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あいつは俺の仇!  作者: 方結奈矢
第三部 六年生編
48/58

指針


 ここ最近ね、面白い事を翔介に教えてもらっているの。翔介の部屋でカメラを向けられながら、


 「いいぞ、リクその表情最高だ」


 顔の表情の作り方やポーズのとり方なんかを色々教えてもらっているんだ。


 最初こそ恥ずかしくて翔介の言うように次から次へと表情を変えたりポーズを変えたりする事はできなかったけど、


 「恥じらうリクもいいぞ」


 容赦なくシャッターをきってくるので、いつのまにかの翔介ペースで慣れてしまったの。


 これがだんだん面白くなってきたんだ。


 だって、撮影したものはパソコンで直ぐに見せてくれて、翔介が、


 「この笑顔が撮りたかったんだ」


 とか言って私だけを見て喜んでくれるからなの。


 私だけを見つめてくれる事がとても嬉しかったんだ。


 翔介が一番に喜んでくれた私の表情は、私が嬉しいものを見つけた時の笑顔。それはね、私が翔介を見つけた時に自然と出てくる笑顔で、そこを狙ってカメラを構えたまま、わざと隠れているんだよ。

 (面白いね)


 他にも、私が褒められた時にする笑顔も好きなんだって。それはね、私がリクエスト通りの表情ができたあとに、


 「リク最高!そのリクに惚れた、おまえモデルの才能あるんじゃない」

 そんな風に翔介が褒めてくれたあとに思わずでてしまう笑顔なんだよ。

 (なんだか嬉しいな)


 そうだ!もう一つ翔介お気に入りの笑顔があったんだ。


 それはね、算数とかの難しい問題が解けた時に喜ぶ笑顔で、


 「控えめなのがいい」

 なんて言ってくれるんだよ。

 (よくわかんないや)


 だけどパソコンで見せてくれたのは、()()()()を表情で作れなかったときに、やっとできて翔介に褒められたときの笑顔だったんだ。


 どうして?そんなのがいいのかわからない写真もあるんだよ。私が翔介のそばで博子さんから貸してもらった少女マンガを読んでいると、


 「こんなもん読むんじゃない」

 マンガを取り上げた時に見せる怒った表情の私なんだよ。カメラを構えてわざとイジワルしてまで撮影するんだから。

 (変なの)


 そういえば、もう一つ、ノッコとのお散歩で一緒に走った時の写真も翔介はお気に入りなんだ。息をハアハアしているとこよ。


 よくこんな写真を撮ったなと思うのが、泥まみれのノッコに飛びつかれそうになった時に思わず逃げ出してしまった時の私の写真よ。嫌がっているけど喜んでもいるといった表情がいいんだって。

 (これもよくわかないや)


 そうだそうだ、翔介の一番のお気に入りはね、いきなり私に向かって、「好きだよ」なんて言ってきて私がハニカム姿なんだよ。

 (もう翔介ったら・・・)


 でも私の一番好きな写真はちょっとエッチだけど、誕生日に買ってもらったビキニの水着姿の私を翔介が後ろから抱いてカメラに笑顔を向けている写真なんだ。


 翔介の腕にトップが隠されて、まるで裸の私を後ろから抱いているみたいに見える写真で、自動シャッターで撮影した一枚なの。


 「部屋には飾るなよ」


 翔介に言われたけど私の大事な一枚としてアルバムにはちゃんといれたんだ。


 このアルバムもう何冊目だろう。パソコンを持っていない私のために翔介が現像してくれたものを大事にしてるんだ。


 「リク、おまえは自分を撮られたらもう一端のモデル並みにポーズも表情もできるようになったし次にいこうか」


 翔介は夏休みになると突然そんなことを言い出して、それまでとは違う写真を撮り始めたの。


 「リク、今日撮影するリクは、リクを撮影するんだけど、これまでと違いリクの着ている服が主人公なリクを撮影するからな」


 私が見せられたのは愛読雑誌ERIERIでした。


 「いいか、この雑誌に出てくるモデル達は自分を殺して着ている服を生かしているんだ、わかるかい?」


 私には翔介の言っている意味がわかりませんでした。


 「殺してる???」


 「だったら、これと比べてごらん」


 翔介が差し出してきたのは、これまで参考にしてきたグラビア雑誌でした。


 「翔介のエッチ」

 なんて言ってた水着の写真が一杯載った雑誌だったけど、そこには自分をどうやったらきれいに見せられるかを競争しているいろんなモデルさんの色々な表情がありました。


 だけど、見慣れていたERIERIを改めて見ると、これまで参考にしていたグラビア雑誌のモデルさんたちとは違う表情をするモデルさんがいたの。


 「この表情の違いが、自分を主人公にするか、着ている服を主人公にするかの違いだよ」


 初めて気が付いた事でした。


 「いいかリク、よく聞けよ。グラビアモデルは誰でもできるんだ。きれいな顔と美しい体さえあればな。でもファッションモデルはそれだけではダメなんだ。その違いがこの二つの雑誌のモデルに見られる笑顔の質の違いなんだ、リクにはそれが何かわかるかい」


