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あいつは俺の仇!  作者: 方結奈矢
第三部 六年生編
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珍客たち


 広島市内アストラムラインの安東駅近くの永見ビルに俺の事務所がある。隣室は俺の優秀な家庭教師ハルカ先生の住いだ。


 現役の大学生だが坂道歩いてすぐの近所の女子大生じゃない。遠く南区にある国立大学の医学生だ。


 この先生の部屋、油断するとすぐに散らかる事から、一日おきに由紀さんに頼んで、掃除洗濯買い物などの管理も当初から業務としてお願いしていた。


 この由紀さん、ハルカ先生を代表にした株式会社翔(俺の会社)の会社登記上の正社員一号で、俺の同級生の母親だ。


 とにかく働き者で、時間外であっても嫌な顔をせずに手伝ってくれる融通の利く人で大助かりだ。


 もちろん病弱な息子君のために、仕事中であっても事務所を空ける事もあるが、電話を転送して対応もしてくれるし、俺も煩い事は言わない。


 だが、徹底して煩く言うのは、業務内容と俺の正体を外で語る事だ。絶対禁止を命じてある。


 ミオ姉さんが事務所に来てのセッションを目撃した由紀さん、俺の立場を正確に把握したので、言葉使いが変わり尚更慎重に行動するようになった。


 それに何かと最近話題になるシンイチ・ミゴについても同級生の母親だ、葬式にも参列した三五の事は当然知っていることからその正体については口にしないが気が付いているだろう。


 そして更なる東京からの二人の珍客との対面の場にも立ちあったので自身の職種が特別なものであると自覚もでてきたはずだ。


 一番困ったのは、俺の呼び方だ。


 「社長」「先生」「ボス」

 色々試みたがどれもピンとこないのは当たり前。なんせ俺は12歳の小学生なのだからしかたがない。


 それで結局、親しく、事務所連中と同じく、「翔」と呼んでもらう事にした。


 彼女はノーメイクの公園清掃人であったときでさえも俺のお好みランキング第四位だ。


 今ではきれいにメイクし高給からのファショナブルな装いもあり二位のカレンママ沙也加さんと並んだ存在で眼福な日々に俺は満足していた。


 そんな彼女に、「翔」と呼ばれる時のドキドキ満足感、

 (たまらん)(*´▽`*)のだ。


 そうそう、ミオ姉さんに続いての珍客の事だ。


 授業中に、電話で俺への面会を求めてきた二人の客。


 一人は、鶴多(かくた)雅章(まさあき)、後に“ハリウッドの魔術師”と呼ばれるようになりアカデミー賞の美術賞を、そして後に視覚効果賞を受賞する事になる未来の世界的なイラストレーターだ。


 現在は、東京の小さいながら高名なアニメスタジオMAKITAの代表であり、ハリウッド進出一年前だった。


 彼は、俺が、修学旅行に行かずにいたのを幸に、朝から広島にやってきた。というかこの都合に合わせて来てもらったのだ。


 何やら急用らしい・・・


 MAKITAほどのメジャーアニメ制作会社のトップが、わざわざ俺を訪ねてきた事に、当然、


 (俺の作品が大賞を取ったな)


