静香様
俺には喜びよりも驚きがあった。
俺の一推し宮郷愛莉ママの静香さんから呼び出されたからだ。
「お願い、翔介君どうかうちの愛莉をケラウズランブラの社長に紹介してほしいの」
夏休み京都から戻ってくると、マダム麟子スタジオに電話でこんな依頼が静香さんからあったんだ。
俺が「園田翔」と知る数少ない人物の一人という事で、こんな方法でこんな頼みをしてくる。
以前にもあった依頼だったが、その時は、
「絶対に僕の正体について他言しないで下さい」
という約束があったにも関わらずそんな頼みをしてきたので腹がたって、話を本気で聞いていなかった。
《おい俺ヨ、別に誰かに喋ったわけじゃないだろう》
心内会議でそう仲介があり再度の要請に際して俺はチートフォンを取り出し、静香さんに会う前に『宮郷愛莉』を【検索】してみる事にした。
▲ 心内会議 ▼
《ないな》
(ないねぇ・・・芸名デビューかも?)
《有名アイドルなりタレントなら本名でも引っかかるでしょう》
(だな・・・ということは、)
《宮郷愛莉は芸能人にはならなかったということだな》
(ああ、夢半ばで挫折したか、他にやりがいを見つけたか)
《男かもな》
(だな)
▽
俺は鳴門さんに将来有望なスター候補を何人も紹介してデビューさせていた。
その条件は、洋楽好きで邦楽通でない生前の俺が知るほどの売れっ子シンガーであるという事ただ一つだ。
俺が曲をパクるのに利用させてもらったミュージシャンもそれ相応の年齢に達した順に「紹介シリーズ」に恩返しもあってエントリーさせる手はずだ。
だが、『宮郷愛莉』の名前は検索にヒットしなかった。
俺は愛莉のいない宮郷邸で静香さんと応接室で向き合うと、「他言無用」が履行されているかを確認したあとに結論を曖昧なく伝えた。
「すみませんが、愛莉さんを紹介することは僕にはできません」
「どうして?加羅君は園田翔として野間秀介や猫伯爵とメイドたちに続いてVILLAIN DAUGHTERの三人だってデビューさせたじゃない。どうして年齢も同じぐらいなのにうちの愛莉を誘ってくれなかったの、せめてオーディションを受ける機会ぐらいほしかったわ」
「すみませんが、あの三人にオーディションなんかしていませんよ。彼女たちは選ばれるべくして選ばれた超逸材なんです。まだ中学生でしかありませんが、そう遠くない将来海外でもメジャーになる逸材です。それこそその独自性で美坂ミオよりも上をいくユニットになるんです」
俺のパクりは、その売り出し方まで未来の他社方針をいただいている。だからこそはっきりと、「売れるから雇え!」と鳴門さんに強引にねじ込めるのだ。
あっ、ユニット名や芸名は俺オリジナルでパクりなしだ。
「うちの愛莉には才能がないと」
「違いますよ、僕が理解というより知らない才能はいくらでもあります。残念ながら愛莉さんの良さが僕にはわからないというだけの事で才能うんぬんは関係ありませんよ」
「それって暗にうち子には才能がないって言っているようなもんじゃない」
感情的な声になってきたので警戒するが、
「違いますよ」
どう言おうが、この俺を(利用してやる)という思いは強く、結局折れることになる。
「翔介君、」
なんと、静香さんは突然立ち上がり、俺の手を半ば強引に引っ張って自分のプライヴェートルームに招き入れてくれたと思ったら、
「翔介君は、もう12歳よね」
なんていいながら服を脱ぎだすのだ。
12歳の俺なら慌てて逃げ出すだろうが、
《おっ、静香さんの裸体が見られるぞ。俺ヨ、喜べ!》
よからぬ考えが健全男子精神を支配して、しばらくは眺めている事にした。
呆然とするふりだけはして・・・