 翔介はゆっくり話してくれたけど、私にはわかりません。首を振ると、翔介はまたゆっくり話して教えてくれました。


 「内面が大事になってくるのがファッションモデルなんだ。彼女たちは、特にこのERIERIに出てくるスーパーモデル達は、このグラビア雑誌のモデル達と違ってプロ中のプロで、考えていること、学んでいること、取り組んでいることなど様々な分野で妥協がないんだ。そんな日頃のことが積み重なって表情に滲み出てくることが評価されるのが一流ブランドの服を着る一流のモデルたちなんだ」


 翔介が指さした人気のモデルさんは、スノーボードではオリンピックにも出場するほどの人で、プライベートでは故郷の河川開発に反対する団体のリーダーでニュースでその活動で登場することもよくあるそうです。


 もう一人、私が推してる好きなモデルさんはダンスが得意で人気ミュージシャンのプロモート映像でソロでダンスを披露するほどの人なんだって。


 「いいか、彼女達本物のモデル達は、たとえばこのモデルのように40歳になっても現役なんだ。一方でグラビアモデルは、若い子ばっかりで、賞味期限なんて言われ食品みたいに言われすぐに腐るんだ」


 「だったら新鮮と熟成の違い」


 「リク、いい例えだ。グラビアモデルはフレッシュさが求められる。だから、若くてきれいな子であれば誰でもなれるんだ。だけど本物のモデルとして生き残っていくには、成長しないとダメだということだ。だから、この雑誌に載っているモデルたちはいずれ消えていく子ばかりなんだ」


 翔介はそう言うと、グラビア雑誌を放り投げてしまいました。


 「成長しないということ」


 「成長は彼女達にとって老化でしかなく、賞味期限が切れるということなんだ。リクの言う熟成域になるには、日頃から歳を重ねることによって醸し出される若さとは別の魅力が必要になってくるんだ。要するに人間性を高めていく糧となる何かが必要だということだよ」


 「よくわからないけど、その人間性が若さにも勝てる魅力になるということなの?」


 「リクには本当に驚かされるな、その通りだ。若さは確かに何物にも代えがたい魅力だけど、一流の女優さんを見ればわかるだろう。彼女達は年齢を重ねていくごとに別の魅力を我々に見せてくれるじゃないか。それも美しいままにだよ。モデルも同じということだ。美しいまま成長して行くことができるモデルがスーパーモデルなのさ」


 それからの翔介は私にカメラを向けてくる前に、着る服のテーマを教えてくれるようになりました。 


 「今日の服は夏の海辺で僕とデートするリクが着るワンピースを想定して、どう表情を作ればワンピースが栄えるかを考えてごらん」


 私は、「想定」の意味を教えてもらい、翔介とビーチを一緒に歩く事を考えただけで、表情が緩んでしまいました。


 「そうだ、それでいんだ。いい笑顔がこぼれたぞ」


 でも、うまくいくばかりじゃないの。


 「リク、着る服にはいろんな種類があるんだぞ。仕事着であったり、デート着であったり、スポーツ観戦着だったり様々なTPOに合わせて服は選ばれるし、売り出されている。それらどんな服でも一流のモデルは表情を変えることで着こなして見せるんだ」


 私は、“仕事着”といった全く想像できない服を着たつもりで表情を作らされたけど、イメージができなかったことから褒めてはもらえませんでした。(涙)


 「わかっただろう、リクは働いた経験がないから表情が作れなかったんだ。だから様々な経験を積むことは大事なんだ」


 「うん」


 「それに服にはそれぞれストーリーがあって、例えば今設定した仕事着にしたってできあがるまでにストーリーがあるんだ」


 翔介が教えてくれたストーリーは、大学を卒業したてのOLが毎朝通勤電車に揺られて職場に通うのに、憂鬱にならないような服という設定でした。


 (憂鬱って何?)


 要するに出かける先が職場であっても、その服で装う事によって楽しくなるといった意味らしい。


 (お仕事って楽しくないのかな?)


 「そんな服を売るのに、どんなモデルの表情が相応しいか、答えはここにある」


 それはERIERIの私が何回も見ていたページでした。


 そこはパリの街中で背景には朝の混雑がありモデルさんに笑顔はないけど、急いで職場に向かうなんだか固い表情はかっこよくて素敵に見えた私でした。


 「購買意欲を読者にそそらせるのがモデルの仕事なんだよ。ここでリクがさっきした仕事着からイメージできなかったままの表情で、このシーンに登場したとしたら購読者は誰もこの服を買おうなんて思わないだろう」


 「そそらせるって何?」


 「えっ、そこかよ・・・そそるとはなぁ“誘う”と考えてみろ」


 翔介の話はいちいち私を納得させてくれました。


 こうして私は、夏休みに入ると午前中の一時を毎日毎日モデルごっこをして過ごすようになったんです。そして今年もお盆過ぎからまた京都に翔介とノッコと一緒に行くんだよ。スズちゃんと一緒なのも楽しみだし、舞とフランス語の上達ぶりを見てもらうのも楽しみなんだ。