 スズの勧めもあって応募したヒロインの衣装画が、認められたと思った。


 新幹線を降り立った鶴多(かくた)雅章は、出迎えた俺と由紀さんを親子と勘違いする以前に俺が、やはり小学生であったのに驚いたのちに、駅ビルの喫茶店で向き合うなり、


 「君の色彩感覚をテストにきたんだ」


 そう用件を切り出してきた。


 「僕の色彩感覚ですか?」


 鶴多(かくた)雅章は、俺が応募した作品をカバンから取り出し、その絵に論評するのではなく、


 「ここの色合いもう少し明るくした方が良くないか」


 俺が、描いた時と同じ光角度に合わせてかざしてダメ出しをいきなりしてきた。


 この近未来宇宙少女戦士をテーマにした作品は、月光を一方から浴びている設定で描いた事から、作画中から光ラインを気にして描いたものだ。


 だが、鶴多(かくた)雅章にかかれば、俺のアプローチ方法では、不満のようで取り出したパステルで指摘した部分の色変えを、小指先を使ってサッサッとしてしまう。


 「凄い、ガラッと絵の雰囲気が変わってしまった。さすがですねぇ」


 俺は、唸り思わず隣の由紀さんと目を合わせて頷き合ってしまった。


 「きみには、わかるんだな、僕の手直しの意味が」


 「もちろんです。僕は、月光がご指摘のスカートが翻ったこの部分に当たった場合の表現が曖昧でした。というか、イメージはできているんですけど、表現できなかったというのが正解でしょうか・・・」


 「きみには、イメージはできていると言うんだね、それで僕が手直したここは、そのイメージと重なったかい」


 「はい、悔しいぐらいピッタリです」


 「そうか、広島まで来たかいがあったというものだ。加羅君だったね、それじゃあすまないが、ここできみの実力が本物かどうか見たいんだが、その手に持つスケッチブックに、そうだなぁ・・・戦闘服でもなく制服でもなく・・・私服、それもオシャレ服を着たところを描いてみせてくれないか、着色はこのパステルを使ってくれ」


 「わかりました。ラインはその応募作品同様に筆を使いますんで」


 まずは、俺の客観的視野力を発揮し、描きたいポージングを頭で構築する。


 応募作品のモデルはリクだったが、ここではこの春に転校してきたばかりの一つ年下の徳重ナオ、皆から、「トクちゃん」と呼ばれている五年生の短髪スポーツおてんば少女をモデルにした。


 ピアノを通して仲良くなり、スズとの相性がいい事から身近に置いている背の高いなかなかハイスペックな子だ。


 ここは、ナオを思い浮かべて、普段からしているように鉛筆でアタリを描いた。

 そして硯を取り出し由紀さんに墨を磨ってもらい、稜線を筆で描き調子を加えたら初パステルで着色させて完成だ。


 約八分。


 「う~ん、本当に広島まで来たかいがあったよ。きみには才能があるな、だが、克服すべき弱点も明確だ。ここの部分えらく曖昧だし、迷い筆のあとが見て取れるし、無駄な線引きも多い。意味わかるよな」


 鶴多(かくた)雅章は、俺が若竹正剛先生に、


 「そこはその勢いを大事にしたらいい」

 と容認された衣の裾、この場合は躍動感ある少女の動きに連動したスカート裾の動きにダメ出しをしてきた。


 そればかりじゃない、俺の疑問符をその場で消してくれる。


 「いいか、きみのこの絵は、躍動感あふれて実に生き生きしたものが見て取れるが、我々の世界での躍動感は一枚の作品で描く事はしない。アニメは繋げてなんぼの世界だ。きみがただの絵描きならそれで合格だが、我々には曖昧は禁物だ。きみが選んだ題材を仕上げるにあたってイメージすべきは空想シャッターを押した瞬間を正確に捉えることだよ。きみならわかるよね」


 「もちろんです」


 「それにしても加羅君の想像による客観的視野力は凄いな。外見・質感・光源・明暗などの情報を瞬時に正確に捉えているね、実に見事だ」


 「でも、パステルが不慣れ以前に、」


 「そうだね、色合いの調整不足はなんともし難いな。瞬時を捉える力は合格点だけど、ラインの曖昧さと服の柄を描く際の描写力もダメだな、そこも曖昧すぎる」


 「もっと写実的にしろということですか?」


 「違う違う、写実的は正確な表現ではない。我々が描くものは写真や映像にできないものだろう。すなわち現存しないものをリアルに描くのがアニメなんだ。想像するなら細部までということだ」


 「なるほど、写実的より、よりリアルですね」


 「そういうことだよ。想像しきろということだ。実在しない見たことのないものを、いかにもあるかのように細かく描き切る力こそきみに不足しているということだ。だから色合いまでも曖昧になってくるんだよ、わかるね」


