩音が真っ先に挨拶に出てきた。


 「おめでとう、彩音。でもなぁ、いつも言ってるだろう、僕は年上なんだぞ、翔ちゃんはやめろよ、翔ちゃんは」


 「だってお兄ちゃんがそう呼んでたもん」


 「だから、」


 「わかった、だったら翔ちゃんは今年から、やっぱりお兄ちゃんにする」


 「おい、そこに戻るのか、翔介さんじゃダメなのか、せめて翔介君とかぁさぁ・・・」


 「だって・・・」


 「わかったよ、もういい、僕はおまえのお兄ちゃんだ、と言ったのは確かに僕だ。そう呼んでくれ、翔ちゃん呼ばわりよりはいいや」


 ここで出てきた三五の両親は、相変わらずの俺のスキンな頭を見て涙する。


 「翔介君もういいのよ、前みたいに長い髪に戻して」


 三五ママの陽子さんは、俺にすがるようにそう言うし、三五パパまでも、


 「本当に進一のことを忘れないでいてくれてありがとう」


 線香をあげ終えた俺たちに仏壇を前にしてお年玉を渡そうとしてきた。


 「僕たちはミゴッチに会いに来ただけですから、どうか気になさらないでください」


 固く辞退した。


 「あの子の代わりにもらってもらえないかしら」


 陽子さんの粘りある頼みに俺たちは、頷くしかなかった。


 元々、彩音を誘い出してやるのが目的の一つというのもあり俺たちは、今日から営業を始めている麟子スタジオ近くのいつものラーメン屋、〝汚いが美味い”『若大将』に入った。


 正直、ラーメン屋なんてお嬢様育ちの華怜には似合わないが、この華怜は、俺との付き合の中で【気取り】を捨てたので一段と()()()()が上がりこんな大衆的な店でも平気になっていたのだ。


 ゲーム、スィラブにおいて【気取り】は、お嬢様系ターゲット女子の攻略において最後の障壁として登場する。


 目指すお嬢様系と仲良くなり機が熟した()見計らって攻略を開始したところ、(堕ちた)と思った瞬間に100%ではないが湧いてくるのがこの【気取り】なのだ。


 この【気取り】は同じお嬢様系の100%付属アイテム【プライド】とは違う。


 プライドなら、


 「こんな店に私を連れてきて」

 と怒りを誘発して入店前に足早に逃げられてしまい、スィラブでは大減点をくらうし関係の再構築にかなりの時間が割かれてしまう。


 (※お嬢系でも【世間知らず】付属者はこれに該当しない)


 もちろん、関係が【熟】に至れば「汚くても味評判のいい店」なら()()()()()として入店は可能になるが、あくまでも日常化は避けなければ【幻滅】の発生原因になるのが【プライド】だ。


 対して【気取り】は、

 

 (こんな店に私を連れてきて、どうしたらいいの)

 なんて怒りじゃなくて店入りはできるがシチュエーションの不満を心内で訴えるのだ。


 高く見積もった自分像が崩れてしまわないかと周りの目ばかりを気にしてせっかくの評判を味わう事すらできない、自分が損するのが【気取り】なのだ。


 スィラブでも性質の悪い【気取り】を仕込んだお嬢キャラをあえて登場させている事でゲームクリアの妨げとしているところからも攻略が難しいのだ。


 そしてその性質悪キャラに対処できたら高得点が得られる。


 俺は篠崎華怜という“性質の悪い”育ちのいいお嬢様というよりは悪役令嬢キャラだった彼女を、今では品のいい令嬢キャラに変えている。

 

 もちろん根っこから変えているとは思わない。俺が見て見ぬふりをしているが、俺の側に寄ってくる女子を今でも上品さを装いながら陰湿な手段で遠ざけているのはよく知っている。