 ◆


 夏休み、会えない日々を埋めるように、翔介君は私の作った帽子を被ってデートに誘ってくれたの。


 この日に合わせて新作の帽子も完成させていたし、初めて作った自分のワンピース姿も披露したの。


 「すげぇーオキョンが作ったのか、いいじゃないか」


 翔介君は、私の周りを何回も回って私を見つめてくれました。


 「お~う帽子とツインだな、おしゃれだなぁ」


 翔介君そう言うと私の肩を抱いてセルフ撮影をお庭で始めたの。いろんなポーズでたくさん撮ってもらってとても嬉しかったな。


 だって後ろからだっこもあって、ドキドキもんだったんだから。


 「全部、現像してね」


 私のお願いは聞き届けられ、部屋は翔介君との写真がいっぱい。リクちゃんに負けないのもあるんだよ。


 ほっぺをくっつけて一緒に写したやつとか、翔介君の胸の中でカメラに顔を向けたやつとか、いっぱいいっぱい。


 この日のデートは、パイレーツ・オブ・カリビアンを見た後にランチして本通りも手を繋いで歩けたしとても楽しい一日でした。そして、


 「オキョンの新作ができたら、今度は室内撮影しようぜ」

 

 私は新作の制作に取りかかる気にさせてもらったんだ。もちろん翔介君の帽子も一緒にね。


 「次の服は、デート着はデート着でも一緒にお弁当を持ってハイキングに行くときの服だよ」

 

 なんて言ってアクアのユザワヤで材料となる布地を一緒に選んでくれて、「お小遣いもらったから」といって買ってもくれたんだよ。


 (私の服のために)


 私は感動しちゃった。本当に洋裁学校に通い始めてよかったと思いました。


 でも、帰りのアストラムラインの中で、


 「オキョンは、マリ中に行くんだろう。受験勉強も怠けるな、わからんとこあったら教えてやるからな」


 私が思い描いてもいないことを突然言い出したんで驚いたんだ。


 聖母マリア女子学園は中高一貫校で名門なの。


 「私は翔介君と一緒に安古市中に行くよ」


 「ダメだな、オキョンはマリ中に行くんだよ。僕の中じゃマリ中の制服を着たオキョンの姿ができあがっているんだ。おまえの成績なら問題はないはずだし、受験勉強も協力もするぞ」


 私の中で、新たな目標ができた瞬間でした。


 「翔介君が望むなら私、行くけど、会えなくなるのが寂しいよ」


 「会えるさ、こうやってデートだってできるだろう」


 「でもリクちゃんは安古市中なんでしょう」


 「あいつは、前にも言ったよな、そう長くはここにはいないよ。おまえが気にすることじゃないし、そんな理由で自分の進路を決めるなんてつまらんぞ。オキョンは、誰がなんと言おうともマリ中だ、あそこがおまえには似合うんだ」


 「華怜ちゃんは?」


 「華怜の姉ちゃんはマリ中だろう、ライバル心剥き出しで清泉中に行きたいって前に言ってたぞ」


 「翔介君は、学修院とか付属中に行かないの」


 「ああ、僕はやることが多くてね、通学に時間はかけられないよ。なんせノッコが一番だからね。今日だって家に帰ったらノッコタイムだ」


 笑う翔介君の姿に、私はお母さんが喜ぶ姿が重なりました。お母さんは、私に昔からマリア中に行ってもらいと言っていたからです。


 「わかった、マリア中だね、翔介君がそう望むなら、私、頑張ってみる」


 「ああ、裁縫も手を抜くなよ。僕だって多くのことに手を抜かずにやっているんだ。受験があるからなんて甘えたことを言って洋裁学校を疎かにする理由にはするなよ」


 私の手は固く握られていました。


 「うん、わかった、翔介君のために頑張るね」


 「おまえ、最高だな」


 その一言が、本気モードの私を引き出してくれたのでした。


 ◆


 俺は木村佐和子ファイルを紐解くにつれ、悩みが深まる事になる。ミューズに続いてまたまたわけのわからない単語に遭遇してしまったのだ。


 ▲ 妄想会話 ▼


 (佐和子さん、ドレスコードってなんなんです?)


 (フォーマルのことよ。皇室の方々の姿でよく見かけるでしょう。昼間に着るドレスはローブモンタントで、夜に着るドレス背中や胸元が開いたのはローブデコルテ。そして準礼装と呼ばれるカクテルドレス。どれもフォーマルのくくりなの。そこからセミフォーマル、インフォーマル、スマートエレガンス、スマートシックなどと略式されていくのよ)


 (へぇー)


 (一般の人でフォーマルを着る機会は、結婚式ぐらいかしら)


 (ああ、まるほど)


 (かなり正式の披露宴なのか、レストランウエディングなのか夜なのか昼なのかでも着ていく服は変わるわ。それに一緒に行く人との組み合わせも大事だし。まぁ大体セミフォーマルかインフォーマルということになるわね)


 (要するにドレスコードとは、それぞれの時間や場所に相応しいファッションのことでTPOと考えていいんだね)


 (そうよ。私は何を着ていくかは本来自由であるべきだと思うけど、オフィシャルな場所ならその場に相応しい服装をするべきだとも思うのよね)


 (なるほど、モデルはそういった様々な服を誌面上やファッションショーで着こなさなければならないわけか)


 (それだけじゃないわよ。彼女たちは普段から華やかな世界に身を置いていることもあってパーティーに頻繁に出るわ。それはそういった服を着ることで自分磨きをしているわけで専属モデルともなると自社ブランドのお披露目の場でもあるわけだし)


 (モデルってプライベートからして大変なんですね)


 (そうね、髪型やアクセサリーに靴選びまでモデルは優れた感性が求められるのよ。なんせ自身が広告塔なのだから、ファッションリーダーとして真似される存在とならないとね)


 (なんだか高くつきそうだね --- えっ~何をそんなに笑うの佐和子さん?)