「ねえ、翔介君、ちゃんと教えてあげるからいらっしゃい」
とまでベッドに寝そべり言われて、
《おい俺ヨ、据え膳出されて食わぬは男の恥だぞ》
響く心内を抑えて、その肌触りを少しばかりされるがまま堪能したところで、
「愛莉ママさん、何をするんです」
俺は我に返るふりをして幼さ12歳を前面に押し出して部屋からの脱出を図った。
「待って、翔介君が私のことを好きなのは知っているのよ」
驚きの台詞にさすがの俺も動揺は隠せない。
「えっ~~~そうなんですか」
なんと俺はベッドからの着地に躓いて逃げ出すのが遅れてしまう。
「いつも、私を見るあの目は、そうよね翔介君、私のことが好きなんでしょう」
図星すぎて反論ができないが、俺は32歳、いつまでも動揺はしていない。
「そうですよ、愛莉ママの静香さんは僕の憧れでした。でも、今日で辞めます。僕がそんな色仕掛けで考えを曲げる男なんて思われたことにすごく腹が立ちました。ですが、いいでしょう、そのきれいな身体を見せてくれたお礼に鳴門社長への紹介オーディションの件は承りました。ですが、贔屓なしの実力勝負です。それでいいですね」
「本当に!」
「もちろんです、約束は守りますし、僕との約束もこの後も守ってください。いいですね」
「ありがとう」
俺は窒息するほどそのふくよかな胸に顔を埋められて幸を感じた。
デヘッ
俺は、この喜びからこれまで興味のない事にチートフォンでの【検索】を使用してこなかったのに、宮郷愛莉を検索したことで、他にも知人友人などを興味任せに検索してみたところで、一人引っかかったのだ。
これまで、俺が通う英会話スクールに未来のスターアイドル『陸奥安奈』がいるのは検索するまでもなくその知名度の高さから知っていたが、『篠崎華怜』が新聞記者としてヒットしたのだ。
▲ 心内会議 ▼
(おいオレよ、どういうことだ、俺の同業じゃないか、知らないはずがないぞ)
《よく見ろよ、知らないのも当然といえば当然だ。知名度があがって評判になるのは、俺が死ぬ少し前だ》
(あっ、本当だ、あいつ・・・下積みしてたんだな)
《いやいや検事総長襲撃事件で犯人を特定した推理記事が正解だったことで急に人気が出てきた記者となっているが、28歳でウィキペディアに記者として登場するなんぞ下積みとはいえんよ》
(テレビにも解説者として呼ばれていたんだな、俺がパパラッチしていた頃だから知らなかったんだ)
《だろうな、あの頃の俺は社会部が懐かしくなるのを恐れてニュースや新聞に目を通していなかった》
(ああそうだったな。見るといえばネットニュースか、ライバル社の三流スポーツ新聞ばかり)
《それにカレンのやつ日の出新聞じゃないしな》
(本当だ、芸州新聞の東京支局の女性記者か。華怜のやつパパさんと同じ会社に入ったのか、凄いことになっていたんだな)
《ここは未来の新聞記者カレンを俺が今のうちから焚きつけておこうじゃないか》
(そうだな、あいつの進路が新聞記者とはなんだか俺は嬉しいぞ)
《ああ本当に嬉しいぞ、カレンが俺の同業であったとは・・・ということは、》
(そうだな、俺が未来で掴む社主賞までもらったスクープを華怜に譲ろうじゃないか)
《ああ、あの連中は社会悪だ。俺が記者でなくなることで、見逃されてしまうのは我慢ならん。ここはカレンに登場願おう・・・と言ってもまだまだ随分と先の話だがな》
▽
俺は二学期が始まる少し前に、華怜を自宅に訪ねてラーメン屋に誘い、冷麺を食いながら未来展望の一角に「新聞記者」をしっかり植え付けたのだ
その日は華怜の姉、美弥子の送別会だったらしく大勢の客で賑わっていた様子で、俺は自分との約束を反故にした美弥子を、
