加速するタイムパラドックス
小学校生活最後の夏休み前半を費やして完成した美坂ミオのセカンドアルバム『Dancing Days』はファーストに続いてシンイチ・ミゴによるミオ画ジャケットの評判もよく、先行発売したシングル曲『トランプル・アンダーフット』のお陰もあって売れに売れた。
貴家楓主演のドラマ『悪役令嬢の華麗なる食卓』の視聴率がよかった影響もあるが、ミオ姉とツインボーカルで登場したマダム麟子の強烈なキャラのお陰とも言える。
年末にかけて同アルバムからさらにツインボーカル曲『EPIC』がシングルカットされ、これまた評判となり紅白歌合戦ではミオ姉とマダム麟子は異例の二曲メドレーを唄い上げた。
瞬間視聴率もすこぶる高く、マダム麟子とのコンビで幅広い年齢層にミオ姉は名前を売ることに成功した。
俺は家でコタツに入りみかんを食べながらこの様子を・・・見れるわけがないだろう。そもそも我が家にコタツはない。
一年の最終日だろうがやる事盛りだくさんで、特に鶴多雅章の手伝いに追われていた。
彼はエントス・ミラー監督の大ヒット作品となるSF映画『The Battle of everymore』での衣装デザインを担当することになり、その作業に追われていて、女性衣装に関しては好条件で俺に丸投げしてきたのだ。
「映画とファッションは切っても切れない関係であり特に女性が主演であった場合は、その服に注目は集まり、衣装デザイナーの腕の見せ所なのよ」 by木村佐和子
その大役を鶴多雅章がアニメーターとしてのこれまでの実績を買われ採用されたのだ。
俺は、鶴多雅章のゴーストデザイナーとなり、この作業の一角を請け負っていた。
ゴーストデザイナーなんて聞こえは悪いが、どのデザイナーでもやるべき事はプロデュースであって多かれ少なかれやっている事で、気にする事じゃない。
繊細な所はまだ修行中の俺には務まらないので完成させる作業はプロデューサー鶴多雅章任せとなるが、それでも映画に登場する女性宇宙戦士の戦闘服からパイロットスーツにドレスに至るまで全部で13の衣装を俺は請け負ったのだ。
もちろんパクり満載チートフォンありきだが、描く事は俺自身のごまかしのないスキル作業であり、鶴多雅章から改めてその才能の高さを評価された。
このスズだけをアシスタントにした作業の様子は、ERIERIの本宮編集長に知られてしまい年明け早々にマダム麟子の自宅となった部屋の隣の俺のアトリエでの様子は、ギャラの発生した取材対象となったのだ。
どうやらERIERI春号の企画にする気のようだが、それだけではないような気がする。
《この女、なにを企んでやがる?》
年が明けて2004年になると麟子スタジオがある永見ビルの5階はハルカ先生の部屋が505号室。その隣504号室がマダムの自宅で503号室が俺のアトリエとなり502号室と501号室はスタジオ利用者の休憩室兼宿泊部屋となっていた。
どの部屋も広めの3LDKが売りで各部屋ゆとりのある作りがお気に入りだ。
由紀さんがいる俺の事務所はマダム麟子スタジオ内へと移っていたが、彼女はエレベーターで地下と五階を行ったりきたりと大変だった。
(そろそろ人を増やすか)
なんて考えている。
その俺のアトリエ503号室にやってきた本宮編集長は、どうやら俺の仕事ぶりに圧倒されたようだ。
なんせ、俺の筆は早い。
映画製作にあたり与えられていた出演者の容姿データに合わせた的確なデザイン画を俺が瞬時にイメージして仕上げる様に驚いたのだ。
コンセプトの捉え方もチート予習が功を奏しエントス・ミラー監督は俺の作業とも知らず鶴多雅章の仕上げるレディースを大絶賛したとのこと。
俺の作業には心強いサポーターがいる。
痒い所に手が届くアシスタントスズには細かい指示はいらない。俺が思い描いた事をイメージするだけで伝わり作業効率がすごくいいのだ。
テクニカル的な事もやらせてみた。
筆を手にしたスズはすぐに俺の作業効率を上げるレベルにまで達した。これも教える作業をイメージ伝達できるからだ。
「凄いわね、ねぇ翔介、どうしてこうもリクエスト通りのデザインが瞬時に浮かぶの」
本宮編集長自身が乗り込んできての取材のせいで、俺は瞬く間に有名人になるはずだった。
「本宮さん、お願いです。僕を取材するのはかまいませんが、どうか僕の正体がバレないようにしてもらえませんか、年齢も伏せてくださいよ」
「えっ、いいじゃない、12歳の天才デザイナー鶴多雅章の弟子としてエントス・ミラー監督作品のレディース衣装を手掛けるなんて見出しになるんだけど、ダメなの?」
「ダメですよ!僕は絶対に表にはでない。これは契約条項の筆頭ですよ、忘れないでくださいね」