 (だって、面白いことを言うからよ。私のこのバッグだって靴だってメーカーが新作を出したらすぐに、「使って下さい」と言って勝手に持ってきた物よ。うちの編集部にはそういった物を収める部屋があるけど、いつも整理できないほど物で溢れているわ)


 (なるほど、一流モデルなら尚更なのか)


 (そういうことよ。もちろん高価なアクセサリーはレンタルだけど、それでも頼まれて使うのよ、この私でさえもね)


 (なるほどインフルエンサーというやつですね。どこでも注目を集めるのがモデルであり、佐和子さんみたいな編集者なら使用した感想が求められるわけだ)


 (だから私達編集者もそうだし、モデルとして売れている子は普段着からしてこだわりが必要で、感性を磨く必要があるのよ。これがインフルエンサーとしての宿命なのかもね)


 ▽


 思った以上にモデル業というやつは大変だと気が付いた。


 そんな面倒で大変事を自分事として消化してリクに伝えるためには、ハルカ先生との学習並みとまでいかなくても、そこそこ勉強時間が必要だった。


 そうまでして木村佐和子ファイルから学んだ事をリクに伝えるには、実践しかなく撮影しながら伝える手段が一番わかりやすいと気が付きカメラ技術まで俺は学んでいた。


 気が付いたといえば、もう一つある。


 ▲ 心内会議 ▼


 《なぁ俺ヨ、オレは最近よくよく思うんだが、人は誰しも、「あの時に戻りたい」願望なんてもの持っているよな》


 (ああ、誰もが後悔の一つや二つどころか選択の間違いは数えればきりがないほどあるはずだ。だからやり直しができるなら、やり直したいと思う()()があるはずだ)


 《なのに、俺はまさにやり直し人生を過ごしているのに、リクやオキョンのことはともかくどうして後悔した場面に遭遇しないんだ?》


 (年齢の問題じゃないか?この先、それこそ中三になったら元カノ久我里美ちゃんに再会するぞ。彼女とは悔いある関係だったからな、きっと再会したら、今度こそ悔いないようにやるんじゃないか)


 《本当に?多分それはないぞ、だってオレは六年生の時にだって凄く後悔したことがあったのに思い出しもしないじゃないか》


 (そんなもんあったけ?)


 《あっただろう、沢木雫ちゃんのことだよ》


 (沢木雫?うちのクラスにいるけど、彼女と俺、何かあったけ)


 《そう、その程度に格下げされているんだよ ――― おい、六年生の俺ヨ、おまえ沢木さんのことを好きだったよなぁ、六年になってからは》


 [なんね、いきなり呼び出しかと思えばそげなくだらんことを]


 《なにがくだらんや、おまえのことは隠し通せないんだぞ。なんせオレはおまえなんだからな。ここは恥ずかしがらずに語ってくれよ沢木さんのことを》


 [チェめんどいの〜知っとるんじゃったらええじゃろうが]


 《こいついじけてやがる。オレがリクばっかりを相手にしているせいでせっかくの沢木雫イベントを台無しにしたからな》


 [なんねぇそれ、そげなイベがあったんか?]


 《あっそうか、おまえが知るわけがないか。本来ならカレンがサッカー少年肇に取られてしまって落ち込むはずなのに、おまえはそれを悲しまなかったよな、どうしてだ》


 [そりゃぁわしが沢木さんのことの方が好きじゃったからじゃ。ほいでイベってなんや、早よぉ言えや]


 《あれは夏休みに家族で室積に海水浴に行った時だ。あそこで偶然に沢木さん一家と遭遇して一緒になって遊んだよ》


 [なんじゃと〜それいつね?]


 《日付までは覚えてないけど、もう諦めろよ。そもそもそんな企画自体がこの夏休みにはないんだからな》


 [なんじゃと〜]


 《そう怒るなって、おまえはあの時に楽しく過ごせ、本当に仲良くなったのに二学期になって顔を合わせたら、恥ずかしがってもう一緒に遊べなかったんだぞ ――― そうだったよな俺ヨ、生前ワールドの俺はそれを凄く悔いていたよな、あの時に恥ずかしがらずに親しくしていたらよかったのにと》


 (思い出したよ、そうだったな。口もろくすっぽきけないほどシャイなことを随分後悔したよな。それなのにこの走馬灯ワールドでは思い出しもしなかった)


 《そこでオレは、思うんだが、「あの時に戻りたい」願望者が、実際にオレのようにあの時に戻ったとしても、既定路線を踏む必要はないということだよ》


 (なるほど、今の俺にはリクも響華も華怜さえもいるし、スズもいるしナオだっている、そういうことだな)


 《そうだろう、今が満足なら、生前の後悔イベントは発生しないんだよ》


 (なるほどな、そんなことより今を後悔しないようにしなければならないということだな)


 《そういうことだ。木村佐和子ファイルの内容が難しくなってきているだろう、どうしても手を抜きがちだがここで手を抜いてしまいリクに伝えられることを伝え損ねたらそれこそ後悔することになるぞ》


 (だな、ドレスコードに続いて映画での衣装デザイナーの重要性についても多くを木村佐和子は語っているな)


 《そこはリクじゃなくてオキョンに反映させないと》


 (本当にいいんだろうか、俺はリクに復讐する過程で響華の人生にも介入しようとしているけど、それが復讐に役立つということなんだろうか?頭痛も起きないし)

 