(その程度の奴)
という認識を持って、以前に俺を嵌めようとした悪辣な手段の事を思い出してしまった。
そんな俺の思いなどわかるはずもないが、俺の顔を見て喜ぶ美弥子に腹が立ってしまい、俺は、露骨なまでに不快感を募らせた顔を土産代わりに置いて華怜を連れ出したのだった。
◆
二学期が始まると、華怜は改めて、
「私ね、新聞記者になってゆくゆくはニュースキャスターになって美弥子よりも人気者になってやるの」
そう俺に宣誓したかと思えば、
「清泉にも行くね」
とも言って響華と一緒に名門中学受験に励む事も宣言してきた。
「よし、わかったよ、俺が受験勉強を教えてやるよ」
二人を並べて俺はそう言って、二人が塾なんかに通わなくてもいいようにそれぞれの受験対策用に課題を毎日作ってやる事にしたのだ。
そんなのおちゃらかホイホイだった。なんせ俺にはチートフォンがあって、すでにsaurez.comなんて様々な過去問題をUPしてある親切なサイトから来年のマリ中と清泉中の受験問題を引っ張り出しているからだ。その上で二人にそれに見合った課題を渡してやる事にしたのだ。
二学期の放課後から始まった俺の授業には響華と華怜だけでなく、当然のようにリクにサユリンまで加わり、ナオまで負けじと加わろうとしたので、
「そんな暇があったらギターやれよ!」
そう言ってスズと一緒に下校させた。
俺の習い事の都合を変えてまでも、俺は二人の受験勉強に力を入れ、深夜であっても質問を受け付けたし、休みの日にも時間があれば勉強に付き合ってやった。
《なぁリクには無駄な時間だろう、これ?》
オレからの問いに頷いた俺は、
「リク、僕とはフランス語の練習をしようじゃないか」
そう言って、我々二人は別世界に入ったのでリクの矜持をくすぐり、響華と華怜に嫉妬するような事はなくなった。
同じ空間での別授業は、殊の外はかどり、受験予定のないサユリンは宿題だけでなく復習に予習と学校成績を上げるのに俺は貢献して、由紀さんから、
「早百合まで勉強を見てもらってありがとうございます」
深々と感謝されたのだ。
この頃の由紀さんといえば、俺からオシャレアドバイスをもらうようになってか一段と美しくセンス良く装おうようになり、スタジオにやって来る東京組から誘いをよく受けるようになっていた。
中でも、最近になって知ったんだが、子持ちやもめの鳴門さんは、由紀さんにかなり入れ込んでいるようで、用心を由紀さんに促したら、
「私にとって翔さんが一番です」
なんて嬉しい事を言ってくれるが、鳴門真司がケラウズランブラを一代で大企業にした大物だ、油断も隙もあったもんじゃないと警戒する俺だった。
本宮史華さんからも、
「私に凄いアイデアが浮かんだの、翔を一躍世界舞台に立たせる方法よ」
とか言って不敵に笑う姿をよく広島の俺のアトリエで見るようになったのだ。
俺は警戒した。本宮さんに「園田翔」を気付かれないようにするのは当たり前で、その顔つきから、
《こいつ絶対によからぬことを企てている》
注意喚起があったからだ。
案の定、俺が鶴多雅章師匠からの依頼を受けて仕事を手伝う事になると、
「取材させてもらうわね」
なんて言ってギャラまで支払ってERIERIの取材をしてきたのだ。勝手にだ。
「私に任せてね、若鶴翔には下積みなんていらないのよ、すぐにでも世界への道を私がつけてみせるわ」
そんな事を自身満々に言われると、リクが来年には世界へ羽ばたいて行く焦りもあって任せるしかなかったのだ。
だが、この女の恐るべき企みには、マジで俺も驚くしかなかった。
正に一石二鳥を絵に描いたような企みは年明け早々に始まるのだった。