 「わかります。ですが、鶴多先生は、細部の曖昧にしがちな部分を、より高度に表現するために、」


 「コンピューターグラフィックかい」


 「あ、はい」


 「そうだね、あれは凄く便利でね、でもな、いくらコンピューターグラフィックといえども作り手に表現力がなければ、残念ながら無用の長物だよ」


 「そうなんですか?」


 「やはり自身の筆で描いたものからより高い完成度を目指してコンピューターの力を借りるという発想でないと本物にはなれないよ。最初からコンピューターありきの作品では、きみの作品ほどの完成度は見込めないし、うんざりするほど似通ったものしかできあがらなくてうちでは即ゴミ箱行だ。それで僕は加羅君に会いにきたわけだよ」


 「僕は、一枚で完成させようとしていたただの絵描きだったわけですね」


 「それが、わかったなら、もう一度だ。今度は躍動感ある身体のラインを強調してシャツターチャンスをものにした一枚を描いて見せてくれ」


 俺は、こんどは何度も目撃した笑顔のままナオが、群れる男どもに本気で回し蹴りをくらわすシーンをイメージして描いた。時間にして十分足らず。


 「早いな、それは美徳だ。さて・・・」


 鶴多雅章は俺のスケッチブックを見ながら唸る・・・


 「きみは、すぐにでも僕の助手として東京に来るべきだ。マジで仕事を手伝ってもらいたいよ」


 「いよいよハリウッド進出ですか」


 「え~~~どうしてそれ知ってんの、まだシークレットだし、え~~~どうしてどうして?」


 本気で驚愕する鶴多(かくた)雅章のひょうきんぶりに思わず笑みをこぼす俺と由紀さん。


 「そんなの簡単ですよ。鶴多(かくた)雅章のアニメ作品を見ていたら目指すべき所は自ずと見えてくるし、アプローチをかけずとも向こうから依頼がやって来るはずです。どうですか、外宇宙の惑星を舞台にしたストーリーで必要なのは空想世界のリアルな背景画にキャラ衣装。まさに鶴多雅章の真骨頂はアニメ世界じゃなくてハリウッドでのSF映画にこそあると考えるのは自然じゃないですか」


 「あ~~~驚いたな、凄いね加羅君は、どうだろう、このまだシークレットな話を手伝ってくれないだろうか、その代わりに君の弱点を僕が鍛えてあげるよ。もうきみも何が弱点かわかっているよね」


 「はい、色使いと細部の表現力の甘さです」


 「そうだ、服のデザインは正直言って僕でさえきみには遠く及ばないよ。そこの部分を助けて欲しいと思うんだ。だけど、その服の色と柄表現となると君はあまりにもテクニックがなさすぎる。これは修業が必要だが、大丈夫、すぐにきみならものにできるさ」


 「できますか?僕がイメージしたままを再現できる力を」


 「ああ、僕にかかれば簡単だよ。これからは僕が加羅君の先生となり、その部分を強化してみせるよ。その代わり服のデザインで僕の手助けを頼むよ」


 「わかりました。どうか宜しくご指導ください」


 こうして鶴多雅章(かくたまさあき)との遠距離師弟関係は、始まった。


 ◆


 修学旅行二日目の来客者は面倒にも広島空港に迎えに行かなくてはならなかった。


 雑誌ERIERIの編集長、本宮史華だ。


 元々デザイナー編集長は、将来、木村佐和子に敗れるまで十年以上もERIERIの編集長の地位にあり続けた才人だ。


 アイデアに富み、下剋上企画で挑んでくるものを簡単になぎ倒していく事ができる理由を俺は知っていた。


 人の才能を見抜く力が高いのだ。


 実は、これは木村佐和子から直に聞いた話で、才あるブレーンを適材適所に配置する事でERIERIを面白くしていたというのだ。


 ERIERIは、編集長の選び方からして下剋上制度の採用と実にユニークで、その編集部は、ホワイトハウスと同じで主人が変わればスタッフも総入れ替えするらしい。


 締め切り前にも関わらず、俺が指定した修学旅行二日目に会いにきたというのは、この俺にもなんらかの使い道を思いついたのだろう。


 俺は、チートなパクリデザイナーとして、やっていけるのかどうかを判断するためにだけ応募した『JAPAN新人デザイナーファッション大賞』だったが、やはり予想通り円熟した完成度と年齢が相容れぬ事から疑われたようだ。