 《そりゃそうだろう。作曲家活動やマダムの運命変えと同じで将来どう作用するのかは今は不明だが、必ず将来リクプレーヤーとして何らかの武器もしくは糧になるはずさ。じゃないとミゴッチでしくじった理由がわからん》


 (それを信じて俺は邁進していくしかないんだな。響華にマリ中に行けなんて言ってしまったよな)


 《あれは生前ワールドの俺が再会したオキョンのイメージを持っているからだろう》


 (だってあの時の響華マジで可愛かったんだぞ)


 《また再会できるさ、今度はそれこそ後悔しようがないぐらい身近でな》


 (だな)


 《さてさて、レコーディングもあって忙しいが、カレンにもフォロー入れとけよ》


 (ああ、わかってる明日、華怜とデートだ。あいつとの縁も切れないところをみると、何かしらのことで将来の俺と関わってくるのかもな)


 《それはわからんが、カレンママに会えるのを少しは喜べよ》


 (ほんのちょっとだけだろう、響華ママにしても少ししか話せなかったし、まぁいいや、俺には由紀さんがいる)


 《そういえばサユリンの相手も由紀さんに依頼されてなかったか》


 (ああそうだったな)


 《頑張ろうぜ俺ヨ、さぁ、ノッコの散歩だ》


 ▽


 「ノッコ!」


 U^ェ^U どうした翔介どうした翔介散歩なのか散歩なのか散歩なんだな行くぞホラ行くぞすぐ行くぞ!


 「よし行こう!」


 どんなに忙しくても愛犬第一主義の俺だった。


 ◆

 

 夏休みも最終日に近い日曜日に開かれた姉の送別会は盛大なものでした。この時ばかりは、


 (さすがはミヤコ!)

 なんて思ってしまいました。


 そう、私の姉の美弥子は、本格的に芸能界デビューする事になっていよいよ上京するんです。


 大手のミヤケエージェンシー所属のグラビアモデル、女優としてやっていくそうです。


 なんだか女優と聞いて美弥子にはもってこいだと思ってしまいました。だけど、この送別会に、私に無断で翔介君を呼んだ事には、


 「勝手なことをしないでよ!」


 思わず本人ではなくママに向かって怒ってしまいました。


 ママだってさっき知ったようで慌てて私に教えてくれたんです。


 「翔介君がお姉ちゃんの送別会になんか来るわけがないよ」


 私は思い直してママに向かってそう言ってやりました。


 「でも、あの人気だもの、もしかして来ちゃうかもしれないね」


 「そんなことあるわけないじゃない」


 私はそう反論してみたけど、自信はありませんでした。


 美弥子は今年の4月に週刊マンガ雑誌でグラビアデビューしていたんです。そこでの読者の反響があまりに大きく、続けて登場しても衰えなかった反響でめでたくミヤケエージェンシーと正式契約という事になったらしいんです。


 近所迷惑になるほど地元での騒動も凄かったし、美弥子の通う名門の聖母マリア女子学園の高等部でも大問題になったみたい。なんでも美弥子のグラビアがビキニ姿であった事、事前に学校に報告がなかった事などが問題視され退学が協議されたみたいです。


 でもパパが頑張って、デビューするのなら「転校を」という約束でセーフにしてしまいました。


 とにかく、美弥子のビキニ姿は多くの男子を虜にしたみたいで、旧友たちがいきなり訪ねてきたり、見知らぬ男子たちが家の前で待っていたりとその人気ぶりも凄くて、ママはその事を翔介君にも当てはめてきたんです。


 「絶対に来ないよ」


 私のむきになっての主張に、いきなり口を挟んできたのは、いつのまにかの美弥子でした。


 「あらあら華怜ったら、翔介だって男の子よ、私の水着姿の虜にならないはずないじゃない」


 自信の笑顔を見せるんです。


 (あ~腹がたつなぁ!)


 「翔介君にかぎってそんなことあるはずないでしょう」


 強気な反論だったけど、悔しいほど美弥子のビキニ姿は素敵でした。


 私とは違いその大きく形のいい胸に男子は誰もが釘付けになってもおかしくないし、 黒髪もきれいだしその笑顔は、清楚にも見え、


 (よく化けたわね)

 なんて思うほど悪い性格がうまく隠されていたんです。


 そして長い手足はシルエットを美しく見せていたの。


 (きれい)


 正直そう思いました。


 送別会当日、翔介君はずいぶんと遅れてだけど花束を抱えて我家にやってきました。


 玄関に立つ翔介君を見て私は泣きだしたくなりました。


 (どうして来たのよ 怒)


 美弥子は大喜びです。客達をほったらかしにして、


 「翔介!よく来てくれたわね」

 