 陰湿な手段とは、俺が言っていない事をメッセンジャーとして相手に同情的に伝えるとか。俺の好みを捏造してあえて嫌われるように演出させるとかetc


 それを許すのは、そんな彼女達の悪口を口にしないのもあるが、その方がありがたいからであり、そしてそんな振る舞いがなんとも可愛らしく思えるからだ。


 そして響華やリクまでも共犯なのが面白いとも思っている。


 華怜的な()()()女性から【気取り】を取り除くには、ギャップを利用するのが一番効果的だ。


 昨日の正月イベント、イザベラ宅での催しもマダム麟子という芸能人の出席もありさぞ華怜だけじゃなく参加者全員は鼻高々で満足したであろうし、別世界を垣間見れたはずだ。


 そのマダム麟子が俺を慕う姿を見て、俺という存在が尚あがったところでのラーメン屋なのだ。


 昨日だって、若大将の話で盛り上がった。


 「私はなんといっても“豚骨の濃くトロ”よ」

 なんてマダムが言えば、


 「僕も!」

 と俺が賛同する。


 「私は“薄トロ”でいいわ」

 イザベラが言うと、


 「「「私も」」」

 とリク、華怜、スズも言う。


 ここで、このお世辞にもきれいな店とはいえない流行りの若大将が、極上のお嬢様キャラの響華や異世界感を見るだろうナオにとっても機会があれば門をくぐり易くした事で、


 「連れて行ってやるよ」

 と気軽に約束もできたのだ。


 実際に汚い店前に立っても彼女達は躊躇しないはずだ。


 そこにいけばスズや彩音は問題ない。最初から【気取り】がないからだ。


 ここからもわかる事だか、要は【気取り】なんて代物は家庭環境が育むもので、あったら損をするケースが高いのを華怜は知ったことで、()()()()があがったのだ。


 アニメ世界でもお気取りキャラは婚后光子のように愛されるものはいるが、ほとんどが憎まれる対象だ。ない方が得だと気が付いた華怜は本当に付き合いやすくなった。


 ラーメン屋に満足した彩音を家まで送って華怜も送る道中で話題になったのは、姉の美弥子の事だった。


 いよいよドラマデビュー間近だからだ。この1月から始まるドラマ『マタネコⅡ』にレギュラーとして登場するのだ。


 主人公、貴家楓演じる女子高生の不思議探偵、菱元美紀に恋する男子高生に片思いする女子高生役だ。


 美紀にライバル心を燃やし陰湿な嫌がらせをする演技が監督の眼鏡に叶ったということらしい。


 監督も引き続き前作同様、富井信弘が担当する。


 主演は前作同様、富井監督のお気に入り貴家楓。主題曲は野間秀介、俺が北海道は函館から引っ張り出してきた未来の大物ロックシンガーだ。


 アイドル以上のルックスと実力あるボーカルで瞬く間にスターダムにのし上がってしまい、昨年4月にオープンした六本木ヒルズにケラウズランブラが移転する事を決めさせた人物でもあった。


 鳴門さんは、この移転を決めかねていたが、


 「まだまだいますから」

 俺は、この先もいい人材を発掘できる自信を具体的に示すためにファイルを渡し決断を促した。


 そのファイルの中には未来の大物シンガーが俺のチートフォンからピックアップされていたのだ。


 それだけじゃない、俺が知るケラウズランブラはヒルズにあったのだ。


 「わかったよ、翔がいるから大丈夫だよな」

 とは、昨年のクリスマスに俺へのプレゼント高級ノートPCを持って広島にわざわざやってきてのこと。


 その際に様々な相談にのった中での一つが事務所移転だったのだ。きっかけは、


 「六本木ヒルズこそケラウズランブラには相応しい」

 と俺がオープン前からマスコミに騒がれていた時点でけしかけていたからだ。


 その移転に伴う資金も俺が一部負担するのも同意したうえでの事だ。


 なんせ俺といえば、最大の禁止事項でありながら金が沢山入ってくるのだ。


 だが、浪費はしていない。必要経費しか使わないし、せめてもの贅沢はノッコのドッグフード(健康的に美味しい)へのこだわりだけだ。


 俺は決めたのだ。

 

 「今年はノッコに子供を」


 なんて生前では避妊手術までしていたのにだ。

 

 今はお婿さん探しにも手を伸ばしているしスズご推奨のコリー君が候補にもあがっていた。


 俺の資金提供もあり、ヒルズ入りを今年の春に決めた鳴門さん。俺への次なる課題となる仕事もいくつか持ってきていた。


 『音曲の神様』に続くサウンドトラックの仕事だ。


 富井組に出入りの許された鳴門さんだ、マタネコⅡにもすぐに呼ばれ野間秀介だけじゃなく、サウンドトラック全部を俺用に持ち帰ってきた。

 