 「盗作だなんて思ったのよ」


 本宮史華は、正直に告白した。


 それでわざわざ確認のために広島にまで来てくれたらしく、俺は「評価された」と判断したが、面白い事に昨日の鶴多雅章と同じ事を彼女も指摘してきた事で、


 (この人、信用できるじゃねぇ)


 との思いも芽生え、今後の俺のデザイナーとして活躍するためのサポート依頼をしたところ快く引き受けてくれたのだ。


 もちろん本宮史華にも企みがあるのは見抜けないほどお人好しじゃないが、その内容を把握できぬまま彼女から得られるサポート力の方が魅力的に思い縁を結ぶ事にした。


 それに、この人、俺のチートぶりを見破ったのも凄いと思った。


 「未来の作品を切り取って現代に持ち込んだ」

 との指摘に、図星すぎて思わずドキッとしてしまう小心な俺だった。


 俺は、若竹正剛先生に続き、鶴多雅章という師を持つ事になり、サポーターとして本宮史華という才人を手に入れたこの二日間に、


 「修学旅行を休んだかいがあった」


 そう独白せずにはいられなかった。


 面白い現象は、由紀さんに見られた。


 俺が、鶴多雅章と本宮史華と話す間も側にいたので、俺の才能の幅広さに驚く事ひとしおで、


 「翔は本当に早百合と同い年なんですか?」

 公園時代は親しく話をしていたのに、急に距離ができたような喋り方で問い掛けでなく自問している。


 「由紀さん、くれぐれも僕のことは、口外はしないでほしい。もし、由紀さんが望むなら、このまま勤務してもらっても構わないけど、もうわかっただろう、僕の企みは作曲家やイラストレーターだけでなくファッションデザイナーとしても大きく飛躍することなんだ。忙しくなるし、そうなればスタッフを増やしもするけど、当分は今の体制でやっていくつもりなんだ」


 「私で役にたつならどうかこのまま私をここに置いてください。凄くやりがいを感じています」


 「わかったから、その固い喋り方やめてよ。あの公園時代のようにもっと気軽に話してよ」


 「無理ですよ、あの頃は、娘の同級生としか見ていなかったからできたことで、翔が、園田翔であるだけでなく、イラストレーターのシンイチ・ミゴでありデザイナーとしても有名な業界人二人がわざわざ広島に会いに来るほどの人と知っては、」


 「知っては、どうなの、僕が何か変わったわけじゃない。とにかく固いのは息苦しいから頼むよ。もう三ヶ月以上勤務じゃないか、それとミゴッチの件もくれぐれもシーだからね」


 俺は人差し指を口前で掲げた。


 「そうですね、わかりました。社長の要望に応えるのは部下の務めですから、頑張ってみますね」


 微笑む姿にまたドキッとする俺だった。


 どうやら由紀さん、母さんに知られたくない、常識では考えられない俺の活躍ぶりをダイレクトに見てきたので恐れをなしたようだ。


 だが、逆に母さんだけが知る俺の常人外れの学力を由紀さんには知られたくはなかった。もし知られたら恐れは倍増だろう。


 俺は異星人を見るような目だけは避けたいと思った。


 俺の能力全般を把握しているのは、やはり常人以上の能力者として理解し合えるハルカ先生とスズだけである事からも、好みでない女子ランキング不動の一位保持者のハルカ先生と妹キャラNo1のスズを俺は、“良き理解者”として大事にしていたのだ。


 最近では、由紀さんに買い込んでもらった「一番搾り」をプシュとハルカ先生と飲む機会も増えたが、もちろん、「ハルカ先生の分」という事に由紀さんにはなっていた。



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