 大声で喜び、唯一出迎えた事でそれがわかりました。


 美弥子が、私への当てつけで翔介君を呼んだんじゃなくて、自分が会いたいから招いたのを知っているだけに本当に悲しくなって涙が出そうになりました。


 美弥子は翔介君が本当にお気に入りなんです。私から取り上げようとさえもしているんです。


 あれだけ酷い目にあわされたというのに、私と同じで、その手際の良さに降参して嫌いになるどころか逆に好きになったみたいなんです。


 「翔介、よく来てくれたわ、さぁ上がってちょうだい」


 美弥子の満面の笑みに戸惑っているのは翔介君で、


 「華怜、どうして美弥子が家にいるんだ?ここへ戻ってくるなとの僕との約束は反故にされたというわけか」


 怒ってさえいます。そして笑顔が消えた美弥子を前にして、


 「華怜、出れるか?」


 そう言いながら、花束を喜ぶママに渡しています。


 どうやら翔介君は今日が美弥子の送別会なんて忘れていたみたい、というより聞けば、美弥子からの案内状に目も通していなかったんだって。


 今日うちに来たのはどうやら偶然で、


 「あっ、そういえば美弥子さん、デビューおめでとうございます、東京で頑張ってくださいね」


 翔介君は凄く凄く丁寧にそう言って美弥子に深々と頭をさげたけど、目を合わせないまま、手に指をからませて開けられたままの玄関から私を連れ出してくれたのでした。


 美弥子の顔は見られなかったけど(残念)あとからママに聞くところによれば、ずっと不機嫌なままで送別会は台無しだったんだって。


 「翔介君は、美弥子のグラビア見なかったの?」


 「グラビア?ああ、あれね、週刊なんだったけ・・・誰かに見せてもらったよ、水着だったよね」


 「いいなぁ~とか思わなかったの?」


 「いいなぁ?僕好みじゃないよ、あいつ乳デカすぎ。僕は控えめな胸好みで、華怜の方が好みだな」


 翔介君はそんな事を言いながら私の胸元を指先一本で襟元を引っ張って中を覗いています。


 「エッチ!」


 逃げだしてしまったけど、嬉しくなって問い返してみました。


 「男子は胸が大きい女子が好きじゃないの?」


 「好みの問題だよ。華怜、よく聞けよ、デカ乳が好きな男は、乳離れができてないマザコン男なんだ。僕みたいに幼い時に母さんにしっかり可愛がられて、物心がつくようになると厳しくされた男は、しっかり乳離れができてデカ乳に目を奪われないんだよ」


 「そうなんだ」


 「いつまでも甘やかされた甘ちゃん男が母親の幻想から抜け出すことができないのが巨乳崇拝主義者達の正体だよ。よく考えてみろよ、僕の周りにデカ乳女子いるか?いないだろう。好みというより、そこを選択基準にしていないということさ」


 「選択基準?」


 「僕の選択基準は、少し意地パリだけど賢く優しい子だ、華怜おまえのようにな」


 (キャッ!)


 「でも翔介君の周りは、きれいな女子ばかりじゃない、それも選択基準じゃないの」


 私は、翔介君の「カノジョたち」なんて呼ばれる私を含む四人の事を言ってみました。


 「違うな華怜、これも覚えておけよ、僕の周りに華怜をはじめオキョンにリクそしてスズにナオがいつもいるのは、類友現象なんだ」


 「類友現象?」


 「僕の最初の付き合いは華怜おまえからだったけど、四年生の時にリクが僕のそばにやってきた。あいつは近所だし、なんといっても隣の席だったから仲良くなってしまう。ちょうど色気付く年頃も重なってリクのことを勝手に僕のカノジョなんて周りが騒いでしまい、そのリクの周りに集まってきたのがオキョンでありおまえなんだ。ナオは、別枠の類友なんだよ、あいつはスズの類友でノッコの友達なんだ」


 「私はオキョンちゃんとリクちゃんと同じ種類ということ?」


 「なぁ、ここもよく考えてみろよ、おまえがいつもつるんでるのはオキョンやリクに最近じゃサユリンもだろう。共通点は美人というとことだ。最初こそ僕をきっかけに集まったメンバーだったけど、今じゃ差のない美人ぶりを心地よく競える仲というわけで話も合うし気も合うことで遠慮なく美人ならではの会話ができる仲というわけだ。この現象が類友なんだよ。他の連中だって見てみろよ、仲良しグループなんてそんなものんだろう、趣味は違えど美人には美人が集い、タイプは違えど家庭環境が似たものが集う。自分の価値観が大して違わない連中が集まるのが類友現象で、ほとんどがこの類友でグループを形成しているんだ」


 「でも翔介君の一番身近にいるのはスズちゃんだよね」


 「あいつもおまえらの枠に入ったことでここ最近垢抜けてきれいになったと思わないか、急成長著しいだろう」


 「だね、スズちゃん凄く可愛くなったよね」


 「だろう、おまえらのおかげでスズも美少女の仲間入りといったとこさ。類友現象のいいとこは仲間同士が競い合ってより美しくなることができるとこにある。スズもその恩恵にあずかったわけだ」


 「私ってきれい?」


 「ああ、僕好みの美人だ」


 美弥子が帰省してからというもの気分が悪かった私だったけど、本当に久しぶりに気分が良くなる一言をもらいました。


 (僕好みだなんて・・・もう翔介ったら・・・)


 翔介君との外出は、お盆に三五君のお墓参りに行って依頼でした。あの時は、クラスメイトだった人も集まって、


 「シンイチ・ミゴって三五君がまだ生きているみたいで嬉しいね」

 なんて人気あるイラストレーターの名前が自然と出てきたりして騒がしく楽しい時間で、私にも清泉中への進学を確認されたりして翔介君とゆっくり話もできなかったけど、今日は違います。