 それだけじゃなく、富井監督の新作映画でも俺を推しているようだ。


 正月早々嬉しい事があった。テレビ画面からこの春に公開される『音曲の神様』のCMが流れる中で俺の曲が流れたのだ。


 これまでだってミオ(ねえ)や野間君や猫男爵に悪役お嬢を通して俺の楽曲が流れる事はあったが、チートでない作品がテレビで流れたのは初めてだった。


 遠藤監督の作品イメージと俺のセンスでバトルセッションした中で生まれた数々の曲がサンドトラックとして採用された純粋なオリジナル曲だ。


 自信になる事だった。


 昨年の10月の音曲神クランクアップにも呼ばれたけど、丁重に断ったのは言うまでもない。


 遠藤組では、サンドトラックのコンペの時にいたメンバーしか俺の事を知らないから園田翔に会えるのを多くの制作スタッフが楽しみにしていたようだ。


 なんでも、俺が小学生であるのが作り話として広まっているようで、主演の真壁隼人や遠藤監督は肩身が狭いようだ。


 「園田翔は小学生なんだよ」

 なんて監督の話は誰からも信じてもらえず、ヒロイン役の小早沙織なんかバラエティー番組でこの事を笑い話にしていた。


 ◆


 俺の自宅住所は、事務所関係者にはオープンにしていない。年賀状は事務所があるマダム麟子スタジオに届くはずだった。


 「ねぇ、翔ちゃん、この年賀状、美坂ミオからじゃない」


 元旦の朝、俺が父さんとの初詣を済ませて、再びリク達と初詣に出かける前の事だった。


 束の年賀状を分ける寛美姉は、一枚の手書きの年賀状に狂喜している。


 (え~誰が住所を教えたんだよ)


 「えっ、誰かのイタズラだよ」


 俺は、寛美姉が熟読する前にミオ年賀を奪い取った。


 「なんだ、やっぱりイタズラだよ。あいつ凝ったことをするからな」


 なんて言って架空のクラスメイトの名前を出して、脇にいたスズに渡した。


 (スズ頼む、ごまかしてくれ)


 こんな時にも使えるスズテレだ。


 スズは、


 (「あっ、本当だ」)


 寛美姉に納得させるように俺に合わせてくれる。


 (「この子、今年は美坂ミオにしたんだ」)


 例年事のイタズラのようにカモフラージュしてくれた。


 実際は心籠った内容のミオ姉自身の年賀状だったが、イタズラ心はミエミエだった。


 即電話でクレームだ。


 「おい、なんだあの年賀状は」


 「あっ、翔、アケオメ!紅白見てくれた」


 「だから、あの年賀状はなんだ」


 昨夜も俺が仕事中だというのに、


 「今から本番だから見てよ!」

 紅白楽屋裏から電話してくるし、終わってからも深夜だというのに電話がくる。

 

 (寝てるふりして無視したけど)


 とにかく美坂ミオ、俺より三つも上のくせに何かとチョッカイを出してくる。


 そして年賀状を自宅に送りつけてくる暴挙も一連のチョッカイと決めつけて、大クレームを入れてやった。


 「僕の自宅に年賀状なんて迷惑なんだよ。僕の事情を知ってるだろう。どうしてそこに配慮しないんだ」


 普段は、年上に対してそれなりに敬意をはらって言葉を選ぶが、この時ばかりは怒りが勝り32歳モードを選んだ。


 「どうしてそんなことを言うの」


 何やら芝居がかった悲しそうな声だったが、騙されない。


 「いいか、今度こんなマネしたら縁切るからな」


 俺は怒り任せに電話を一方的に切った。リクが初詣の迎えに来たからだったが、俺が秘匿する『園田翔』を家族にバレる様なミオの行動が許せなかったからだ。


 この日、すさまじい数の不通知が携帯に届いていたが、無視してやった。


 ◆


 昨日、正月2日もミオ姉から電話の束、一切出てやらなかった。


 (正月3ケ日は罰だ、出てやらない)


 心内会議でそう決めていた。


 この決断が、俺の認識の甘さを知るきっかけとなる。なんとミオ姉は正月3日の昼頃に俺の事務所に突如現れたのだ。


 「翔ちゃん、ミオが来てるの、すぐに降りてきて」


 俺はハルカ先生と勉強中だったのに、マダムからの呼び出しもあり地下スタジオへ降りるはめになる。


 「めんどくさいな、なんでミオ姉が来るんだよ」


 俺は不機嫌を露わにして事務所へと続くスタジオのドアを乱暴に開けながらそう言った。


 どうやら俺のその台詞が引き金になったらしく、ミオは泣き出した。


 「翔ちゃん、なんてこと言うの」


 マダムのお叱り台詞に俺は意味が理解できない。ミオ姉の膝上にいたノッコまで俺を責める目を向けてくる。


 「どうしたのミオ(ねえ)


 俺は事態の収拾に乗り出すがそうはいかない。


 「翔ちゃん、ミオはね翔ちゃんに冷たくされると一番堪えるのよ、なんでそこをわかってあげないの」


 ▲ 心内会議 ▼


 (おい、これはなんだ?)