「わかってるわよ、冗談よ冗談。だったらデザイナー加羅翔介のセカンドネームがいるわね」
「セカンドネーム?芸名ですね。わかりました本宮さんに命名お願いしますよ」
「えっ、私で、いいの」
「ええ是非」
「実はもう考えているのよ翔介、あなたは若竹正剛と鶴多雅章の弟子なんでしょう」
「そういうことなっていますが」
「そこでね、私、考えたの、若竹先生の『若』と鶴多先生の『鶴』を合わせて若鶴翔というのはどうかしら。偉大な二人を師に持つ翔介ならではの名前よ」
「若鶴翔!ですか・・・僕の頭がツルツルだからですか」
「違うわよ、面白いことを言うのね。まぁそれでもいいけど」
「でも待って下さいよ、たしか若鶴翔、それと同名のデザイナーがいるはずですけど、たしかニューヨークのFool In The Rainとかいうブランドのデザイナーに」
俺が思い出していたのは、木村佐和子ファイルだ。日本を代表する若手デザイナーの名前だった。
「えっ、そうなの?たぶん翔介の勘違いよFool In The Rainを傘下に持つオーシャングループのミッキー会長は私の友人だけど、翔介が知るほど名のあるデザイナーなら私が知らないはずないもの」
「ですよね・・・」
▲ 緊急心内会議 ▼
(どういうことだ!若鶴翔は、俺が生前にもらった木村佐和子ファイルにあった名前だぞ)
《ああ、世界的なデザイナーとして、でも確か・・・》
(ああ、その姿を見たものはない、謎のデザイナーだったな、あれ俺だったのか?)
《バカをいえ、俺はあの頃はしがない三流新聞の記者だったんだ》
(だな)
《おい、ちょっと待てよ、確か若鶴翔にコンタクトを取る方法に、》
(あっ、ファイルとの妄想会話じゃなくて佐和子さんの口から直に聞いたぞ、たしかミス・ベルを通してでしかアクセスできないとか)
《そうだった、ミス・ベルってスズのことだろう、もしかして》
(だな、間違いない、よし【検索】だ)
▽
「すみませんが、本宮さん、少しだけ待っててください」
俺は自分のプライヴェートルームへと場所を移し、チートフォンを取り出し、若鶴翔について検索した。
やはりウィキペディアにはニューヨークを舞台に活躍する『Fool In The Rain』の主任デザイナーとなっており、中でも『The Rain Song』シリーズは若鶴翔の独自ブランドとして人気が高く、世界的NO1ブランドとしての呼び声も高いとか。
ミス・ベルについては、やはり謎のデザイナー若鶴翔と唯一のコンタクト手段として紹介されているだけでなく、画像まであった。
「なんだこれは!」
俺が声をあげてまで驚いたのは、顔の縦半分だけを隠したダイヤを散りばめた仮面マスクの女性の姿だった。
複雑なデザインをした顔を盾半分に隠す仮面マスクはルビーメインであったりサファイヤメインであったり幾通りもあり、「ティアラマスク」と呼ばれて、これはこれで人気が高いようだ。
▲ 心内会議 ▼
(これスズだよな)
《たぶんな、でも違うような・・・にしても凄いなこの仮面マスク、似合ってるぞこのミス・ベルに》
(ああ、カッコいいなこれ)
《これでミス・ベルの正体まで曖昧にしてあるということだな》
(そもそも日本人なのか)
《そうとも見えるし、どうだろうな・・・》
(もしこのマスク美女がスズだとしたら・・・)
《この世界的なデザイナーに俺がなるんだろうな》
(驚いたな・・・またタイムパラドックスか)
《よくあるパターンだよ。戦国時代にタイムスリップした奴が間違えて信長を殺してしまい、自身が歴史を変えない為に信長を演じて生きていくというやつと同じだ。俺が若鶴翔を演じてやっていくしかなさそうだな》
(本宮さんの申し出を受けるということか・・・)
《おい、少し考えろよ、もしかして木村佐和子の敵になる可能性を》
(なるほど、名付け親を俺は守る側に回るということか)
《そうそう、この鶴多雅章のバックアップ風景取材にしろERIERIの企画だろう》
(いずれ佐和子さんと本宮さんが下剋上企画で衝突するということか)
《だって俺が知る木村佐和子はERIERIの編集長だった。あの若さでどうやって編集長なんて思っていたが》
(だな佐和子さんは、下剋上企画で本宮さんを破ったわけだ。もしかしてその戦いをいつか直に見られるかもな)
《楽しみだな》
(オレよ、とにかく、ここは我が師の名前を冠に戴いて若鶴翔と名乗ろうじゃないか)
《名乗るんだな、わかった》
▽
俺はアトリエに戻ると本宮さんに命名の件を承諾する旨を伝えた。
『若鶴翔』の誕生だった。そして白紙の用紙にスズをモデルにした片目から頬を隠す仮面マスクのデザインを始めてみたのだった。