 「なぁカレン、おまえさ清泉中に進学した先の将来展望とかあるのか」


 いきなりそんな事を、コンビニで買ってくれたアイスを口にした公園ベンチで言ってきます。


 「展望?」


 「将来の夢とかだよ」


 「翔介君は、わざわざそんなことを聞くために私のとこにやってきたの?」


 「第一の目的はカレンの顔見たさと美味い冷麺食いに行くこと、話題としての夢については興味があるからだよ」


 またまた気分が良くなってきました。


 「私も翔介君に会いたかったんだ」


 「わかるぞ、美弥子のせいで憂鬱(ゆううつ)だったんだろう」


 この「憂鬱」については翔介君がリクちゃんに解説するのを私もオキョンと一緒に聞いていて知っていました。


 「違うよ、翔介君が恋しかったからだよ」


 「そうか、だったら僕と同じだな」


 なんだかごまかされた笑い声がしたけど、夢の話をしだすと翔介君は私の話に向き合ってくれました。


 翔介君が案内してくれたお店は少し距離があったけど人気のラーメン屋さんで、慣れたように私の手を引いて店内に入ってしまいます。


 店員さんの翔介君に向けた笑顔は、常連ぶりを証明していて、子供同士だというのに変な顔はされませんでした。


 「私の夢かぁ・・・」


 (翔介君と結婚すること)


 なんて言えない。


 「例えばオキョンだったら、あいつ洋裁をものすごく頑張ってるだろう。あれは、もしかしてあいつが将来プティマンになる夢に繋がっているのかもしれん」


 そう、オキョンは凄く洋裁を頑張っています。それもこれも今も翔介君の頭の上にある帽子を作るためなんです。


 「だよね」


 「で、もしかして華怜にも秘めた夢があるのかな、なんて思って聞いてみたんだけど、たとえばおまえはあの美弥子より可愛いから芸能界に興味あるとかさぁ」


 確かに、美弥子を訪ねてきたプロダクションの人は、


 「美人姉妹は売れるんですよ」

 とか言って私にも興味を示したけど、私はそんなもんに興味は全くありません。でも美弥子に負けたままというのも嫌なんで、


 (いっそ私もデビューして美弥子より人気者になってやろうかしら)

 なんて少しは考えてみたけど、結局は“興味なし”が勝ってしまいました。


 私は、翔介君への返事のために首を大きく振ると、


 「まだ何もないのか?」


 そう問われたので今度は、その目を見つめながら大きく頷いてみせました。


 (もしかして翔介君、そんなことで私を嫌いになるの)


 心配になって翔介君の顔を見たけど、そんな様子はなく、


 「たとえば華怜パパみたいに新聞記者なんてどうだ」


 (えっ?私が新聞記者・・・)


 私のパパは発行部数68万部の地元広島の芸州新聞の記者で、サンフレッチェ広島の番記者を長年しているサッカー通です。


 「パパの仕事は興味あるけど、私がパパと同じお仕事をするなんて考えたことないよ」


 「そうか、新聞記者は面白いし、やりがいがあるぞ」


 「うん、知ってるよ、パパはいつも仕事が面白いって言ってるもん」


 「だろう、だからな、華怜の選択肢に加えてみたらどうだい」


 「洗濯し?」


 「将来の夢の候補の一つに加えて考えてみろという意味だよ」


 翔介君はメモ帳を取り出して『選択肢』を書いてくれました。


 「夢の候補の一つに新聞記者・・・わかった翔介君がそういうのなら考えてみるね」


 「ちょっと待った、あくまでも華怜に興味があればの話で、僕の意見にインスパイアされなくてもいいんだ」


 翔介君との付き合で私やオキョン、もちろんリクにスズちゃんも難しい言葉の意味をよく教えてもらっている。「インスパイア」の意味だって教えてもらった事があるから意味はよくわかりました。


 「私ね、たくさんのことを翔介君に教えてもらっているからたくさんのことに感化されているんだよ。聴く音楽だって・・・あっ!あそこに飾ってあるのって美坂ミオのサインだよね、こんなとこにあるんだ。この店に来たのかな?凄いね」


 私はこの店に飾ってある店長と思われる人と一緒に並んで写っている写真付きの色紙を指さしました。そこには翔介君に勧められてファンになった美坂ミオのサイン色紙があったんです。


 「感化の使い方、正解だ、応用として啓発なんて言葉もあるし、このインスパイアの名詞がインスピレーションなんだ」


 また始まった、私の大好きな翔介君の勉強会。いつものように『啓発』を書いてくれた上での授業開始です。


 こうなったらそれまでの話がうやむやになるのはいつもの事なんです。


 店を出て、家までの間も「啓発」から発生した「啓蒙思想」についても、「人間が共通の理性うんぬんかんぬん」を色々教えてもらいました。そして玄関先で忘れずに念を押されたのが、


 「将来展望をしっかり考えてみろよ、悪いことじゃないし面白いぞ」


 門扉の影でギューしてもらって額にキスしてもらってからも念を押されました。


 「うん、わかった、よく考えてみる」


 そう返事をして翔介君が見えなくなるまで手を振って見送りました。


 (新聞記者が翔介君のお勧めなのね)


 私にはわかるんです。翔介君のどことなく熱のある喋り方の癖から、本当に言いたかったことが・・・


 翔介君は理由まではわからないけど、私になって欲しい職業は新聞記者なんだって。


 (考えてみるか・・・美人記者華怜の華麗なる仕事ぶりについて・・・)


 ドラマ仕立ての妄想が最近のマイブームです。


 私はさっそく、新聞記者になってニュースキャスターにもなってしまい、その人気ときたら女優になった美弥子より上な設定物語に浸りました。


 (これマジでいいかも)