 《わからん、マダムの話をしばらく黙って聞こうぜ》


 (だな・・・)


 「ねぇ、翔ちゃん、美坂ミオというキャラを演じているこの子はね、まだ15歳の中学生なのよ。それこそ翔ちゃん以外に同年代の友達なんていないのよ・・・」


 (友達?俺が、冗談じゃない、美坂ミオは俺の印税の種だ。友達なもんか)


 《そうだそうだ、何を考えてるんだマダムは》


 「心が許せる翔ちゃんに冷たくされたら、ミオの心はどうなると思うの?」


 (知るかよ、俺がスターにしてやるから黙ってついてこいだ、甘えるな!)


 《このガキ、俺が小学生だからとなめてるな》


 (ああ、間違いない、なめられてる)


 「翔ちゃん、なんとか言ったら」


 「マダム、勘違いしないでくれる、ミオ(ねえ)は僕より三つも年上だよ、なんでこの僕が年上のメンタルケアにまで気にしないとならないの」


 「そんなことぐらいわかっているわよ、でもね・・・


 (面倒だな、ここは帰るか、勉強の途中だし)


 《だな》


 「待ちなさいよ、翔ちゃん、どこいくの」


 「えっ、僕いまハルカ先生の授業中なんだ。話なら授業が終わってから聞くよ、じゃあ」


 (え~どうしてだ)


 マダムが俺の前に立ち塞がったのだ。


 「マダム、どうしたの?どうして僕の邪魔をするの。僕は彼女の作曲家でありプロデューサーでもあるけど、友達じゃないよ。それにメンタルケアに携わる立場でもない、ミオ姉のママさんを呼んでよ。ママさんがやるべきだろう」


 「翔ちゃん、本気でそんなことを言っているの?」


 「本気だよ、彼女と僕とはビジネスライクな関係だ。それ以上でも以下でもない、予定にない接触は迷惑だ」

 

 「翔ちゃん、ミオは翔ちゃんより年上であっても翔ちゃんが好きなんだから、ちゃんと向き合ってあげなさいよ」


 U^ェ^U そうだぞそうだぞそうだぞそうだぞそうだぞそうだぞそうだぞそうだぞそうだぞ


 (おい、ノッコまでそんな目をするのか)


 俺は、マダムよりもノッコが足元にきて見上げる目を見て話しを聞く気になった。


 「何それ?僕だってミオ姉は好きだけど、それを理由にミオ姉に迷惑はかけないよ」


 「年賀状のことを言っているのね、あれだってミオはイタズラでしたわけじゃないのよ」


 「だったらなんだって言うんだ。僕はミオ姉に住所を教えていないし、普段から園田翔は、家族にも秘密なんだと言ってるんだけど」


 「そこはミオの配慮不足なのを叱っといたわ。でもね、ミオはシンガー美坂ミオじゃなくて一人の女の子、美坂ミオとして翔に認めてもらいたかったのよ、そこをわかってあげてよ」


 「それが自宅への年賀状かい。なるほど、一人の女としての美坂ミオか・・・わかったよ、この件はもういい、許すよ。でも、二度とするなよ、マジで縁切るからな」


 俺はミオ姉を見据えて言ってやった。


 「なんてことを言うの」「ワン」


 ここでも俺の発言に反論してくるのはマダムとノッコだった。


 「翔は、何もわかっちゃいない」


 「何がだよ」


 「翔ちゃんお願いだからミオとちゃんと向き合ってあげてよ」


 (おい、これはなんだ?)


 《もしかしてのもしかしてなのか》


 (だな、これはもしかしてのもしかしてだ)


 《やばくないか》


 (やばいどころじゃないぞ、スィラブマスターの称号返還だな)


 《ああ、返還だ、まさかのまさかだな》


 「マダム、まさかとは思うけど、まさかミオ姉は・・・」


 「そうよ、さっきから言っているでしょう、ミオは、翔ちゃんが本気で好きなのよ」


 「え~~~ミオ姉は三つも年上だよ、それに僕はまだ小学生だよ・・・」


 「そんなの関係ないじゃない。私だって翔ちゃんが小学生なのはよく知っているわよ。でも、ミオだけじゃなく私だって翔ちゃんが年上に見えることがあるぐらい、翔ちゃんは尋常じゃない人間じゃないの。都合のいい時だけ年齢を持ち出さないでよ」


 「何それ?都合のいい時だけって、それに尋常じゃないって酷いよ」


 「私を、この私を叱り飛ばすことのできる人間なんて世間広しといえども翔ちゃんだけじゃない。そんなことを私が許しているのは、翔ちゃんが人の域を超えた神域の人だからじゃない。尊敬の念を込めて尋常じゃないと言っているのよ」


 (どうしよう、こりゃぁ本気だな)


 《ミオ姉はマダムを相談相手に選んでいたわけか》


 (あの二人、初対面の時からすぐに意気投合してたからな。にしても年上は経験ないな・・・チャレンジ中ではあったが・・・)


 《木村佐和子は年上だったぞ》


 (そうなんだが、佐和子さんの正確な年齢を俺は知らんのよ)


《だったな、一つ上か、二つ上か、もしかしてミオ姉と同い年なのか》


 (なんだよな・・・これからという時に縁がなくなってしまったからな・・・彼女どこのミス・キャンパスだったんだ?)