 そして、この妄想に憑つかれる事になるんです。


 だって、


 (翔介君の望みだもん)


 翔介君が私に興味をもってくれるのなら、新聞記者もマジありだと思いました。



 ◆


 翔介パパさんにギターをもらった。


 「これは僕が初めて買ったギターだけど名器なんだよ」


 30年以上も前の物だったけどカッコいいTOKAIのストラトモデルです。


 今では、「師匠」と呼ぶようになった翔介パパさんは、毎週月曜日の放課後にとても優しく丁寧にギターを教えてくれるんだ。


 おかげで、スモーク・オンザ・ウォーターは弾けるようになり、ユー・リアル・ガット・ミーも猛特訓中なんだ。


 翔介もピアノで伴奏してくれることもあって本当にギターは楽しいや。


 私は、翔介が大好き!


 一目惚れだよ。


 音楽室でピアノを弾いている翔介を見て、ビッビーーーと全身に何かがきちゃったんだ。


 転校するのは嫌だったけど、翔介とスズちゃんそしてノッコに出会ったので、転校してよかったと思ってるんだ。


 パパは私がギターを始めたのが嬉しいみたいで、ママと違って応援してくれるんだよ。


 「もしナオが一年間続けられたらギターを買ってやる」


 約束してくれました。


 ママは私が走るのが早いから、ママと同じ陸上選手になるようにと私に言っています。


 だけど、私はもうギターに夢中なんだ。翔介のピアノと合奏する楽しみに勝てるものなんかないよ。


 私は新しい学校で、男子からよく声をかけられるんだ。


 「徳ちゃん僕と付き合ってよ」

 

 なんてだ。


 その話をママにすると、


 「ナオは親しみやすいからそうやって声を簡単にかけられるのよ、気をつけなさい」

 

 お説教されたの。でも私にはどうしようもできないじゃない。


 でも私が翔介の、「四番目のカノジョ」なんて言われるようになるとピタッとなくなったんだ。男子からの声掛けが。


 「誰なの、その翔介って子は」


 ママに「四番目のカノジョ」の話をすると怒ったように問い詰めてきました。


 「誰って、加羅翔介に決まってるじゃない」


 私は、四番目だろうがなんだろうが翔介のカノジョなんて呼ばれるのが嬉しかったんだ。


 「加羅翔介?その子、加羅君って言うの?」


 「そうだよ、六年生の加羅君だよ、その加羅君のパパに私はギターを教えてもらってるの」


 ママの顔色が急に変わりました。そしてね、私がギターをもらってしまったのでパパとママが、


 「挨拶に行かなくちゃ」

 毎週月曜日に欠かさずギターレッスンを受けているのも知ってそんな事になってしまいました。


 ママは担任の先生と近所の父兄仲間に翔介の事を聞きまくったみたいです。


 (ザマーみろ)


 なんて思ってしまいました。翔介の評判の良さは担任の先生の超お墨付きで、その評判の中にはスキンヘッドの私の知らなかった理由まであって、


 「本当に友達思いの優しい子なのね」

 ママもパパも感動したみたいです。


 「上級生のクラスに殴り込みかぁ・・・」


 パパは、そっちの方に感動したみたいです。


 私もそうだったけど、翔介の家の大きさにパパもママも最初は圧倒されたみたいです。


 翔介ママの着物美人ぶりと翔介パパのカッコいいのに圧倒されたのはその次です。


 でも大人って凄いな、まだ昼間だというのにお酒の会が始まってしまいパパもママも上機嫌ですぐに仲良しさんでした。


 でも翔介の、


 「初めまして、ナオちゃんのお父さんとお母さん、僕は、六年生の加羅翔介です。ナオちゃんとはとても仲良くさせていただいています」


 挨拶には、パパもママもタジタジさん。どっちが大人なのかわかりませんでした。


 衝撃の事実も判明しました。ママは、翔介パパの舟入高校での後輩で、パパさんバンドのファンだったんだって。驚きでした。


 これでギターレッスンに反対されなくなりました。


 お酒の会が賑やかに続く中で私は翔介の部屋に通されて、


 「これってカッコイイだろう」


 いろんなギターミュージックを聴かせてもらいました。


 私はその中でも気にいったやつをCDRにダビングしてもらって家で聴く事にしました。そして翔介に勧められた通り、


 「将来ギターリストになりたい」

 なんて夢を膨らますようになったのです。


 翔介が私をギターリストとして認めてくれたら、翔介を好きになってもいいはずなんて思ってしまったからだよ。


 だって、翔介の恋人NO1のリクちゃんは背が私よりも高くてとてもきれい。


 NO2のオキョンちゃんは私より色白さんの裁縫上手でとてもきれい。


 NO3の華怜ちゃんはアイドルみたいに可愛くてとてもきれい。


 仲良しスズちゃんは翔介の妹分だけど、笑顔がとても可愛くて翔介の一番のお気に入り。


 どの子にも私が勝てるものが見当たらないんだ。


 (ギターがうまくなって翔介に認めてもらうんだ)


 それだけの理由があれば私は頑張れると思いました。


 二人でセッションしている間だけは、翔介は私の物なの。


 少しでも長く翔介を独占するためには、もっともっとギターがうまくならないといけないんだ。


 私は翔介パパさんにもらったギターで今日も練習するのでした。



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