 《おい、今は、それどころじゃないだろう目先の問題だ。どうするよミオ姉のこと》


 (どうしたもんか、印税の種の機嫌をこれ以上損ねるのは問題あるし・・・)


 ▽


 「なるほど都合のいい時だけ年齢を持ち出すなか、言いたいことはよくわかったよ。確かにマダムをレコーディングの時だけは叱り飛ばしているけど、それは小学生の僕じゃないよなぁ」


 「そうよ、園田翔という神域にどっぷり入り込んだ人間に私は叱られているし、ミオは神域の男に惚れたのよ、そこを小学生を盾に逃げ出さないでと言っているのよ」


 「逃げはしないさ、理解できなかっただけだし、今も理解しようとは思わない ――― ねぇミオ姉、僕はミオ姉の気持ちはよくわかったけど、残念な事にこの僕が恋心をまだ知らないんだ」


 「嘘よ、翔が知らないはずないよ。だってあんな詞を書くのに、翔の描く恋心はたくさんの人の共感を呼んでるじゃない、私もそうよ」


 「ミオ姉、前にも話したけど、僕の詞も曲もしょせん作り物なんだよ。僕が自身の力量で作った曲なんて音曲神でのサウンドトラックぐらいで、あとは全てテクニカルに作り上げただけのものでしかなくソウルからの訴えを曲にしたものではないんだ」


 「そんなの納得できない、」


 「かもしれないけど、それが事実なんだ。僕はマシンを駆使して曲を作る才能はあるし、小説やマンガを題材にして詞をひねり出す事にも長けているけど、しょせんはまがい物なのさ。だからミオ姉、もう少し僕が年を食うのを待っててくれないか、今の僕にはミオ姉の女としての良さがわからないんだ。まだね」


 「翔は私のことが嫌いになったわけじゃないんだね」


 「あんな嫌がらせをするミオ姉は嫌いだったけど、嫌がらせじゃないとわかれば元の感情カムバックだ。今でも大好きだよ」


 「本当に?」


 「ああ本当だ、だから今は許してくれよ」


 「わかった、私は翔のことが本気で好きなの、だからね、えっーと、だからね、目覚めたらちゃんと私を選んでね。私、翔に認められるように頑張って待っているから、その日がくるまで」


 「その日がいつになるかはわからないけど、まぁ宜しくだ、ミオ姉」


 《また、これかよ》


 (これしかごまかし方を俺は知らん。スィラブにもこんなシチュエーションはなかったからな)


 《オキョンに続いてだな》


 (ああ、響華も待たせてるんだったな・・・)


 「わかった ――― 麟子さん、私、帰るね」


 「泊まってはいけないの?ママネジャーには電話してあげるわよ」


 「いいの、今日は休みだったけど、明日は収録があるし、鳴門さんにも会う約束あるから」


 「そうなの、わかったわ、だったら今度会うのは17日になるわね」


 「お願いね生放送だから、リハはそんなにできないけど」


 「大丈夫よ、任せといて」


 「だったら翔ちゃん、私、今からミオを送って空港に行くから ――― ちょっと車まわしてくるから待ってて」


 俺はミオ姉にわざわざ広島にまで来たのを労い、立ち上がったミオをギューして顔を埋める場所に胸を貸した。


 「絶対に誰にも翔は渡さないから・・・」


 ミオの別れ際のキスはノッコだけが見守る中で唇への甘く長いものだった。


 ◆


 正月三日目の惨事を見事にクリアした晩に俺は父さんに現行犯で逮捕された。ついにビールを自室でのんでいるところを見つかってしまったのだ。


 それも共犯者、母さんも一緒のとこをだ。


 父さんはモラル感が高い。俺が自分の勉強を優先して、遠足や課外学習そして修学旅行までサボったのを凄く気にしている。


 (これは説教だな)


 覚悟する俺だったが、なんと父さんの手には黒ラベルとグラスがあった。どうやら、母さんが打ち明けたようだ。


 今年から、俺は父さんの晩酌の相手を仰せつかったのだった。



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